ヒロイン加入
そして夜が明けた。
狼刀はお礼の品として、城壁の盾というアイテムをもらった。あのゴーレムの一撃を一度だけ防ぐことが出来る硬さらしい。とても重くて、普段から装備して戦うということは出来なさそうだが、狼刀の頭には一つの使い道が浮かんでいた。
柵に囲まれた荒野の一角・天空民の町ワラフス。狼刀は再びこの町を訪れ、機械で奇怪な巨大鰐――エンペラーダイルと対峙していた。
エンペラーダイルは、どことなくホッチキスを思わせるような顎を薄らと開く。
「狩りに時間はかけない主義でな。我が必殺技を見せてやろう」
エンペラーダイルはチェーンソー型の両手を地面に突き刺し、回転させた。繰り出されるのは、猛スピードの突進だ。
狼刀はその攻撃を躱しはしなかった。城壁の盾を突き出し、受けて立つ姿勢を取っている。
「そんな盾ごときで、我が必殺技を防げるものか」
エンペラーダイルはその大きな顎で盾に噛みついた。が、エンペラーダイルは盾の硬さに負け、口から血を吐き出し後ろに倒れこむ。さらに、痛みのあまり、手で口を抑えようとして、よけいに傷口を広げた。
魔物でも血がでるのか、などと的外れな感想をいだきつつ、狼刀はその隙を見逃さない。無防備にさらされた腹部に竹刀を突き立てる。
「あ、がが……」
エンペラーダイルは悲鳴をあげ――口全体が大きなダメージを負っていたので声になりきっていないが――消滅した。
狼刀は、遅れてやってきた吐き気に口を押えた。
少し休むことで――吐き気はしたが吐瀉物はない――落ち着いた狼刀が、改めて町を探索すると、あることが判明した。
住人が一人もいないのである。建物が見当たらなかったことから予想していたことではあるが。
狼刀はついに、村の最奥――祠のような場所にたどり着いた。
木で造られた小さな祠と石の台座。その台座の上に、お供え物のような形で、橙色の石が置かれていた。
これがこの町での入手アイテムか。そう思った狼刀は、一度手に取ってみたが石の正体はわからなかった。
「あんた何よ」
声は真上から聞こえてきた。
狼刀が見上げると、翼を生やした裸足で白――少女がいた。
狼刀は無言で正面を向く。
「なんで無視すんのよ」
狼刀の反応がお気に召さなかったらしい少女は、狼刀の目の前に降りてくる――謎の石の上に。
「あっつ!」
少女はその石の熱さに驚き、飛び上がり、コントロールを失ったように狼刀の後方に墜ちた。
狼刀は少女に近づくと、そっと手を差し出す。少女は起き上がり、狼刀の手を取ることなく立ち上がった。といより、狼刀に対して背を向けていたので、その手に気が付かなかったのだろう。狼刀は、少女が振り返るよりも早く手を戻した。
少女は狼刀のほうを向くと、改めて問いかける。
「あんた何よ」
「俺は結城狼刀、魔王討伐の旅をしてる。君は?」
狼刀は簡潔に自己紹介を行い、少女へと問いかけた。少女は値踏みするように、狼刀を観察してから答えた。
「あたしはドルフィン。偉大なる天空民、最後の生き残りよ」
天空民。看板に書いてあったことと一致している。
狼刀は改めてドルフィンを見た。
背中から翼が生えていること以外は普通の少女と何一つ変わらない。裸足なことと白いワンピースのような恰好ということが、異世界基準では、変わってるといえば変わっているようにも思えるが。
栗色の髪の毛や黄色い瞳は、出会った人が少ないので珍しいかどうかはわからない。まあ、異世界にしては少し地味な色だというくらいだろうか。
それに、どこかで……
「この町に巣くう魔物を倒してくれたことには感謝するわ。それで、この秘宝になんか用があるの?」
狼刀の思考は、ドルフィンの面倒そうに、かつ空中から見下すように、高圧的に放たれた言葉によって中断させられた。
対して狼刀は、臆することなく――正しくいうなら動揺を悟られないように――ドルフィンと向かい合う。
時に質問し、時には下手にでることで、彼女から情報を聞き出した。
この町には、かつて多くの天空民が暮らしていたこと。
いまこの地を支配している魔王が動き出す前に、すでに滅ぼされていたこと。
謎の石――天空民の秘宝・旱の石が、海の魔王とおそれられていたグラアイスを倒すために、古代の天空民によって生み出されたものであること。本来は杖の先などにつけて使うもので、直接手で触れるものではないことや本来の力があれば海を干上がらせることも可能だということ。
その説明を受けて、狼刀の頭には一つの使い道が浮かんでいた。しかし、問題はどうやって使うかである。
狼刀は杖など持ってない。
「杖ならあるわよ。天空民しか使えないけど」
解決した。
「なら、協力してほしい。魔物に支配された町を救うために」
「わかったわ」
一応断られたときの交渉手段も考えていた狼刀だったが、徒労に終わったようだ。ドルフィンにも、人並みの正義感はあるらしい。
