旅立ちの城
「ここは……?」
異世界にて最初に狼刀が発した一言は、転生の間で最初に発した言葉と同じだった。だが、彼は自分の声に少し違和感を覚える。
しかし、そんなことを気にしてる場合ではない。
狼刀は頭を振って、思考を切り替えた。
一寸先は闇。仄暗い闇が広がっており、部屋の全貌はわからない。けれど、狼刀は複数の視線を感じていた。
RPG風に言うなら最初の敵を倒すところだと、狼刀は現状を判断する。
「行くか」
彼は、オタクとまではいかないがゲーム――特にRPG――はかなりの数をプレイしていた。部活の先輩の影響で、異世界に召喚された時のシミュレーションもしたことがあるくらいだ。このくらいで動揺することはない。
むしろ、この状況に心躍らせていた、といえるだろう。
転生の間での一幕を気にしないほどに。
「よくきた。ゆうしゃよ」
低く威圧感のある声がして、狼刀の思考は中断される。
狼刀の目の前に、青い顔の老人がいた。
「おまえに……」
狼刀の知識によると、最初は見た目からして弱そうな敵が現れるものだ。実際、最初の敵は弱いし、主人公は手に入れた力を使って敵を倒すことが出来る。相場は、そう決まっているはずだ。
だが、この老人は弱そうな見た目をしていない。紫色のローブを身に纏った魔法使いのような見た目だ。
背後には悪魔達を引き連れ、邪悪な笑みを浮かべている。
「人じゃないのか……」
謎の老人が人間ではなく魔物であることを理解した瞬間、狼刀の行動は決まった。
初期装備は、防具が布の服――というか普段着。武器は愛用の竹刀。それ以外にあるのは、謎のふくろのみ。
「おい、きいているのか。ゆうしゃ」
最初の敵がしゃべるというのも新しいな。そう思いながら、狼刀は愛用の竹刀を構え、攻撃を仕掛ける。
老魔法使いは、竜の頭の形をした杖で竹刀を受け止めた。竹刀と杖がぶつかり合う。
狼刀は両手で竹刀を振り、老魔法使いは片手で杖を扱っていた。両手と片手。込められる力は違えども、二人は互角の力で渡り合う。それこそが、老魔法使いが人ではないことを如実に物語っていた。
しかし、戦いはいつまでも続かない。老魔法使いが防ぎきれなかった一撃が――ちょうど、剣道で一本を取るような形で――決まった。
「面!」
頭から真っ二つに両断され、老魔法使いは消滅。狼刀が掛け声を出したのは、剣道部の時の癖が抜けきっていないせいである。
それから、この世界における竹刀は斬撃武器だと、狼刀は理解した。
「き、貴様よくも」
「許さんぞ!」
周囲にいた悪魔達が、狼刀への怒りをあらわにし、襲い掛かる。狼刀はその攻撃を躱し、あるいは受け流した。
「面! 胴!」
掛け声を出しながら、一撃を叩き込み、消滅させていく。
残ったのは、狼刀一人だけだった。
改めて周囲を見渡して、狼刀は不思議なことに気がつく。部屋が明るくなり、ほとんど見ることが出来なかった壁や床が見て取れるようになっていたのだ。
煉瓦造りの壁には爪痕が刻まれ、床に敷かれた赤いカーペットはぼろぼろに破れている。柱は半ばから折れているものや削られたものがあり、いくつには闇を照らす松明が灯っていた。
明るくなったのは、松明のおかげだろう。狼刀はそんな風に理解した。
廃墟――廃城といったほうがより正確か。
主人公が最初に訪れる場所が廃城というのは、ゲームでもあまりないパターンだろう。間違った場所に転生させられたか。だがそれにしては敵が弱すぎる。普通、敵は物語が進むにつれて、だんだんと強くなっていくものだ。廃城といえば、凶悪アンデッドが跋扈する難所だというのが定番だろう。
