第63話
サザンカ公爵の屋敷に何台もの馬車が停留している。エスコートを受け降り立つ女性は美しく着飾り、また男性もいつもより男前に。誰もがサザンカ公爵の子息であるレオンを祝いに招待されてきていた。
アメリア達の馬車も程なくして到着し、シルバーグレイの瞳をもつ双子は仕事モードへと切り替わっている。途中までの馬車の中での出来事―ライラが自分の素晴らしさを一方的に語られていたアークの姿―をそっと横に置いている。双子の戯れ、そして自分自身がしなくてはいけない行動…フラグの建築に頭を使っているからだ。
扉を開き、アークが先に馬車から降り立つ。ライラはこのまま馬車で待機の指示をアメリアから事前に出されている為、お留守番といった形だ。
3歳の誕生日のように男装なぞ決してさせなかった。
今日この日だけは、アメリアにとっても大事な“初戦”。
対レオン戦なのだ。
教会での事は初戦に換算しないアメリアである。
アメリアは光の加減で変わる瞳を閉じて、ゆっくりと息を吸い、吐き出す。
そしてゆっくりと瞳を開けば、瞳は漆黒の闇を映し出していた。
ライラはアメリアの瞳の色に驚愕するが、頭を下げ一言だけ捧げるだけに留めた。
「お嬢様、お気をつけて行ってらっしゃいませ」
「ええ。行ってくるわ」
口元が美しくも非情さをもって弧を描く。彼女の瞳は拒絶の漆黒。
既にアメリアは戦闘態勢に入っている。
(さぁレオン様。宜しくお願い致しますね)
アメリアは開かれている扉を潜り、待っていたジークライドへと視線を投げる。漆黒の瞳で射抜かれ、一瞬たじろぐが、持ち前の切り替えの早さで表情を作り上げ、左手を差し出した。反応上々と内心自分の瞳の色合いの評価をしながら、左手へと手を添えて馬車をゆっくりと一段ずつ降りていく。
最後の段を越え、地面へと両足が着いた時、やっと本日のエスコート役である旗殿下事、ジークライドが口を小さく開いた。
「アメリア嬢…その…目が痛い」
アメリアは不愉快そうな表情を浮かべているが、内心は違った。
(旗殿下!?あなたもう少し語彙力御座いましたよね?!ど直球ですね?!)
鋼鉄の精神のアメリアは意外に驚いていたのだ。
いつもならば、どの周回でもちくちくした小言や、淑女とは何たるか、はたまた酷い時には一度も会話が発生しない事がしばしばだったと言うのに、この周回のジークライドはアメリアとしても驚く程の語彙力の低下をみせている。
彼の中で何かが起こっていると悟ったアメリアは瞬時に修正を行う。
「あら?殿下!わたくし美しいでしょう?これでしたらレオン様もお気に召していただけるかと思いまして!あぁっ!!勿論。わたくしの婚約者は殿下ですので慎みますけど…」
「……っ。そう、だな」
くるりとその場でドレスの端を掴み回り、派手な化粧を施した顔をうっとりとさせてアメリアは演じ、語る。そうすればジークライドはアメリアの思惑通りに視線を落とし、声には出さず「あり得ない」と唇を動かした。
読唇術は会得していないが、散々周回で目にしてきた口の動きに、鋼鉄の精神と魂のアメリアは心の中でガッツポーズである。
(あり得ない頂きましたーーー!!ありがとうございます!殿下!いつの周回も殿下は本当にフラグを立てやすくて私とっても嬉しいです!ハードモードがお兄様とアークなら、イージーモードは間違いなく殿下です!)
酷い評価の仕方だが、表現はさておいても、死亡フラグを建築し自らのバッドエンディング―死―を望むアメリアの中では、ジークライドはかなり高評価なのである。
神々の介入によってフラグのほとんどがアメリアの意思とは違った方向へと進んでいってしまっていたが、ジークライド基旗殿下の態度に、彼女が鋼鉄の精神と魂だからこそ、この状況に心が躍っていた。
自信もついて、ジークライドにエスコートを受けながら二人は門を潜る。
サザンカ公爵の屋敷はスターチス公爵家とは違い、優しさと暖かさのある、風を纏っているような屋敷だ。それもその筈。サザンカ公爵は、ラナンキュラス国の四大公爵が一人。“風の公爵”が住む屋敷だ。レオンは父親の公爵から魔力をあまり引き継ぐ事がなかったが、彼は持ち前の明るさと頭の回転の早さ等から、周りから高い評価を受けている。この国の王子であるジークライド、次期公爵であろうと噂されているアメリアの兄ダレンとも友達という点は大きいのかもしれない。
邪推なしでこの世界は生きていけないとアメリアは思う。
門をくぐれば其処は自然の匂いが体を包む。
その彼のいる屋敷は緑……いや、自然と癒しが基調とされている。何故自然が基調とされているのかは直ぐに分かる。広い庭や入口にもこの辺ではお目にかかれない貴重な美しい花々、木々が客人を祝福するかのように咲き誇っているからだ。美しい以外に表現のしようがない景色。風が吹いていないというのに、この屋敷は常に優しく包み込むようなそよ風が吹いている。屋敷自体の柱やそれ以外には公爵という地位を持つものの、装飾自体は少なく、蔦などが支える様に撒きついている。それ自体には何ら他の貴族と変わりはないだろう。ただ違うと言えるものが、手入れをしなくともこの公爵家の草花や木々は青々と、そこに集まる蝶や鳥達。自然がこの屋敷を守っているのだ。
屋敷に住むサザンカ公爵の髪は若葉色。公爵夫人は鮮緑。そして本日の主役であるレオンは深緑をしている一家なのだ。
それぞれおっとりとしていたりと、多少の違いはあるものの、人当たりの良い性格の一家である。
だからこそ、サザンカ公爵の屋敷は“自然”と“癒し”と世間から評されている。
アメリアは肺を満たす自然の香り、見上げれば自然と目元が緩んだ。
見上げた先で、彼女の屋敷に住まいを作っている鳥達が、木々の上から小さく挨拶していた。
(ここまで飛んで来れるなんて、本当に大きくなりましたね)
我が子のように愛おしく想うというのはこのような心境なのか。
アメリアは視線だけで鳥たちに挨拶を返すと意識を前に戻す。ジークライドにエスコートされ、後ろからはスターチス公爵家が続く。
扉は開かれ。鋼鉄の精神と魂のアメリアの口元が持ち上がる。
いざ、レオン8歳の誕生日会場へ!
