第71話-2
(ユリを褒めるのは判ります。私も悪役という立ち位置ではなければ、全力で褒めて愛でていましたもの。ユリは物凄く可愛いですものね! うんうん。 ってそうじゃないんですよ!!)
ポジティブに考えるのなら、攻略対象がユリ側に付く分には問題ないのかとも同時に思うわけで。しかしこれは離脱させた意味がないのでは? とアメリアからしたら、とても複雑なのである。
(ユリが誰を選ぶかでエンディングルートが変わるのですし、まぁ……良いんですかね? 死亡フラグが向こうから歩いてきたと思えば……多分)
自分に干渉さえしなければまあ良いのかと、良い方向に軌道修正が行われたと、前向きに考える事にしたアメリアは父へ声をかける。
いい加減放置に飽きたのだ。部屋を出るにも何にしても、挨拶もなしに出ていく事は出来ない。身動きが取れないのが一番困る。
まずはこの完全無視モードを貫いているロイドを突破しなくてはならないのである。
「お父様、お義母様、そんなユリばかり構っていてわたくしを放置なさるなんて、悲しいですわ」
(いや、悲しくないんですけども、分かるから良いんです本当は!! ぶっちゃけそのまま愛でて頂いて結構なのですけどね!? さっさと部屋に戻って良いですか?)
アメリアの副音声に気付く者はいないが、アークは黙ってアメリアを見つめている。
呼びかけに気付いたロイドとダリアは、冷たく蔑むように瞳が細められた。
「あら、いたの」
「いたのか、アメリア」
(おおう!! この私が存在すら見えてない扱いを受けた!?)
これにはアメリアも驚愕した。同時に新鮮な気分を味わった。
光の加減で変わる瞳が大きく見開かれる。何度か瞬きを繰り返し、今二人は何と言ったのか判らないと首を傾げてみせる。
「お父様……? お義母様?」
「確認はした。お前は声がかかるまで部屋に戻っていなさい」
「お父様! それではお姉様が可哀想です」
「うふふ、ユリは優しいのね。良いのよ、どのような姿か確認する為だったのだから。アメリア、部屋に行きなさい」
(いやいや、可哀想でもなんでもないのですよ? いや、普通は可哀想なのでしょうか? でもまぁ私は良いのですけど、その言葉は嫌味に取られ兼ねないから気を付けてね、ユリ。教えてあげられないけど。
っにしてもお父様の様子が変ですね。近付いて来ないし、かと言って以前かけた魔法も健在のようですし……、良く分からないですね。
とりあえずここは癇癪起こして引き下がりましょう、そうしましょう!)
父の不審な点がいくつかあるものの、追及を態々しない。脳内では嬉々としてこの状況を上手い事使ってあげよう程度にしか回転していない。
とりあえず、ここは下がって落ち着いた場所で考えようと考えがまとまった。
傲慢で我が儘な悪役令嬢アメリアを演じる為、表情が一気に拗ねたように、怒りに顔を真っ赤に染めた。
「可哀想ですって! 貴女にそんなことを言われる筋合いなどないわ!」
勢いよく手を振りかぶり、アメリアはユリの頬を叩こうとする。勿論全力の演技でだ。
この状況でそれを行えば、案の定動く二人の大人。
少し強い力で腕を掴まれた。
「何をするの! 離しなさい、ライラ!」
「申し訳ございません。ユリお嬢様に危害を加えられるのであれば、離す事は出来兼ねます」
「お父様! 何とか言って!」
「いい加減にしないか、アメリア! 出ていきなさいっ! 連れていけアーク!」
「ユリ! 大丈夫!? 怪我はないわね?」
普通であればハートフルボッコイベントに違いないのだが、アメリアは追い出されながら内心ガッツポーズである。
(ライラがユリについてしまった事は少し、ほんの少し寂しかったですけど、これは……これはとてもいい傾向です!! ひゃっほう!)