と、狼刀はあるゲームのことを思い出した。
物語の最初で主人公のいる城が襲われ、そこから冒険が始まるゲームだ。これはそんな世界なのだろう。狼刀はそう結論付けることにした。
「よし。じゃあ、近くの町を探すか」
狼刀は頬を叩き、気持ちを切り替える。
こうして、無双剣士の魔王討伐は始まった……のかもしれない。
狼刀が城を探索していると、悪魔や鳥型などの動物を模したような魔物が襲いかかってくる。無論、全ての敵を一刀のもとに切り伏せた。
飛んでる敵もいて、最初よりは少しだけ苦戦を強いられたが、一撃必殺であることにはかわりない。
もっとも、最初の敵よりだんだんと手ごわくなっていくのはRPGの常である。ステータスを見ることが出来ないのが少し不便ではあるが、攻撃を受けてないし大丈夫だろう。
狼刀はそう判断し、城の出入り口に向かった。
腰にさげたふくろには、城の中で拾ったいくつかのアイテムが入っている。ものを入れてもふくろがかさばらなかったが、理由は特に考えなかった。
天井が高い大広間の一面に、両開きの巨大な木の扉。地図がある訳では無いが、狼刀はそこが城の出入り口だと思った。
狼刀は両手を当て、ゆっくりと扉を押し開く。扉の隙間から陽の光が差し込んだ。
久しぶりに感じた陽の光を求めるように、狼刀は扉の外に一歩、踏み出す。
「なんだ。貴様」
扉の外には、今までの魔物とは雰囲気の違う魔物が立っていた。漆黒の全身鎧を纏い、手には斧と盾。完全武装である。というか、武装しかない。
鎧を着た魔物というより、鎧型の魔物とでもいうべき敵だった。
「どこから現れた」
口があるようには見えないが、鎧は問いかける。
異世界からなんて言っても通じるとは思えない。かといって、城の中からというのは、魔物の求めている答えではないだろう。
狼刀は答えることを放棄して、竹刀を構えた。
「我に勝負を挑むとは、命知らずめ」
鎧型の魔物は、狼刀が話をする気がないとわかると、盾を持った左手を前に突きだし、斧を振り上げた。
「潰れろ」
鎧が振り下ろした斧を、狼刀は横に飛んで回避。飛び込むように詰め寄り、竹刀を振る。鎧はその攻撃を盾で受け止めると、盾ごと狼刀を押し飛ばした。距離が開いたところで、狼刀目掛けて斧を振り下ろす。
狼刀と鎧の攻防は、一進一退を繰り返しながら、互いに決定打に欠けていた。
しかし、鎧の振り下ろす斧の精度は少しづつ上がっている。一方、狼刀の攻撃は盾を突破することが出来ていない。
おそらく、最初のボスということなのだろう。
あまりにも強さに差があった。狼刀が負けるのは時間の問題だろう。
狼刀はそう考え、ため息をついた。
鎧は勝ちを確信して、高らかに宣言する。
「我は、最強のアンデッド・あくまのきし。木刀ごときでやられはしない」
「へぇ……」
それを聞いて、狼刀の口角がわずかに上がった。鎧――あくまのきしは、狼刀のわずかな変化に気づくことなく、攻撃を続ける。
「我の攻撃にここまで耐えたことは誉めてやろう。だが、無駄だ」
この魔物は、かなり強いのに序盤でやられるキャラなのだろう。と、狼刀は確信した。
そして、このアンデッドを倒すためだけに、城にあったであろう道具を取り出す。
「な、何故、貴様がその聖水を持っている」
死亡フラグだ。
狼刀は聖水の入った瓶を開けると、聖水をアンデッド・あくまのきしにふりかけた。
「――――」
声にならない悲鳴をあげ、あくまのきしが消滅する。
