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悪役令嬢は100回目のバッドエンディングを望む  作者: 本橋異優
―ゲーム本編前・事前準備―
74/87

第69話ー1

合魔獣編最終章

 

 アグリア、ブラック、ライラ、三名を連れてアメリアは夜の教会へ出向いていた。



 ロイドが彼女を止める事など出来ず、執事長であるアークも未だ魔法が構築されている状態で止められる筈もなかった。唯一アメリアを止める事が可能だった義母のダリアだが、表情を殺し、何も言わず見送ったのだ。

 アグリアとブラックが居る手前、ダリアも強くは出られなかっただけなのだが。彼女を〝周回で〟良く知るアメリアからしたら、正直かなり我慢しているであろうダリアに「帰ってきたらお仕置きですかね?」と呑気に思っていた。


 兄のダレンはどうしたのかと思われるかもしれないが、アメリアからお留守番と言われてしまった彼は、大人しく笑いながら見送る事しか出来なかったと言っておこう。

 彼の心の中で真っ黒い感情がせめぎ合っていたが、そこには今は触れないでおく。簡単に語るとしたら、長男と言うプライドと、アメリアについていけば面白いものが見えるのではないかという個人的な感情。しかし見守ると言った手前、言い出せない彼の何とも言えない性格上などの理由だろう。

 ダレン自身、アメリアに、未だ悪の意識は抱いていないとだけ言っておく。

 閑話休題。


 そして冒頭へ戻る。

 三人を連れたアメリアは、夜間も解放されている教会の扉を前に一度目を閉じた。


(今から何が起こるのか私にも分からない。だけど、それ以上にこれ以上放置している事も出来ない。証拠は揃った。後は……)


 瞼を持ち上げ、真っすぐと教会を見つめる。

 月明かりに照らされた彼女の瞳は、見る者それぞれの思うままの色が見えている。

 アグリアには怒りの深紅が。

 ブラックには悪戯を思い付いたようなロータスに。

 そして……、ライラには拒絶の漆黒に見えていた。


 ライラの表情は変わらないものの、強く手を握り締めていた。

 今となっては主人として信用出来ないアメリア。ライラは自身の忠誠の証を渡してしまっていた。それを取り返そうにも、アメリアがずっと身に着けて離さない。

 彼女の心を知ってか知らずか、優しい風がアメリアの髪を撫で、きらりと証が月明かりに反射した。

 ライラはとても歯痒い思いをしていた。

 主人としてこのまま彼女と共にあるべきか否か。既にライラの中で答えは出ているが、行動に移す事が出来ないからだ。


 そして、無表情であるライラの変化に、ブラック、アグリアは薄っすらと気が付いていた。

 二人とも何となくではあるものの「何かある」と察してはいるが、口には出さない。アメリアとライラ、二人の事であれば自分達が口を出す問題ではないと静観を貫く姿勢を取っている。

 聖霊と人間の間の子。それがライラとアーク。

 ライラが精霊同様、忠誠の証を授けている事を二人は知っている。だからこそ、他人が踏み込むものではないとブルームーン国出身の彼らは理解しているからだ。

 どうにもしてやれない歯痒さは残るも、アメリアとライラの二人ならば大丈夫だろうと、アグリアもブラックも信じ、思ってもいる。


 実際の所、ライラとアメリアの関係は二人が想像している以上にこじれてしまっている。それを知っているのは恐らくこの場所にいる者ではライラだけだろう。自分自身の感情をあまり外に出さないライラが決めている事だからこそ、誰にも本質を見抜けなかったと言えよう。

 彼女が懐疑の念を抱き、その種を成長させ開花させてしまったが故の、過去では起きなかった現象が起きてしまっている。

 ライラの表情を読み取る事に長けているアメリアだとしても、心の中の声までは読み取る術はない。


 アメリアがその事に気づくのは、まだ先の事である。


 様々な思いを抱えたまま、アメリアは教会の扉をゆっくりと開いた。


 開けば昼間とは違った神聖な空気に包まれた静寂が広がる教会内。

 月明かりが差し込むステンドグラスは、安寧を祈るように色とりどりに輝いて見える。

 アメリアはそれを見つめ目を細め、思う。


(実際の合魔獣実験の周期は頂いた資料に載っていました。次に実行されるのであれば今日。私が悩んでいたから、気付くのが遅れ、これまでに何人もの犠牲が出てしまっていますね……)


