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パートナー


 ことの始まりは、なんてことのない日常だった。

 片道一時間ほど電車に揺られ。

 コンビニの弁当を制覇し。

 漠然とした将来に目を逸らす。

 そんな平凡の中に、それは現れた。

 カタストロフ・ダンジョン。

 世界は大変動カタストロフによって、その有り様を大幅に変貌させた。

 一つ、世界各地にダンジョンが出現。

 二つ、地球上の人間を除く動物の七割が魔物に変異。

 三つ、魔物被害による人類の制空権、制海権の喪失。

 四つ、それに伴う輸入路の完全途絶。

 五つ、深刻な資源および食料難。

 六つ、人口激減。

 七つ、人類の約七割が異能を開花。

 八つ、ダンジョン内に豊富な資源を発見。

 九つ、ダンジョンに資源回収に向かう異能者を、探求者と呼称。

 十、探求者の活躍により、人類は絶滅の危機を回避。

 いつしかそれは日常へと変わり、幻想は現実へと変わる。

 異能者がダンジョンへと挑み、資源を回収することが誉れとなった現在。

 探求者は子供たちの夢である英雄ヒーローと呼ぶに相応しい存在になっていた。


「これでっ」


 焔が燃える。

 この左腕から放たれる火炎は、対象である魔物を燃やし尽くした。


「――あっつ」


 直後に急激な体温上昇がこの身を襲う。

 全身の汗腺から汗が噴き出し、衣服を濡らす。

 そうなることはわかっていたので、すぐに腰から垂らした手拭いで汗を拭う。


「飛ばしてんな、かがり。そんなんじゃまたオーバーヒートするぞ」

「もうしてるんだよ。異能を使うたびにな」


 同世代の同僚である松葉まつばに、そう訂正をいれた。


「ダメだ。異能を使いすぎだ。とにかく体温を下げないことには異能が使えない。先に行っててくれ。あとから追いかける」

「あぁ、無理すんなよ」


 次ぎの資源回収へと向かう松葉を見送り、俺は草原に背中から倒れ込んだ。


「あぁー……空は広いなぁ」


 見上げた空は、雲一つない透き通る青に染まっている。

 この光景だけを見ていると、ここがダンジョンの中なのだと忘れそうになる。

 カタストロフ・ダンジョン。

 いくつもの小世界を内包する、地上から天辺が見えないほど高い塔。

 ここはその中で、もっとも安全とされる第一界層。

 草原と空と森の世界。

 この小世界に住む魔物の原種も、比較的、弱い部類である。


「……行ってみたいな、あの向こうに」


 第二界層は、文字通りこの空の上にある。

 同世代の同僚は、すでにほとんどが挑戦した後だ。

 比較的、異能が弱い松葉だってもう挑戦が決まっている。

 その目処が立っていないのは、俺だけだ。


「……悪性異能か」


 異能には、悪性と良性がある。

 良性は、なんのデメリットもなく使える異能。

 悪性は、なんらかのデメリットを伴う異能。

 俺の異能は後者であり、体温上昇のデメリットを持っている。

 つまるところ、異能を使うたびにオーバーヒートの危険が伴う。

 事実上、戦闘継続時間は十五分が限度。

 ダンジョン内に長くこもることになる探求者としては、致命的なデメリットだ。

 だから、俺は第二界層には上がらせてもらえない。


英雄ヒーローには程遠いな」


 幼い頃に夢をみた。

 格好良く変身して、弱きを助け悪しきを挫く。

 そんな英雄ヒーローに憧れた。

 それは、まだこの胸に燻ったままだ。

 現実を突きつけられても、消えてはくれない。


「――っと、そうだった」


 体温がすこし下がってきたところで、ふと思い出して立ち上がる。

 視線は空から地上に向かい、魔物の亡骸へと移る。

 そこには黒く焼け焦げた痕と、その中心にぽつんと一つの石が転がっていた。


「魔石を回収っと。ちょっと煤けてるけど、まぁ大丈夫だろ」


 魔物が死亡すると、それはダンジョンから圧縮を受ける。

 途方もない力で一塊にされた死体は、さながら石のような硬度と化す。

 それが様々な用途に使われる、魔石と呼ばれる生体鉱石だ。


「さて、追いかけるか」


 まだすこし暑苦しいが問題ない。

 魔石を専用のポーチに仕舞い、回収先へと向かった。



 カタストロフ・ダンジョン周辺には、それに関する様々な施設が建っている。

 取り囲むように建つそれら施設のうちの一つ、換金所にて。


「お願いしまーす」

「はーい、かしこまりました」


 魔石の入ったポーチを提出し、それを鑑定してもらい、更に換金してもらう。

 今日の給金は合計で一万五千七百六十五円なり。

 汗水垂らしてダンジョンを掻いて駆けずり回り、命懸けの戦闘をこなしたにしては、なかなかしょっぱい金額だった。


「まぁ、第一界層だもんな」


 第二界層の魔物から採れる魔石は、第一界層のものより高値がつく。

 第三界層なら、それより更にだ。

 その分、危険も増えることになるけれど、実入りは良くなる。

 まぁ、俺には現状、まったく関係のない話だけれど。


「――よう、捜したぜ」


 換金所を出て、どこかの飲食店に向かおうとしたところ。

 聞き慣れた声がして、そちらを見やる。


「あぁ、黒井管理人」


 俺に声を掛けたのは、第一界層を管理する責任者、黒井彰くろいあきらだった。