(教会分きっちりとフラグ建築いきまっすよーー!!)
◇◇
サザンカ公爵やレオンの挨拶をそこそこに会場内は招かれた色とりどりの華やかなドレスを纏う淑女、紳士、令嬢、子息が談笑をしていた。令嬢や子息は基本レオンと同年代か、彼の婚約者にしようと連れて来られた令嬢などだ。レオンは本日でアメリアと同じ8歳となる。催しとしてはダンスは簡単なものでしか行われず、どちらかというと談笑が主だ。
そんな中、アメリアは全神経を瞳に集中させ、会場内にいる主役のレオンを探した。
隣にいたジークライドには挨拶があるとその場で別れた。
挨拶は挨拶だが、アメリアが起こす予定のものは、この祝いの席で、しかも初対面が起こす挨拶ではない。
本日の目的はレオン初回のフラグ建築である。
アメリアがこつこつとヒールを鳴らし歩みを進めれば、子供に似つかわしくない派手な化粧、ギラギラとしたドレス、そして光に当たると青く薄く光る青銀の真っすぐと伸びた髪。その場にいる誰もが彼女が誰なのか判別する事ができた。
彼女の登場に会場内が一瞬ざわりと嫌な空気が包み込む。
鋼鉄の精神と魂のアメリアはそれすらも笑顔で受け流している。
(さぁさぁ!レオン様!どこですか!!)
自分の評価がそれなりには安定して悪い事をアメリアは内心喜び、そのままレオンを探す。
「あっ」
歩み進めていた足が止まる。
バルコニーにレオンの姿を発見したのだ。自然とアメリアの口角が上がる。
視界にはレオンを捉え、ゆっくりと彼の元へと近づいて行く。
誰かと話しているのだろうか、レオンは自分より低い位置を向いて楽しそうに笑顔がこぼれているが、カーテンでその相手が見えない。
誰がいようとアメリアには関係なかった。彼女の目的は彼に悪印象を植え付ける事だ。
(レオン様の未来の為!私と神さま方との約束の為!誰だか分かりませんが失礼致しますね!!)
邪魔をしては申し訳ないと言う気持ちは少しばかりあるのだが、『ゲーム盤』の物語上、この日に必ずアメリアとレオンは出会い、彼女は彼に悪印象を受けなくてはならないのだ。
こつりこつりとヒールの音を鳴らす。
バルコニーへと差し掛かった時、柔らかな風がカーテンを揺らした。
「―――っ!?」
レオンが楽しそうに話している女性……いや、少女。
それは―――
「あ!おねーさま!」
「え?」
あどけなさが残る少女はアメリアへと花を浮かべている様な優しい笑みを向けた。同時にその場に一緒にいたレオンも自然と笑みを向けられたお姉様と呼ばれた人物―アメリア―を確認すると、先程柔らかく笑っていた笑顔が崩れ、眉間に皺が寄った。
この時のアメリアの瞳がレオンには氷のように冷たいアイスグリーンに見えているのだ。
微笑まれている彼女の妹にして、この世界のヒロイン。
ユリ・ミーシャ・スターチス。
レオンとの談笑相手がユリだという事に一瞬動揺するも、アメリアはその感情を呑みこみ抑え込んだ。
(焦ってはいけない。でも、二人がここで話す事など…過去にはなかった!ちぃっ!!)
過去の周回で起こり得なかった二人の談笑の場に遭遇してしまった鋼鉄の精神と魂を持つアメリアは、干渉がこの場にも起こっているのかと内心舌打ちをした。表情には出さない。嫌な汗が背中を流れる。
(ユリは強敵ですね…。こんなところで苛めたくはないのですけど、どう考えてもここはユリを犠牲にするしかないのでしょうか…。ユリの幸せを考えるならそうしなくてはいけないんでしょうけどおおお!?)
心優しきアメリアは出来る事なら妹のユリを苛めたくはない。彼女の中の葛藤は彼女しか分かり得ない事だろう。
にこにこと笑顔を向けているユリに気を取られていたアメリアは、彼女の近くにもう一人の人物がいる事を見落とした。
カサリと木々の葉が一枚落ちた。
「姉さん…」
久しぶりに聞く彼の声は子供にしては低い、冷たい、拒絶を含み風に乗って鼓膜を揺らした。ユリの近くには真っすぐとアメリアを睨みつけている彼女の弟の姿があった。
優しく柔らかく包み込んでいた自然を運ぶ風がどこか冷たく、荒れ始めた。
≫次回の更新は6月20日予定です
前回も後書きに書かせて頂きましたが、書籍化する事が決まりました!
今後の詳しい事は活動報告にて報告していきたいと思います。
書籍版はこちらに投稿している第三者視点ではなく、アメリア視点となります。
投稿している内容と大幅に変わった点、変わらない点、アメリアが何を想い、何を考えているのか描きました。
これからもゆっくりと進む物語ではありますが、宜しくお願い致します。
皆様のお陰で書籍化する事が出来ました。本当にありがとうございます!




