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目隠し


「ここの様子も、ほかと変わりませんね」


 行き交う多くの探求者たち。

 それに伴う、騒がしいほどの喧噪。

 活気溢れるこの都市は、いつも変わらない。

 どこでも変わらない。


「あっちだ」


 行き先を指し示すように、指を伸ばす。


「え? でも、いい匂いがあちらから」


 たしかに凍花の視線の先には飲食店が固まっている。

 そちらに向かえば、すぐに飯が食えるだろう。

 一方で、俺が指さしたのは人気のない寂れた路地だ。

 戸惑うのも無理はない。


「そっちはダメだ。良いのは匂いだけで味の割にやけに高いんだ。安くて美味い店を知ってる。ちょっとした隠れた名店って奴だよ」


 そう説明をして、ゆったりとした足取りでそちらへと向かう。


「なるほど……」


 納得したように呟いて、凍花は視線を路地へと向ける。

 そうして凍花もまた俺の背中を追うように、路地へと入った。


「ここだよ」


 通路の角を何度か曲がった先に、その店はある。


「ここですか……営業しているようには見えませんが」


 看板も出ていないような隠れ家的な外見で、一目見ただけではそこが飯屋であるとはわからない。


「でも、とても美味しそうな匂いがしますね」


 しかし、そこから漂うに匂いまでは隠せない。

 この匂いまで完全に隠されていたら、俺はいまでもここを見つけられなかっただろう。


「さぁ、入ろう」


 扉に手をかけ、馴染みの店に顔を出す。

 店内は簡素な造りになっていて、無駄なものが一つもない。

 唯一嗜好品と呼べるものは、奥にある蓄音機くらいのもの。

 店主の趣味らしい。

 それから流れる古めかしい音楽は、泣きたくなるほど優しい音がする。


「いらっしゃい」

「どうも」


 口数の少ない店主と顔を合わせ、カウンター席へと腰掛ける。

 凍花も俺の隣に座った。


「注文は?」

「なにか食いたい物あるか?」


 そう尋ねながら、メニューを渡す。


「そうですね……じゃあ、篝のおすすめで」


 読み始めて早々に、凍花はメニューを置いた。

 そう来たか。


「じゃあ、いつもの二つ」

「あいよ」


 店主が料理に取りかかっている間に、すこし凍花と話をした。


「篝は色んなことを知っていますね」

「まぁな。この第一界層で足踏みして長いから」


 必然的に、ほかの探求者よりも詳しくなる。

 まぁ、そのお陰でこの店を見つけられたんだ。

 その一点のみで言えば、よかったかも知れない。


「凍花のほうはどうだ? やって行けそう?」

「まだわかりません。判断しかねます」

「そりゃそうか」


 いつこちらに引っ越してきたのかは知らないけれど。

 まだ日が浅いことはたしかだ。

 そんな早期に今後のことなどわかるはずもない。

 いまのことで手一杯だろう。


「でも、すこしだけ、ほっとしています」

「なんでまた?」

「篝がコミュニケーション能力に難がない人で」

「はっは。たしかに、俺もそうだ」


 パートナー。

 その言葉は俺たちにとって重い言葉だ。

 悪性異能のデメリットを解消できる相手。

 それがもし、絶望的に相性の悪い相手だったなら。

 そう考えるだけでも、ぞっとする。

 凍花が凍花でよかった。

 この思いが俺だけじゃないといいが。


「はじめての共闘は上手くいった。まぁ、魔物の受け持ちを二分しただけだけど、共闘は共闘だ。俺たち、うまくやっていける気がするよ」

「私もそう思います。これからも、よろしくお願いしますね」

「おう、もちろんだ」


 そう話していると、料理が出来上がる。

 定食屋の料理は、以前の日本を再現した味だった。

 けれど、この料理はその真逆だ。

 現在の日本を現すような、新たに生まれたもの。

 過去を振り返って思いに耽るのもいいが、新しいものに触れて未来を思うのも悪くない。

 とくに俺たちのような足踏みをし続けた人間からすれば、尚更。


「よーし、それじゃあ、いただきま――」


