第62話
ルドベキアから託された袋の中身を確認し、深く調べようと思っていた矢先、アメリアの誕生日やら、アグリアによって日々訓練が重なり、身動きが取れなくなって半年程経った頃。
アグリアとの約束の日まであと数ヶ月と迫っていた。
この頃には婚約者であるジークライドと、兄のダレンは学園に通っていても不思議ではないが、二人はアメリアが入学する一年前に入学する設定にされている。
この辺りはアメリアも周回を繰り返している内に、何故なのかと一回考えた事もあるが、創造神の考える事など理解する事は難しいと考える事をやめたのだ。
そんなアメリアが色々と動いていれば、ラナンキュラスの街並みを照らす太陽は近く、暑さが夏を知らせていた。
「今日という日がきましたね」
祖母アグリアのお陰で部屋にライラの魔法が再度構築される事がなくなったアメリアの自室で、早朝より早い時間。この部屋の家主は目を覚ました。
体を一回最大限まで伸ばし、力を抜く。
今日は四大公爵が一人。サザンカ公爵からレオン・サザンカの誕生日の招待を受けている日だ。
アメリアは過去の周回を振り返り、ゆるりと首を横に振った。
「過去と大分変わってきてしまいましたからね、同じようにはいかないかもしれません!私の死亡フラグのレオン様!御覚悟を!」
意気揚々と自分の死亡フラグ建築の為に、鋼鉄の精神と魂のアメリアはこんな早い時間からとても楽しそうに元気である。
ここ最近アグリアによって完全に外出する事が困難になってしまっていた為に、情報はライラとアークに探らせる事しか出来なかったアメリアは二人に対して、申し訳なさと自分が動きたいという欲求が溜まり、爆発寸前である。
日課の走り込みはアグリアの特訓のお陰か別段しなくても良くなっているが、アメリアの起床時間は変わらずこの時間だ。ゆっくり眠ってゆっくり起きる事も出来るが、彼女がこの周回の世界で自分を変えようと試みた際に、一番に起床時間をきっちりと、という考えを持ったのだ。
今までの自分にさよならを告げるには良いきっかけだったとアメリアは思っている。
そんなアメリアからしたら清々しい早朝より少し早い時間に、突然廊下が“騒がしく”なり始めた。
「え?!」
過去の周回でも起こった事のない現象にアメリアは驚愕した。
廊下を誰かが騒がしく歩き、自室の扉の前で音は止んだ。
(なんです!?ホラーです!?見えない敵との遭遇とかそういうなんちゃってイベントならお断りですよ!?)
見える敵には問題無く自分の力を発揮できるアメリアではあるが、実は見えないものからの攻撃に滅法弱いのだ。
そこに気配があるというのに、影も形もなく、触れる事の出来ない存在にはいつも感じる感情ではない恐怖心を煽るそうだ。
鋼鉄の精神と魂を以てしてもそれだけは怖いらしい。
ガタガタと揺れ動いて、引っ掻く様な音を鳴らしながらやってきた者はアメリアの部屋の前にいる。
アメリアは現在身も心も泣きそうである。
だが本当に涙を流さないのは彼女だからこそ。奥歯を噛み締めて、手を強く握り、震える足を動かして、扉に近付く。
一歩。
また一歩と。
部屋の前にやってきた存在が一体どういうものなのか想像もつかない。
この時間、ライラ達はまだ眠っており、起きていたとしてもアグリアだけだろう。全てをふまえて考えても、あのような音を掻き鳴らしながら周囲を揺らし、やってくる存在をアメリアは知らない。
どくりどくりと耳の後ろで鼓動が激しく鳴っている。
しかし警笛は鳴っていない。それがまだアメリアには救いだった。
握りしめている掌は汗で湿っているがアメリアは扉の前の存在に集中しており、拭う余裕はない。
一体誰がいるというのか。
扉の前にやってきてから、しばしの時間が流れる。
外では鳥達が小さく声を奏でている。
声が震えない様に気合を入れると、アメリアはやっと口を開く。
「…だれか…いるのですか…?」
扉の前に話しかければ、無言の間が続く。
とてもアメリアには長く感じるその時間だが、存在は確かにいまだに動かず扉の前に居る。
(なんでーーーー返事をーーーーくれないのですかーーーー!?)
