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悪役令嬢は100回目のバッドエンディングを望む  作者: 本橋異優
―ゲーム本編前・事前準備―
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第69話ー2

 視線を向ければ暗い地下施設の影の中、青年の近くに立つ一際背の低いフードを被った者だ。声だけでアメリアは判った。

 扇を持つ手がじんわりと汗で滲む。


「どなたか判りませんね。わたくしを〝姉上〟と呼ぶ者は一人しかおりませんの。こんな所に隠れているようなおバカさんでは無い筈なんですけどね」


「そうやって僕を馬鹿にして……、いつも邪魔ばかりする。ユリと全然違う」


 ユリ。

 幼い少年の声は自分の妹の名を愛おしそうに告げた。

 ああ、どうしてだろう。あれだけ探していたのに、今こんなところで、ましてやこんな状況で再会したくは無かった。


 アメリアは表情を変えない。敵意を向け、言葉を告げる少年はゆっくりとフードを外した。


 揺れる髪は癖が残る青紫。自分を見つめる瞳は空を連想させるような、スカイブルー。

 纏う気配だけは以前とは違った、とても禍々しい、禁忌のもの。

 声を絞り出すように、しかし震えないようにアメリアはその者の名を呼んだ。


「マイク……」

「ごきげんよう、姉上。お久しぶりです。こう話している内にもうすぐ終わるんですよ。僕が完成させました。どうか姉上、僕の力を思い知ってください」


 一度止まっていた構築は再度動き始めた。

 マイクはアメリアの目の前で、青年を媒体にし、自分の命を削り、魔法を構築しようとしているのだ。

 アメリアは扇を勢いよく閉じ、マイクを止める為叫ぼうとした。


 しかし、それを阻むは、この施設での権力者であり、この新規フラグの黒幕であり根源。


「おやおや、邪魔をなさらないで下さい。これで我々の祈願の達成は近くなるのです。スターチス公爵令嬢、どうか〝不慮の事故〟で〝亡くなってください〟」


 男爵は上げていた手をアメリアに向けた。

 合図と同時に剣を抜き、攻撃魔法を構築し始め、殺気を持ってアメリアに向かってくる者達。男爵はただの令嬢だと思っているのか、動いたのは指示を出したその一瞬だけ。

 それら全てを見据えた時、アメリアの頭の中に稲妻が落ちたような衝撃が走った。


(本編まで死ぬ事が出来ない気もしますが、これは……もしかしなくとも、チャンス到来ですかね!?)


 この鋼鉄の精神と魂をもつ悪役令嬢。本当にちゃっかりものである。

 チャンスは逃さないと、迎え撃つつもりもなくただ笑ってその場に立っているだけ。

 一応アメリアはここで死んだ場合の事も考えるが、柱の後ろで隠れている三人ならまぁ、負けないだろうと小さく頷いた。


(新規フラグ万歳っ! よっしゃ、カモーン!!)


 脳内ガッツポーズが止まらないアメリア。しかし表情や動きは危機が迫っていますといった最高の演技を見せている。


 アメリアの命を奪おうと振り上げられた剣、構築された攻撃魔法。どちらもが目前に迫る。

 悲鳴は上げない。ゆっくりと享受する為、目を閉じた。


「お嬢様!」

「おチビ!」


 近くで感じる爆風。剣が弾かれ吹き飛ばされた音。

 自分の名を呼ぶの声。

 ゆっくりと瞼を上げれば、自分を守るように背を向け、壁を作る大人たちの姿。


(ですよねーーー!!)


 判っていた事ではあったが、やっぱり死ねないのである。

 残念と心の中で思うアメリアだが、死ねない事が判ったのですぐに思考をシフトさせる。

 それならそれで、さっさとこの新規フラグ、イベントに終止符を打つべきだと。


(ムキ―――! 判っていましたとも! ええ! 神さま方がそう簡単に死なせてくれないのは判っていましたとも! ……私が死なないイコール、ライラも死なない。しかしお婆様たちはもしかしたら危ない)


【主要人物】でないアグリアとブラックは、もしかしたらここで命を落とす可能性があるとアメリアは考え、若干神々に八つ当たりをしつつ気を引き締める。

『ゲーム盤』の物語という最大の運命が、アメリアが死ぬのを拒むだけなのだが、アメリアは関係なく神々に悪態を心の中で吐く。

 勝手に期待したのは自分なのだが、それくらいは許されるだろう。


(お婆様たちが負ける気が1%もないんですけど、もしかしたらあり得るかもしれないので、気をつけていきましょうね私! 私は死ねないけど、周りは死んでしまうのですっ)