 ルドベキアから託されてから既に月日は経っていた。

 自分の失態を悔いている時間はもうない。時間は有限なのだ。自分が悩んでいた時間でどれだけの孤児が犠牲になっていたのかもわからない。

 三人に振り返り、アメリアの青銀の真っすぐな髪が月明かりに揺れ羽根のように揺れる。そして口を開いた。


 神秘的な光景に三人は目を奪われ、息を飲んだ。


「ライラ、わたくし達を地下施設に」

「……畏まりました」


 一体何が起こると言うのだろうか。

 軽い説明は受けていたブラックとアグリアは一瞬考えたが、どちらも口にはしない。

 一人は長きを生きてきた聖霊。一人は無敗を誇ってきた歴戦の女大公。

 二人とも行けば判るといった面持ちで頷き、ライラを見つめた。

 ライラは自分の力を頼るのかと一瞬眉を潜めそうになるも、ここは従うべきだと判断し同じく頷いた。


「全員私に捕まってください。なるべく気付かれないように移動しますが、この人数です。気付かれても仕方が無い事を頭に置いておいてください」


 アンスリウムは精霊魔法を使える人間だ。

 前回潜入した際、気付かれなかったのは自分とライラの二人だけだったからだろうと、アメリアは彼女の言葉から答えを導き出した。人数が増える程、どうやらライラの魔法は精霊力を使うのかもしれない。

 そうであれば今回四人で乗り込めば、気付かれるであろう事は明白。

 移動後開幕決戦と言っても過言では無い。


 どうであれ、この新規フラグの大詰めである。


 合魔獣と第五師団の新たなるフラグは二つあるように見せかけて、紐を辿れば一本の道へと繋がった。イレギュラーな介入も多かったとアメリアは振り返る。

 そこに加わったのがモブキャラクターである祖母アグリア。そしてブラック魔法老師。本来の設定よりも深い設定が盛り込まれ、現状力を貸してくれている。

 今までには無かったルートだ。


(だけど、それも今日でおしまいです。これが終われば、お婆様も、魔法老師様も、ライラもアークも元に、いえ……新たな道へと進める。物語からの追い出す事が出来る)


 鋼鉄の精神と魂のアメリアの願いは、いつだってこの世界で関わりを持った者達の為にある。クリスタルの投影で過去のような悲劇を起こしはしないという強い意思で。自分の死は必ずこの世界を幸せにすると、今でもそう信じている。

 自分のバッドエンディングこそ、この『ゲーム盤』のハッピーエンディングなのだと。


 アメリアは決意を瞳に宿した。

 色が変化する。光の加減で変わる彼女の瞳は、今は彼女自身の強い意思と共に。



 三人はライラの言葉に強く頷き、彼女の邪魔にならないように、それぞれ言われた通り触れる。


 精霊が木霊する。ライラの精霊魔法が構築された。


 刹那。礼拝堂から四人の姿が消えた。


 歪む景色の中、一瞬で移動が完了した。

 次にアメリアが目を開けば、地下施設の端。柱の後ろだった。

 人の気配がある。すぐに柱の後ろに身を潜める。様子を窺っていたライラが三人に首を振る。どうやら自分達には誰一人気付いていないらしい。気配のする方へ視線を向ける。


(気付かれると思ったのですけど、気付かれていない?)


