第70話ー2
合魔獣編 了
(んんんん!?!?)
シリアスがどこへやら。アメリアが動揺するのも、何度見かしてしまったのも致し方がないのだ。
愛らしい妹は涙目で必死にマイクに対し、治癒魔法を施しているのだが、如何せんそのユリ自身の見た目が大いに変わっている。
失踪前より遥かに……そう、確かに成長しており、ほとんどアメリアと身長が変わらない、歳も変わらない見た目に変化していたのだ。
これにはアグリアもブラックも、そしてライラも、ユリを知っている者は困惑を隠せない。
「貴女……は、ユリ、よね?」
確認するのも仕方のないことだと再度言っておこう。
涙を浮かべながら口をへの字に視線を上げる目の前の妹である少女。
「そうです! ユリです! お姉さま、私の事を忘れたのですか!」
アメリアからすっと表情が消えた。そして男爵の元に早歩きで向かい、屈み胸倉を掴んだ。
彼にしか聞こえない声で、とても低く声を出す。
「どーーーーーーいうことです? ユリに何をしたのか吐きなさい。殺しますよ」
本気と書いてマジと読むレベルで目が座っているアメリアに、アンスリウムは一瞬口元の痛みを忘れた。
「何を……と言っても、私は何も……」
「何もしていなくてあの愛らしいユリが、こんなに早く成長する訳ないでしょう。今も愛らしいですけど、成長速度がおかしいでしょう。馬鹿にするんじゃありません。禁忌魔法ならさっさと解きなさい。殺しますよ」
「いえ、ですから私は何もしていないんですよ!」
殺しますよが最早決まり文句のように告げるアメリアに、アンスリウムは首を必死で振って否定した。
彼を助けようと思う者は、もうこの場には居ない。
アメリアに勝てると自信をもって言える者が存在しない。大半はアグリア率いるブルームーン国種族ドリームチームに伸されているからなのだが。
話にならないと、アメリアは小さく舌打ちすると手を離した。
そしてユリの方へ再び視線を向ける。
「本当にユリなのね……。随分と、その、大きくなったのね」
語彙力著しいアメリアの言葉に、ユリは首を傾げて「そうですか?」と呑気に言ってくる。ブラック、アグリア、ライラは「いや、そうだろう!」と内心突っ込んだ。
どうしたものかアメリアは考えていると、アンスリウムが小さく自虐的に笑いながらアメリアに聞こえるように囁く。
「ふふふ……公爵令嬢殿、貴女様に負けたのは認めましょう。ですので、これを最後に、この情報を貴女にだけプレゼントしておきますよ」
真っすぐとマイクを癒すユリを見つめながら耳を傾ける。
「情報? 興味がないわね。黙りなさい、殺しますよ」
「それはどうでしょう……ユリとマイクの事ですよ?」
アメリアの眉がぴくりと動く。しかし表情はそれ以上変えない。
「お前如きがスターチス公爵の子を呼び捨てにする権利はない。身の程を弁えなさいな」
「ふふふ……ふふ、そうでしょうねぇ……。今は、あの二人は公爵家です。でも……――」
囁かれた言葉にアメリアの瞳は真紅に染まった。
次の瞬間、持っていた扇で男爵の頭を叩き地面にめり込むほど沈めた。
「お、お姉さま?」
扇を音を鳴らして掌に打ち、何でもないと首を振る。
「ユリ、今のマイクは魔力がほとんど残っていません。いくら治癒の魔法を構築して癒したとしても、しばらく目を覚まさないわ」
「そんな……お姉さま何をなさったの? 全てお姉さまのせいだって、お姉さま仰っていたけど」
不安そうに眉を下げて見上げる成長してしまったユリ。
話しぶりからどうやら彼女は何も知らないらしい。先程の言葉は、部分部分聞いていたが為に出た言葉だったようだ。
アメリアは今一度首を振り、何も答えなかった。噂はきっとユリの口からスタートされるだろうと踏んで、真相は一切明かさないつもりだ。
ユリが父ロイドに今までどうしていたのか聞かれ、答える。それだけで良い。それを噂好きな使用人達の耳に入ればいいのだ。自然と自分の名前とこの状況がそこから広がり、知れ渡るだろうからと。
扇を広げ、アメリアは口元を隠した。
そしてライラを呼ぶと二人を屋敷に先に連れて戻って欲しいと伝える。ライラは素直にそれに従い、転移魔法を用いてさっさと消えて見せた。
自分が命じたから素直に動いたライラに不自然なところは一切ない。無いのだが、ライラの事をよく知るアメリアは扇の内側で悲しく、扇の内側で苦笑した。