 相変わらずの咥え煙草に、だらしのない格好をしている。

 よく注意されるのに、一向に止めようとしないズボラな人だ。


「珍しいですね。ここにくるなんて」

「まぁな。それよか、ちょっと面かしてくれるか? 会わせたい奴がいるんだ」

「会わせたい人ですか? まぁ、わかりました」


 もう夕方だし、なにか腹に入れたいところだけれど。

 まぁ、いいか。人に会うだけなら、そんなに時間も掛からないだろう。


「よし、じゃあ行こう」


 管理人を追いかけるようにあとに続くように歩き出す。

 行き先はダンジョンの周辺施設である訓練場。そのうちの一つ。

 こつりこつりと足音が反響する通路を進みながら、その大きな背中に質問を投げる。


「あの、この先にいるんですか? その会わせたい人って言うのは」

「あぁ。そんでもって、お前のパートナーになる相手だ」

「パートナー?」


 思わず、立ち止まってしまい、足音が途切れる。


「聞いてませんよ、そんな話は」

「あぁ、いま初めて言ったからな」


 まったく、この人は。


「それで? どんな人なんです? パートナー」


 再び足を進めながら、追加で問う。


「お前のデメリットを解消してくれるパートナーだよ」


 デメリットを解消?


「なんです? それ」

「会えばわかるさ。ほら」


 通路を渡り終え、地下訓練場の入り口に到達する。

 管理人はその鉄扉に手を掛け、押し開いた。


「――つめたっ」


 途端に、大量の冷気が俺の全身を撫でていった。

 まるで業務用の冷凍庫を開けたみたいな、そんな温度差を感じる。

 中でなにが起こっている?

 訓練場は、こんな気温の低い場所じゃあなかったはずだ。


「よう、連れてきたぞ。紅原べにはら


 押し寄せてくる冷気に後ずさりしたくなるのを我慢し、まえへと足を進める。

 訓練場の敷居を跨ぎ、そうしてこの目に捕らえたのは、一人の少女だった。


「黒井管理人、戻ってきたんですね」


 季節外れの外套がいとうとマフラーを身に纏う少女。

 しかし、この低下した気温の中でなら、その格好も頷けた。

 なにしろ、この訓練場には数多の氷が外壁に貼り付いている。

 そびえ立つ氷山、滴り落ちる氷柱、纏わり付く氷壁。

 訓練場の気温を下げていたのは、まず間違いなくこれらが要因。

 そして、これを造り出したのは間違いなく彼女だ。


「そちらの方が、私のデメリットを解消してくれるという人ですか?」

「あぁ、たぶん……そういうことなんだろうな」


 彼女の手には、氷の膜が貼り付いている。

 普通の人間なら体温で融けてしまいそうなほど薄い。

 にも関わらず、それが融けないのは、恐らく体温が低いからだ。

 薄氷すら溶かせないほどに、いまの彼女は体温が低下している。

 つまり。


「俺と同じってことですか? 黒井管理人」

「そういうこった」

「同じ? どういう意味ですか?」


 彼女にも、説明しないといけないな。


「俺の名前は蒼崎篝。悪性の異能者で、焔を使うと体温が上がる」


 この手に焔を灯しながら、そう自らを彼女に紹介する。


「体温が、あがる?」

「そう。だからこそ、あんたと同じ悩みを持ってるって訳だ。あんたも戦闘継続時間が短いんだろ? これだけの異能だ。体温低下のせいで、もって十五分くらいだろ?」

「……なるほど、そういうことでしたか」


 彼女も理解できたようで、表情から疑問が消えた。


「俺とあんたは性質は真逆だが、同じデメリットを抱えている。でも、だからこそ」

「互いのメリットになる、ということですね」


 俺たちの視線は管理人へと向かう。


「その通りだ。蒼崎が紅原の下がった体温を上げる。逆に、紅原が蒼崎の上がった体温を下げる。そうすりゃ、戦闘継続時間は飛躍的に伸びるはずだ。だから、二人を組ませることにした」


 たしかに、それが出来れば理想的だ。

 悩まされていたデメリットが解消され、第二階層に挑戦できる。

 ようやく足踏みしていた歩みを、一つ前へと進められるかも知れない。


「でも、具体的な方法はどうすればいいのでしょうか?」

「言われてみれば……焔だと火傷になるし、氷も凍傷に」


 互いに異能が強すぎる。

 室内や、閉鎖空間なら、この訓練場のように気温を上げ下げできるけれど。

 完全な屋外ならそれも有効的じゃあないし、そもそもの解決にはならない。

 焚き火にあたるなり、布で包んだ氷に触れるなり、やりようはあるけれど。

 その程度のことは、すでに通ってきた道だ。

 どれも効果的ではないと知っている。

 それは彼女も同じだろう。

 異能で上がりすぎた体温は、そう簡単には下がらない。

 その逆もまたしかり。


「なに言ってんだ。あるだろ? 至極、簡単なやり方が」


 そう言われても、ぴんと来ない。

 俺たちは互いに顔を見合わせ、小首を傾げた。


「ハグだよ、ハグ。抱きしめ合えばいい」

「はい?」


 それは聞き間違いであってほしかったけれど。

 どうやら、支部長は本気のようらしい。

 つまり、俺たちは初対面の相手と――異性と、抱きしめ合わなければならないらしい。

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