第7話
対アーク戦
(ついにこの時がきました!さぁ!フラグ建築参りますよー!)
カーテンの隙間から暖かな春の日差しが差し込むアメリアの寝室。
まだ日は昇ったばかりで、公爵の家の中も警備の者しか目覚めて居ない時間。
アメリアはゆっくりと体を起こす。
今日はアメリアの誕生日。
アメリアが4歳を迎えた記念すべき日。
何度も繰り返してきてアメリアは知っているのだ、今日この日に自分は近い未来“婚約者”になる人と出会う事を。
そしてその婚約者は確実に自分を最後には断罪してくれる、一級死亡フラグになり得る存在である事を。
アメリアは柔らかな布団から抜け出てカーテンを開く。
侍女のライラがくる時間にはまだ早いため自分の支度をある程度はじめてしまう。
(ライラが起きるまであと2時間はありますね…顔を洗って簡単に着替えをして庭でも走ってきましょうか)
体力づくりを見つからないようにするのは、どの周回でも骨が折れるとアメリアは内心愚痴る。
本来の公爵令嬢であれば特にそこまで体力作りは必要ないが、アメリアの場合色々な要素で“活躍”するため体力作りは必須なのである。
特に神々からの余計な介入でアメリア自身で軌道修正しなくてはならない現在。
体力作りはとても重要になってくる。
(神さま方が既に介入している事は分かっているのです!イベントと呼ばれる出来ごとを悉くつぶされる可能性がとても高いのですから…体力つけませんとね!)
鋼鉄の精神と魂を持つアメリアの斜め上の頑張りを今はだれも褒めてはくれないだろう。
せっせと顔を洗い、髪を慣れたように後ろで一つに結び、動きやすいシャツとズボンに着替える。
何故令嬢であるアメリアの自室に男性が身につけるような衣装があるというと、以前ライラに頼んだお願いがこの衣装を手に入れてくるものだったのだ。
アメリアが頼めば父のロイドは怪訝そうな顔をしてプレゼントしてくれるだろうが、何故必要なのかと問われてしまえばアメリアの計画は台無しになってしまう恐れがあった。
その為、侍女のライラにお願いしたという事であった。
着替えを済まし室内で何度か準備運動をして、窓を開けバルコニーに向かう。
アメリアの自室は二階にあり、近くには大木が一つ。
アメリアは何度かその場で飛び跳ね、微力の強化魔力を足へ構築し助走をつけ、大人でも飛ぶ事はまず難しい大木への距離をひょいっと軽い調子で飛び移った。
目測も問題なく飛び移れ、次に地面へと軽く着地する。
「ふぅ…4歳の体でもいけるもんですね!今までこのタイミングで記憶が戻ってましたから…今日から体力作りが出来るのは大きい収穫です!」
監視魔法は庭には構築されていない事を知っているアメリアは口から独り言を吐き出す。
そして何度か体を伸ばし、警備を掻い潜っての走りこみを開始するのだった。
走っていれば小鳥たちがアメリアに挨拶にやってくる。
「おはようみんな!元気そうで何より!」
アメリアの幸せのひと時がこの早朝の走り込みなのである。
基本使用人達にも等しく冷たく権力を振りかざし扱うアメリアだが、現在の本当の彼女は権力を振りかざす事はなるべくしたくない優しい性格になっている。
それでも振りかざすのはそれが彼女が頑として諦めない死ぬための布石。
表面しかみない使用人達はそんな彼女の思惑通りにわがまま令嬢というレッテルをアメリアに貼っているのだ。
「あら?小さいのに飛べるのですか!偉いですね!」
小鳥はアメリアの言葉に嬉しそうに、そして楽しそうにくるくると飛び回る。
アメリアは自然に触れているときだけ、表面の仮面を外す。
そして言葉の糧も外すのだ。
4歳にしては悠長に話すのはそのためだ。
そしてそれを誰にも気づかれるへまはしない。
完璧に切り分けが出来るのがアメリアの美徳であり、神々の悩みの種であり、過ちである。
公爵家の庭はかなりの面積を有している。
この公爵家の庭だけでもそれなりの距離があり、アメリアは一周走り切るまでに1時間以上使ってしまった。
「やはり…体力は魔力と違って地道…ある、のみですねぇ…」
一周を何とか走り切った時にはアメリアの息はかなりあがっており、膝に手をついて肩で息をすることで何とかその場に立っていられる程の体力しか残らなかった。
4歳にしては体力があり過ぎるが、これは神々でいう引き継ぎボーナスの一種なのだろう。
アメリアは何とか息を整え再び足に強化魔力を構築させ、飛ぶ。
帰る時は大木をつたう事なく、バルコニーへとそのまま降り立った。
ライラがやってくるまで時間はそこまでないが、アメリアは部屋へ戻り汗ばんだ体を洗浄と浄化魔法で綺麗にし服を朝脱いだナイトドレスに着替える。
使用していたシャツとズボンにも洗浄と浄化の魔法を構築し、ある程度清潔にしてからドレスとは別のクローゼットにしまう。
いくら魔法で綺麗にしたからといって、汗がしみ込んだシャツをそのままドレスと一緒にしまう事はアメリアの美的センスが許さなかった。
それからベッドへと潜り込む。
そうして程なくしてアメリアの部屋がノックされた。
(ぎりっぎりセーフですね!)
