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天軍師

「ここは……?」

 今回も狼刀(ろうと)が発したのは、いつもと変わらぬ一言だ。だが、狼刀は確認するまでもなく理解していた。この世界に初めて来た場所に、戻されたのだと。

「くそっ」

 狼刀は力任せに竹刀を振った。

 二度の失敗を乗り越えて、三度目は順調に進んでいたのだ。それを、魔王軍の幹部ではなく、野生(のら)の蛇にやられた狼刀の気持ちは想像に難くない。

 そんな人間に不用意に話しかければ、どうなるかは明白だ。

「よくきた。ゆう――」

「うるさい!」

 さすがの老魔法使いでも、その一撃を防ぐことは出来なかった。

「よ、よくも!」

「卑怯者ぉ!」

「うっさい!」

 叫びをあげる魔物達に負けないくらいに声を張り上げ、狼刀は感情のままに竹刀を振るう。理路整然とした剣道の型とは違う。荒々しく、混沌とした獣のような剣の舞踊。異世界での戦闘を通じて、狼刀の剣技は新たな次元へと進化しつつあった。

「ちっ……」

 僅かばかりの傷を負いながらも、残ったのは狼刀だけだった。そこに喜びはない。今までは、無傷で乗り越えられた戦闘なのだ。傷を負ったということは、戦闘の質を意味していた。

 気分と同じように暗い部屋を抜け、狼刀はまっすぐ外に出た。

「なんだ。貴様」

 今までと同じように、漆黒の全身鎧が現れる。

 だが、狼刀は今までと同じではない。

 城内をまともに探索していない狼刀は、伝説の聖水を持っていなかった。

「しまったっ……」

 慌てて戻ろうとする狼刀だが、扉は固く閉ざされたままビクともしない。控えめにいって、絶望的だ。

「敵に背を向けるとは、愚か」

「はっ。ほんとにな」

 狼刀は自嘲気味に笑うだけで避けようとはしなかった。


 ◇


「ここは……?」

 呟きながら、狼刀は周囲を見渡した。

 仄暗い空間だ。柱についた松明には明かりが灯っておらず、小さな明り取りから差し込む日差しが唯一の光源だ。

「よくきた。ゆうしゃよ」

 すっかり聞き慣れてしまった低く威圧感のある声で老魔法使いが現れた。

「おまえに……」

 忘れる前に、狼刀は竹刀で攻撃を仕掛けた。杖で防がれるものの、焦りはない。勝てない敵ではないのだ。

 あとのことは、倒してから考えればいい。

「よ、よくも!」

「卑怯者ぉ!」

 老魔法使いを消滅させると、周囲にいた魔物たちは激高し、狼刀に襲い掛かる。

 狼刀は今までと同じように攻撃を(かわ)し、あるいは受け流し、竹刀で魔物を倒していった。

 残ったのは一人だけ。

 その表情はいつになく硬かった。


 狼刀は城内で回収しなければいけないアイテムを回収。特に、伝説の聖水については持っていることを何度も確認した上で、城を出た。

「なんだ」

 あくまのきしのセリフを遮って、聖水をふりかける。

「――――」

 それから、狼刀は今後の方針について考えた。

 まずは、巨大なヘビたちを早めに倒さないと、のちのち厄介になること。触れなければいいのではないかとも思うが、重要なアイテムがあるとゲーム勘が反論する。放っておけば溢れ出して町を襲うのではないかと、正義感が賛同。なにより、負けっぱなしのまま終わることは、自尊心が許さなかった。

 ゴーレム以降の流れは問題ない。その前に、片付ければいいだけだ。

 そこまで考えて、狼刀は動き出した。


 北の大陸へ向かう洞窟の中は、前と同じように明るかった。道も途中までは一直線で迷うことがない。分岐点では、迷うことなく左の道へ進んだ。

 右に行けば、ドラゴンとの戦闘は避けられない。

 ドルフィンやトライデントがない状態では、勝てるかわからないのでスルーする。火の町アレスコも今はスルー。

 狼刀は、北の大陸にある洞窟の前までやって来た。そこで、前回来たときは気が付かなかった立て札を見つける。

「アスガル洞窟。魔封石(まふうせき)のとれる場所。採った魔封石の加工は、火の町アレスコ一の鍛冶屋てっちゃんまでどうぞ。現在は魔物が住み着いているので、大変危険です」

