ドラゴン・姫・魔法
洞窟の中は意外にも明るく、たいまつや周囲を照らす魔法みたいなものは必要なかった。まあ、持っていないし、使えないのだが。
ゴツゴツとした荒削りな洞窟ではあったが、分かれ道はなく、トライデントを振り回しても通行に支障がないくらい道幅が広い。
多く出てくるのは、土竜や石竜子が大きくなったような魔物。他には地面から生えてる土の手のような魔物がいた。一つ一つは弱いのだが、仲間を呼び、増殖するのだ。
狼刀は竹刀、ドルフィンはトライデントを使い、ほぼ一撃で撃破していたが、数が多いのだけは大変だった。
宝箱のようなものはない。
通路以上の意味はないのだろう。
少しでも早く抜けようと狼刀が足を早めると、三叉路が現れた。二手に分かれているのでない。?の字に分かれたまさに三叉路だ。
「さて、どっちに行くべきか」
「右よ。右」
立ち止まってゆっくりと考える狼刀と、一瞬立ち止まりすぐに結論を出して進んでいくドルフィン。
ドルフィンを無視していくわけにもいかない狼刀は、仕方なく、ドルフィンの後ろをついていく。しばらく進むと、奥から唸り声のようなものが聞こえてきた。
「ボスがいるのかよ……」
狼刀は強敵の予感にため息をこぼす。
「グルルルル……」
巨大な石竜子のような見た目で、背中には小さな羽を生やした――ドラゴンと呼ぶのがふさわしい――緑色の魔物と遭遇した。
ドルフィンは慣れた調子で三叉槍型の武器をドラゴンに突き刺す。道中、他の魔物にしてきたのと同じように。
だが、結果まで同じように、とはいかなかった。
「グルアアアア」
ドラゴンは怯むことなく、口から雷を放ち反撃してくる。ドルフィンは、翼に雷を喰らいながらも、突き刺さったままのトライデントを引き抜いた。ドラゴンから距離を取ったところで、着地する。
しばしにらみ合う両者。
その沈黙を破ったのは、狼刀だった。
「ドルフィン。トライデントを地面に突き刺して離れててくれないか」
ドルフィンは狼刀に策があることを理解したのか、言われた通りにトライデントを地面に突き立てた。
それを確認した狼刀は、ドラゴンに向かって走り出す。ドラゴンがどんな攻撃を用意してるかはわからないが、雷以外なら躱せる自信が狼刀にはあった。懸念材料であった雷への対策した今、狼刀がドラゴンに向かって突っ込んでいくのは、無謀ではない。ぶっつけ本番ではあるが。
ドラゴンは向かってくる狼刀に向かって、雷を飛ばす。雷は狼刀に真っすぐ向かっていき、頭上を通過した。その間に狼刀はドラゴンに肉薄し、さっきトライデントがつけた大きく深い傷跡に、竹刀を差し込む。
「グ、ルアァァ……」
わずかに呻き声をあげ、ドラゴンは消滅した。
「今、何が起こったの?」
ドルフィンはトライデントを回収し、狼刀に尋ねる。
狼刀は、避雷針についてドルフィンに説明した。避雷針。一般的には建物に雷が落ちないように設置するものである。といっても、異世界においては説明したところで理解はされない――はずだった。
「あー、誘雷柱の原理かぁ」
ドルフィンは納得したように頷く。名称は違うが、原理は同じだろう。異世界恐るべし。
ちなみに、この誘雷柱というのは天空民特有の技術であり、他の場所では基本的に通じないということを、狼刀は知らない。
異世界人と天空民達の誤解を解ける人間は、いなかった。
さらに言えば、雷が狼刀に当たらなかったのは誘雷柱――避雷針として機能したからではない。ドラゴンが外しただけ、つまり運が良かっただけだ。
もう一度同じ状況になった時に、同じようにいくとは限らなかった。
「あの」
