第68話
アグリア戦後半
「そうじゃなぁ……精霊と人の間に生まれた者を、わしの国ではなんと言われているか分かるか?」
「……え?それは【異端の双子】ではないのですか?」
「正解じゃ。分からぬと思ったが、案外知っておるようじゃな。この国から出た事がないのに、誰から教わったかは知らぬが勤勉な事は良い事じゃ」
さも当然のように答えたアメリアはアグリアの言葉に首を傾げた。自分が失態を侵したと気付いていない。アメリアからしたら神々から授かった〝設定〟を知っており、ブラックやアスターが残した資料もあった。それを読んで知っていたからこそ普通に答えてしまった。
だが実際アグリアがこの問題を出題した意図は違った。
異端の双子の意味を知るには、ブルームーン国の者から情報を得る以外にラナンキュラス国にはこの手の情報は資料として存在していない。
異端の双子という言葉を聞いたことや、記載があったとしても、ラナンキュラス国から出た事がない者には〝本来の意味〟を知る事は出来ないのだ。
それを知っていて、同時に自分の孫達がこの国から出ていない事も熟知しているアグリアだからこそ、自国の問題を出したのだ。
満足そうに笑みを浮かべるアグリアを見つめ、ブラックは思う。
――アグリア様……一問目からお嬢様の範囲がこの国だけではないと手に入れましたか。これは二問目からどんどんとその範囲を絞られ、追い込まれますぞお嬢様。アグリア様は強敵。さて、どうしますか?
腹の探り合いは既に始まっている。
アメリアは自分の出す問題を考えている内に徐々に自分の失態に気付いた。
内心汗が止まらない。アメリアはアグリアへ易々と情報を与えてしまったようなものだ。当たり前のように答えてしまった自分に悔いても仕方がないと、勝負は既に始まっているんだと、アメリアは元あった思考を捨て、転換する。
(お婆様の問題には注意を払って答えなくてはいけませんでしたね。随分と簡単だと思っていましたが、失敗しましたー……、この国にいるだけでは絶対に手に入れられない情報だったはずです……。落ち着けアメリア。私なら勝てる)
自分の上をいくアグリアにアメリアは拳を強く握る。そして少し狡い方法でアメリアは問題を出題する事に決めた。
先ずは小手試しと簡単な、ラナンキュラス国の者であれば誰でも知っているような物で。
「ではお婆様に問題です。今の王様の従兄弟に当たる存在はどなたでしょう?」
アグリアは出題された問題に眉を寄せる。
こんな簡単な問題を態々アメリアが選んだ事が不可解でならないのだ。しかし、アメリアを見つめても、目の前に居る少女は笑顔を張り付けたまま、心は読めない。一体何がしたいのか理解出来ぬまま、アグリアは答える。
「なんじゃそれは……。子供騙しの問題か?おチビの父親であるロイドじゃろう」
「正解です。流石はお婆様」
満足そうに手を打ち鳴らし、賛美を贈る。
外野にいるライラの表情はいつにも増して固い。彼女を知らない者が見れば無表情のままなのだが、彼女を少しでも知っているダレンは静かに感じ取っていた。
自分の妹が何故彼女とその弟である優秀な二人を手放そうとしているのか、自他ともに認める程の才児であるダレンとしても、この場に来ても未だ察する事が出来ずにいる。妹が負ければ自分も巻き込まれる状況だと言うのに、ダレンが気にしている事と言えば、やはりアメリアの考えている事だけだった。
祖母のアグリアがいくら無敗を誇っている最強と呼ばれる女大公だとしても、彼は自分の妹が負けることなど露ほど考えていないのだ。
一方ライラはというと、自身の中に芽生えた主人への疑問を拭えぬまま、始まってしまった二人の戦いを静かに見つめている。肉体を使った戦いではない以上、自分の出番はない。盾にも、剣にもなれない歯痒さがライラの心を蝕んでいる。
アメリアから出題された問題は耳を疑う程に簡単なもので、ライラは閉じていた口をつい開いてしまった。
彼女の囁きは困惑の色を纏っており、近くに座る二人にしか届かない程小さい。