表面では「わたくしは間違っていない」と叫び散らしている辺り、自分の演技力は流石だと自画自賛中である。
アークに廊下へと連れられ扉がしまれば、スンと音が聞こえるほど見事なるまでに表情が元に戻り、落ち着く。
「ふぅ……。話しても良いですよ、アーク」
「ンっ! ……お嬢様、その切り替えどうにかなりませんか?」
未だアークに刻み込まれたままの魔法。アメリアが許可をすればアークは口を開ける。
許された途端に口元を押さえ、咳払いをし笑いを堪えたアークに、アメリアはにこりと微笑む。彼には色々と知られてしまっている、それに今の所まだ協力者だ。表情を作る必要性がほとんどない。
癇癪起こして連れ出されたのだから多少は廊下でも騒いだ方が良いのだろうが、執務室の中まで届く声を張り上げるのは割と大変。喉を傷めかねない。
一度扉をどんと足で蹴り、淑女ならぬ行動の後、アメリアはアークを連れて自室に戻る廊下を歩く。
さてこの後はどうしたら不自然ではないかと、アークへと聞いてみた。
「それであればまた抱き上げて運びますので、腕の中で暴れたらどうでしょう? お嬢様は細く、軽くあられますから、別段問題はありませんし」
「なるほど、わたくしに羞恥で死ねと仰るのね。
そんなことで死ねると思えないけど、喉を傷める事なく出来そうですが、無駄に体力使いそうです。それにドレスに皺も寄りそうですし……やっぱりわたくしが何となく嫌。
ここは無難にアークを罵倒して戻りたいと思います」
「どうしてそうなるのか甚だ理解出来ませんが、了解いたしました。甘んじて受けましょう」
受けてくれるのかと内心驚いているが、ここは協力して貰うに限る。自分の事を忌み嫌っているアークは何処へやらな気もしなくも無いが、如何せんライラがユリ側にいるので選手交代のようなものだろうかと、アメリアは無理やり納得した。
メイド達が見ている手前、アークを散々罵倒し、「お父様はユリばかり」などなど下らない嫉妬に狂った演技を披露しつつ、自室に戻った。
室内に入れば、演技終了のお知らせ。再びスンと表情が戻る。
「ぶっふ!」
「アーク、貴方のツボがいまいち分からないのですけど、そんなに面白いですか?」
首を傾げて見上げれば、口元を押さえ肩を震わせているアークはこくこくと何度も頷いている。どうやら切り替えの早さにアークがついて来れていないらしい。
アメリアは椅子に腰かけて一息つく。
「……お嬢様、二つ程、お聞きしても宜しいでしょうか?」
「なぁに?」
「先程の状況の後ですが、その……悲しくないのですか?」
「え? ユリが可愛いのは事実ですよ?」
あっけらかんと答えるアメリアに、アークは予想していた斜め上をいく答えに質問の意味が伝わっていないのだろうかと不安に思った。しかし、アメリアの表情から嘘は見受けられず、大丈夫そうだと判断し、「そうであれば良いのです」と眼鏡のブリッジを上げた。
ユリの可愛さは世界一だと思っているアメリアは、可愛いもの好きである。
一つ目の疑問に答え終わり、首を傾げてアークを見上げる。
「納得したのなら、二つ目は?」
「お嬢様はライラ以外を身近に置くことをしないのですか?」
「……ずばずばきますねぇ。言っては何ですけど、わたくしはライラ以上に使える人材はいないと思っています。アークも優秀なのは重々理解していますが、わたくしが信用出来る者も同じくライラだけだったのです。
あっ! 今は一応アークも信用してますよ?
でもね? わたくしはこの屋敷で嫌われています。いつ毒殺されてもおかしくないんですよ。
ユリの侍女になってから、ライラはわたくしの事をお嬢様と呼ばなくなりましたし……、嫌われてしまったのでしょう」
――物騒な妄想ですね。そして……いや、姉さんが自分から嫌いになるという事は多分ない。
アークは脳内でアメリアの言葉を否定した。
現在のアメリアの見た目はアスターの生き写しのようなものだ。そして姉はアスター心底愛していた。それを考えても、アメリアを嫌いになる事はない。もしそうであれば、余程の事が起きている事になる。
アークは姉ライラを良く理解しているからこそ、今の状況があまりに不自然であると眉を寄せる。
「お嬢様は一体、ライラに何をなさったのですか?」
「特に何も。貴方達の為を思ってお婆様に進言したくらいで、何もないのです」
「進言……ですか?」
「お婆様にわたくしが勝ったら、ライラとアークを連れていってくれと。でもお婆様からしたら二人の場所は国にはないからと言われて……、色々ライラに秘密にしていて、その頃にはライラはわたくしを不信がっていたので、証を返しました」
――どこからツッコめばいいんだ、これはっ……! それじゃあ嫌うも何もないじゃないか!