彼女の淡い期待をガラガラと崩していくには容易いその時間は、アメリアの精神を更に追い込んでいっている。
内心涙を流しているアメリアだが、表面にそれを出さないのは彼女の意地だろう。
すると、小さい小さい音がアメリアの耳に届く。
「――ぉ――さ…」
「―――っ!?!?」
声にならない叫びというのはこういう事をいうのだろう。
アメリアは飛び上がりまではしなかったが、そのか細い声に体中に鳥肌が立った。
腕を擦り、誤魔化そうと繰り返す。
か細い声を持つ存在は、今度は扉を小さく叩く。そして先程よりはっきりと声を音にする。
「おね…さま」
「え!?」
声の主は自分をお姉様と呼んだ。この屋敷で自分を“お姉様”と呼ぶ存在は、過去の周回にも、この周回の未来でもただ一人。
そう。ただ一人。
アメリアの心は一瞬に落ち着きを取り戻した。相手が分かれば対応は決まっているのだ。
掌の汗を軽く拭い、扉をゆっくりと開くと存在は彼女より小さく、自然と視線を下げる位置にいた。
「ユリ、何しに来たのです」
冷たく廊下に響くアメリアの声。
ユリと声をかけられた桜色の髪を持つ少女は顔を上げると、にこやかに微笑む。
「おねーさま!おきてらっしゃった!」
「あれほどの音が鳴っていれば誰だって…」
「うーん?…音ぉ?」
うんざりとした様子で返すも、ユリはにこにこととても嬉しそうに笑っているだけ。
音の事を伝えればユリはただ頭をこてりと右に傾けて、思い出すように大きな瞳を開き斜め上を見つめるが、すぐにアメリアへ視線を戻し、眉を下げて首を横に振った。
アメリアの口の端がピクピクと持ち上がる。
ユリが何を示しているのか理解してしまったからである。
「音なんてなってな…」
「いいです。なんでもないわ!それよりも!!何故こんな朝早くに歩き回っているのですか!あなたの乳母はどうしたのです!」
「うぇ!?…あー…あの人?おいてきちゃった~」
咎める様に声を荒げてみてもユリの反応はのほほんとしている。アメリアは過去の周回で、こののほほんとした彼女の対応に、割と苦労させられた事もあるのだが、現在の歳でも健在な事に頭が少し痛んでくる。
今日のアメリアはユリに対して何かするつもりはない。とはいっても普段から冷たい態度を取らなくてはいけない為、その辺りに限りはない。
本日はレオン・サザンカの誕生日なのだ。
彼とアメリアが出会う事が“物語”で決まっている日であり、彼が彼女に対して嫌悪を初めて抱くとても大切な、大事な日なのである。
それが一体全体どうしてこんな状況になっているのか、アメリアはどのような介入を起こしているか分からない神々に悪態を心の中で吐く。
(もー!神さま方のせいで!ユリがここに来てるじゃないですかー!八つ当たりなの分かってますが受けて下さいねーーーっ!!)
アメリアはちゃんと八つ当たりだと分かっている。
表面に冷たい表情を貼りつけ、見下しているが、目の前のユリの笑顔は変わらない。
(マイクであれば怯えて逃げていたというのに!私のこの表情が効かないのは相変わらずなんですね!流石はヒロイン、ユリ!)
確信を得たアメリアは諦めたように大きく溜息を吐くと、呆れた様な表情へと切り替えた。
「それで?わたくしに何の用かしら?」
「えへへ!おねーさまのお顔を見たかったの!それだけ~」
アメリアの表面上浮かべている表情は変わらない。
しかし内心は違った。
(かっ!かっ!可愛いーーーーーー!3歳なのに何て賢いの!そういう設定なのでしょうけど!なんて可愛いのユリぃぃぃっ!)
