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悪役令嬢は100回目のバッドエンディングを望む  作者: 本橋異優
―ゲーム本編前・事前準備―
82/87

第74話

 

 体が重い。

 印が、項が熱い。


 今回は一体どれ程眠っていたのだろうとアメリアはいつもより重たい瞼を何とか持ち上げ、体を起こした。

 錘のようだと思う程に腕が持ち上がらない。本当に自分の腕なのだろうか。

 肉体強化を使おうにも上手い事頭が回らない。とにかく何もかもが重いし鈍いのだ。


 このままではいけないと、何とか重たい腕を動かしベルを掴む。ちりんと鳥が囀るほどに小さい音を僅かながらに鳴らし、手から滑り落ち、同時にアメリアの腕も力尽きたようにシーツの上に共に落ちる。


(おっっっっも!!! 何ですかこれは! 前回が結構前でしたから油断していましたね……)


 予想を遥かに超える自分の腕の重さに思わず二度見した。

 全体的に体が重いとは感じていた物の、ベルさえも落としてしまった。再び持ち上げようにも今度は中々いう事を利いてくれない。まるで自分の体ではないかのような感じだ。痺れて上手く動かないといった状況ではなく、腕自体も錘のようにとても重い。


(傷を隠す構築していた魔法はちゃんと機能したままのようですが、今回何日経っているのか考えたくもないですねぇ。

 喉からからですし、何より頭も全部が重い!!

 は~~~……、それよりも黒の本です、黒の本。すっかり忘れていました)


 不覚にもシーツに懐いてしまった自分の腕を見る。傷を隠す為の魔法は健在。夢を見ていたとしても、体に刻まれてしまった傷は誰の目にも留まらなかったようだと安心した。


 何度か動かす事を試みるも早々に断念。小さく息を吐き、体を再び横たえてそれにしてもと天蓋を見上げた。

 今回は思っていた以上に眠っていたらしい。お陰でシーツと恋人同士のように体全体が離れてくれない。引き剥がそうとしても中々離れない強固の絆のようになってしまっている。

 比例して喉もかなり乾いている。

 かなりの時間眠っていたのだろう事がひしひしと伝わって来た。


 程なくしてアメリアの部屋の扉が叩かれた。


 良くあの小さな音で気付いたなぁと、ぼんやりする頭で思いながらも、返事をしようと口を開けば、喉が張り付いているように音にならない。

 眉間に皺が自然と寄った。入室許可を下せないのは確か。

 アメリアが困っていると再びノックの音。


 返事の代わりにベルをまた鳴らそう。

 落としてしまったベルを拾おうと何とか手を伸ばした。


(あ……)


 掴み損ねたベルは更に遠くへころりと転がり、鈍い音を立てて今度は床へ落ちてしまった。


(これは……詰みでは?)


 試しにと構築した肉体強化の魔法を用いたとしても、体はやはり思う通りに動いてはくれない。ベルを落とした事で確信へと変わる。身動きが取れない。声も出ない。

 鋼鉄の精神と魂を持つアメリアは自分の状況を冷静に捉えていた。


 誰でも良いからと呼んではみたが、公爵家の使用人たちはアメリアの調教により、彼女の許可なく室内に入ってこようとしない。そんな猛者がいるのであればアメリアは逆に会ってみたいものだと思った事もあった。まぁ先ずいない。

 これは本格的にどうしようかとベッドの上で口をもごもごと動かしている。

 元々自分は嫌われているのだ。心配して室内に入ってこようなんて物好きは、今この屋敷には存在しない。ライラのように親身になって考えてくれる人はいないのだと、アメリアは目を伏せる。

 仕事はきっちりと行うもののそういうものだろうと、アメリアは自分の置かれた状況を見つめなおしていた。

 放置されれば死ねるのではと、甘い考えがぼんやりと天井を見上げながら過る。

 死因:餓死。結構時間がかかるし辛いのもあるが、まぁ悪くはないかと思い始めていた。


(神さま方もう少ししたら参りますね~♪)


 呼んだと言うのに音沙汰がない室内に、違和感を覚えた一人の男は関係ないとばかりに声をかけ――


「お嬢様、入りますよ?」


 何と、侵入してき(猛者が現れ)たのだ。


(ま~~~~……そんなに甘くないですよねぇぇぇぇ! おぉう……アーク、許可していないのに入って来ては駄目でしょうに!)


