第67話
アグリア戦前半
そして決闘当日。
アメリアはダレンを連れて廊下を進む。ダレンに「どういう事だ」と夜になって問われたがアメリアは決して本心を口にする事はなかった。
いつ何時、ライラが聞いているかも分からないという点も大いにあったが、それよりもダレンの力を借りる気はなかった為だ。
しかし自分一人の力で解決しようとしているわけでもない。
アメリアが望んでいるのは二つ。
ライラ、アーク。異端の双子の運命の輪―物語―からの離脱。
本来出てくる予定のなかった祖母。アグリアの退場を望んでいるのだ。
そのためならどんな手段だって使うと、アメリアは決心していた。
決闘のルールを事前に公言していなかったのもそのため。
仄かにアメリアは笑みを浮かべる。
(お婆様には驚いてもらいましょうね~♪)
女大公として名を馳せているアグリアとの決闘はかなり困難を極めるだろう。だというのに、勝利が約束されている状況ではないというのに、鋼鉄の精神と魂を持つアメリアは楽しみで仕方がないのだ。自分がチート能力持ちだとしても、予期せぬ事態に見舞われれば敗北も容易に考えられる状況で、だ。
楽しそうに歩く妹をダレンは複雑な気分で見つめている。
実際何も聞かされていない、巻き込まれている状況のダレンはアメリアを見届けると口にしてしまっている以上、あまり深く踏み込むことが出来ない。少し思う事があるとすれば、相談くらいしてくれても良かったのではないかというものだろうか。
兄として、少し寂しい気分になっているだけである。勝敗を気にするよりも何よりも、その考えなのはアメリアを信頼しているからだと言えよう。
二人の後ろをライラが続く。無表情はいつも通りで何も変わった様子を見せない彼女だが、シルバーグレイの奥にはアメリアへの疑問が渦巻いている。
三者三様の状態で、決戦場として以前からアグリアと訓練していた扉の前に辿り着いた。
精霊が扉を慎重に開ける。アメリアを心配そうに見つめる精霊たちは、本当は二人を戦わせたくないのだ。特にアメリアは幼い。アグリアの力を知っている精霊たちからしたら、片手で簡単に捻られてしまうだろうと思っている。それは自分達へ優しく接してくれている彼女にとっては辛いのではないだろうかとも。だが、誰一人その事を瞳で語るだけで言葉にはしない。アグリア、アメリア、両者ともに意志が固いことを精霊たちはそれぞれ感じ取っているから。
仕事を終えた精霊たちは邪魔にならないように、ふわりと空気へと溶けるように姿を透過させた。去り際、アメリアに『しなないでねー?』と誰かが告げた。
扉を抜け、中央で立つアグリアと、本日の審判を務める髭の長いブラック魔法老師の元へとアメリアは苦笑を浮かべながら向かう。
「お兄様とライラはその辺に座っていてください。わたくしとお婆様、そしてブラック魔法老師様以外、この場所に立ち入ってはいけません」
歩きながらアメリアが扇で指し示す。その先には椅子が二脚準備されていた。二人はアメリアの言葉に従って席に着いた。
こつり。
アメリアは中央にある広めの壇上に上り、アグリアの前へと辿り着いて、片手で裾を持ち軽く一礼をした。
「お待たせ致しましたわ、お婆様、魔法老師様」
「時間はかけん。わしも伊達に大公としての名を持っておらんからな。さっさと済ませる」
アグリアは普段見せた事がない鋭い視線をアメリアへ送る。浴びるアメリアにひしひしと伝わる祖母の決意の強さを身に感じながら、笑みは絶やさない。
一方は笑顔を張り付け、一方は真剣な表情で。
お互い引く気はない様子を近くで見ている魔法老師は、長い髭を摩り撫でながら軽快に笑い出した。
二人は視線を魔法老師へ向ける。
普通の老師であれば、この息の詰まる状況で笑い出すことなど出来はしないだろう。本当は人間ではないブラックはこの状況をとても愉快だと笑っているのだ。