少女の声が、ドラゴンのいた場所の奥から聞こえていた。少し遅れて、闇の中から少女が姿を現す。
黄色いドレスを纏い、鮮やかな赤髪には、銀の髪飾り。その姿は、少女というよりは姫といった方がふさわしいかもしれない。
「助けてもらってありがとうございます」
少女――もとい姫は、二人にお礼を言うと、一人で狼刀たちが来た道へ歩いて行った。
狼刀とドルフィンはしばらくのあいだ呆気に取られていたが、急いで姫の後を追いかける。
しかし、日が傾く頃になっても姫に追いつくことは叶わなかった。最初の城まで、いけるところは全て探したがどこにもいない。
諦めた狼刀は、日を改めて、先に進むことにした。
火の町アレスコ。鉄を打つ音と中央にある大きな屋敷が特長的な町だ。当然、現在は魔王配下の魔物によって支配されている。
といっても、他の町のようにいきなり襲われることはなかった。翼が癒えきっていないドルフィンを宿屋において、情報収集を行った。
情報収集の結果、わかったことは四つ。
一つ、火の町アレスコ。ここを支配する魔王軍の幹部は、呪術に長けた天軍師を名乗る魔物だということ。
二つ、天軍師というのは、屋敷に住んでいた人の愛称であり、魔物が勝手に使っているだけということ。
三つ、町の住人は基本的に行動は制限されておらず、反乱を起こすことすら容認されていること。
四つ、この町にある唯一の絶対規則は不出。一度入ったものは決して出ることが許されないということ。
未確定情報ではあるが、実際に反旗を翻した人がいたのだとか。
宿屋に戻った狼刀は、ドルフィンを連れ、天軍師のいる屋敷へと向かった。
町の中央にある一番大きな屋敷である。
「さあ、倒すわよ!」
「あぁ、行こう」
それぞれの武器を構えて、二人は屋敷の扉を開けた。中から飛び出したのは、大量の虫。視界を覆い尽くさんばかりの大群だ。
狼刀は攻撃を躱しながら、竹刀を振るって、虫を消滅させた。ドルフィンは攻撃を受けながらも、身体より大きなトライデントを振り回して、虫を倒している。
しかし、大群は一向に減らなかった。
「キリがない!」
減らないことに耐えきれなくなったドルフィンは奥の手を使うことを決めた。後ろに下がり、距離を取る。
奥の手は、発動まで少しばかりの時間が必要だ。やるなら、狼刀が敵をひきつけている間しかない。
杖を天高くかかげ、詠唱を始める。
「爆ぜろ 焔えろ 焼き尽くせ 優雅に 情熱的に舞い踊れ 我が魔力を糧として 虹の焔を具象せよ」
屋敷を取り囲むように、魔法陣が展開される。
「ロート、よけて! こいつら一気に片付けるから」
狼刀は軽く頷くと、後ろに下がり、木の陰に隠れた。
ゆっくりしている暇はない。狼刀が射程外にいることを認識して、ドルフィンは魔法を発動させる。
「爆焔大魔法」
魔法陣から虹色の爆焔が噴き出した。激しい爆焔が屋敷を包み、虫を焼き尽くす。直接喰らわなかった虫達も、熱に当てられ溶け落ちた。
爆焔の中で、屋敷が崩れていく。
魔法により発生したすさまじい熱によって、周囲の建物や木も少し溶けていた。
――予想よりも威力が強い。狼刀にもダメージを負わせてしまっているかもしれない。
ドルフィンはそう思って狼刀の方を向き、驚愕した。
狼刀の周囲の建物や木が、わずかだが溶け出している。狼刀のいる場所も、多少はなにかあるだろう。なのに、狼刀は何事もないかもごとく――驚いて固まってるようにもみえるが――その場に立っていた。
ドルフィンは状況を理解して一言。
「すごい……」
そう呟いた。
狼刀は、状況が理解できずにいた。