アメリア認定の苦労人アークは頭を抱えそうになった。何もしていないと言わなかったか? と目の前で首を傾げている少女を問い詰めたくなった。
この四年程ライラの八つ当たりを一心に受けていたアークは、少し遠くを見つめたくなった。アメリアの秘密がどうであれ、ライラはその秘密区域に自分が入れず、仕舞いには特に理由を話さないお嬢様の事だ。自分達を国に戻す話を相談もなく突然始めたのだろう。
そして、姉さんはそれに対して色々爆発させて、お嬢様を信用出来なくなったのではないだろうか。そんなことを苦労人人生を生きているアークは察した。
多分ないと内心否定していたが、それならあり得る事だと苦い顔をした。
強ち間違いではない辺り、アークの苦労具合が薄々垣間見える。
アークは大きく溜息を吐きながら、ベルを鳴らし、廊下のメイドを呼びつけると指示を出した。
指示を出し終われば扉を閉める。アメリアはきょとんとして、アークを見る。
「何を?」
「この屋敷の御令嬢であるお嬢様がただ座っているだけなど、本来あり得ません。お嬢様の〝癇癪〟ついでに、少し私がお茶を入れさせて頂きます。あくまでも、お嬢様の我が儘と言う形で、です。宜しいでしょうか? アメリアお嬢様」
「……ふふ。はーい、宜しくお願いいたしますわ、執事長。わたくしは美味しくなければ、手が滑って零して、絨毯を汚してしまうかもしれません。普通のメイドではわたくしを満足させられるような味が出せるとも思いませんの」
「それはそれは、メイドの質をお疑いでしょうか? 全く困りものですね。私、アークめが丹精込めて、お嬢様の舌を満足させられるものをお入れ致しましょう。どうぞ機嫌を直して下さいますよう」
他愛のないやり取りにアメリアは新鮮だと、くすくすと楽し気に笑う。その様子にアークは目を伏せ一度微笑むと、表情を戻し扉を再び開けた。
メイドが指示通り持ってきたようだ。指示を出されてそこまで時間はかかっていない。この屋敷のメイドはやはり優秀だと、アメリアは見えない相手に感心している。やれば出来るのだ。流石は公爵家に仕えるメイド達である。
そんな風に感心されていると思っていないメイドはメイドで、ノック前に開かれた扉に驚きを隠せない。アークは態と中の様子を見せない。お嬢様は現在機嫌が悪いのだ。そういう風を装い、「下がって良い。後は私がする」と一言。執事長権限で下がらせた。
アメリアはアークがお茶を入れてくれるのを、その場で眺めて待っていた。
「ねえ、アーク」
「なんでしょう、お嬢様」
「やっぱり、この屋敷のメイドも執事も優秀よね。やれば出来るの。っと、そうではなくて……あの、ライラは……わたくしの事を何か言っていた?」
以前、姉弟の話し合いみたいなことをしていたと思い出したアメリアは、アークに聞いてみる事にした。弟のアークには話しているかもしれないという考えがあってだが、アークは思いのほか浮かない表情を見せ、アメリアの前にカップを置いた。
「未熟な者もおりますが、鍛えましたから。……姉が……私に言った言葉は一つだけです」
「一つ?」
言葉を詰まらせ、伝えるべきかアークは言い淀んだが、アメリアは笑みを浮かべ頷いて見せた。
「……お前がお嬢様を奪い、私を捨てた。私は必要ない。その様な事を言っていました」
「ライラが……そんな事を……? アークがわたくしを奪うとはどういう?」
「他にも色々言われましたが、要約するとこの一言に全て込められていると思われます。私は姉が今、何を考えているのか分かりません。そして何を意味しているのかも……お役に立てず申し訳ありません」
アークはアメリアに決して言わなかった言葉がある。
――お嬢様はもう恋愛対象ではない!