それからブラックに第五師団長と憲兵を連れて来て欲しい事を伝えれば、ブラックはすぐさまその場を離れた。
直にこの地下施設や、それに纏わる物は全て発見されるだろう。
◇◇
残ったアメリアとアグリアは教会へと戻り、椅子へ腰掛けていた。
神聖なそこは地下施設での出来事などなかったかのように、静寂でとても落ち着く。月明かりがステンドグラスを照らし、差し込む。
精霊たちはもう泣いていない。あれほど魔力で命の危険を感じさせたと言うのに、心配そうにアメリアの周りをくるくると飛び回る。
『もーへーき?』『怒ってない? だいじょうぶー?』
『かなしーの?』
アメリアは精霊たちに「大丈夫、怖い思いをさせたわね」と返せば、精霊たちはにこにこと笑ってくるくると飛び回る。眩しそうにその光景を見つめ、アメリアは女神像を見つめる。
「お婆様、わたくしの気のせいでなければ、ライラはわたくしの……名を呼びませんでしたよね」
自分の中にだけあった違和感。その正体はライラがあの場で自分の名を呼ばなかった事だった。
静かに告げるアメリアにアグリアは目を細めて、同じく女神像を見据え、答える。
「あぁ、……気付いていたのか」
「ええ。あの状況ならいつもライラは一番にわたくしの身を案じてくれていましたから、嫌でも気付きますよ」
唯一自分だけを味方してくれていた乳母であり、第二の母。
侍女のライラ。
良く知る彼女だからこそアメリアは気付けた。あの状況下でしか気付けなかったが、アメリアはちゃんとライラの変化に気付けたのだ。
頬を指先でかき、なんと言えば良いのかとアグリアは少し考えた。
「ライラはおチビの事が大好きだったからのう……。わしと共に国に戻されると分かって心を閉ざしたのだろう」
それはきっと違う。
ライラの感情はとても読み難く、大概の者にとってはほとんど変化の見られないものだ。それでもアメリアはそんな事で、あのライラが心を自分から離れさせたのだとは思わない。
(きっと、ライラは以前から何かを抱えていた)
あの場所で自分を見つめるライラの瞳は、いつものシルバーグレイであったものの、母のような慈しみが感じられなかったのだ。ただ、従うべき相手。それだけの感情しか読み取れない、99回の周回中でも見た事がない冷たい瞳だった。
自分が隠していたから? きっと多分そうだろうと、愛に疎いアメリアだとしても気付けたほどに冷たい眼差し。
アメリアは立ち上がり、アグリアの前にやってくるとイヤーカフを外した。
「そう、ですね。お婆様……これを」
「これは、……これをどうしろと言うんじゃ」
肉刺の多い祖母の掌にそれを手渡し、アグリアの視線を逃れるように天井の絵を見上げる。
渡したのはライラから受け取った誓いの証。それを手放すと言うことは、何を意味するのかアグリアは知っているが故、深く眉間に皺を寄せる。
アグリアの瞳には、天井を見つめるアメリアの瞳がラピスラズリに見えていた。
「代わりにライラに返しておいて下さい。今のライラはわたくしがこれを持っている事を良しと思っていないでしょう。わたくしの名も呼びたくない……それほどにライラはわたくしに接触したくないのでしょうし。
ふふ、わたくしが決めた事なのに、離れるとなると……寂しいものですね……」
――行って欲しく無いのならそう言えば良いものを。
アグリアは眉間の皺はそのままに、器用に苦笑する。約束をしたのは自分だろうにと。
地下施設で見た孫と合致しないまでも、やはりこの子は子供なのだと。
アグリアがアメリアに分かり易く、大きく溜息を吐く。自然とアメリアの視線はアグリアへと向けられた。
「はぁ……何とも面倒臭いのう。おチビ、わしはお前が何を考えているか判らん。しかし、何かを決心して常に行動している事は経験から判る。それがとても大きな願いだという事もじゃ。だからの?」
複雑な表情から一変、目元に皺を深く、アグリアは笑みを浮かべた。
「約束通り一度は連れ戻る。が、必ず戻す。おチビがデビュタントの時にこちらに完全に戻せるように手を打つつもりじゃ。わしは精霊王の元から離れる事は難しいじゃろうが、二人だけなら何とかなろう」
渡された証の重みを知るが故、アグリアはアメリアの約束の穴を見つけた。
鋼鉄の精神が揺れ動く。