 声も出ない状況で内心突っ込み、アメリアは目を見開いた。アークは横になっているアメリアに近付き、苦笑を一度浮かべると持ってきていた水をグラスへ注ぐ。


「お叱りは後程いくらでも受けますが、声も出ないのでしょう? 諦めて下さい」


 お見通しとばかりに、正論をぶつけてきた。

 アメリアは不服そうに眉を寄せながら、体を起こしてもらい、水を口にゆっくりと含む。

 一口飲み干すのに十分の時間をかけ、喉を潤しながら何とかグラスの中身を空にした。


「あー……ぐ」

「はい、お嬢様。他の使用人はお嬢様付きではないので、役に立ちそうにありませんでしたので、私です」

「んん……? ぞう……でずが……」

「声が酷いですね、もう一杯飲んでください。今度は薬湯です」

「え、……い……」

「嫌とは言わせません。貴族令嬢たるもの声も美しくあるべきです」


 薬湯は苦くて不味い。アメリアは嫌だと首を振るも、アークも聞く耳を持たず首を振った。

 美しくあるべきだとは何となくだがアメリアも理解しているものの、嫌なものは嫌だ。別に今起きたばかりだし、美しくなくても良いとさえ思う程に嫌なのだ。


 寝起きでぼんやりする思考はやや子供らしさが残り、駄々を捏ねる少女に執事長も負けず、薬湯の入ったグラスを持って戻ってくる。


 アメリアの唇が横に引き伸ばされ、顔面で拒否というのが見て取れる。

 アークは困ったように眉を下げた。


「お嬢様、ご安心ください。私しかおりません。そのままでは声帯に変な癖がついてしまうかもしれません。かなりの間眠っていたのですから、諦めて飲んでいただきます」

「い・や!」


 眼鏡の奥でシルバーグレイの瞳が光る。


「飲めと言っているのですよ、我が儘お嬢様。まだ嫌がるなら、力づくでも口移しでも、何でも良いから飲ませるぞ」

「あーぐキャラ変わっでまず! 飲みます飲みます!」


 どうやら痺れを切らせたのだろう。絶対に自分には見せない素に近い性格を見せてきたアークに、アメリアは涙目で従った。


(ぅえぇぇ……まずいぃぃ……。アークが怒るとキャラ変化するなんて、好感度が高くないと見れないイベントなのにぃぃぃぃ)


 そう。ユリが病気になるイベントで似たようなイベントがあるのだ。

 アメリアはそれを知っているが故、物凄く困っている。


 そして何よりこの薬湯。


 物凄く不味い!


 不味い薬湯を何とか飲み干して、グラスをアークに返す。


「不味い、嫌い」

「薬という物はそういうものですよ」


 何度か「あー」やら「うー」など出して見れば一目瞭然。

 飲んだ後と前では遥かに声の出しやすさが違った。

 アメリアは思い当たる事があり、若干遠くを見つめながら皮肉を口にする。


「確かに声は戻りましたが、それ……精霊草を使ったものでしょう? そんな貴重な物を嫌われ者のわたくしに使って何がお望みかしら?」

「知っておいででしたか、本当に勤勉ですね。特に望みは……ないのですが、そうですね」


(おや? なかったの?)


 正に藪蛇。突っつかなくて良い所を寝起きの自分は突っついてしまったようだ。

 アークが何かお願い事があるから、現在世話を焼いてくれているのだとばかり思っていたアメリアは、本当に過去の周回から人から優しさを受けた事が少ない。

 経験値の差である。


「お嬢様が一年間眠っていらっしゃった間に、色々変化がございまして、それで少々困ってはいます」


(え? 今何と……?)


 アメリアは理解出来なかった。否、したくなかった。

 アークの言葉は簡潔的でとても分かり易く、理解しやすい。だからこそ、信じたくなかった。

 そんな馬鹿なと、アメリアは震えそうになる手を握った。


「アーク、わたくしは……どれほど眠っていたの?」


「今一度申し上げますが、お嬢様はデビュタントに向かい、王太子殿下と衝突からの昏倒。幸いにも殿下はすぐにお目覚めになり、傷もなく、状況が状況でしたのでお嬢様へのお咎めは御座いませんでした。

 ……しかし、お嬢様はそれから一年もの間、原因も判らず、眠っておいでで御座いました」


(ノーーーーーーーーーーーーーー!!!)