 マイクが構築している魔法はやはり禁忌魔法だ。ブラックが言うには禁止しているものらしいが、アメリアからしたら同じ事。禁止だろうと何だろうと危険な魔法であることには変わりはない。禁忌魔法で言い纏めているだけ。人間を媒体にしている時点で禁忌魔法である。

 合魔獣実験という危険な魔法。


 三人が現れた事で距離を取った者達は武器を構え直し、魔法を再度構築する。

 腐ってもやばり動きは騎士団である。


「のう、あれはあの時の病みっこか?」


 アグリアは真っすぐとマイクを見つめ、違和感をアメリアに端的に問う。

 初めてあった頃の彼の魔力など比べ物にならない程の膨大な、そしてそれに覆い被さるような禍々しい魔力。

 アメリアは頷き、三人の前に出る。

 出る瞬間、アグリアに小突かれた。回避出来たのにしなかったと気付かれているようで、じろりと睨まれる。アメリアはその事については何も言わない。

 だが少し、いや、結構痛かった。

 頭を摩り、無詠唱で足に強化魔法を構築しながら問いに答える。


「いっ……。ええお婆様。間違いなくマイクです。そして恐らくではありますが、男爵に何かしらされているのでしょう。あの子の魔力がほとんど見えないくらいに飲み込まれています。このままでは本当に危険です」


 マイクは三人が現れた事で更に怒りが、憎しみが溢れ出したようにアメリアを睨んでいた。

 唇は構築するために動かされているが、そうでなければきっと激しく罵倒してきていた事だろうと容易に感じられる程、憎しみが音に乗っている。


 ライラは淡々とアメリアに声を掛ける。


「お嬢様、ご命令を」


 主人が信用出来ないと言っても、この状況下では従わなくてはいけない。ライラはそれぐらい理解している。しかし少し見てしまうのは仕方ないだろう。ライラはアメリアのイヤーカフを一瞥して、視線を敵に移した。

 精霊魔法を構築し、ライラの肉体は――武器を纏う。


「ライラ、老師様、お婆様。あの子が、マイクが魔法を構築してしまう前に止めますよ!マイクの前に寝ている子の身体を媒体に、禁忌魔法を完成させる気です」


 アメリアがそう言うと一瞬三人とも驚愕するも、流石は歴戦の者達。

 その中の一人、ブラックが「承知」と一言。精霊魔法を紡ぎ、構築し、発動させた。


「妻と娘の仇じゃ! 殺しはせん! しかし壊れよ!」


 かまいたちのような風が巻き起こり、一瞬にして薙ぎ払われる第五師団数名。

 何度も周回で関わってきた魔法老師が、思っていたよりもかなり強い事を知り、アメリアの瞳が輝いた。


(流石は魔法老師様、お強い!! 見た目なんちゃっておじいちゃんなだけありますね!第五師団の方、足が……たしかに壊れてしまいましたね、ご愁傷さまです。魔法老師様の怒りを存分に受け止めて下さい。

 ……さてと、私も負けてはいられませんっ。マイクを止めなくては!)


 アメリアは襲い来る人の波を縫ってマイクへ距離を詰める。後ろは振り向かない。合図がなくともきっと三人なら期待に応えてくれるだろうと〝信じて〟いるからだ。

 現に上がる悲鳴は自分達を邪魔する第五師団達のものだけ。彼女たちの声は淡々と蹴散らすような魔法を構築するために、ただただ紡がれているだけなのだ。


 本当に強い方々だとアメリアは地面を蹴り、走りながら、苦笑し思う。


 99回の世界ではこんな状況、絶対に有り得なかった。

 誰にも頼らず、頼ったとしてもいつもライラだけだった。味方であるのはいつもたった一人だけ。魔法老師は味方とは違う、ただの教師でしかない。

 唯一の味方のライラも結局、必ず自分と一緒に命を落としてしまう運命にある。


 だが、今回はどうだ。

 本当に今までが何だったのだろうかというくらいに、全然違うのだ。


 少し瞳がいつも以上に潤む。風を受けているからではない。


(もう! 私は一人でいいのに、本当に、嫌って貰わなくてはならないのに。……巻き込んで申し訳ありません。必ず貴女達の幸せの為にエンディングを、死を迎えますから!)


 鋼鉄の精神と魂を何度も揺れ動かすこの周回。


 アメリアはマイクを止める為、駆けた。


「馬鹿な事はお止しなさい、マイクっ!!」

「馬鹿な事と仰いますが、それはどちらです? 公爵令嬢殿」


(邪魔をするんじゃない! このモブ風情が!)


 アメリアは口悪く叫びそうになった自分を何とか堪えた。瞳が真っ赤に、真紅に燃える。この場には似つかわしくない、おっとりとした動作でアメリアの前に立ちはだかるはアンスリウム男爵。まるで挑発しているのが見えて取れる。

 挑発に乗ってはいけないとアメリアは奥歯をぐっと噛んだ。


 この新規フラグの全ての悪の根源。


 アメリアは地面を蹴る足を止めはしない。無詠唱で魔法を構築していく。


(語ることなどさせない。私は貴方の……お前の悪すら食らってみせる!)