 この人数での移動はそれなりの精霊力を必要とする筈だ。実力者(チート持ち)ならば必ず感知出来るだろうとアメリアは考えていた。

 だが実際は振り返る者はいない。何かがおかしいとアメリアの眉は寄る。

 疑問は浮かぶものの、これはチャンスだと、アグリアは三人へ目配せし頷き合った事で、詠唱に集中しているか何かなのだろうとアメリアも頭を切り替える事にした。


 少し顔色の悪くなったアメリアと、相変わらずの無表情のライラが視線を向ける先、それはこの建物内。合魔獣実験が行われているであろう場所の中央。

 アグリア、ブラックもそちらに視線を向けている。

 以前見た時よりも完璧な魔法陣が浮かびあがっており、今にも魔法が構築されて、発動しようとしているではないか。

 アメリアは感じ取った。構築された合魔獣は、レオンの屋敷で見た合魔獣の比ではないだろうと。奥歯を強く噛み締める。


「なっ!?」


 そんな中、初めて見るアグリアとブラックは状況に小さく驚愕の声を漏らす。

 精霊魔法を構築し、移動した反動を受ける事が無い彼女と、聖霊は目を疑う。二人は軽い説明は受けていても、何も聞かされていないに等しい。だからこそ驚いたのだ。

 ローブに身を隠した者たちが中央で何かをしている。それは判った。だがそれだけではない。そこで行われようとしているのは紛れもない禁忌魔法だ。

 何故禁忌魔法であるのかと気付けたか、それは簡単。

 大理石の床にはブラックも知っている魔法陣がゆらりゆらりと怪しく浮かびあがり光る。更には媒体にされているであろう青年の姿を見つけた。


 ブラックは血液が沸騰するかのような、怒りを覚えた。

 過去がフラッシュバックする。

 状況は違えど自分の娘、そして妻の命が奪われた時のような事が、今正に目の前で起ころうとしているのを察してしまったのだ。忘れる事もないあの惨劇を。



 アグリアは過去の文献を頭に入れているからではあるものの、ブラックの纏う気配が変化した事も相まれば理解するというものだ。


 二人は気付かれても構わないと駆け出そうとするが、その二人の手をアメリアは強く掴んだ。


「お婆様、魔法老師様。どうか、ここにいて下さい。わたくしの合図があるまで、どうかお願いですから、ここに!いてください!」


 大事な事なのでアメリアは念を押すように、二人に二度同じことを伝える。

 アグリアとブラックの二人はアメリアの腕を振り払おうと一度彼女を見るが、二人が見た彼女の瞳は有無を言わさぬ強さが込められていた。

 その瞳の強さに意図が読めないながらも、二人は苦虫を噛み潰したような表情をして耐えることに決めた。静止の言葉を聞いてくれた二人にアメリアは手を離し、心を撫で下ろした。


(わかりますけど! わかりますけど、ここでお二人に暴れられては私の出番が無くなってしまうのですよ!)


 ちゃっかりアメリアである。

 彼女の考えなどここにいる三人には判る筈もない。何故なら、彼女は悪事を暴くついでに自分の悪としてこの出来事すら吸収しようとしているのだから。

 一人だけ精霊魔法の反動を少し受けている状態のアメリア。

 この四人の中では一番幼い少女のアメリアだが、本気を出せば右に出るものは居ない程の実力者である。しかし、体力と体調面に関しては身体相応のものでしかない。だからこそ多くは語らず、二人を止めたのだ。