ドルフィンが何か呟いたと思ったら、突然、屋敷がまるで爆発したかのように崩れ、虫達が次々と消えていったのである。
その後、遅れて現れた炎が屋敷を包む。包み込んで燃えし、焼け落とす。これが、この世界における魔法。
狼刀はそう理解した。
メラメラと燃える赤い炎は建物を容赦なく焼き尽くす。木製の屋敷ではないのだろうに、火の勢いは衰える気配がない。
狼刀は思わず声を発していた。
「すごい……」
と。
爆焔が屋敷を焼き尽くして消える。
そのタイミングを待っていたかのように、それは、瓦礫の中から出てきた。
「すごいとは、誉め言葉ですかね?」
そのセリフは、どちらの発言に対してのものなのか。あるいは、どちらに対してもなのか。それ以外には知る由はない。
それは、シルクハットに燕尾服、右手には杖。紳士のような服装をしており、瓦礫の中から何事もなかったかのように出てこなければ――それこそ、町で普通に生活していたら――人間としか思えなかった。
「それにしても。いきなり、爆焔魔法で屋敷ごと燃やすなんて、ひどいじゃありませんか」
爆焔魔法とそれは言い切った。爆焔というと齟齬をきたすような気がしたが、魔法ということで狼刀は納得した。
それが不気味な笑みで、狼刀を見つめる。光の灯っていない暗い瞳と目が合った。狼刀は金縛りにあったかのように動けなくなってしまう。
「まあ、今回はその力に免じて引きましょうか」
それは、深々と頭を下げて、消えた。
その夜。アレスコでは宴が開かれた。天軍師を退けた二人は町を救った英雄としてもてなされた。釈然としなものを感じながらも、二人は宴を――少なくとも表面上は――楽しんだ。
そして夜が明けた。
狼刀は、早朝――町の人やドルフィンが目覚めるよりも早く町を出た。目的地があったわけではない。ただ、あの町にはいたくなかったのだ。
西へ向かって歩いていると――北側と東側は海だったからというだけだ――狼刀は洞窟を発見した。丸いドーム状の洞窟だ。どこかに繋がっているというわけではないだろう。どちらかといえば、重要アイテムの眠るダンジョンといった趣だ。
吸い込まれるように中へと入っていく狼刀は、立て札に気づかなかった。
「ミーに何かようデースか。人間」
洞窟の中央に、蜷局を巻いた巨大な蛇が鎮座していた。
狼刀は蛇の問いに答えることなく、斬りかかる。大蛇は微動だにしない。けれど、狼刀の竹刀は届かなかった。体に群がる大量の蛇によって、動きを封じられたのだ。足を取られ、狼刀は地面に倒れてしまう。
「ミーの子供たちデース。あっという間に、立派な戦士に成長したのデース」
狼刀は、竹刀で抵抗を試みるが、数の前に終始押され気味であった。次第に、体の自由が利かなくなっていき、意識が遠のく。痛みはないが、体には力すら入らなくなっていく。
「はっ……」
自嘲気味に笑うと、狼刀は静かに目を閉じ、自分の最初の死を思い出していた。
結城狼刀は高校二年生。剣道部に所属しており、その実力は全国レベルだった。
趣味は、テレビゲーム――特にアクションRPG――とアニメ。
特別裕福ではないが、貧乏でもなく。家族の仲も悪くない、そんな家庭で過ごしていた。
死の要因となったのは、ゲームをしながら「死んだら異世界に転生できるかな」と言った結城 狼刀にたいして妹が、「やってみれば?」と、言ったことである。
売り言葉に買い言葉。「やってやる」と言い残し、結城 狼刀は二階にある自分の部屋の窓から飛び降りた。
狼刀はそこまでの記憶を取り戻した。
願いは叶っていた。そう思ったとき、狼刀は四度異世界へ旅立った。
死因・絞殺