再会
蛇を最初に倒すのは、間違っていなかった。
入手した魔封石を持ってすぐにアレスコに行くのは、間違っていた。
ドルフィンを連れずに天軍師を倒しに行くのは、間違っていた。
けれど、魔封石とドルフィンがいれば、天軍師を倒せるという予感があった。
ふいに、微睡みから引っ張られるような感覚を覚え、まぶたを開く。
青年は白い部屋の中にいた。
白くて、何もなくて、天井も壁もわからない部屋。青年の体だけははっきりとしており、全身に力も入るのだが、奇妙な浮遊感のせいで上手く動けない。そもそも、自分が立っているか、寝ているのかさえわからなかった。
「ここは……?」
青年――狼刀の口から声が漏れる。
それは疑問文の体をなしていたけれど、答えを求めてのものではなかった。そもそも、狼刀はこの場所を知っている。
一度しか訪れていなくても、強く印象に残っている場所だ。
「ここは転生の間。って、答えれば満足?」
天使がふわりと舞い降りる。
「今までの中では、頑張った方だと思うけど、五回も死んじゃってさすがにもうあきらめる?」
狼刀の周りを飛び回る天使。
「ねー、どーすんの? 諦めるの? 魔王倒すの?」
狼刀は、その天使にただならぬ既視感を覚えていた。
最初にここに来たときに会っているから、当然と言えば当然なのだが、それだけでは何とも言えない。言うなれば、違和感があった。
「ちょっと、聞いてんの? ゆーきろーとさーん」
思考を巡らせ、狼刀は既視感の意味に気がつくと同時に、叫んだ。
「ドルフィン!」
「はぁ? いきなりどうしたの?」
怪訝な顔をする天使。
「お前、ドルフィンだろ? 天空民の」
狼刀は、確認するように言った。
態度といい、声といい、姿といい、似ているなんてものじゃない。髪や瞳の色こそ違うが、造詣は瓜二つ。むしろ、最初にドルフィンを見たときに、なぜ気が付かなかったのかが不思議なくらいである。
「確かに、あたしも天空民だったけど、ドルフィンじゃないわ」
「え……」
狼刀は間の抜けた顔を浮かべたが、天使は構わずに続ける。
「あたしは、マナティ。そして、あたしの妹が、ドルフィン。あの子は、まだ、あの世界で生きてるの。でも、このまま何もしないと、魔王に殺された天空民と同じ運命をたどってしまう。だから、他の天空民から特別な力を託されて、転生の間に残ったあたしには、ドルフィンを救う義務があるの。だから、強そうな人間を見つけては、あの世界に転移させてるの」
天使――マナティの長台詞を狼刀は呆然と聞いていた。
「いい? あたしの話、理解できた?」
「え、ま、まあ……」
「じゃ、決めて。魔王倒すか、諦めるか」
「…………」
マナティがいつになく真面目な表情を浮かべる。
「まあ、もし、もしもの話だけど……」
マナティはさらに言葉を続けるが、狼刀の意思は決まっていた。
「魔王を倒してやるさ」
攻略法は見えている。新たな敵が現れたって、何度でも立ち向かってやる。不可能なんてない。
真剣な顔の狼刀を見て、マナティは満足そうに笑う。
「じゃあ、いってらっしゃい」
「いってきます」
狼刀も、渾身の笑顔で応えた。
かくして、狼刀は異世界へと舞い戻る。
◇
「ここか」
狼刀が発する一言目が変わった。
仄暗い暗闇から注がれる複数の視線。などと、現状の確認をする必要すらなく、狼刀は状況を理解していた。
「よくきた。ゆうしゃよ」
低く威圧感のある、もはや聞きなれた声がして、狼刀は反射的に愛用の竹刀で攻撃を仕掛ける。老魔法使いは、完全な不意打ちに反応が間に合わず、消滅した。
「ひ、卑怯者ぉ!」
「この、人でなしが!」
周囲にいた魔物たちは怒り狂い、狼刀に襲い掛かる。魔物に人でなし呼ばわりされるというのはどうなのだろうか。
そんなことを考えつつも、狼刀は魔物たちの攻撃を躱し、あるいは受け流して、竹刀を振るう。