 本当の事など決して言えないと、アメリアは思う。

 そんなアメリアをライラはただ一人静かに見つめていた。


 アメリアは持っていた扇を開き口元を隠し、出来るだけ大きな声で、しかし、品のある美しさがある声色で、柱の後ろから一人前に出た。


「あらあら、面白い事をなさっているのね皆様。わたくしも仲間に入れて下さらないかしら?」


 柱の後ろに隠れている三人はアメリアの突如の行動に驚きを隠せない。何を馬鹿な事を口にしているのだと今すぐ叫び、止めたい衝動にかられた。

 彼女に任せるとは考えていたものの、アメリアの行動と言葉に疑問すら浮かぶ。

 面白そうとアメリアは口にしたのだ。彼女の性格を良く知る三人は自然と視線を交わす。

 一体全体どうなっているのだ。


 困惑している雰囲気を柱の後ろから感じながらも、アメリアは足を踏み出した。こつり、こつりとヒールで石畳を鳴らし中央へと向かう。

 魔法を構築している者達の動きが止まり、空気が変わった。

 一瞬にして警戒及び、敵の排除と言った空気だ。


 肌にびりびりと感じる空気に、アメリアはこの場に似つかわしくない笑みを浮かべる。

 近付けば見えてくるフードを被った者達の顔。更に笑みが深くなる。

 そして再び同じ言葉を告げた。


「うふふふ、わたくしも仲間に入れて下さらないかしら? ねえ、アンスリウム男爵、それに第五師団の皆様方」


 名を出せば、身を隠していた者達も自然とアメリアへの前へと姿を現した。


 隠れていた者達も引き摺り出せたとアメリアの光の加減で変わる瞳は、弓形に細められ、その中のたった一人だけを見つめる。


 見つめられた先、それはアンスリウムだ。


「良く、わかりましたね……ここが。私としたことが侵入を許すなんて気が抜けていたようです」


(なるほど、私達が来た時気付かなかったのはそういうことだったのですね。それよりも……――)


 そう、それよりも、だ。

 中央で媒体にされそうになっている青年が見える近さまで来たから判る。青年はアメリアの知る青年だ。この教会の孤児。

 自分に気さくに話しかけてきてくれた男の子だった。

 口元を扇で隠していなければ危なかっただろう。

 表情が半分崩れている自覚があるアメリア。見える瞳は上手く笑みを作っているが、口元が今にも歪んでしまいそうだ。

 鋼鉄の精神と魂を持つ彼女は関わってきた者達を、出来るだけ救いたいと優しい心から思っている。


(やはり彼らを使って実験をしていたのですね。落ち着けアメリア、ここで暴れたら意味がない。あの子達も助けて、悪を自分のものにするのです)


 怒りで瞳が真紅に変わる。

 背後の柱にはまだ隠れている三人。ここで暴走しては悪事を暴いただけにしかならない。いや、最悪のケースは悪事そのものが無かった事になりかねない。全て無かった事に。捕らえられず、逃がしてしまえばきっとそうなってしまう。男爵にはその力がある。

 鋼鉄の精神と魂のアメリアは、一瞬の怒りを冷静に見つめ、落ち着かせる。

 男爵の悪事すら飲み込み、悪役令嬢として更に力を付けなければいけないのだ。


 ゆっくりと息を吸い、薄く、またゆっくりと吐く。

 淡々とした声色でアメリアは男爵に向けて、この場にいる者全てが聞こえるように囁く。


「ねえ男爵。その子達を使って何をしようとなさっているの? わたくしも混ぜて下さいな。それとも、言えない何かをなさっているの?例えば……そう例えば――」


 自分から手を出してはいけない。

 相手から動かし、言い訳のしようもない状況を作り出さないといけない。そうさせなくてはならない。

 ピンと張りつめた空気の中、アメリアは彼らを先に動かす為、静寂と言う水面に石を――投げた。


「――合魔獣実験とか」


 水面は激しく水飛沫を上げて揺れる。

 フードを被った者達がその布を脱ぎ捨てたのは、アメリアの言葉とほぼ同時だった。第五師団の紋章の入った服を身に纏っている彼らを一瞥し、何と愚かだろうとアメリアは思った。

 その中にルドベキアが居ない事を確認すると、再びアンスリウムへ視線を戻す。

 男爵は今にも仕掛けそうな第五師団に静かに手を上げて一度制する。言葉は発しない。

 指示を出した瞬間を見られたら言い逃れは出来ない。たとえ少女一人だとしてもだ。やはり彼は相当頭の切れる存在で、彼らが崇めているというのは嘘ではないようだと、アメリアは瞬時に判断出来た。


 緊迫した空気が続く。


 両者どちらも話さず、ただ時間だけが流れている。

 そこへ幼い声が……。


「姉上はやはり僕の邪魔をするのですね」



長くなってしまったので続きます。

大半更新が遅くなってしまい申し訳ありませんでした!

次回の更新は来週9月23日月曜日の0時になります

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