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悪役令嬢は100回目のバッドエンディングを望む  作者: 本橋異優
―ゲーム本編前・事前準備―
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第61話

驚愕のあまり固まってしまったアメリアだが、彼女が固まった事よりもその場にやってきた青年達は、彼女が無理やり連れて来られたのではないかといった話を始めている。

ガヤガヤと騒いでいるお陰か、アメリアの精神も落ち着きを取り戻すのに時間はかからなかった。


(まさか…アドニス教会だったとは…。でも男爵が教会にきても何も不思議なことはないですね…。おかしいとするならあの石碑からここにやってきたという点…)


石碑には書かれていた。

―「我、外への扉へと道を繋げん。この道即ち国滅びる道標へと。その鍵場へ誘わん」―

と。

その意味が何を示しているのか、アメリアは周りの状況を目で追いながらも考える。


そばかすの好青年は話し終わったのか、アメリアの方へと体を戻すと、困ったように笑った。自分にこんな態度を取る人間もまだ残っていたのだなと、アメリアは複雑に思う。登場人物ではない存在にも、負の感情を抱かれる彼女は、未だ優しさに慣れる事がない。

しかし鋼鉄の精神と魂の彼女の浮かべている表情は、この状況に飽き飽きしているといったものを浮かべており、アメリアの事を知らないのか、話しかけて来ている青年以外の男達は一様に眉を顰めている。


「悪い。やっぱり犯人はここにいる奴らじゃないみたいだ」

「そう。どうでもいい事です」


きっぱりとまるで切り捨てるかのような声色でアメリアは答える。心配してくれている事は彼女としても分かっているのだが、やはり受け入れる事が出来ない。拒否反応が自然と起こる。レオンに連れて行かれた時も、今だって、彼女は与えられる優しさを持て余し、苦しんでいた。


一瞬虚空を見つめ、自分の事を訝しげに見つめる男達へと視線をずらせば、アメリアは子供にしては妖艶に、そして挑発的に口角を上げた。


「別にわたくしを連れてきたのがあなた方でないとしても、ここにわたくしがいる。その事実は覆りません…よねぇ?」


鋼鉄の精神と魂のアメリアは男達を、自分を心配しているそばかすの好青年ではなく、負の感情を抱きやすそうな者達へと切り替えたのだ。

関わってきた者を、この世界で生きる者達をなるべく救いたいと願うアメリア。ここで出会った青年達とてそれに含まれつつある。だが、彼らには自分の、そしてユリが未来で幸せになるためのフラグとして、噂を立ててもらわなければならない。

つきりと心優しきアメリアの胸の奥が痛む。


(痛みに耐える事に慣れていたと言うのに…。この暖かさに触れたから…)


本気を出した神々の介入によって起きた新たなフラグや、イレギュラーは思っていたよりも、アメリアの精神を、そして鋼鉄の心を揺るがしている。

痛む心に見ないふりをし、アメリアは尚も男達を言葉で見下す。


「それにわたくしが誰かも分からないなんて…。スターチス公爵家の娘をさらったなんて噂になれば、大変でしょうねぇ?ましてやここは孤児院。教会にも迷惑がかかることでしょう」


最後に悪戯に微笑み愉快そうに笑えば、一番声の大きかった丸々とした青年は苛立ちを隠そうとせず、舌打ちを一つ吐くと、視線だけを斜め下に小さく呟く。


「……俺達じゃない」


そんな事はアメリアとて分かっている。アメリア自身が自分で道を開き、ここにやってきたのだから、ここに居る孤児院の青年達はただ巻き込まれただけに過ぎない。

勘違いを起こされてこのような流れにいるが、悪い噂を流してもらうのであればここで彼らを気にする事は出来ない。彼らにも負の感情を抱いてもらわなくてはならないのだ。

誰からも愛されず、嫌われなければならないと分かっているからこそ、アメリアは本編に関わって来ない彼らにも、自分の痛む心に蓋をして、幸せなこの世界の未来の為に冷静に、だが、傲慢に振る舞う。

ただ一つ。本編の一部を除いたキャラクター達には周回の時と変わらずの態度が普通にとれるが、イレギュラーな存在である青年達に対しては鋼鉄の精神と魂とて、少しだけ申し訳なさが宿るのだった。


(うぅぅ…。分かってますから!どうか!早く!私を解放して下さい!)