そのライラの言葉はどうやら本気だったらしいと、アメリアの話を聞いて判断出来てしまったからだ。もう仕えるつもりはない様子の姉に弟は複雑な思いだった。
またアメリアもアークの言葉に表情を曇らせた。
(私がちゃんと話していなかったから、ライラを追い詰めていたのでしょうか……)
自分付きではなくなったライラの心境などアメリアには理解できない。今までと違った流れに身を投じている為に、今のライラの表情を読み取る事もまた難しい。
室内に溜息が二つ、重たく吐き出された。
「いいの、十分だわ。分かりました。ライラの事は一先ず置いておきましょう。少なくともわたくし達が何かしても、逆効果な気がします。これは長年一緒にいた勘ですけど、そんな気がします」
「同感です。姉と私の二人で話している時も、話を聞いている様で聞いていない、そんなような感じでしたから、間違いはないかと……」
アークは本当に苦労しているなとアメリアは思った。そしてアークは、アメリアへ報告するべき事項があったが、ライラの件もあり、切り出せずにいた。
◇◇
アメリアからしたらゆったりと過ごしていれば、エスコート役のジークライドが到着したとメイドが呼びにやってきた。時間だ。
アメリアは臨時自分担当アークを連れて外へ向かう。
玄関ホールを抜け、馬車の方へ迎えばこれはどういう事だろうと眉がぴくりと動いた。
アークのみ聞こえる大きさでアメリアは表情を殺して問う。
「ねえ、アーク。わたくしの記憶間違いでなければ、マイクは入学まで屋敷でお休み。ユリはお兄様のエスコートで行くのよね?」
「左様でございます。私もその様に把握しております」
「ではどうして、ユリは殿下の腕を取ってはしゃいでいるのかしら? わたくしの目が腐っているの?」
「いえ、正常でしょう。そして誰も止めていないようですね……」
目の前ではユリがジークライドの手を取り、今から彼にエスコートされるのだと意気込んではしゃいでいる姿を目にした。本来のエスコート担当ダレンは笑みを浮かべてその様子を見ている。ダリアもロイドも眉を下げているだけで、困った子だと見ているだけ。咎める様子はない。
当の本人のジークライドも同じ表情を見せている事から、アメリアとアークは視線を逸らしたくなった。
(ヒロイン補正つよ!!)
本来なら色々問題視される状況にも関わらず、誰もユリを咎めない。アメリアは内心神々に思った。
(神さま方、ユリのヒロイン補正強いですね。それはとても良い事だと思うわけですよ。私が死ぬためにはその補正は非常に大事なので、ええ! とても! でも、でもですね?
常識というものはちゃんと設定に加えるべきですよ。覚えておいてください)
何度も周回しているアメリアは、最後だからと一応神々に助言しておいた。本編前だとしてもこれは酷い。
ユリ11歳の頃を思い出すが、過去の周回の時の方がまだ成長していた分、良かった気がする。
悪役令嬢として振舞わなくても、多分この場を注意しただけで悪者扱いは免れない。自分も自分で「悪役補正強いな」と思うアメリアだった。
盛大に溜息を吐いて、その場へと向かう。
「あら、殿下。わたくしの妹がとんだ粗相を」
「ん? ……いや、その、構わない」
「いえいえ。そんな訳にはいきませんわ。殿下の腕を離しなさい、お馬鹿なユリ。貴女は本日お兄様にエスコートして頂く予定でしょう。殿下の婚約者であるわたくしの前でその様な振る舞いは許しませんわ。淑女として殿方に触れるなんてはしたない」
アメリアの言葉に「あっ」とジークライドから手を離すユリ。しかし困ったように眉を下げて、助けを求めるように視線を漂わせる。
「え、でも……お母様……」
(え? ここでお義母様? 待ってユリ。本当にお馬鹿さんじゃないでしょう!?)
謝罪するでもなく、ただただ誰かに助けを求める自分の妹にアメリアは頭痛がした。見た目だけ成長した子供と言ってしまえばそれまでなのだが、ユリも歴とした公爵令嬢である。
少なくともこの四年間。マナーは嫌という程、叩き込まれて来た筈なのだ。
不機嫌を表面にアメリアが口を開こうとした時、ロイドがそれを制した。
「アメリア、ユリはまだ見た目より幼い。知らない事があっても仕方がないだろう。今日のエスコートはダレンにして貰いなさい」
(いやいやいやいや、お父様まで!? 何言っているの!? え? 私の常識が非常識なの!? 普段のお父様ならそんな事仰いませんよね!?)