 最後の一文だけは、筆跡が違った。おそらく、違う人が書き足したのだろう。ただ、危険なのはすでに知っていた。

 覚悟を決めて狼刀は洞窟へと足を踏み入れる。

「ミーに何かようデースか。人間」

 予想通りに、蜷局(とぐろ)を巻いた巨大な蛇が、洞窟の中央に鎮座していた。

「魔封石というのを探しに来た」

 狼刀は平静を装い問いかけに答える。

 前回とは違う展開。当然、大蛇の動きも前回とは異なるものだった。割けんばかりに口を開き、狼刀を丸呑みにせんと迫る。

 狼刀は大蛇の攻撃を軽く受け流すと、胴を真っ二つに叩き切った。大蛇は少しの間、体をうねらせていたが、やがて力尽きて動かなくなり、消滅。

 小さな蛇がやってくる気配はなかった。

「終わりか……」

 小さく呟いて、狼刀は洞窟の奥へと向かった。

 鉱石や宝石の散らばる道を抜け、たどり着いたのはドーム状の空洞だ。中央には巨大な青色の宝石が山のごとく存在していた。他の鉱石とは明らかに輝きが違う。おそらく、これが魔封石なのだろう。

 狼刀は宝石の一部を削り取って、火の町へと向かった。


 日も暮れていたため、狼刀はすぐに宿で眠りについた。そして翌朝。洞窟にあった看板に書かれていた鍛冶屋てっちゃんを訪れた。

 目的はもちろん、魔封石の加工。これを使うことで、あの天軍師を倒すことが出来ると思ったからだ。だが、

「兄ちゃん。杖、持ってるかい?」

 鍛冶屋の旦那――テッチリさんはそう言った。杖?