それもその筈。自分が合魔獣の件を教えた公爵令嬢は、思い掛けない状況で隠していた自分の考えをどこかで察し、連れ戻らねばならないアグリアをこの場に出させたのだ。
――お嬢様はワシの書いたものを読んだのか……?幼い子供に理解できる内容ではなかった筈だが、流石あのアスター様の残した子供。恐ろしいくらいに察しが良い。
老師は目元の皺を寄せ、目を細めてアメリアを見つめる。
自分が彼女に関わってから精霊からしたら短い月日が、人間からしたら長い月日が流れた。目の前にいる少女はどれほどの逆境であろうと、自分で道を開き、背筋を伸ばし凛としていた。少女の母アスターとてそれは変わらなかった。身体の弱かったアスターは自分の意思でこのラナンキュラス国へ来たのだ。
次いでブラックはアグリアへ視線を移し、心の中で思う。
――アグリア様。この場で大公である貴方が手を抜き、態と敗北を期するなら、ワシは貴方を処分しなくてはならない。どうか本気で。
二人に対しての想いを胸に、得意の建前で口を開いた。
「ほっほっほ。まさかアグリア女大公とお嬢様の決闘に立ち会えるとは光栄じゃよ。それで、お嬢様……決闘のルールは当日に教えると仰っておったが……」
そう。アメリアはアグリアの部屋を出て行った後、急遽魔道具でブラックへ連絡を取っていた。突然の日程に困惑したブラックだったが、「どうしても老師様には来ていただかなくてはいけません。お婆様の本気を知っていらっしゃるのは、老師様だけですから」と言われてしまえば断る事も出来なかった。
決闘のルールなどは当日話すと直ぐに切られてしまったために、特に対策など練って来てはいない。この屋敷を守る防御魔法でも構築してくるべきだったかと悩んだが、そうであれば事前にアメリアの事だ。伝えてきていた筈と昨夜は悩んだブラックだ。
戦場での彼女を知っているのが自分だけだという意味だと思っていたが、そうではないとこの場に来て自然とブラックは感じ取った。
アメリアに対して本当に良く頭の回る子供だと内心褒めている。
その事を知らされていなかったアグリアは訝し気な表情を見せる。先に到着していた老師が今回の審判者なのだろうと気付いてはいたが、彼も決闘内容を知らないとは露にも思っていなかったのだ。
「なんじゃ?拳で戦うのではなかったのか?」
「ふふ、お婆様の拳を本気で受けたらわたくしの脳天はかち割れてしまいます」
アメリアの脳内で、自分が祖母の本気パンチを受けて頭が大変な惨状になり果てるのを想像した。普通なら震えあがるところだが、アメリアは悔しがっている。
(一発で死ねそうですね!?割れてくれたらそれはそれでありなんですけども!!)
想像しただけでも何も防御魔法を構築していなければ、一撃死だろうと容易に想像がついた。普段であればウェルカム状態であったであろうアメリアだが、心の中で首を振る。
何も考えなく、理由もなければそのように仕向けるが、今回は……――
今はそうじゃない。
死ぬ事が自分の望みではあるが、ここで戦ったとしてもアグリアは自分を殺してはくれないだろう。本気を出して、体でぶつかっても、幾多の戦場を勝利へと導いてきた彼女が私を気絶させても、殺すわけがないのだ。そして、下手をしたらわざと負けるかもしれない。それでは意味がないのだ。処分などさせない。アメリアはその意志を強く持っている。
どんなに頑張ったとしても自分がここで死ぬ事が出来ないと、アメリアはやや残念に思うのもまた仕方のない事ではあった。
(お婆様に期待しても無駄なので、さっさと始めましょうか!)
今回のアメリアの目的はシンプル且つ明確だ。そのためなら相手の裏をかく。
アメリアは二人に笑顔を張り付けたまま、人さし指を立てた。
「謎解きをし合いましょう」
「「謎解き?」」
壇上の外にいるライラもダレンも眉が寄る。
アグリア、ブラック、ライラ、ダレンの脳内にある言葉は言い方は違えど同じ。
――決闘じゃないのか?