「お嬢様……一体何を考えていらっしゃるのですか?それではアグリア様に勝てる筈も……」
「さあ……妹ながら、何を考えているか僕にも分からないな」
何時の間にか口に出してしまっていたとライラは気付き、ダレンに「申し訳ございません」と首を下げようとした。しかしダレンは片手でそれを制し、首を振った。
一度ライラへ視線を向けるも、直ぐにダレンの視線は元の位置へと戻す。
ライラとは打って変わって、二人を見つめるダレンの瞳はこれも一興だと物語っているかのように爛々と輝いている。
ライラは理解が出来ないと更に困惑を極めた。
「若様でもですか……どうしてアグリア様に負けるかもしれないと言うのに……若様はそんなに楽しそうにしていらっしゃるのですか?」
「ん?君達を手放すと決めたアメリアの意志は固く、強いと思ったからね。それがどんな意味であれ、僕は見守るだけなんだ。僕の妹だし、そう簡単に負けるような事はしないだろう。アメリアが負けたら負けたで、僕の番だし、問題はないかな。それよりも楽しんだ方が良いだろう?」
「……そう、ですか」
はっきりと告げられてしまえば、「ああ、そうか」とライラは納得してしまった。
自分と弟はその程度の存在なのかと、淡い期待を残していた心は打ち砕かれた。今までアメリアの言葉が絶対としてきた彼女は、既に心の中で芽生えた闇の芽によって崩されてしまっていた。
芽は着実に成長している。
たしかに、自分と弟はただの侍女と使用人でしかない。事実、主人とその兄は自分たちを何とも思っていないのだろう。だからこんなにも簡単に決闘などと言って、証を授けた私を捨てるような事が言えるのだと……。
ライラの心の中で蠢く闇をその場にいる誰も感じ取る事が出来なかった。
身近にいた師であるブラックですら。
ライラのシルバーグレイの瞳がこの時、濁った。
◇◇
ライラとダレンが軽い会話をしている間も、アグリアとアメリアの問答は続いていた。
審判者であるブラックは一時も逃す事なく、見定めるように目を光らせ、耳を傾けていた。監視対象であったアグリアは手加減する事もなく、問いを繰り返していく。じわりじわりと本人に気付かれず追い込んでいく戦法を取っている彼女に、流石は無敗の女大公と心の中で称賛した。
このままでは逆転の一手が無ければ、アグリアが勝利するのは明確だとブラックは表情を曇らせる。
アメリアが置かれている状況が最悪だと思ったのだ。
公爵の子供二人が行方知れずとなっている今。アグリアに敗北すれば次期公爵であるダレン、ド・グロリアの名を持つアメリアの両名もこの屋敷から消えてしまう事も有り得る。
ダレンは保留となっているが、アメリアに対しては確実に命が下っているのだ。
黙っていればアグリアを処分する事もなく、またアメリアも処分する事もなく、自分の願った通りに事は進むだろう。
しかし、それでは……と。愉快なお嬢様だと思っていた少女の意図が今は全く読めないのだ。
(そろそろ、良い頃ですかね~)
誰一人、アメリアの考えを掴めないまま進む問答は、突如アメリアの言葉で終わりを告げる事となる。
祖母からしたら常識的な問題を繰り返していたアメリアは、扇の先を自分の口元に持ってくる。アメリアの纏っていた空気が変化した事を、その場に居る者は気付いた。
「これで最後です、お婆様。これが答えられたらわたくしは負けで良いです。」
雰囲気が変わったと今更気付いたところでもう遅い。
心の中で軽く平謝りしているアメリアは、表情を作り、この場には似つかわしくない笑みを浮かべる。慈悲深く微笑んだ彼女の瞳の色はラピスラズリに変化して、アグリアの目に映る。
一同が息を飲む。
とうとう切り出す事に決めたのだ。
周回を繰り返してきた彼女しか知り得ない問題を。
この周回で起こり得るイベントを。
「前提としての質問なのですが、お婆様は教会の秘密を知っておいでですか?」
「――っ!?」
ブラックは立ち上がりかけるのを何とか堪えた。
――一体何を考えている!