最後まで残っていたのは、無傷の狼刀、一人だけだった。
狼刀は城内で回収しなければいけないアイテムを回収。小さなコインはふくろに入れておき、最重要な聖水は手に持って、城の外に出た。
「な――」
狼刀は、あくまのきしの台詞を聞こうともせずに、聖水をぶちまける。
「――――」
声にならない悲鳴をあげ、あくまのきしは消滅した。
ここまでは問題がない。
まずは、あの巨大な蛇を倒す。そのあとは、こちらの大陸に戻ってゴーレムからのイベントをこなす。それが考える限りの最適解だ。それだけ思うと、狼刀は動き出した。
北の大陸にある魔封石の眠るアスガル洞窟。
「ミーに何かようデースか。人間」
いつ来ても変わらぬ問いかけをする大蛇に、狼刀は今までと違う応えかたをする。
「魔封石というのを探しに来た」
大蛇は割けんばかりに口を開いた。狼刀を呑み込まんとする構えだ。
狼刀は飛びかかってきた大蛇を受け流すと、首に竹刀を突き刺し、大蛇のスピードを生かして、全身を真っ二つに斬り裂いた。
大蛇は力尽きて動かなくなり、消滅。
狼刀は洞窟の奥で魔封石を回収し、洞窟を出た。
洞窟の外に出ると日が落ちたためか、あたりは暗くなっていた。星は出ているようだが、とても十分な明るさとは言えないだろう。
夜を越すだけならアレスコという手もあるが、一度入れば出られなってしまうため、避けるべきだ。
そんな折に見つけたのが、旅の宿ルナティークだった。
ログハウスのような作りで、中は簡易なベットがいくつかあるだけの、質素な造りだ。
管理人は若い男性で、元々はサタナキに住んでいたらしい。奇妙な縁もあったものである。狼刀はサタナキについての雑談に、しばし花を咲かせていた。
そして夜が明けた。
狼刀は要塞都市サタナキの入口の前で、ゴーレムと対面。魔王軍幹部の魔物の一撃よりも重たいであろう攻撃を躱し、竹刀を突き立てる。
「グオォォォォォー」
空気が震えるような叫びを残し、ゴーレムは砕け散った。
狼刀は悲劇の巨人の冥福を祈り、町の中に入っていく。待ち受けていたのは一人の老人だった。
「ようこそ、旅の方。あのゴーレムを倒してしまうとはお見事です。是非とも、この町の守護者になってもらえませんか」
前回と同じ流れである。
「申し訳ありませんが、私には魔王討伐という目標があるので……」
狼刀は、魔王討伐のためと言って断った。
老人――長老のカッシーニは残念がりながらも、もてなしをしてくれる。そうなると、狼刀は知っていた。
「そうですか。ではせめて今は、この町でゆっくりしていってください。お礼の品も用意しますゆえ」
狼刀の予想通りの――というか、前回とまったく同じ――展開である。
「心遣い感謝いたします」
狼刀のセリフも、前回とまったく同じだった。
その夜。町では宴が催された。
狼刀は前と同じように、住人達から話を聞いて回ったが、サタナキ出身の宿主について知っている人はいなかった。彼は町のことに詳しかったのにである。
まあ、住民票もお役所もないところで、全員をしっかり把握するのは無理ということだろう。
狼刀も四桁くらいいてもおかしくない住人のことは、長老を除いて覚えられなかった。
翌朝には城壁の盾というアイテムを入手。同じ手順を踏めば、同じ結果にたどり着く。それは実にゲームのような感覚だった。
柵に囲まれた荒野の一角にあるのは、天空民の町ワラフスだ。現在は魔王配下の魔物によって支配されているが、住民は一人しかいない。
とはいえ、その一人や入手アイテムは貴重であり、放っておくわけにはいかないイベントだ。
狼刀は三度この町を訪れ、エンペラーダイルと対峙する。
「狩りに時間はかけない主義でな。我が必殺技を見せてやろう」
一言一句違わぬセリフを言って、エンペラーダイルは両手を地面に突き刺した。攻撃方法も一切変化はない。狼刀はその攻撃を躱そうとは思わなかった。