 構築されるは風の魔法。先程ブラックが使ったかまいたちに似た技だ。

 しかし、彼とアメリアでは威力の差がある。


 アメリアは何せ〝チート〟持ち。

 神に愛された娘なのだから。


「吹き飛びなさい!」


 加減を忘れたアメリアの魔法はその場一帯を言葉通り、切り裂く風を竜巻のように起こし、吹き飛ばした。

 上がる悲鳴の数々。

 そこでアメリアは気付く。


(あーーーーーーーー!!! やってしまいましたー!!)


 怒りに任せて発動させてしまった魔法は無差別に近い。急いでライラ達三人は無事かと、一瞬足を止め、振り向いた。

 三人とも何が起こったのか理解するのに必死なのか、瞬きを繰り返している様子が見て取れる。若干の混乱が見受けられるも、ちゃんと受け身もガードもしている辺り優秀なのである。


 アメリアは眉を下げて内心「ごめんなさい」と何度も頭を下げている。表面に、表情に、そして口に決して出さないのはこの状況が〝イベントの最中〟であるから。彼女が悪を食らう為の大切なイベントだ。死亡する事は叶わないまでも、男爵のしている事すら自分のものとすれば、相当悪役としての箔がつくものなのだ。

 そうでなければ心優しきアメリアはこの場所で三人に謝罪していただろう。


 そんなアメリアの様子に気付いた三名は、それぞれ無事だと片手を上げたり、一度だけ頷いたりなどしていた。


 三人が無事だと分かれば次は目の前だ。


 アメリアは正面を見た。


「っ!」


 これは予想外だった。

 先程まで第五師団の間を駆け抜けてきたアメリアの目の前に居たのは三人だけ。

 実験の媒体とされていた青年。アンスリウム男爵。


 そして弟のマイクのみ――のはずだった。


 国の中にいる数少ない精霊たちがアグリアの周りで悲鳴を上げた。

 聖霊であるブラック、大公であるアグリア、間の子であるライラは精霊の声が聞こえるブルームーン国の者達。鼓膜がはじけそうな程の精霊の悲鳴に、耳を押さえた。

 ブラックだけは気付いた。この状態がどれだけ最悪な状況なのかを。しかし……遅かった。

 叫んだのはアグリア。


「一体なんじゃ!」

「精霊がっ! ……お嬢様っ!!」


 地下施設内の魔力が歪む。


 蠢く黒き闇のような霧。

 卵のように霧が包んだかと思えば、ゴキゴキと激しく骨が鳴る音が響く。

 瞳を凝らし、精霊力を瞳に集めればアメリアだけは中の様子を窺う事が出来た。

 青年だった姿は膨大で無慈悲な魔力に耐え切れず、姿を変えていく。魔力で出来たもう一つの頭が首裂き、伸び、口を形成させている。元々の頭も形が変わり、もう人と呼ぶには程遠い。

 頭が二つ。しかし大部分を占めるのは口。

 身体は魔力により膨張し、ぼこぼことした肌へ変色し、更にみるみるうちに巨大に変化していく。腹部は耐えられず裂け、腕が生えた。

 腕と呼んで良いのだろうか。その生えた腕を含め、足腕合わせて六本が地面に付いた。


 表現しがたい光景にアメリアは唇を強く噛んだ。


 二つの口が開いた。捕食するように円の形に開いた口には、鋭い牙が生えている。


 突如その闇から響く轟音。

 唸り声のような、悲鳴のような、鳴き声のような、おぞましく鳥肌が立つような……――。

 恐怖がその場を包んだ。


 アメリアが振り返り、三人の仲間達の安否を確認していた短い時間。


 それだけの時間。


 禁忌魔法が構築されてしまったのだ。


 轟々と荒れ狂う魔力の渦。アンスリウムが使っていたものに近い魔法の塊。

 禁忌魔法の渦。


 魔法を構築し、魔力を注ぎ込んだマイクの身体が人形のようにがくりと項垂れ、ぐらりと揺れ、力尽きたように地面に倒れていく。

 彼女は張りつめる緊張感の中、倒れていく弟の姿がとてもゆっくりに、時間が遅れて見えた。


 変わり果てた青年。倒れ行く弟。


 アメリアは全てを忘れ、声を上げた。


 過るブラック魔法老師の言葉。

 ――止めなかった事を後悔する時が来るやもしれん。それは肝に銘じておくんじゃよ?


「マイクーー!!」



次回の更新は二週間後、10月7日月曜日0時となります

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