始まり
「あの…とりあえず、服を探しませんか?」
カプセルから出てきただけの私達は、服なんてものを着ているはずもなく、全裸だった。
私は全裸であることに不具合がなかったので気にしていなかったのだが、この少女は気にしていたようだ。
「とりあえず、このカーペットで代用しましょうか」
特にこだわりのなかった私は、床に敷かれていた血まみれのカーペットを適当に切り、それを羽織った。
同じようにして少女をカーペットで包むと、少女は少し不満そうな顔をしながらも、何も無いよりは…と納得はするのだった。
「これは…何か争いでもあったのでしょうか」
その後しばらく廊下を突き進んでいたのだが、どこも床はボロボロだったり、窓は破れていたりと酷い有様だった。
その中で不思議だったのが、扉は一切傷ついていなかったのだ。
「そうね…誰ともすれ違わないことも不思議よね」
「誰もいない、のでしょうか…」
二人で結論の出ない談義をしていると、ようやく大きな階段が現れた。
その階段は上にも下にも続いており、広く長かった廊下と相まってこの館がかなり大きいことを物語っていた。
少女に確認をとり階段を降りると、その先にはロビーのような空間が広がっていた。
しかし、その広いロビーには何も無く、ただただ先程の廊下のように床や壁が血にまみれているだけだった。
「こんなに広いのに何にもないなんて、少し変…じゃないですか?」
「そうね…争われた形跡もあるし、取り押さえられたのかしら」
「私達、どうしてこんな所にいたのでしょうか…」
その質問の答えがわかるはずもなく、しばらく沈黙が流れた。
「……とにかく、この手紙を読めば色々とわかるかもしれないわ」
「そうですね」
兎にも角にも。とロビーを抜けると、一際大きな扉があった。
いや、扉だったものがあったというべきか。その扉は破壊されており、外からロビーに凍える風が入り込んできていた。
「流石に寒いですね。結構スースーします…」
何か言いたげな顔で私を見つめてくる少女。
十中八九、ちゃんとした服をよこせという要求だろう。
「無いものは無いわ」
私がそういうと、少女もそれ以上は要求してこなかった。
おそらく、この状況では自分が下だとわかっているからだろう。
種族的にも吸血鬼は人間の血を吸うので、感覚的には人間は食べ物の一つだ。その上、身体が動かないこの少女は私がいなければ何も出来ないだろう。
しかし、私はこの少女を無下に扱うつもりはなく、ちゃんと余裕が出来たら服を探してあげようと心の中で決めるのだった。
☆☆☆
館の外に出ると、辺りには森が広がっていた。
月光に照らされ、風になびく木々は幻想的な光景で、しばらく二人は無言でその光景に見入ってしまっていた。
その後、落ち着ける場所を探して館をひと回りすると、裏側に庭が広がっており、一面に赤い花が咲き乱れていた。
庭の中央には紫色の不思議な形をした椅子があり、ひとまずその椅子に少女を座らせて手紙を読むことにした。
私が封筒を開けると、折りたたまれた手紙の表紙に『貴方様が今、金色の髪に紅い瞳をした少女と共に居るのなら、この手紙を今すぐに燃やしてしまってくださいませ。』と書かれていた。
「あの…何か書いてあったのですか?」
私が手紙を広げずに表紙をずっと眺めていたことを疑問に思ったのか、少女が心配そうに声をかけてきた。
私は、しばらく考えた後に無言でその手紙を封筒に戻すと、炎属性の魔法で手紙を灰塵に還した。
「えっ!?あの…どうして…」
少女が驚き、私を見つめる。
「わからないわ…でも、あの手紙は…」
読んではいけない。そんな気がした。
灰塵の化した手紙が風に飛ばされていく。
その風でざわめいた花が、何か私の大切なものを奪っていったような気がして、私は───
「貴方を大切にしたい」
「……えっ?」
私はこの少女を大切にしなければならない。そんな気がした。
何かを失った穴を埋めたかったからなのだろうか。それとも───
森の香りが鼻をかすめる。
私はこれから何をするべきなのか。何がしたいのか。
「旅をしましょう。どこか、遠くまで」
「旅…ですか?」
「ええ。ここにいても仕方が無いでしょう?」
私は変わりたかったのかもしれない。
元の自分を知るのが怖かった。何もわからない今の自分に、どこか心地良さを感じていた。
あの手紙には、知りたくないことが書かれているような気がした。
「もう一度、館の中を探索してみましょう。
何か、旅の役に立つ物があるかもしれないわ」
「わかりました。あなたがそうしたいのなら…」
「いいのよ。貴方のしたいことを言っても。
私は、貴方と対等でありたい。そう思うわ」
「じゃあ…名前が、欲しいです」
「そうね…」
確かに、名前が無いとお互いに不都合だろう。
私と少女はしばらく考えたが、いい名前は思い浮かばなかった。
どうしたものか…と悩んでいると、私の目の前に一匹の蝶が舞い込んできた。
「ファル…ファッラ…」
「ファル?ファラ?
名前…ですか?」
なんとなく漏れた私の呟きに、少女が反応した。
名前のつもりではなかったのだが、特に異論もなかったので、私がファルで、少女がファラという名前で決定した。
「いい名前…ですね。
素敵な響きです」
そう言って、ファラが微笑む。
ファラと共に、私は新しい私になろう。
何故かはわからないが、そう強く思ったのだった。