城壁の盾を構え、エンペラーダイルを待ち受ける。
「そんな盾ごときで、我が必殺技を防げるものか」
そのセリフで狼刀は勝ちを確信した。
エンペラーダイルはその大きな顎で盾に噛みついた――否、噛みつこうとした。
狼刀が後ろに数歩下がったために、エンペラーダイルの牙は空振り。勢いを御しきれずに、盾に激突した。
エンペラーダイルが姿勢を立て直す前に、狼刀が一歩踏み込んだ。硬い盾を押しつけて、のしかかられるように倒れ込む。
エンペラーダイルは、盾の下敷きとなり、身動きが取れなくなる。
その隙を見逃さずに、狼刀は竹刀をその横腹に突き立てた。
「ぐあぁぁ……」
エンペラーダイルは短く悲鳴をあげると、消滅した。
町を探索すると、前回同様、住人が一人もいないのことが確認出来た。村の最奥――旱の祠にも、前回同様、旱の石が供えてある。狼刀は、石に触れることなく、空を見上げた。
天使にそっくりな少女――ドルフィンはそこにいた。
「あんた何よ」
「俺は結城狼刀、魔王討伐の旅をしてる。君は?」
狼刀は簡潔に自己紹介を行い、ドルフィンへと問いかける。狼刀は答えを知っているから、聞かなくても問題はないのだが、不自然にならないためには必要な手順だ。
ドルフィンは値踏みするように、狼刀の周りを飛び回ってから答えた。
「あたしはドルフィン。偉大なる天空民、最後の生き残りよ」
顔の造形はマナティと瓜二つ。初対面の時になぜ気が付かなったのか不思議なくらいだ。
「この町に巣くう魔物を倒してくれたことには感謝するわ。それで、この秘宝になんか用があるの?」
回りくどい説明は不要。
「協力してほしい。魔物に支配された町を救うためにその秘宝が必要なんだ」
狼刀はストレートに要件を告げた。
「わかったわ。でも、あたしがいないと使えないわよ」
その回答は予想の範囲内。狼刀にも断る理由はない。ドルフィンを仲間に加え、狼刀は町を出た。
誰もいない、無人の町を。
「さあ、行きましょう。ロート」
ドルフィンはどこか楽しそうに、笑顔で浮いていた。
てってけてー
天空民の最後の生き残り、ドルフィンが仲間になった。
所持アイテムは天空民族衣装、旱の杖、破魔の指輪。
技巧の町ネプトンは魔王配下の魔物によって支配されている。狼刀は三度その町を訪れていた。
ドルフィンにはひとまず隠れていてもらう。
狼刀が相対するのは、鎌を持った二体の骸骨――死霊騎士。手荒い歓迎だが、既に慣れたもので、狼刀に焦りはない。
隙が生まれれば、決着は一瞬だった。
「ほう。死霊騎士を倒せる人間がいるとは驚きましたねェ」
部下を倒せば親玉――鮫型の魔物が現れる。
「魔王軍では、カイザーシャークと呼ばれています。以後お見知りおきを」
丁寧に、聞きなれた自己紹介をするのは分身体。判断した基準は、両手に持った大剣だ。
「降伏する気は――」
狼刀は、分身体がそのセリフを言い終わるよりも早く、合図を出す。
「いまだ、ドルフィン!」
「りょーかい」
軽い調子で返事をすると、ドルフィンは旱の杖を天にかざした。
目の前にいた分身体が蒸発して消え、背後にあった池が干上がる。
「ほう。私の分身たちを倒せる人間がいるとは驚きましたねェ」
民家の扉が開き、何度も見てきた分身体に酷似した魔物が、ゆっくりと現れた。両手で持つのは重量級の三叉槍型の武器で、体長は分身体よりも大きく、三メートルは優に超えているだろう。
紛れもなく本体だ。
「魔王軍では、カイザーシャークと呼ばれています。以後お見知りおきを」
名乗りは相変わらず、分身体とさえ変わらないが。
トライデントを構えたその姿も、刺突の速度が分身体よりも遅いことも、前回と同じ。狼刀は余裕をもって攻撃を躱すと、背中に竹刀を突き刺した。
「ぐぅ……」
呻き声をあげカイザーシャークは消滅した。
狼刀は開放された住人達から話しを聞き、眠りについた。