早くこの場から解放されアンスリウム男爵を追う、彼らはアメリアを嫌い小さくとも噂を流す。これがアメリアからすると一番楽で、最短だと思っているこの場の結末。実際はどう青年達が行動するかは分からないが、さっさと解放してもらいたい一心なのは変わらない。そして、これ以上、関わりたくないという気持ち。

頭に鳴り響く警笛がアメリアを焦らせている。

アメリアは紐で結ばれた袋を抱え、腕を組み、首を少し斜めに傾げると、見上げる位置に居る声の大きな青年を小馬鹿にしたように表情を見せる。


「事実そうであったとしても、そう見られても不思議じゃないと言っているのよ。理解できないなんて愚かね…」

「んだとぉッ!?このくそがきぃ!」


声の大きい青年は血の気が多いのだろう。簡単にアメリアの挑発に乗ってきた。

これにはアメリアはしめしめと思う。

内心彼女は力強いガッツポーズを決めている。


今にも殴りかかりそうな声の大きい丸々とした青年の前に、そばかすのある丸みを帯びた頬の好青年が両手を広げ、声を荒げながら二人の間に割って入ってきた。


「わーーーー!ストップ、ストーーーップ!!」


突然の割り込みにアメリアも、丸々とした見た目の青年も目を丸くし、固まった。

くるりと好青年が向きを変え、アメリアに勢いよく深く頭を下げてきた。


「ご令嬢だっていうのは見た目で分かってたけど、公爵様のところだとは気づけなくてごめん!!」

「……ええ」


驚きの表情を隠せないまま、複雑な表情を浮かべているアメリアに、また勢いよく顔を上げると好青年は彼女の肩をがっしりと掴み、涙を浮かべて早口で捲し立てる様に懇願し始めた。


「頼むからコイツら血の気が多いんだ!煽らないでくれよ!な?小汚いこんなところにいて疲れてるんだよね!?ごめんね!?こんなところにいるよりも上に行こう?シスターに頼んで連絡してもらうから!な?それじゃ……駄目かな?」


もうアメリアは心の中で白旗を上げたくなるほどにこの場から逃げ出したい。

それと同時に目の前のそばかすの好青年に自分の妹を思い出す。


(純粋無垢とはこの事ですか!?煽っているのに気づいても尚私の事を心配するなんて!!優しいユリみたいな方ですね!こんな希少価値の高い存在がまだいたんですね!いいから離して!!)


アメリアの悪事を独自で調べ、自ら死を選んだ妹のユリ。純粋無垢なこの世界のヒロイン。

それと似た純粋さを持つこの好青年は、傲慢さを出しても、悪態をついても、負の感情を抱く様子が見えないとアメリアは感動と共に思った。

頭の中の警笛は音を大きくし、響き渡っている。


これ以上は駄目。危険。離れろ。不要。


響く。


アメリアは表情を凍らせて肩に置かれた手を払い落すと、目の前の好青年に冷たく漆黒の瞳を向けた。


(拒絶しなくては…この人も“危険”です)


何が危険なのか、アメリアも判断できていない。

だが、警笛を無視する事は出来ない。無視すれば自分の生存を、その可能性が現れるとアメリアは判断しているのだ。

払い落された手を見つめ、少し驚いた様子の好青年は、困ったように笑う。


「えっと?スターチス公爵令嬢…さま?」

「アメリアで結構よ」

「おう!アメリアか!覚えたぞ!お前随分口達者なんだな!」


二人の会話に割って入ってきた声の大きい青年に、アメリアの顔が一層不快と一言で分かる程に歪む。名を呼ぶ事を許可したのは目の前の好青年であり、丸々とした見た目の声の一番大きい青年ではない。


「いきなり呼び捨ては許可していないわ。まずあなたには許可していない」

「細けぇことはいいんだよ!」


声の大きな丸々とした青年は豪快に前歯が一本抜けた歯を見せながら笑う。


(えぇぇ!?良くないと思いますけど?!孤児の方々にはこれが普通なのですか?!ひぇぇ……!何故さっきまで煽っていた私に笑えるのー!?追ってきただけなのにこれはなんのフラグなんですか!?)