鋼鉄の精神と魂のアメリアは可愛い物好きである。
その後、取りとめもない話を冷たい態度であしらいながらしていると、彼女の乳母が現れ、小さいユリは乳母に抱き抱えられながらその場から離れて行ったのだった。
◇◇
そんな早朝より早い時間の出来事があった後、食事を摂りメイド達に支度の為に指示を出しつつもみくちゃにされたアメリアは、現在サザンカ公爵の屋敷に向かう馬車の中だ。
アメリアの見た目は一言で8歳の子供には見えない。
悪い意味で見えるとも言えるだろう。それ程に派手な化粧が施され、ドレスは宝石たちがぎらついたように反射する程の本来招かれた者が着ていくような物ではない。
しかし、それでいいのだ。
これがアメリア本来の印象をレオンに焼き付ける為に必要な事前準備なのだから。
婚約者であるジークライドがサザンカ公爵の屋敷前で、アメリアをエスコートする為に待機しているというのも理由としてあげられる。
スターチス公爵家からエスコート予定であったが、それはアメリア自身が断った。
移動中の間も一緒に居る必要はないと言う考えだ。
サザンカ公爵の屋敷へと向かっている馬車の中には、侍女のライラと執事長のアーク、そしてアメリアである。
この二人が選出されたのは勿論アメリアがロイドにわがままを炸裂させ、無理やりといった形である。その為、レオンの誕生日に招待されている他の兄妹、家族とは別の馬車で移動している。
馬車の中でアメリアの頬は少し引き攣っている。
シルバーグレイの瞳をもつ無表情の双子から先程からずっと見つめられているのだ。
「あの…アーク、ライラ…?そんな目で見ないでもらえますか?」
双子ははたと気づき、お互いの顔を見比べると、姉のライラは泣きそうな表情に変わり、弟のアークは厳しい表情へと変化した。
無表情から随分と表情が豊かになっている双子だが、この表情もアメリアの前だけである。
「だってお嬢様ぁ…いつも!毎回!このライラは思うのです!」
「私も同じ事を思います」
「うぐ…」
言いたい事のわかっているアメリアは自然と視線を窓から外へと向ける。
(あー街がキレイデスネー)
「何故!!!そんな!!似合わない姿にわざわざぁ!!!」
ライラの嘆きが馬車の中に響く。
現在馬車の中には苦労人アークの精霊魔法が構築されており、防音はばっちりである。こうなる事が始めからわかっていたかのような、流れる動作だったとアメリアは言う。
嘆くライラにアメリアは困ったように眉を下げる。
「昔にも言いましたが、これでいいのですよ」
「姉さん。お嬢様がこう仰っているのだから俺達は何も言えないよ?」
「うぅ…」
主がそれでいいと言うのであればライラとて従うしかないのだが、分かってはいても納得が出来ないのだった。
――お嬢様の可愛さが!失われ……!!??
ハッと嘆き下げていた顔を上げ、アメリアを今度は上から下まで見つめると、一つ頷く。
「なるほど!」
「「何が!?」」
一人納得しているライラにアークもアメリアも同時に声が出た。
ライラは無表情に戻り、アメリアに頭を下げた。
「お嬢様、私の理解力が足りなかったようです。流石は私のお嬢様」
「え?いえ…何が??」
下げていた頭を勢いをつけて持ち上げるとライラの表情は高揚としている。アークの眉がぴくりと反応するが、この状態の彼女を止める術を弟の彼は持ち合わせていない。
少し興奮気味にライラは口を開く。
「そのような化粧や姿をなさるのはこのライラの為なのですね!!」
アークは斜め上に発想をもっていった自分の姉に眼鏡を持ち上げて目頭を押さえた。
――どうして、そうなった。
勿論。アメリアも同じ事を思っているが、アーク程の衝撃は受けておらず、ライラだからまぁいいかくらいにしか感じていない。慣れとは恐ろしい。
「どこの馬の骨がお嬢様の可憐さに気づくか分かりません!だからこその姿なのですね!!流石は私のお嬢様っ!」
「姉さん勘弁してくれ!どうしてそうなるんだよ!」
「何が言いたい!!私のお嬢様が可憐なのは当たり前だろう!それをわざわざ隠されているのはそういう事でしかないだろう!」
双子はその後も言い合いをしていたが、アメリアは困ったように微笑むだけで一言も肯定も否定もしなかった。
(この姿でなければ…“嫌悪”して頂けないなんて言えないです…)
馬車はそのままサザンカ公爵の屋敷へと辿り着いた。
遅くなってしまって申し訳ありませんでした。
次回は6月7日となります。宜しくお願い致します。
お知らせ》
活動報告の方にご報告させていただきましたが、この度嬉しい事に書籍化が決まりました。まだ詳しい事は私も分かっていないので、書籍化しますとだけの報告になってしまうのですが、詳しい事がわかりましたら活動報告の方でご報告させていただきます。
書籍化出来るのも普段から閲覧、評価、ブクマやコメントをして下さっている皆様のお陰です。本当にありがとうございます!!
仕事との両立出来る様に頑張りたいと思います!
これからも宜しくお願い致します!
嬉しくて、そして緊張で涙が溢れて、心臓がどくどくしている本橋でした。




