無双開始
立っていることを確認し、狼刀は静かに目を開けた。
「ここか」
状況の確認は必要ない。狼刀はすべてを理解していた。
「よくき――」
聞き慣れた声の主に向かって、竹刀を薙ぎ払った。老魔法使いは反応することもできずに斬り裂かれ、消滅。
取り巻きの魔物達が襲いかかってくるよりも早く、狼刀が襲い掛かった。
狼刀は魔物達の攻撃を、一切寄せ付けず、その手に持った竹刀で次々と魔物を消し去っていく。
強襲による攻防は、瞬く間に集結した。
狼刀は城内で回収しなければいけないアイテムを回収。伝説の聖水と薬草、小さなコイン。聖水以外のアイテムをふくろにしまうと、狼刀は城の外に出た。
立ち塞がるは、あくまのきし。だが、セリフを待つ気はない。狼刀は手に持った聖水をふりかける。
「――――」
声にならない悲鳴をあげ、あくまのきしが消滅。その様子を最後まで見届けることなく、狼刀は動き出した。
北の大陸へ向かう洞窟の中は、明るく、道も途中までは一直線で迷うことがない。魔物にも苦戦することはなく、唯一の分岐点さえも間違うことは無い。
アレスコも後回しにし、狼刀はアスガル洞窟へとやってきた。
待ち構えるは、巨大な蛇。
「ミーに何かよう――」
狼刀は無言で背後に回り込むと、尾に竹刀を突き刺す。大蛇の体を駆け上がるようにして、その全身を真っ二つに斬り裂いた。
「お前に用はない」
大蛇が空気へと溶けていく。
狼刀は洞窟の奥に向かい、魔封石を回収した。
近くにある宿屋で夜を明かした狼刀は、ここからさらに先へと進んでいく。
目的は、太陽の手鏡だ。
洞窟があった。
アスガル洞窟よりは小さなもので、天然の祠と呼んでも差し支えないだろうか。立て札のようなものは見当たらなかったが、何かあると狼刀は直感した。
中に魔物はいない。
仄暗く狭い洞窟の中に、強き光を放つ手鏡だけがポツンと存在した。
「これが、太陽の手鏡か……」
あまりにも簡単に手に入ったことは気にしない。誰も、ベリムトさえも見つけられなかったことも今は考えない。
狼刀は、洞窟を出て、さらに先へと進んだ。
見えてきたのは立派な城。
日本風の城ではない。どちらかといえば、ゲームによく出てくるような西洋風の城だ。豪華絢爛、威風堂々。そんな言葉が良く似合う太陽のような城だった。
そんな風景をひとしきり眺めてから、狼刀は手前にある町へと入っていった。
「城下町メルクア。双蛇の杖を祀る町」
町の入り口の看板にそんなことが書いてある。
狼刀は看板を一瞥し、町の真ん中を走る大通りを通り抜けて、城を目指した。寄り道をしなかった理由はひとつだけ。城というのは、門限がある場合があるからという理由だ。
双蛇の杖。というものに、重要性を感じなかったというのも理由かもしれなかったが。
大通りの最奥にあるつり橋を渡り、城門の前に立つ兵士に声をかける。
「ここは?」
「サンライト城です」
門番の兵が敬礼で応えた。
サンライト城。それは、死神神官が自己紹介の時に出した名前だ。敬礼の仕方も似通っているし、彼の出身地と見て間違いないだろう。
つまり、あの廃城の名前ではなかったということになる。
ドラゴンから救った姫と合流出来なかったのも、城の認識が間違っていたということだ。
「なるほどな」
狼刀の中で、全てが繋がった。
その後。
狼刀は王と謁見し、これが本物の太陽の手鏡であると、太鼓判をもらった。それから、王より魔王にとらわれた姫を救い出してほしいと頼まれ、これを快諾。
メルクアの宿屋で一晩を過ごし、早朝、サタナキへ向けて出発した。
要塞都市サタナキ。入口の前に立ち塞がるは岩の巨人。圧倒的な攻撃力を誇る守護兵器だ。
狼刀は躊躇う素振りを見せずに歩く。いつも通り、何事もないかのように。