フラグなのかはさておき、理解の範囲を超えた青年たちの対応にアメリアは混乱した。

孤児院での彼らの過ごし方というものを彼女は知らないが為に、起こった混乱だが、名前を呼べる関係というものは、ここにいる孤児達はとても大事にしている事だった。

立場上仕方がないにしても名前も名乗らない相手に見下され、煽られていた青年たちはアメリアの名を知る事が出来たことで幾分か緩和したのだ。

思わぬ誤算がアメリアの目の前で起こっていた。


困惑する彼女を気遣いそばかすの好青年は片手を出してやんわりと微笑んだ。


「じゃあ、アメリア様。上に行きましょう?」

「えぇ。さっさと!さっさと!!こんなところから立ち去りたいわ!」


優しさに触れる事に慣れていないアメリアは表情を整える事も出来ず、その差し出された手を取り、好青年にエスコートを受けながら廊下を進む事となった。

警笛は鳴りやまない。この手も取ってはいけないとアメリアは内心思い、感じているが、混乱している脳は正常に体を動かしてはくれなかった。


二人の後を声の大きい青年と他の男達も続いてついてきている。少し先を歩いているというのに、後ろから響く声は青年たちの声の大きさを物語っていた。


「こんなところにいたくねェか!そうだろうよー!いいなーお嬢様かー」

「ガッハッハ!それでもオレはここが好きだけどな!」

「おれもー!男爵様のお陰で不自由してねえしな!」

「いつか男爵様に恩返し出来る様にならないと」

「だなー!!」


楽しそうに響く笑い声。

その中には男爵への評価。アメリアは先を進みながら彼らが如何に男爵に対して恩、それに対して尊敬の念を感じた。

自分が追っている道化の男が、アンスリウム男爵だった場合の事をアメリアは歩みを進めながら思う。彼らは何も知らないのだろうと。そして男爵がアメリアの手によって罰されれば悲しむのだろうと。

何重にも縄で結ばれた古びた袋を抱える腕に力が籠る。純粋なアメリアの心が少し軋む。


(何だかんだ言っても彼らは口は悪いですけど教育されている。アンスリウム男爵を本当に信頼しているんですね…。それなのに合魔獣…禁忌魔法に手を…え?あれ?)


足を止めて口元を押さえる。

アメリアの瞳が揺れる。


「まさか…?」

「うん?どうかした?」


そばかすの好青年は首を傾げ、心配そうに見つめているが、アメリアは一度頭を振り見上げる。


「男爵はここにはよくいらっしゃるのかしら」

「うん!俺達のことを気にかけてくれているのか、良く来て下さるよ?なんで?」

「いえ…なんでもないわ」


何かに気がついた筈なのだが、するりと掌から抜け落ちていっているそんな感覚がアメリアを襲っていた。


(私なにか…見落としている…?)


青年達がシスターに話を通したのか、程なくして迎えの馬車が教会にやってきた。アメリアはその間も何を見落としているのか、考えていたのだが結局のところ答えには辿り着く事が出来なかった。シスターに何度か質問をされても上の空で受け答えをしていた為か、それを聞いていた一部の人々には態度が悪い令嬢だ、高飛車だと見られていた。

たったそれだけだとしても、負の感情を一心に受ける彼女だからこそ、“そのように”最低の評価で見られてしまうのだ。

青年達に流して貰う予定の噂は、その態度を見ていた一部の人々の口によって小さく街に流れていったのだった。





◇侍女と執事長とその後◇


目の前では腰に手を当てて二人を見下げる侍女が仁王立ちしている。彼女の背中には混沌の扉がくっきりとはっきりと出現している状態である。

大変ご立腹なライラを目の前に、スターチス家執事長のアークは床に、そしてスターチス家令嬢のアメリアはベッドの上で、アメリアの部屋で正座している。


「お嬢様、アーク」


低く、男性のように響くライラの声にアメリアとアークは肩を一度大きく震わせる。目の前の彼女が怒っている理由に、大いに心当たりのあるアメリアは素直に頭を下げた。

本来ならば立場上一番上にあたる彼女が下げる必要のない事なのだが、アメリアはその辺素直なのである。

いくら鋼鉄の精神と魂とて、怒っているライラは過去の周回を思い返しても教育を受けているアメリアからしたら怖いのである。


「ごめんなさい!!」

「…………なんで俺まで」


主人の謝罪を受けて、分かって頂けたのならいいのですとライラは先程より柔らかくアメリアに微笑んだ。が、床に座っている不満を隠そうとしないアークの言葉にライラの表情が怒りを瞳に宿らせた無表情へと戻る。