 その時、視界が暗転する。

 真っ暗になる。


「――す?」


 誰かか俺の後ろから目隠しをしている。

 凍花、ではない。 

 隣に座っているのだから、物理的に不可能だ。

 だとすると。


「だーれだ?」


 いたずらっ子のような声がした。

 その声音でだいたいの見当がつく。

 とても聞き馴染みのある声だったからだ。


「まったく、久しぶりだってのに、変わらないな」


 俺は彼女の名前を呼んだ。


風花ふうか

「えへへー、あったりー」


 縁関風花えんぜきふうか

 学生時代の旧友だ。


「久しぶりだね、かーがり」


 風花は少年のような少女だった。

 見た目がどこかボーイッシュで、性格もそれらしい。

 学生時代から背は伸びていないようで、髪型もショートカットのまま。

 その姿を見ていると、懐かしい記憶が蘇るようだった。


「なんでここに?」

「篝にパートナーが出来たって言うから、それを見にね」

「第二界層の仕事はどうした」

「今日はオフだから平気だもーん」


 オフならわざわざダンジョンに来なくてもよかろうに。


「それで、隣にいるのがパートナー? はじめまして! ボク、縁関風花!」

「あ、はい。はじめまして、私は紅原凍花です」

「よろしくねっ」


 凍花の手をとり、前のめりに握手を交わす。

 相変わらず、人と距離を詰めるのが異様に速い。

 俺なんて凍花と握手するのに、二つ三つの過程があったと言うのに。

 風花にかかれば一足飛ばしだ。

 まぁ、面倒な事情がないことや、同性ゆえの利点もあるのだろうけれど。


「お客さん。注文は」

「あ、じゃあコーヒーとサンドイッチで」

「あいよ」


 握手を終えた風花は、注文を済ませて俺の隣に腰掛けた。

 両手に花と言ったところか。


「魔石もってるのか?」


 この集落の通貨は現金ではなく、魔石だ。

 持っていなければ、無銭飲食と変わらない。


「ここに来る途中で適当な魔物を狩ったから大丈夫」


 そう言いつつ、風花は懐から魔石を取り出した。

 凍花を見にくる途中の片手間で魔物を倒して魔石を手に入れる、か。

 やっぱり第二階層に進めるような探求者は行動力が違うな。


「二人は知り合いなんですか?」

「あぁ、学生時代の研修で、よく組んでたんだ」

「ボクの異能が風で、篝が焔だったから、相性がよかったんだよ」


 風があれば焔はより激しく燃えさかる。

 そして、上がった体温も、涼しい風が吹けば下がりやすい。

 そういう意味での相性は、悪くなかったと思う。


「まぁ、俺は置いて行かれちまった訳だけど」

「篝がついて来られなかっただけですー」

「そうとも言う」


 俺は第一界層から上には進めず、風花は第二界層に行ってしまった。

 それから風花とは会っていなかった気がする。

 まぁ、職場が違えば会う頻度も激減するか。


「でも、パートナーが出来たんだから、すぐに篝たちも第二界層に挑戦できるでしょ?」

「どうだかな。組んでダンジョンに来たのが今日が初めてなんだ。まだなんとも言えない」

「そうですね。まだまだ課題もあることですし」


 課題、抱きしめ合う、か。

 実際のところ、それが一番効率がいいことはわかっている。

 腕を組んだだけで、体温調節がとても楽になった。

 異能の相性が良い証拠だろう。

 けれど、人としての感情が、それを困難なものにしてしまっている。

 やはり、年頃の男女が抱きしめ合うと言うのは、なかなかハードルが高い。


「ふーん。じゃあ、ちょっと早いかもだけど。一応、伝えるだけ伝えておこうかな」

「なんの話だ?」

「えっとね」


 そう言って、風花は第一界層の簡易地図を机上におく。


「ここに印がついてるでしょ?」

「どれどれ」


 簡易地図を手にもち、確認する。

 その際、凍花にも見えるようにすこし位置を右に寄せた。


「そこに第一界層にはいないはずの魔物の痕跡が見つかったんだって」

「この世界にはいないはず……ってことは」

「――界層落ち、ですね」


 それは世界から落ちてくる、第二界層からの来訪者。