「シンニュウシャ――ハイジョスル」
対するゴーレムは、侵入者を感知し、襲い掛かる。狼刀はゴーレムの拳を躱すと、ゴーレムの後ろに回り込んだ。
標的を失った拳が地面を砕く。
狼刀は無防備な背中に竹刀を突き立てた。
「グオォォォォォー」
叫び声をあげ、ゴーレムが砕け散る。
「静かに眠れよ」
狼刀は悲劇の巨人の冥福を祈り、町の中へと入っていった。
見慣れた老人――長老カッシーニが彼を出迎える。
「ようこそ、旅の方。あのゴーレムを倒してしまうとはお見事です。是非とも、この町の守護者になってもらえませんか」
「申し訳ありませんが、私には魔王討伐という目標があるので……」
「そうですか。ではせめて今宵は、この町でゆっくりしていってください。お礼の品も用意しますゆえ」
「心遣い感謝いたします」
何度も繰り返した会話は、狼刀の中で流れ作業になっていた。
狼刀はお礼の品として、城壁の盾というアイテムをもらい、サタナキを後にした。
柵に囲まれた荒野の一角にある天空民の町・ワラフス。
狼刀はそこで四度エンペラーダイルと対峙していた。エンペラーダイルは、聞き慣れた決めゼリフを放つ。
「狩りに時間はかけない主義でな。我が必殺技を見せてやろう」
両手を地面に突き刺して、猛スピードの突進。狼刀は慣れた手つきで城壁の盾を構え、エンペラーダイルを待ち受ける。
「そんな盾ごときで、我が必殺技を防げるものか」
勝ち確定。
狼刀は大きく前に踏み込み、盾ごと体当たりをかました。エンペラーダイルは硬い盾に押し負け、その場に倒れこむ。その隙を見逃すことなく、狼刀は竹刀をエンペラーダイルの背中に叩き込んだ。
「相手が悪かったな」
「がぁぁ……」
エンペラーダイルは短く悲鳴をあげると、消滅した。
狼刀は町の最奥――旱の祠に向かい、空を見上げる。
だが、予想していた少女はいなかった。
「あんた何よ」
戸惑っていると、後ろから声が聞こえた。
狼刀が振り返ると、目の前にドルフィンがいた。
黄色い瞳に栗色の髪の毛。手は入れていないだろうに、潤った血色のいい肌をしている。全体的にはあどけなさの残る、美しいというよりは、可愛らしい少女だった。
「聞いてんの?」
「っ、悪い。俺は結城狼刀だ。魔王討伐の旅をしてる。君は?」
しばし見入っていた狼刀だったが、簡潔に自己紹介を行い、少女へと問いかける。
ドルフィンは値踏みするように狼刀を観察してから、わざわざ空に飛んだ。見下ろされる形となるが、悪いことばかりではないため、狼刀は何も言わない。
「あたしはドルフィン。偉大なる天空民、最後の生き残りよ」
「協力してほしい。魔物に支配された町を救うために秘宝の力が必要なんだ」
狼刀は食い気味に要件を告げた。
「ふーん。わかったわ。でも、あたしがいないと使えないわよ」
「あぁ、わかった。一緒に行こう」
狼刀にも断る理由はない。ドルフィンを仲間に加え、狼刀は町を出た。
「行くわよ。ロート」
ドルフィンは楽しそうに、笑顔でついてきた。
てってけてー
天空民の最後の生き残り、ドルフィンが仲間になった。
所持アイテムは天空民族衣装、旱の杖、破魔の指輪。
森の中の集落。技巧の町ネプトン。
狼刀にとってはこの町も四度目。ドルフィンと来るのですら三度目だ。
もはやおなじみとなったカイザーシャークの配下――死霊騎士の手荒い歓迎。もう四度も、八体も、倒しているため、攻略法は完璧。もはや、敵ではなかった。
狼刀は焦ることなく、二体を倒す。
「いまだ、ドルフィン!」
自己紹介は待つまでもない。狼刀はすぐにドルフィンに合図を出した。
「りょーかい」
軽い調子で返事をすると、ドルフィンは旱の杖を天にかざす。それに合わせて、背後にあった池が干上がった。どこかにいたであろう分身体も蒸発したのだろう。