アメリアは自分の胸元を押さえ、眉を下げる。
「お婆様っ……! でも、きっと、ライラもアークも……許してくれません。ライラだって今まで通り、わたくしの侍女でいてはくれないでしょうし……。二人には元の国で幸せに……」
何度だって、いつだって願ってきた第二の母のライラの幸せ。自分と共に死んでしまう、理不尽な未来を変えたいと願っていた事。
祖母の言葉は嬉しかった。きっと自分の事を考え、口にしてくれている。でも、とアメリアは首を振った。
(強制力……。主要人物である二人は離脱させられないという事ですか……神さま方。私は私は……ライラを生かしたいだけなのに……)
寂しいと感じたのは嘘ではない。二人がいなくなれば、この国で自分は独りぼっちなのだ。たとえ兄のダレンが今は味方の立ち位置であっても、干渉しない事を彼は誓った。
父ロイドもまた自分の手で離脱させたに近い。
幸せを願うからこそ、アメリアは自分の周りを物語から逸脱させ、自由に歩ませたいと願い行動した。
しかし、運命は残酷にもアメリアに優しく、否と告げた。
「はははっ! たまには良いじゃろう! ずっと共におったんじゃ、あのユリの侍女にでもしておけば良い。少し離れておれば時間が解決してくれるかもしれぬし、そうでないかもしれぬ。未来など判らん。わしはおチビの考えは判らんがこれだけは言えよう。
国にあの二人の場所はあるようで―――ないんじゃ」
真剣な表情で語る祖母にアメリアは下を向く。
〝設定〟は絶対であり、強制力はまた自分達を飲み込もうとしている。
「異端の双子……」
ライラとアークは口を揃え、ブルームーン国は危険だと言っていた。命の危険があると。
それでも親がいるのだから、帰して幸せになって欲しいとアメリアは思ったのだ。
異端の双子。この言葉はこの世界から二人の居場所を悉く奪う、魔の言葉だとアメリアは感じた。
双子でなければ、この世界がそういう設定でなければ、きっと彼女達は普通の幸せを送っていたのかもしれない。
それを許さなかったのが『ゲーム盤』。この世界だ。
神々にアメリアは内心怒る。
あの二人が一体何をしたのか。ただ細やかに、穏やかに生きるという幸せすら与えられないのかと。
手を握る。持っている扇が軋む音がする。
アグリアは下を向いたままのアメリアの頭を優しく撫でた。少し力の強い祖母の掌は、今はただの女性のように優しい。
「殺されるかもしれない国にあの二人を置いてはおけぬ。それにあの子達の力は強大じゃ。わしとて止められるか判らん。あの子達が暴走すれば、あの子達は間違いなく殺される。
そんな場所に捨てたいか? それが幸せを願う者の言葉か?」
狡い。
言葉の意味は全て分かる。理解できる。
それで「捨てたい」など口が裂けても言えないと分かっていての問いだ。
本当に狡いとアメリアは潤む瞳を隠さず顔を上げて、アグリアを見つめた。
「お婆様は狡いです……。そう言われてしまったら、わたくしは何も言えないじゃないですか」
「はっはっは。悪いな、これでも伊達に大公の地位におらんよ。
おチビちゃんの答え合わせには驚いたが、それは全員だろうて。本当に、勤勉じゃな」
「……ライラは、わたくしにおいていかれたと思ったのでしょうか……?」
わしゃわしゃと青銀の髪を撫で回し、アグリアは優しく告げる。
「どうじゃろうな。そうかもしれんし、そうじゃないかもしれん。それはあの子しか判らんよ。
ただのぅ、こっちの暮らしの方があの二人にとって幸せじゃと、確信を持ってわしは言える。お前達と共にあった方がな。アスターもそれを望むじゃろう……。
のう、我が儘なおちびちゃん。
大公であるアグリアではなく、お前の祖母という立場からのたった一つの願いじゃ。
聞いてくれるな? あの二人を頼むぞ、――愛しいわしの孫、アメリア」
「っ! ……はい、アグリアお婆様」
―――こうして第五師団、合魔獣の新規フラグイベントの幕は閉じたのだった。
ただ一つ。アメリアは忘れている物があった。
それは、アンスリウム男爵がマイクに渡した黒い本。その行方を……。
次話は二週間後の月曜日にて更新予定となります。
次回から『ゲーム盤』内、本編に触れ始めます。少しでも楽しんで頂ければ嬉しいです。
(確認作業次第では早まるかもしれません)
宜しくお願いいたします。




