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死神神官

 そして夜が明けた。


 狼刀はドルフィンをおいて町を出たりしない。天空民の最後の生き残り、ドルフィンを仲間にして旅をつづけるために。

 より厳密に言うなら、その杖を役立てるために。

 ドルフィンが目覚めると、狼刀は彼女をつれて洞窟に向かった。姫を助けるためではない。もちろん、後で助けはする。

 ただ、優先順位が高いのは火の町に巣くう天軍師を倒すことだ。

 一本道の明るい洞窟に、突如として分岐が現れる。狼刀はドルフィンより先に口を開いた。

「左に行くぞ。ドルフィン」

「み――」

 狼刀が先に行ってしまったので、ドルフィンは後ろに続いた。

「もー、待ってよ」

 一方的に結論を出して進んだ狼刀だが、ドルフィンがついてきたことに、小さく安堵のため息を吐いた。


 火の町アレスコ。魔王配下の魔物によって支配されており、脱出不可能となっている町だ。

 とはいえ、他の町のようにいきなり襲われることはない。狼刀は鍛冶屋てっちゃんへと向かった。

 魔封石の加工を依頼しにきたのである。

 これを使い杖を強化する――作り変えるというほうが正しいかもしれない――ことで、天軍師への対抗策になりゆると判断したからだ。

 このためにドルフィンを連れ歩いたといっても過言ではないだろう。

(あん)ちゃん。杖、持ってるかい?」

 鍛冶屋の旦那――テッチリさんがそう言った。

「連れが持ってる」

「なら杖を出しな、小娘。杖がないと加工できねんだよ」

 鍛冶屋の姉御――テッカさんがそう補足した。

「わかったわ」

 そういうと、ドルフィンは(ひでり)の杖を差し出した。

「なんだいこりゃ。見たことのない宝石だが」

 テッチリが宝石を見ながら、首を傾げ尋ねてくる。

 ドルフィンは勝ち誇ったような顔で、格好良くポーズを取った。

「それは、我が天空民(いちぞく)の秘宝にして、魔王を倒すための最終兵器よ」

 テッカも宝石に興味がわいたようで、テッチリと並んで、観察を始めた。

 ところで、ドルフィンってこんなこというキャラだっけ? というか、魔王を倒すための最終兵器というは初耳である。

 狼刀はそう思ったが、口に出したのは別の言葉だった。

「元の効力を失わせずに、明日の朝までに加工できますか?」

 狼刀は無理を承知ながら、難易度の高い要求をする。無理難題をふっかけて、その後に難題を要求するのは交渉の基本術だ。

「鍛冶屋の意地にかけて。やって見せるぜ、兄ちゃん」

「ああ、あたしらに任せておきな。一晩で完成させてやるさ」

 鍛冶屋親子は自信満々に答えた。

「え、あ、はい。お願いします」

 面食らったのは狼刀だ。慌てたように頭を下げて、二人に杖の加工を依頼する。ドルフィンはパタパタと飛びながら、その様子を眺めていた。


 その後、情報収集を行うと四つ――ではなく五つのことがわかった。

 一つ、火の町アレスコ。ここを支配する魔王軍の幹部は、天軍師を名乗る呪術(じゅじゅつ)に長けた魔物だということ。

 二つ、天軍師というのは、屋敷に住んでいた人の愛称であり、魔物が勝手に使っているだけということ。

 三つ、町の住人は基本的に行動は制限されておらず、反乱を起こすことすら容認されていること。

 四つ、この町にある唯一の絶対規則は不出。一度入ったものは決して出ることが許されないということ。

 五つ、この町を支配する魔物は人間の姿をしているが、太陽の手鏡という道具を使うことで本当の姿が現れるということ。


 五つ目の情報を得られたのは大きい。前回は得られなかった――前回は情報収集していないので、正しく言うなら前々回――情報だからだ。

 といっても、持っていないアイテムであり、外にも出られない以上、今回(・・)は役に立たないが。


 宿屋ではドルフィンの希望もあり、別々の部屋で泊まった。そのため、早朝に目を覚ました狼刀は、一人で、鍛冶屋てっちゃんに向かうことにした。

「おう。来たな、兄ちゃん」