「さあ、行きましょう。ロート」
どこか楽しそうな、天空民の少女・ドルフィンに連れられて、狼刀は町を出た。
「ところで、どこに行くのよ」
何とも頼りない。
とはいえ、ドルフィンがいないと旱の石――もとい旱の杖が使えないので一緒にいくしかない。
ドルフィンがヒロインかぁ。なんか、もっと、ヒロイン力ある方がよかったな。まあ、ラッキーイベントはあったけど。でもなぁ。
狼刀はそう思った。
森の中の集落――技巧の町ネプトン。狼刀は再びこの町を訪れていた。
出迎えたのは鎌を持った二体の骸骨――死霊騎士。鎌の間合いは広く、二体同時に攻められて、狼刀は防戦一方だ。だが、狼刀は焦ってはいない。チャンスが訪れるであろうことを知っているから。
前回と全く同じ攻防ではなかった。
それでも、チャンスは訪れる。
片方の死霊騎士のが振り下ろした鎌が、地面刺さって抜けなくなったのだ。その一瞬の隙をついて一体を消滅させ、もう一体の背後に回り込む。振り返る暇は与えない。
背中に向けて、竹刀を振り下ろす。
「ほう。死霊騎士を倒せる人間がいるとは驚きましたねェ」
二体の魔物を倒すと、聞き覚えのある声がした。
両手に大きな剣を持った体長二メートルを超える鮫のような魔物――カイザーシャークだ。現れた場所は前回と異なるが、狼刀は気にしなかった。
「魔王軍では、カイザーシャークと呼ばれています。以後お見知りおきを」
カイザーシャークは丁寧に自己紹介をする。
「降伏する気は……ないようですねェ」
降伏を促そうとするカイザーシャークに対し、狼刀は竹刀を構えた。カイザーシャークは狼刀の意思を理解すると、残念そうに首を振る。
「では、倒されてください」
言い終わるより早く、カイザーシャークは狼刀へと突進。狼刀はその攻撃を躱し、カイザーシャークの体へ竹刀を突き刺す。カイザーシャークの体は水になり、水溜まりになった。
狼刀は茂みに向かって――そこにいる人物に声をかける。
「いまだ、ドルフィン!」
「りょーかい」
軽い調子で返事をすると、ドルフィンは旱の杖を天にかざした。背後――厳密にいうなら後ろにあった池から姿を現しつつあったカイザーシャークは、池の水とともに蒸発した。一体も残ることなく三体同時に。同時に、狼刀の前にあった水溜まりも消えた。
「ほう。私の分身たちを倒せる人間がいるとは驚きましたねェ」
狼刀の側方――近くにある民家の中から声がした。ゆっくりと扉が開き、何度も見てきたカイザーシャークが現れる。
ただし、全く同じというわけでない。
体長は三メートルを超えているし、武器は大剣ではなく、大きな三叉槍――トライデントとでもいうべき武器だ。両手で持っていることから、かなりの重量があると思われる。
「魔王軍では、カイザーシャークと呼ばれています。以後お見知りおきを」
本体なのだろうが、名乗りは分身と全く同じだった。
トライデントを構え、刺突を放つ。その姿はまさしく獲物に襲い掛かる鮫であったのだが、旱の影響か、速度は分身よりも遅く、そんな攻撃をよけるのは狼刀にとって造作もないことであった。――竹刀の一撃をその背中に叩き込むことも。
「ぐわぁ……」
短く呻き声をあげカイザーシャークは消滅した。
この町は、ワラフスとは違い住人が一人も居ないということはなかった。見えることろに居なかったのは、全員が地下室へと避難していたからだ。
狼刀は住人から話を聞き、宿屋で眠りについた。
ここで狼刀の聞いた話をまとめると、
技巧の町ネプトン。ここでは、魔王軍の幹部の一体で完全防御の盾を持つ魔物を倒すための研究をしている。
魔王を倒すための研究も行っており、魔王にもっとも警戒されている町とされていた。研究結果は今のところ、絶対攻撃の矛だけだあるということ。それも大きすぎて簡単に持ち運ぶことはできず、実用レベルとは言えない代物だということだ。
絶対攻撃の矛はどこかで役に立つのだろう。と考えて、狼刀は覚えておくことにした。
そして夜が明けた。
狼刀はドルフィンをおいて町を出る。目的地は北の洞窟。この大陸ですることは終わったとの判断だ。
「ちょっと! 待ちなさいよ!」
突然の大声に狼刀が振り返ると、町に置いてきたはずのドルフィンがいた。手には、身体よりも大きな武器を持っている。
狼刀が不思議に思って尋ねると、
「あたしを置いていくとは何様のつもりよ! あたしは天空民の誇りにかけて魔王を倒してみせる! そのあたしを置いていくなんて、許さないわよ!」
ドルフィンは怒気をはらんだ声で応えた。
「は、はい」
狼刀が頷くと、ドルフィンは満足そうな笑みを浮かべた。
てってけてー
天空民の最後の生き残り、ドルフィンが仲間になった。
所持アイテムは、天空民族衣装――見た目は白いミニスカワンピース、旱の杖、|カイザーシャークの武器、破魔の指輪。
死因・なし。死んでいないため