とアメリアを除く全員が思っている。
困惑している様子の全員に予想通りの反応だとアメリアは心の中で苦笑を浮かべた。
しかし彼女も馬鹿ではない。
くるりとその場でゆっくりと回りながら、全員を納得させるだけの理由を歌う様に奏でる。
「はい。決闘と言っても〝脳〟を使った決闘です。審判者である魔法老師様から問いかけを出していただき、それの答えを同時にわたくし達が答える。至ってシンプルなものです。大公であるお婆様ですし、――戦術をとっても光るものがあるのでしょう?」
とんと、回る足を止めて、挑戦的にアグリアへと首を傾けながら微笑む。
自分の孫の考えが読めたのか、口元を持ち上げ笑う。本気を交えつつ手加減をして負ける予定がこれではどうしようもない。
「ほう……面白いことを考えたのう、お嬢様。しかして、このわし、百戦錬磨の女大公アグリアの脳におちびの小さい頭が勝てると本気で思っておるのか?」
「あら?やってみなくてはわかりませんでしょう?お婆様もお年ですし。あぁ、忘れておりました。老師様はどちらの味方をしてもいけませんからね?貴方様は、ただの、審判です。審判者である以上、しっかり判決を」
両者一歩も引かず、火花を散らしている。
面と向かって馬鹿にされてもアメリアの鉄壁の仮面は崩れない。内心少し、いやかなり悔しいと地団駄踏んでいたりする。
(私を馬鹿に出来るのも今の内です!!)
「ほっほっほ!了解じゃ」
ブラックは何の問題を出すか考え始めるが、それを遮るようにアグリアは目を伏せて首を振った。
「……駄目じゃな」
「えぇ!?どうしてですか?」
先程まで乗り気にも見えていた祖母からのまさかの駄目という一言。
如何にして本気を出させ、不正させずに勝利を掴むか考えたアメリアの案がたった一言で断られてしまった。
アメリアは内心、冷や汗だらだらである。
(えええええ……まさかの却下!?私結構頑張って考えたんですよ!?)
寝ずにというのは子供の身体では難しかったのだが、それでもアメリアは老師や、祖母、双子。それぞれの想いを考えて出した条件だったのだ。
アメリアの不満の声に「そうじゃない」とアグリアは苦笑交じりに首を振り、老師を指差した。
「決闘ルールは構いはせんが、こいつに出させるのは駄目じゃ。互いに出し合うとしよう。それであればわしも飲もう。こいつは気に食わん」
「お互いに出し合う……という事ですね?分かりました。ではそのように」
アグリアの個人的感情だったのか、老師が問題の出題者でなければ問題ないと言う。それを聞き、安心しながら納得したアメリアは、素直に頷いた。
とうとうここにいる意味が、審判を下す以外に無くなってしまったブラックは少し寂しそうに口を開いた。
「ワシのいる意味がなくなってしまったのう。まぁ……見させて貰おう。お二方の本気の心理戦をのう」
そう口にすると老師はライラ達の元へと下りて行った。
ライラが立ち上がり席を譲る。ライラの変化に気付いた老師は、椅子に腰を下ろす前に彼女の肩を叩き、「良く見ていなさい」とそれ以上は何も告げず席に着いた。
(流石は魔法老師様、よくぞお気づきで)
さぁ、始まる。
二人の問い掛けと言う名の決闘が。
老師がコインを取り出し指で上空に弾いた。
それを掴み手の甲へと乗せた。
「何をしておる」
「審判である以上どちらからか決めさせて頂きましょう。表、裏。お二方とも目が良いですからのう……勝手に投げさせて頂きましたぞ」
この老人抜け目が無いなとその場にいる誰もが思った。
実際の姿を知るダレンを除いた三人はそれぞれ思い思いの視線を向けている。それでも文句を言わないのは彼が言っている意味を理解しているから。アメリアも、アグリアも共に目が良いのだ。
アメリアは、自分は悪役令嬢であるのだからと適当に理由をつけて、「裏」を選んだ。それならば残されたアグリアは自動的に「表」となる。
老師はゆっくりと手を持ち上げ、甲に乗るコインを確認し、先行は「表であるアグリア様からじゃ」と告げた。
ふわりと何処からか風が二人の間を流れる。
アグリアは腕を組んで暫し考え、アメリアを一瞥した。
「ではわしからじゃな。そうだのう……この手の遊びはあまりした事がないが、わしを打ち倒すと言うのであれば……。多少は難しくとも問題は無いな?」
アメリアは笑顔で頷いた。しかし実際の彼女は内心ハラハラしていたりする。
(ある程度であれば、過去の経験がありますからなんとかなりますが……お婆様ですし!?何が出てくるか本当に怖いです!)
アメリアも誰かとこの様に問い掛け遊びのような事はした事がない。
どんな問題が出てくるのかと身構えていると、アメリアが拍子抜けするほど簡単な問題がアグリアの口から出題された。
次回は次週更新予定です。
一話で纏めようとしましたが、思った以上に長くなってしまいましたorz