 狼刀を出迎えたのは、鍛冶屋の親父――テッチリだ。テッカは静かに寝息を立てていた。

「杖はどうでしたか」

 狼刀が尋ねると、テッチリはニカッと笑う。

「バッチリよ」

 差し出された杖には、新たに青い宝石が埋め込まれていた。無理矢理という感じではない。元からそうだっかのように、調和がとれていた。

「ありがとうございます」

「報酬は、この町の平和で頼むぜ。兄ちゃん、嬢ちゃん」

「はい! ……え?」

 勢いよく頷いた狼刀だったが、テッチリのセリフを思い出し、首を傾げる。だが、幸いにも答えはすぐに提示された。

「……ロート」

 真後ろから聞こえた声は、宿屋で寝ているはずのドルフィンのものだ。

「ど、ドルフィン?」

「なんで置いてくのよ!」

「わ、悪い」

 その後。ドルフィンが文句を言い、狼刀が言い訳をするという光景が、鍛冶屋の前でしばし繰り広げられた。

 最終的にはテッチリの「テッカが起きちまうだろ!」という一括で、狼刀とドルフィンが脱兎のごとく逃げ出し、落ち着くこととなる。


 かくして。一悶着はあったものの、二人は天軍師の屋敷の前へとやって来た。

「待つであります」

 そこへ声をかける青年が一人。前回来たときはいなかったが、今回は有益な情報をもたらした人物である。

「あんた何よ」

 ドルフィンは軽く飛び、青年を見下ろす。

「僕はべリムト。サンライト城の神官であります」

 宝石のような緑色の瞳に、短く整えられた銀髪。神官の名に相応しい浄衣を身に纏いながらも、べリムトは敬礼で答えた。

 サンライト城。初めて聞く名前だが、あの廃城の名前だろうか。城をひとつしか知らない狼刀がそう考えるのは、自然の流れだった。

「姫を探してこの町に来たまではいいのでありますが、閉じ込められてしまい困っていたのであります」

 姫――洞窟にいたあの少女のことだろう。

 狼刀は心の中で、次の目的地を定めた。とはいえ、いまは目の前の敵をどうにかするのが、先だ。

「目的地は同じ。僕も連れて行って欲しいのであります」

「わかった。一緒に行こう」

 狼刀はべリムトの提案を快諾した。


 てってけてー

 サンライト城の神官、べリムトが仲間になった。

 所持アイテム、聖浄衣《緑》、裁きの杖、制裁の腕輪、清水。


 裁きに制裁。必死にキャラ立てようとしてるなぁ。と狼刀は思った――かもしれない。


「行くであります」

「ちょ、まて――」

 狼刀の静止も待たずに、ベリムトが屋敷の扉を開けた。大量の虫が溢れ出してくる。

死絶魔法(ラサース)

 べリムトがそう言い放つと、目の前に迫っていた大量の虫の大半が、消滅した。

「は……?」

「へ……?」

 狼刀とドルフィンが呆気に取られていると、

死絶魔法(ラサース)

 再びべリムトが魔法を放ち、残っていた虫を一掃した。

「さあ、行くであります。二人とも」

 呆然としている二人を意に介さず、べリムトは屋敷の奥へと消えていく。狼刀も、慌てて追いかける。ドルフィンはしばらく動けずにいたが、二人に遅れて屋敷へと入っていった。


 廊下の突き当り、様々な像が立ち並ぶ美術館のような部屋。そこに天軍師はいた。シルクハットに燕尾服、右手には杖を携えている。

「やあ、ようこそ。お二人さん、どうかおかけください」

 天軍師は、部屋の前に立つ狼刀とべリムトに座るよう促してくる。

死絶魔法(ラサース)

 天軍師の言葉など、まったく気にしないべリムトがそこにいた。

「また、あなたでしたか。大人しく帰れば、見逃してさしあげますよ」

「今度は、そうはいかないのであります」

 べリムトは決意を固めた表情で言い返す。

「そうですか」

 天軍師の表情に変化はなかった。返事など聞いていないかのように。それから、天軍師は優しい笑みを浮かべ、二人に語り掛けてくる。

「私は天軍師」

死絶魔法(ラサース)

「君たちが」

死絶魔法(ラサース)

「来るのを」

死絶魔法(ラサース)

「待っていたよ」

死絶魔法(ラサース)

「…………」

死絶魔法(ラサース)