 だんだんと延びている自覚はあった。

 今回のクリスタルイベントもかなり久々だった。それはまだ良い。色々知れた。ジークライドが狂王となる未来もある事も知った。驚く部分も多かったが知る事は好きだ。

 それでも! と、アメリアは頭を抱えて叫び出したかった。


(イベント吹っ飛ばしまくりじゃないですかーーーー!!!)


 アメリアの予定では色々とあの後予定が組まれていたのだが、それも全部白紙に戻されたことが何よりも痛手となっているようだ。

 悪役令嬢として本来『ゲーム盤』のシナリオであるべき筈のイベントすらも熟せなかったと嘆く。

 自分が今までとは違う動きを取っているからか、神々があらゆる手を使い本気を出しているからか、そのどちらもなのか。ぶつかり合っているのは神にも近い願いの力、一方は悪神と化していようと、神本来の力。

 不確定要素の多いこの最後の周回で、アメリアは不可抗力とは言え、初めて大失敗を犯した。


(死亡フラグ建築が……私のフラグが……! 王妃教育の……イベントがぁぁ……!)


 認めたくない気持ちからか、ショックのあまりふらぁと意識が遠退いていく。

 アメリアの身体が再びベッドに倒れ、冷静沈着にも近い無表情のアークが慌てたのは自然な事だった。

 実はアメリアは過去の周回を経て、王妃教育が結構好きだったである。




 ◇◇



 アークの決死の介護のお陰か意気消沈しながらも意識を取り戻し、この後どうするのかアメリアは枕を背にし、重たい体を預けて寝台の上で考えている。

 一方アークは、時間が過ぎていた事がショックだったのだろうとやや憐れんでいるのだが、当たっている様で若干外れている。


(何て事でしょう……。私が王妃様に嫌われる為のイベントが吹っ飛び、一年間まるまるのバースデーイベントが無くなり、殿下にべったりし過ぎて嫌われたよ! エピソードなどなどエトセトラエトセトラ……)


 数えれば結構ある小さなイベントを悉く逃してしまったアメリアの頭は未だ切り替わらない様で、光の加減で色の変わる瞳も悲しみを帯びた色へと変化してしまった。

 因みにアークにも同じ色が見えているので、感情を隠す事が今のアメリアには出来ていない。

 鋼鉄の精神と魂を持つアメリアだが、謎の夢イベントで本来のイベントがスキップされるなど予想出来ていなかった。

 イレギュラーイベントではなく、どちらかと言うと長く眠り過ぎた単純な不測の事態である事が彼女にとっての問題なのだ。

 物語は悪役令嬢と言う必要な立ち位置の自分を、運命(シナリオ)は置いて行かないとばかり思っていたのに。

 神々に初めに植え付けられた物語でも、本編前と呼ばれる状況での過去『回想シーンイベント』なるものはどの周回でも熟してきた。

 それだと言うのに、今回はそれをも無視し謎の夢に時を奪われたのだ。


 アメリアはゆっくりと息を吐いた。


(そうですよね……。神さま方が本気で、お父様達が物語とは違う道に行こうとしていたんですもの。強制力で実際は戻って来てはいるのですけど……そりゃあ! 私も対象なわけです! 私としたことが根本的なミス!!)


 悲壮感を漂わせ下を向いていた少女は息を吹き返したかのように、顔を上げて前を向く。


 いつもの笑みでアメリアはアークを見据えた。


「アーク、黒の本を大至急手に入れて下さい。あれが存在するだけで嫌な事が今後起こり得る可能性が出てきました。あの元男爵は未だわたくしの前に立ち塞がろうとしているようです」

「そ、れは構いませんが……、嫌な事と仰るのは一体? 最早無力化したと言っても過言ではない方が、お嬢様に危害を加えるとは思えないのですが……」

「ふふ、アークでも無力化したと思っているのですね。でも今は秘密です。きっと、多分……その時が来たらお教えします……。起こらない事が一番なのですけどね、さて――」


 口元に人差し指を寄せて微笑むアメリアは、先程まで絶望していた少女とはまるで別人のように可憐に美しかった。

 彼女の本当の母と似た笑みにアークは息を飲んだ。

 しかしアメリアに悟られる事なく、会話を進め、彼女が何を考え行動しようとしているのかをシルバーグレイの瞳で見つめた。


 アメリアが言葉を切ると、彼女の視線は扉へと向かった。光の加減で色の変わる瞳はアークに漆黒を見せた。後を追う様に扉へ視線を向ければ、予測でもしていたかのように、扉は叩かれたのだ。