老師はアグリアに不要な情報を与えてはいなかった。私用にも近い情報はアメリアにしか教えてはいない。彼女が答えに辿り着くだろうと見越して、情報を共有したに過ぎない。
それをこの場で問題として起用するなど考えてもみなかったのだ。
止めるか否か考えるブラックは、自然と目が吊り上がってしまう。
いつも温厚な老師の変化にいち早く気付いたダレンは、アメリアと老師の間を視線を行き来させている。
アグリアは周囲の変化を横目に首を捻る。
ラナンキュラス国の教会は何件かある。しかしどれもが秘密という秘密を保有していないとアグリアは思っているのだ。
「やっぱり……」と内心、アメリアは瞳を弓なりに細めてその場でくるり、くるりとワルツを踊るようにステップを踏み始めた。
異様な光景が広がる。突如として踊り出した少女は今にも歌い出しそうだ。
「?教会の秘密……じゃと?」
「その反応だけで結構です。では始めますね?」
踊る足を止めて、下から見上げ、扇の先をアグリアへと向けた。
「お婆様には、この国にあるアドニス教会……その地下で行われている事をわたくしは問題とします。問題です。そこで何が行われていますか?そして、それは〝何を使用して作られていますか〟?」
作られているという言葉を強調し、アメリアは挑戦的に微笑んだ。
ライラとブラックは驚愕した。
――お嬢様、まさか、答えに辿り着いたのか!?
答えに辿り着いたのであれば、魔道具を使用して報告する事だって出来た筈だとブラックは乾いた口内を潤すように、唾を飲み込んだ。
ライラは「どうして」と再び思っていた。
答えが出せる程の情報は手に入れていなかった。いや、手に入れる時間はあったにはあった。アークと共にいた時間。もしもお嬢様が一人でアスターの秘密基地にいっていたら……?あの時、お嬢様は……と、様々な思考が巡っている。
そして、この瞬間。とうとうライラの心の中の芽が、花を咲かせてしまう。
ゆっくりと、確実に心を蝕んでいた闇は、蕾となり、自分を置いて答えを導き出している主人に、絶望してしまった衝撃で開花してしまった。
――お嬢様……私は、貴方をもう信じる事が出来ません。
ライラの心の変化をアグリアの覇気の前で気に掛ける事が出来なかったアメリアは、内心祖母に言い訳をしていた。
(お婆様が分からなくて当たり前なんですーーー!!だって今回私が初めて起こしたイベントなんですもーーーーんっっっ!狡くて結構!負けられないんですよ!)
そんな様子は微塵も外には出さない鋼鉄の精神と魂を持つアメリアは、「後5分待ちます」と掌を広げて更に深く笑みを刻んだのだった。
「お婆様。お婆様が負けたら、約束とは別に一つお願いを聞いて欲しいのです♪よろしくお願いいたしますね」
美しく微笑む少女は一体誰なのか。アグリアはその時ばかりは思った。
その後、質問も許されない決闘問答は空しく時間だけが過ぎて行った。
時間一杯使用して考えるも、悔しい表情を隠す事もなく、無敗を誇る女大公アグリアは、アメリアへ敗北を認めた。絶望を表情に、ライラは力なくその場に膝から崩れ落ちた。ブラックも、ダレンも彼女にかける言葉が見つからなかった。
ただ一人、アメリアだけは、やっとライラを解放する事が出来ると安堵していたのだった。
アグリアの敗北と同時に、ライラ、アークはラナンキュラス国から……否、〝物語〟からの離脱が確定した瞬間であった。
重苦しい空気が流れる。
重圧に誰しもが口を開いては閉じ、音にする事が出来ずにいる中で、アメリアは晴れやかな笑顔で扇で掌を叩いた。
乾いた音が響き、自然と全員の視線がその場に集まった。
「さて、時間も良い頃合いですし……気になるのでしたら、全員で乗り込みましょうか。教会の地下施設に」
だけどと付け加える。「お兄様はお留守番です」と一人だけ残して、アグリア、ブラック、ライラを有無を言わさぬ笑顔でアメリアはその場から連れ出した。
時刻は日が沈み、夜へと変わろうとしていた。
orz
80~90話の90話部分が見事に欠けていました。
80話前後には調整出来ればと思いますが、この物語は本編前に重点を置いて書いているものなので……きっと(フラグ)
手直しして伸びているのが、もうフラグでしかなく……((泣))
なるべくお待たせしないように頑張ります!!