「無駄ですよ?」

 話を聞かないべリムトに対して、天軍師が笑みを浮かべる。

 べリムトは、死絶魔法の連発をやめた。そして、

「我望むは汝らが死 我求むは汝らが屍 万者殲滅 死屍――」

 危険度の高い別の魔法を放とうとする。

相殺呪法(アルマロス)

 小さく、素早く天軍師が呟いた。

 町全体(・・・)に展開していた魔法陣が消滅する。もっとも、狼刀には魔法陣は見えていないし、ドルフィンは二人を探して屋敷を動き回っていたので、気づくことはなかったが。

 魔法陣を消されたべリムトは、驚くというよりは、安心したような表情を浮かべていた。

「まったく。町の住人を皆殺しにするつもりですか」

 天軍師は呆れたようにため息をつく。

 明らかに、立場が逆だった。

 べリムトはうつむいたまま動こうとしない。狼刀は、何が起こったのか理解することが出来ないでいた。

 その空気を壊したのは、天井を壊すようにして入ってきたドルフィンであった。素直にまっすぐ行けば着くのに、彼女は2階へ回っていたようだ。

「やっと見つけた。って、あれ? なんかタイミングまずかった?」

「そんなことはありませんよ。さあ、あなたもおかけください」

 天軍師はドルフィンに座るよう促してくる。

 ドルフィンは素直に天軍師の向かいに座った。狼刀と、少し遅れて死神神官・ベリムトも、天軍師の向かいに座る。丁度ドルフィンを挟むように。

 天軍師は満足そうに笑みを浮かべ、静かに口を開いた。

「私は天軍師。待っていたよ、勇者ご一行さん」

 どこからともなく、水の注がれた三つのコップを差し出す。まるで手品のような早業だ。

「どうも」

「どもー」

 狼刀とドルフィンは簡潔にお礼を述べる。べリムトは何も言わず、動きもしなかった。三人とも水には手を付けない。

「両手に花だね。お嬢さん」

「花? 見間違いよ」

「そうかね」

 執事達に色々な料理を出させながら、天軍師は話を進める。

「そういえば、まだ名前を聞いていなかったね」

「俺は結城(ゆうき) 狼刀」

「ドルフィン」

「べリムトだ……」

「みなさん。いい名前ですね」

 それぞれの自己紹介を聞いて、天軍師は楽しげに笑った。

「料理に毒なんて入っていませんよ。食べてください」

 天軍師はそう言いながら、料理を皿によそっていく。ドルフィンとべリムトは、一切それに手を付ける気配はない。しかし、狼刀は臆することなく、それを食べた。

「それで、この屋敷には何の御用で」

 天軍師が笑顔でそう聞いてくる。

「お前を倒しに来た」

「ほう。それでは、何故のんきに食事などしているのですか」

「うくっ……」

 天軍師の質問に、狼刀は嗚咽を漏らし、口を押えた。顔から血の気が引いていく。

「何故、倒しに来た相手の言葉を信じるのでしょうかね。結城 狼刀さん」

「なん、だ……と……」

 天軍師は笑顔を浮かべ、

「料理に毒が入ってないなんて、はったりに決まっているでしょう。致死毒草(トリカブト)。私の持つ毒草の中でも、優れた致死性を持つ植物が入ってますよ」

 言い切った。

 狼刀の顔が青ざめる。

「そろそろ、苦しみだす頃でしょうか」

 天軍師の言葉が合図かのように、狼刀は喘ぎ出した。飲み込んだものを吐き出さんとするように、体を大きくくねらせながら深い呼吸を繰り返す。

「き、貴様!」

 べリムトは怒鳴りながら席を立ち、そのまま、前に倒れこんだ。

「魔力の枯渇ですね。後先考えずに、魔法を使い続けるからですよ」

 天軍師は不気味な笑みを浮かべ、優しくべリムトに語り掛ける。

「くっ……太陽の手鏡さえ、あれ、ば……き、さ……」

 べリムトは、憎々しげにそうつぶやいた。

「三人まとめて、冥府に送っておいてさしあげますよ」

 そんなやり取りを横目で見ながら、狼刀の意識は途絶えていった。

 ――太陽の手鏡。そのキーワードを強く心に刻みんで。

 死因・毒殺

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