「はい、どなたですか?」

「私よ。後で私の部屋へいらっしゃい」


 扉をノックした者は声だけでも分かる相手、アメリアの義母のダリアだった。

 アークは目を細めるといつもとは声色の違うダリアに息を潜め、空気へと徹し耳を傾ける。普段の彼女はこの屋敷の女主としてとても慕われている。

 女主人。その名を体に、違和感なく。

 それがアメリアの前ではどうだろう。確かに以前から少し差はあったようにも感じられたが、義理の母と娘という立ち位置の距離感だと思っていた。自分が知るレベルでは変化はほんの些細なものだった筈だ。

 だが、現状は違うようだと理解した。

 明らかに普段は発さないような、声だけでも分かるほどに、嫌悪と見下しの入り混じったような声を義理の娘に向けているではないか。

 一年もの間眠っていた娘を心配しているような言葉では決してない。

 咎めるような……、一言で表せば『何故起きたのか』と言うような声色だった。


 幼い頃のアメリアを思い出していた。あの時もアメリアはダリアの部屋にいた。


 アメリアは次第に眉間に皺が寄り始めたアークに苦笑し、彼の肩を叩き振り向かせる。

 今にも抗議をと口を開きそうになる彼に、やんわりと首を振ると再び扉へと視線を戻した。


「わかりました、お義母様。支度が出来ましたら参ります」

「私をあまり待たせないでちょうだい」


 それだけ言い終えると扉の前から人の気配が遠のいていくのを感じ、二人は同時に小さく息を吐いた。

 ダリアからは安否に関しての言葉は一切なかった。


「あれは……本当に奥様ですか?」

「信じられないかもしれませんが、そういう事です。アークが居る事に気付いていなかったみたいですねぇ。お義母様はわたくしに起きて欲しくはなかったのでしょう」


 のんびりと自然に受け答えをするアメリアに、アークは違和感を覚えた。

 一切の優しさを感じられない会話だというのに、目の前にいる目覚めたばかりの少女は何事もないかのように言葉を紡いでいる。

 それが極自然の事のように。当たり前のように。

 更に眉を寄せて、口を開けては言葉が見つからず閉じる。


 繰り返しているとアメリアは気持ちを感じ取ったのか、また笑顔を浮かべた。


「手出し口出しは無用ですよ、アーク。告げ口も駄目です。まぁ、言ったところで誰も信じませんし、わたくしの話になればお義母様をみんなは信じますしね。

 貴方はわたくしの足となり手となり、ライラの代わりに別で働いてください。今貴方に頼んでいる事は黒の本を手に入れる事です。それ以外は頼んでいません」


 そう。今ライラはいない。

 ずっといた侍女はいないのだ。

 アメリアはアークがこれ以上踏み込んでこないように言葉の裏に「余計な事はしてくれるな」と含め、釘を刺す。「湯浴みして少し汗を流したい」旨を伝えれば、双子の弟は似たような無表情でありながら納得できない空気を滲み出しながら、「畏まりました」と使用人を呼びに廊下へと続く扉へと向かう。

 アメリアの考えている事などはアークには分からない。アメリアはアークをこれ以上巻き込みたくないと思ってもいた。


「あぁ……でも一つだけ」


 アークは足を止め振り返る。アメリアは笑顔で口元に人差し指を立てている。


「呼んだら来てください。お父様と」


 アークが首を傾げながらも了承し頷いた。

 そのまま退出する彼を見つめ、アメリアは小さくガッツポーズを決めた。


(お義母様大変! 大変過去一番に不機嫌! これは! こ れ は!! とても良い最短新規死亡フラグではありませんか!? ひゃっふーーーーーー!!)


 アークの心配をする傍らやはり鋼鉄の精神と魂を持つアメリアはブレていなかった。


次回予告≫アメリア痛い痛い回の為、二話連続更新となります。宜しくお願いいたします。


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― 新着の感想 ―
[一言] ずっと待ってました。 更新してくれて本当にありがとうございます。
[一言] 待ってた 一年すっとんだのはメタネタではないと信じたい
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