 界層落ちは、下の界層に侵入した上の界層の魔物を指す。

 その世界にいる魔物よりも遥かに強いのが特徴だ。


「もし二人が界層落ちを倒せたなら、第二界層への挑戦権はすぐにでも取れると思う。でも、もしまだ連携に不安を感じているなら、やめておいたほうがいい」


 やめておいたほうがいい、か。


「こつこつ実績を積み上がれば、遅かれ早かれ第二階層へは挑戦できるはずだよ。そのためのパートナーなんだもん」

「そう、だな」


 パートナーとは、もともとそう言うための制度だ。

 一人では叶わなくとも、二人でなら叶う。

 悪性異能を持っていても、第二界層へ。

 その更に上の界層へ。

 行くためのもの。

 遅かれ早かれ、第二界層には挑戦できる。


「まぁ、じっくり二人で考えるといいよ。二人の問題なんだし」

「――おまちどう」


 ちょうど良いタイミングで、店主がコーヒーとサンドイッチを持ってくる。

 そこでその会話は途切れ、それまでの一切を忘れたように、他愛のない談笑が続いた。

 それで凍花と風花は意気投合したようで、随分と仲良くなっていた。


「じゃあ、ボクはここで」


 魔石を払い、店を出ると風花は俺たちからすこし距離をとった。


「あぁ、界層落ちのこと、ありがとな」

「ううん、これくらいなんでもないよ。じゃあね」


 かるく手を振りながら、風花は帰路につく。

 けれど、数歩ほど歩いたところで立ち止まり、こちらに向き直る。


「ねぇ、篝」

「ん?」

「夢、叶いそう?」


 夢。

 憧れの英雄ヒーローになること。


「あぁ」


 凍花と出会えたことで、現実味を帯びてきた。

 これからは夢を夢で終わらせないために、よりいっそう頑張れる。


「そっか」


 風花は笑顔を見せてくれた。

 人が聞けば一笑に付されるような夢を、応援してくれているように。


「じゃあ、今度会うときが楽しみだね」


 再び背を向けて、風花は歩き出す。


「第二界層で待ってるから」


 そうしてその小さな背中は去って行った。

 見えなくなるまでそれを見送り、ふと思う。


「――なぁ、凍花」

「はい」

「挑んでみないか? 界層落ち」


 心が、身体が、奮い立つ。

 今すぐにでも、界層落ちのもとへと向かいたいほどだ。

 けれど、それは俺の勝手な思いでしかない。

 俺にはパートナーがいる。

 その了承なしに、行動を起こすべきではない。


「風花さんの言葉にアテられたんですか?」

「まぁ、な」


 ああいう風に言われてしまうと、燻っていた夢が熱を帯びる。

 もう一度、燃え上がろうと疼き出す。

 遅れた分だけ、足踏みをした分だけ、前へ前へと進みたい、と。


「……もたもたしていると、他の探求者に先を越されるかも知れませんね」

「つまり?」

「いいですよ。界層落ちを倒しに行きましょう」


 それは願ってもない返事だった。


「よかった――あ、でもいいのか? 本当に」

「構いませんよ。私もはやく第二界層への挑戦権がほしいですから。ただ――」


 そう言って、凍花は人差し指を立てる。


「一つ、約束してください。実際に戦って危機に陥ったら、そしてその際に打つ手がないのなら、即座に、そして迷わず撤退すること。夢よりも命です」


 夢よりも命。

 それは、もっともな話だった。


「あぁ、わかった。約束する」


 命があるから、夢が見られる。夢を叶えられる。

 そのくらいのことは、理解しているつもりだ。

 界層落ちに敵わないなら、俺たちに第二界層はまだ早い。

 その場合は、こつこつと実績を積み上げることを選ぼう。


「では」


 凍花は、人差し指の代わりに、今度は小指を伸ばす。

 約束はきちんとした形で、ということらしい。


「わかった」


 俺も小指を出して絡ませる。

 そして、子供の頃によくやったアレを、俺たちは超がつくほど真面目にやった。

 けれど、そこにすこしも気恥ずかしさは介在しない。

 小指は解け、俺たちは界層落ちのもとへと向かった。

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