「ほう。私の分身たちを倒せる人間がいるとは驚きましたねェ」
民家の扉を開け、カイザーシャークが姿を現した。
身長三メートルは下らない鮫型の異形である。とはいえ、分身体も含めて何度も見てきたその姿は、もはや見飽きていた。
「魔王軍では、カイザーシャークと呼ばれています。以後お見知りおきを」
いつもの名乗りを上げるカイザーシャークに向かって、狼刀は竹刀を構えて、走る。
「なっ、人の名乗りはしっかりと――」
カイザーシャークは慌てたように武器を構えるが、何もかもが遅かった。気づくのも、動きも。何もかもが、致命的に遅い。
狼刀は軽やかなステップで、無防備な横腹に竹刀を突き立てる。
「悪いな。聞き飽きたんだよ」
「ぐぁ……」
呻き声をあげ、カイザーシャークは消滅した。
火の町アレスコは、魔王配下の天軍師よって、脱出不可能の牢獄タウンとなっていた。とはいえ、他の町のようにいきなり襲われることはなく、普通に生活している住民もいる。
その中には鍛冶屋を営んでいる人もいた。狼刀が訪ねたのは、まさにそこ。鍛冶屋てっちゃんである。
目的は、魔封石を加工してもらうため。
「兄ちゃん。杖、持ってるかい?」
鍛冶屋の旦那――テッチリさんがそういった。
「連れが持ってる」
「なら杖を出しな、小娘。杖がないと加工できねんだよ」
鍛冶屋の姉御――テッカさんがそういった。
「わかったわよ」
ドルフィンは渋々といった様子で、旱の杖を差し出した。
「なんだいこりゃ。見たことのない宝石だが」
テッチリが宝石を見ながら、首を傾げ尋ねてくる。
「天空民の町に伝わる秘宝で旱の石って言います」
狼刀が答えた。
ドルフィンは何か言いたげな表情を浮かべたが、狼刀の視界には一切入っていない。
「元の効力を失わせずに、明日の朝までに加工できますか?」
「鍛冶屋の意地にかけて。やって見せるぜ、兄ちゃん」
「ああ、あたしらに任せて置きな。今日中にでも完成させてやるさ」
狼刀の無理難題に対して、鍛冶屋親子は自信に満ちた表情で答える。
狼刀は改めてお願いをし、宿屋に向かった。
そして夜が明けた。
ドルフィンが寝ていることを確認し、狼刀はひとりで鍛冶屋に向かった。あとで起きてくるかもしれないが、起こしてまで連れていこうとは思わなかったのだ。
「よ、待ってたぜ。兄ちゃん」
テッチリが完成した杖を掲げる。
「持ってきな。あたしたちの最高傑作さ」
テッカは誇らしげに笑った。前回は寝ていたはずだが、同じような行動をしていても変わることはあるのだろうか。
狼刀は鍛冶屋親子にお礼を言うと、
「この町に平和を取り戻して見せますよ」
そう言い残して、鍛冶屋を後にした。
宿屋でちょうど目覚めたドルフィンと合流し、天軍師のいる屋敷へと向かっていると、予想通りの人物が姿を現した。
「待ちたまえ、君たち」
浄衣を着た神官――ベリムトだ。
「あんた何よ」
ドルフィンは軽く飛び、見下ろすようにベリムトに問う。
「僕はべリムト。サンライト城の神官であります」
ビシッと音が聞こえそうなくらい勢いのある敬礼。その動きは、サンライト城で兵士と同じだった。
「姫を探してこの町に来たのはいいが、閉じ込められてしまい困っていたのであります」
べリムトは前回とまったく同じことを言う。
「それで? 俺たちは天軍師の屋敷へ向かうが?」
「僕も連れて行って欲しいのであります」
「わかった。一緒に行こう」
狼刀は、予定通り、べリムトを連れていくことにした。ただし、
「天軍師相手に、死絶魔法とかいうのは使うなよ」
一応、釘はさしておく。
てってけてー
サンライト城の死神神官、べリムトが仲間になった。
所持アイテムは聖浄衣《緑》、裁きの杖、制裁の腕輪、清水。
かくして、三人は町で一番大きな屋敷へと向かった。