「お嬢様起きていらっしゃいますか?」
「ん…どうぞ…らいら?」
「失礼します。申し訳ございません、アークです」
(………なんですと!?)
ライラがやってくると思っていたアメリア口調が吹っ飛ぶほどに驚いた。
執事長のアークが部屋に入ってきたのだから。
アーク・フリージア。
黒く艶のある漆黒の髪をオールバックにまとめており、二重の切れ長のシルバーグレイの瞳に銀縁の眼鏡の美青年。高身長ですらりとした体つきに見えるが、実は見た目より程良い筋肉がついており現在は執事服の下に隠れているのが少し残念なアメリア。
礼儀、教育、全てにおいて問題なく、公爵のロイドを支えるランド・スチュワード。
どちらかというと隠密のような裏の仕事の方が得意とする超人。アスター亡き今、何故この公爵家に残り仕事をしているのが不思議なほどの完璧紳士。
執事としての実力もさながら、将来的にはアメリアや一部を除いたスターチス一家を証拠も残さず暗殺する可能性がある危険人物。その手際の良さはアメリアは称賛の域であった。
見た目がライラと同じく全く変化しない見た目お化けの一人。
ライラとアメリアの関係とは違い、公爵家に仕えてはいるが誰かに対し忠誠を誓っているわけではない。それは隣国から共にやってきたアスターに対しても最後まで忠誠を誓う事はなかった。
隣国の特別貴族であり、“聖霊”を親に持つ“異端の双子”の弟。
(そのアークが何故!今!やってくるのです!?ライラがやってくるはずでしょう!?これも神さま方のせいですか!?)
内心冷や汗だらだらのアメリアだが、表面は寝起きですと言わんばかりの表情を作り上げているあたり流石である。
「あー…く?らいらは?」
「ライラは現在旦那様に呼び出されております」
「おはなし…そう…あさのゆあみをします。じゅんびなさいアーク」
「かしこまりました」
一礼して廊下にいるメイドにアークは声をかける。
(今日の段取りならアークが担当のはず…。それなのにライラを呼び出しとはなんでしょうかね?後で聞いてみましょうか…というか…)
「なぜでていかないの?アーク」
高圧的に命令を下したはずが、メイドに指示を出しただけでアークはその場から動こうとしない。
「申し訳ありませんお嬢様。一つ確認したい事がございます」
「かくにん?なんなのです?ねおきのわたくしはきげんがわるい」
「簡単な事でございますよ」
機嫌が悪いと言っているのにアークは引く様子を見せない事から、アメリアは何を確認するつもりだと訝しげに視線をやる。
あくまでも今のアメリアは“寝起き”設定である。
先程まで庭を走り回っていたアメリアでは決してないのだ。
「お嬢様の部屋から先程微量ではありますが魔法の構築を感知いたしました。もしかすると侵入者が入り込んだのではないかと確認を…」
「しんにゅう…しゃ?みあたらないけれど?いればわたくしはもういきてはいないのでは?」
(あぁっ!そういえばそうでしたね!アーク出来る子でしたね!でもそれ私ぃっ!!!)
それ私です!など口が裂けても言えないアメリアは、内心とは裏腹に表面上お前何を言ってるんだ?私は起きたばかりで部屋に侵入者など居ないだろう馬鹿者め!といった視線を送る。
アークはその視線を受けて感知魔法をすぐさま構築し、確認作業をするがアメリアの言っている通り侵入者の気配はなく、その場にいる二人の生命しか存在してない事が結果的にわかる。
ならば何故自分の体が感知したのかとアークは首を傾げる。
「いなかったの?いたならこのやしきのけいびはむのうね。ぜんいんクビにしないと…」
「いえ、おりませんでした…私の間違いでございました」
警備の責任だと言えば間髪入れずアークは自分の責任だと頭を下げた。
それがアメリアの誘導だとも知らずに。
アメリアは可笑しそうに口に手を当てる。
「あら?アークあなたがうそをついたの?なら、むのうはあなたね、アーク」
「っ…申し訳ございません。朝の時間をお邪魔致しました」
「ほんとうにね、ライラがもどっているならさっさとこうたいなさい?むのうのアーク?」
「…畏まりました。失礼いたします」
屈辱的な思いをシルバーグレイの瞳に滲ませながらアークは今一度頭を下げ、部屋から出て行く。
あえて高圧的に、そして挑戦的に相手を傷つける手段を持つアメリアは、執事長アークの撃退に成功した。
そして咄嗟の状況にも関わらず、見事なまでにさり気なくフラグを建築する手腕は流石の一言に尽きるだろう。
(あっぶなぁい!あれくらいの微量の強化魔法でも感知されるとは…これはうまい事やらないと体力作り出来そうにないですね…)
こんな事を考えていたなどアークは微塵も感じる事は出来なかった事だろう。
魔法の構築を感知する事は出来ても、人の考えを読みとる事に長けていても、いくら隠密行動が得意だとしても、それは全てアメリア以外に対してに他ならない。
内面と表面は一緒にならないのがアメリアの凄いところだろう。
(魔法感知されないように手を打たなければなりませんっ!誤魔化しはしましたが、アークは本当に優秀ですね!鼻が高い!)
先程無能と口から言っていたのにも関わらず正反対のこの高評価なのだから、アメリア恐るべし。
アークが出て行ってからしばらくしてから再び部屋の扉がノックされた。