一体どうしたんだと叫びたくなるものの、冷静に心の中でツッコむアメリア。どうやらヒロイン補正のせいか、何なのか。自分が我が儘を言っている流れになっているらしい事に薄々気付いてきた。
「私は構わないよ。婚約者殿の妹君だからね」
(オーケーです、ナイスパスです。構わないはそっちの構わないだったのですね。把握しました。フラグはもう黙っていて宜しい!)
もうフラグ扱いのジークライドの言葉のパスに、流石は旗だと絶賛しているアメリア。しかし、拗れるからこれ以上は黙っていて欲しいのは本心である。
癇癪爆発の表面アメリアは嫌悪を表情に乗せている。
「構わない訳が御座いません! わたくしの! 婚約者としての立場というものを考えて頂きませんと!」
「妹の細やかな頼みも聞けないの? 立場とは何ですか、婚約者である殿下が構わないと仰ったのが全てでしょう」
(おおう……これぞ、神さま方の言っていった『家庭内フルボッコ』ってやつですかね? 違うかもしれない。ですが……とてもいい傾向です! でも、うう~ん……正直どっちでも良いんですよね。殿下に対して、旗以上に興味ないですし)
権力的にはこの場ではジークライドが一番だ。その彼が許可してしまったのだから、アメリアはもう立場も何もない。
ダリアは元々ユリ側だ。そして言葉も巧み。
見事にアメリアの言い分を退けた。自分の常識は他人の非常識だと、神々が言っていた事を思い出し、「確かに」と内心。鋼鉄の精神と魂のアメリアは一つこの場で学んだ。
こっそりこの状況に満足していると、見兼ねたダレンが声を掛けてくる。
「仕方ない、アメリア。僕がエスコートするよ」
「お兄様まで! ユリを甘やかしてどうするのです! わたくしはおかしな事は言っていません!」
「僕だって、ユリをエスコートする方が良かったよ」
アークは口を閉ざしているが、この状況に違和感が拭えない。自分の知る公爵達がこのような愚かな発言をすると思っていない。不可解な状況ではあるが、自分は何も口出し出来ないと、口を固く閉ざすしかない。
アメリアはと言うと、ダレンにまでその様に告げられれば、この場は幕引きである。
(流石はお兄様、スマートですね。
さてと、悪役は悪役に徹しましょう。またしてもイレギュラーイベントですが、どうやらユリと殿下の好感度イベントのようですし、良いでしょう。最高の死亡旗である殿下をさっさと陥落してくれるのなら、全力で協力するまで!)
表面上渋々、兄の申し出を承諾し、アメリアはダレンのエスコートにて会場へ向かう事となった。
◇◇
移動する馬車の中。ダレンは頭を押さえ下を向いた。
特に表情も作る必要のない相手しかいない為、アメリアは心配そうにダレンを見つめた。
「お兄様? 体調でも優れませんか?」
「ん。大丈夫……それよりもごめん、アメリア。あんな事を言うつもりはなかったんだ」
「へ?」
(あんな事とは?)
この悪役令嬢。悪意に満ちた言葉を受けるのに慣れ過ぎて、麻痺してしまっている。
アメリアからしたら先程のやり取りは、とてもスマートなやり取りだったのだ。ダレンが「ユリの方が良い」発言で頭を抱えているなど露ほど思っていない。
首を傾げているとダレンは「何でもないよ」と首を振る。瞬きを繰り返し、良く分からないが、終わりならば良いかと、ダレンを放置しアメリアは窓の外を流れる景色へと視線を移した。
ダレンは自分の意志と反する何かが作用している気がしてならないが、それが何なのか理解出来ていなかった。
太陽が街を照らし、ゆっくりと沈んでいく。
学園へ赴く子供達の初めての夜会の始まりである。
次回は11月18日0時を予定しています。早ければ来週に更新予定です。宜しくお願い致します。