「これは本物の魔封石だけど、杖がないと加工できねんだよ」

 鍛冶屋の姉御――テッカさんがそう補足した。

 どうやら、また順番を間違えたらしい。魔封石を手に入れても、これでは対抗手段にはなりえない。――杖を持っている奴(・・・・・・)を、連れてくる必要がある。

 狼刀は、収穫のないまま鍛冶屋を後にすると、町一番の屋敷へ向かった。扉を開けると、大量の虫が襲い掛かってくるため、竹刀を構える。

 だが、虫は飛び出して来なかった。

 蛇と同じように来た時期によるのだろうか。

 少し拍子抜けながらも、狼刀は屋敷の中へと入っていった。

 二階まで吹き抜けた玄関に、廊下に敷かれた赤い絨毯。壁には絵画が並び、突き当りには、宝石が散りばめられた大きな扉。外見だけでなく、中も随分と豪華な造りをしていた。

 狼刀は廊下の突き当たりにある扉を勢いよく開く。

「やあ。ようこそ」

 考える人みたいな石像やツタンカーメン風のなにか、天秤を持った像に両腕のない女神みたいな像。そんな芸術品の中央にそれ(・・)はいた。

 シルクハットに燕尾服、右手には杖を持った優男。見た目だけなら、執事とか英国紳士という言葉が似合うだろうか。

 それ(・・)はあまりにも人間だった。

 前回の焼けた屋敷から何事も無かったかのように出てきたことから、人外である可能性は高いのだが、見た目は人間以外の何者でもない。

「まあ、かけたまえ」

 放心状態の狼刀に、それ(・・)は優しく声をかけた。

「はい……」

 狼刀は促されるまま、近くにあった椅子に座った。それ(・・)は優しい笑みを浮かべ、テーブルを挟んで、狼刀の向かいに腰掛ける。

「私は天軍師(てんぐんし)。待っていたよ、勇者くん」

 天軍師は静かにコップを差し出した。中に入っているのは、透明な液体――おそらくは水だろう。

「どうも」

 狼刀は水には手を付けず。軽く会釈。

「名前は、何というのかな?」

「俺は結城(ゆうき)狼刀。魔王を倒すために旅をしている」

「目的は知っているよ」

 天軍師はどこからか現れた執事達に様々な料理を出させ、話を進める。

「それにしても、結城狼刀か。実に珍しい名前だね」

「名前は気にしないでください」

 狼刀が料理に手を付けることはなかった。

「料理に毒なんて入っていませんよ。どうぞ、お食べください」

 天軍師はセリフを証明するように、料理を食べて見せる。とはいえ、手をつけたのは一品だけだった。

 他の料理が安全だという保証はない。

 そもそも、天軍師が食べたからといって、安全であるという保証がなかった。

「それで、この屋敷には何の御用で」

「お前を倒しに来た」

「ほう」

 天軍師の表情が崩れる。待っていましたといわんばかりの満面の笑みだ。

「それでは、何故のんきに会話などしているのですか」

「くっ……」

 天軍師の質問に、狼刀は口ごもった。

 天軍師(こいつ)を倒さなければならないことはわかっている。前回の記憶から、天軍師(こいつ)が人間ではないことも。

「まあ、無理もないことですが」

「なんだと……」

 天軍師は口角を吊り上げ、

「君が私に攻撃できないのは、私を魔物(てき)だと思いきることが出来ないからです」

 言い切った。

 狼刀の頬を一筋の汗が流れ落ちる。

「その反応は、図星のようだね」

 天軍師の言葉で、狼刀は自分の呼吸が浅くなってることに気がついた。

「そ、そんなことはない」

 狼刀は、一言返すだけで精一杯だった。

「まあ、仕方のないことですよ」

 天軍師は口角をさらに釣り上げ、不気味な笑顔を浮かべる。それでも声の調子は変えず、優しく狼刀に語り掛けた。

 狼刀は水を飲み、呼吸を整える。

「飲みましたね?」

 そして、意識が途絶えた。


 誰かの声が聞こえたような気がして、狼刀は目を覚ました。

 壁はコンクリートような冷たく、目の前には固く閉ざされた鉄格子。手足には鉄枷が嵌められ、鎖で壁につながれおり、足には鉄球もつけられていた。

 まるで、囚人のような格好だ。

「ここは……?」

 狼刀が発した一言は、奇しくも廃城に現れるときのそれと同じであった。

 一つだけ違うとしたら、その問いに答える存在がいたということだろうか。狼刀をここに閉じ込めたであろう張本人。シルクハットに燕尾服、左手に杖を持っていた優男――天軍師が狼刀の目の前に立っていた。

「ここは屋敷の地下牢獄ですよ」

 天軍師は不敵な笑みを浮かべている。

「君は催眠草入りの水を飲んだためここにいるんだよ」

 天軍師は、鍵を使って鉄格子の扉を開けた。狼刀から目を離すことなく、天軍師は目の前までやってくる。

「料理には、本当になにも入っていなかったのだけどね」

 天軍師は笑顔でそういうと、狼刀の頭に右手をのせた。

「実に、実に興味深い……。君は、一体何者なのかな?」

 天軍師は、頭から手を放し、左手に持った杖で狼刀の胸を貫いた。

「まあ、ゆっくり聴かせてもらいますよ。嫌でもね」

 ただし、治癒の力を帯びた一撃は殺すためのものではない。目的は拷問だ。けれど、その選択は間違っていた。

「……なに?」

 天軍師の顔が初めて曇った。

 それを気にする余裕は狼刀にはない。彼はただ、天軍師に底知れぬ恐怖を感じていた。

 ゲームではない。

 これも現実なのだときちんと理解するようになったからこそ、天軍師に心から恐怖している。人の形をした敵に。

 意識が遠のいていく中、狼刀は自分の最初の死様について思い出した。


 結城狼刀は高校二年生。剣道部の所属で周りの生徒からは神童と呼ばれており、その実力は全国レベルだった。

 趣味は、テレビゲーム――特にアクションRPG――とアニメ。

 特別裕福ではないが、貧乏でもなく。家族の仲も悪くない、そんな家庭で過ごしていた。

 死の要因となったのは、ゲームをしながら「死んだら異世界に転生できるかな」といった結城 狼刀にたいして引きこもりな妹が、「やってみれば?」と、言ったことである。

 売り言葉に買い言葉。「やってやる」と言い残し、結城 狼刀は二階にある自分の部屋の窓から飛び降りた。

 狼刀はそこまでの記憶を取り戻した。

 死因・斬殺(あくまのきし)

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