この魔物――あくまのきしは主人公の城を襲った魔王軍の幹部で、駆け出しの主人公じゃ倒せないほどの強さを持っていた。しかし、この城に伝わる伝説の聖水――勝手に命名――によって、主人公は命からがら倒すことに成功。幹部の一人がやられたことで、魔王は主人公を気にするようになる。
そんなところだろうと、狼刀は予想し、城を離れた。
城を出た狼刀が向かったのは、町だ。入口にあった立て札によると、名前は技巧の町ネプトン。周囲を木々に囲まれており、池や畑、木の家などが数多くある。技巧というよりは森の集落といった印象の町だ。現在は魔王配下の魔物によって支配されていた。
狼刀は、その魔物の配下である二体の骸骨達の手荒い歓迎を受けていた。
武器は大鎌。間合いが広く、不用意に近づくことができない厄介な代物だ。
狼刀は攻撃を防ぐだけで精一杯だった。が、不意にチャンスが訪れる。骸骨の一体が振り下ろした鎌が地面刺さって、抜けなくなったのだ。
「面!」
その一瞬の隙をついて、狼刀は骸骨の頭へ竹刀を叩き込んだ。骸骨が消滅したことを確認することすら惜しんで、もう一体の骸骨の背後に回り込む。
「胴!」
骸骨が振り返るよりも早く、竹刀の一撃が背中に炸裂。骸骨は消滅した。
「ほう。死霊騎士を倒せる人間がいるとは驚きましたねェ」
二体の骸骨――死霊騎士を倒すと、どっしりとした声が響いた。狼刀は声のする方へ顔を向け、顔をしかめる。
「鮫……?」
鮫――確かにそこにいた魔物の姿はそう表現するのがふさわしい。手と足こそついてはいるが、その姿はまさしく鮫。身長は二メートルを超えるほど大きく、両手には大きな剣。
怪物がそこにいた。
「魔王軍では、カイザーシャークと呼ばれています。以後お見知りおきを」
魔物――カイザーシャークは丁寧な口調で、恭しく自己紹介を行う。
「降伏する気は、ありませんか?」
「ない」
優しげな降伏勧告を、狼刀はにべもなく断った。カイザーシャークは残念そうに首を振る。
「では、倒されてください」
言うが早いか、カイザーシャークは二本の剣を体の前に構え、狼刀へと突進――この場合、刺突の方が正しいか。狼刀はその攻撃を躱し、カイザーシャークの体へ竹刀を突き刺した。すると、カイザーシャークの体が水塊となり、崩れ落ち、水溜まりになる。
倒したという手応えではなかった。
「私の分身を倒すとは、なかなかやりますねェ」
背後――厳密にいうなら後ろにあった池から、カイザーシャークが姿を現す。それも、一体ではなく三体同時に。
狼刀は、三体のカイザーシャークに向けて竹刀を構え直した。
「降伏する気はなさそうですねェ」
「仕方ありませんねェ」
「第二幕と行きましょうかねェ」
三体のカイザーシャークは正面と左右に別れ、一斉に襲い掛かってくる。狼刀は竹刀を正眼に構えた。
動きさえ見極めることが出来れば、敵が三体でも問題ない。狼刀のその判断は間違っていなかっただろう――カイザーシャークが三体だけならば。
背後から、狼刀の胸を貫く一本の剣。その先には、水たまりから上半身を出し剣を刺した魔物――カイザーシャークがいた。
狼刀がそれを理解するよりも早く、六本の剣が狼刀に突き刺さる。だが、不思議なことに痛みはなかった。
次第に意識が薄れゆく。そんな中、狼刀は自分の最初の死を思い出していた。
結城狼刀は高校二年生。
特に問題があったわけではないはずだ。
しかし、結城狼刀はどこかの窓から落ちた。
狼刀はそこまでの記憶を取り戻した。
なんで落ちたんだったかな。
そんなことを考えていると、狼刀は再び異世界へと舞い降りた。
死因・刺殺。