アメリアはそれを目にし冷や汗が止まらない。


不満のあるアークにも思う事がある。

馬車で迎えに行ったのは何を隠そうアーク本人である。城に居た筈のアメリアが何故か教会に居た事に大変驚いたが、城に迎えに来させていた馬車でそのまま迎えに行ったのだ。迎えに行けば“普段の”アメリアがそこにはおり、内心何かしたのだろうかと思った。馬車の中に一緒に乗れと命じられ、向かいの席に座れば素直に謝ってきたのだから怒る事も出来なかったアークである。

そのアメリアを連れて戻ればこの状況。不満もあるだろう。

自分は怒っていないのに何故この姉は怒っているのかと。


弟の不満げな様子に、姉のライラのシルバーグレイの瞳は鋭く細まる。


「なんだ?愚弟。ここで命を枯らしたいのか?お前がいてどうしてお嬢様が拉致される?うん?言い訳なら聞いてあげる」


小さくアメリアの口から悲鳴が上がる。

混沌の扉がガタガタと揺れ動いているのだ。本気で怒っているのが目に見える。ライラがそれでも感情を爆発させないのは流石の一言である。

ライラの言葉を受け、やっと自分の失態に気づいたアークはアメリアに向きをその状態で変え、毛足の長い絨毯に頭をつける勢いで頭を下げた。


「アメリアお嬢様!お嬢様を見失い、お嬢様を危険な目に合わせてしまい申し訳ありませんでした!」


いきなりの事にアメリアは戸惑う。

今回アークが見失ってしまったのは紛れもない、アメリア自身のせいなのだ。魔法を構築し走り抜けていたのだから、見失っても仕方がない状況だった。

それを言葉にしようと口を開くと、


「えっと…ライラ、アーク?わたくしが…」

「いいのですお嬢様!怖かったですよね?もう大丈夫です!このライラがおります!ご安心ください」

「えっと…」


安定のライラにより誤解は解けず。

鋼鉄の精神と魂のアメリアは、これは自分のフラグではなくアークに死亡フラグが立っている気がすると、戸惑う頭で思った。


未だ頭を下げたままのアークの足を、ライラが軽く小突き、顔を上げさせると顎で合図を送る。

本来の上下関係は逆である。

侍女であるライラが執事長であるアークに対しこの様な振る舞いは外ではしない。この三人だけの状態だからこそといっておこう。

そしてこの二人が双子であり、姉弟だからこそである。


「アーク。アグリア様も大変ご立腹だ。立ちなさい」

「あの……」

「アグリア様も?!」

「失態として報告されないだけましだと思いなさい!この阿呆!!」


アメリアを置き去りに二人の話は進んでいってしまう。誤解を解こうと思っていたが、これでは口を挟むに挟めない状況である。


(別に本当に攫われたわけじゃないのですけど…、考えも纏まっていませんし、今はこのままの方が良いですかね?…アークなんだか良く分かりませんけど、頑張ってください!!)


鋼鉄の精神と魂のアメリアは相変わらず不憫な状況なアークにエールを内心送り、誤解を解く事を諦めた。


「勘弁してくれよ!!」

「煩い黙れ!」


手元にはルドベキアから託された、何重にも縄で結ばれた古びた袋。

この話をいつかライラにもしなければならないが、今ではない方が良いと目の前で話している二人を見つめ思うアメリア。

ジークライドとも城で遭遇していたが、彼女からしたらとても些細な事だったので、すっかりとアメリアの重要性からは落とされた哀れな旗であった。

こうしてこの日のアメリアの第五師団の調査は、成果を得て終わりを告げた。


次回予告≫

5月24日0時となります。

不定期にはしたくはないのですが、毎週更新が(仕事の関係で)危うくなってきてしまいましたので、更新を隔週にさせて頂きたいと思います。

宜しくお願い致します。

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