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悪役令嬢は100回目のバッドエンディングを望む  作者: 本橋異優
―ゲーム本編前・事前準備―
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第58話

ジークライド戦second


日傘をとじてそれを片手にアメリアは広い敷地を持つラナンキュラス城内を歩いている。

彼女は今にもスキップしてしまいたい程に感情が高揚していた。それもその筈、最近は特に祖母アグリアに捕まり、碌に動く事が出来ないでいたからだ。

アークからの本の奪還の報告は未だ届いていないが、アメリアは今の彼が不本意ではあるが自分を裏切る事はないだろうと考えている。攻略対象であるアークの幸せを考え、役割を考えるのであれば、この時点で裏切ってくれた方が幾分もアメリアからしたら嬉しいのだが、それは彼の性格上ほぼ皆無だろうと悲しくも理解していた。


久しぶりの…否、この周回初めての城内は、目で、耳で、アメリアを癒してくれている。


(はぁーーーー!やっぱりお城の中も本当に素敵!職人の皆様本当にありがとうございます!そしてそれを維持する為にお掃除お疲れ様です!我が家の使用人さん達もこれくらい出来る様になりませんかね~…)


柱の一つ一つに施された彫刻。美しいまでに透明感のある窓。差し込んできた光を反射し埃一つ見当たらない廊下。それらを見つめ、アメリアはひたすらに進む。

ここに来た理由は第五師団についての調査だが、それと同時に過去の回想で流れるイベントを終わらせてしまおうともアメリアは考えている。

『ゲーム盤』の設定を思い返しても必ずどこかしらで、回想が入っている。アメリアはその度に、自分のしてきた悪事が攻略対象にどのように映っていたのかを魂に刻まれた設定から知ることが出来ている。実際その回想シーンをアメリアは見た事はないが、あると言う事だけは確かに知っているのだ。

ユリないし、攻略対象達が思い返している事なのだろうと設定を自分に分かる様に置き換えていた。他人から善事も悪事のように回想されているのだから、鋼鉄の精神と魂のアメリアからしたら面白いの一言に尽きる。


(別に今じゃなくても良いんですけど、過去に起こした回想…?が出てくるようですし…、旗殿下に会いたいところです)


相も変わらずジークライドはアメリアの中ではただの旗である。

フラグ建築が上手く進んでいない攻略対象達を修正するのではなく、現在フラグが立っており、折れていない。一番の死亡フラグであるジークライドを今回の標的として目をつけていた。

修正は後々行うにしても、今は安全地帯を更に安全にしようという策である。

自分の為に人を傷つける事はなるべくしたくはないが、目標の為に、また彼らの為にアメリアは鋼鉄の精神と魂で止まる事はしない。


(殿下の為でもあるんです…)


自分の死はこの世界の攻略対象達のハッピーエンディングに繋がるとその信念は変わっていない。





しばらく歩いていると、中庭に下りる事の出来る階段が隣接した廊下へと差し掛かった。

アメリアは足を止め、階段上から中庭を眺める。中庭は吹き抜けになっており、透明度の高い窓から差し込む光がアメリアを、中庭を照らす。

揺れ動く光りの加減で色の変わる彼女の瞳はラピスラズリ。


「ここで…殿下から初めて花をもらったのですよね…」


思い返すは最初の時。

ジークライドに何か形のあるものをせがんでいた子供時代だ。

最初のアメリアは本当に心からジークライドを慕っており、しかし彼女のその時の容姿や性格のせいで、ジークライドは鬱陶しいという表情を隠しもしていなかった。彼女は恋に盲目になっており、彼の表情を受けても照れ隠しとしてしか捉えていなかった。そんなアメリアがプレゼントが欲しいと何度も何度もせがむ為に、仕方なしにジークライドは中庭にあった花を一輪摘み、彼女に渡したのだ。

花束やプレゼントが届く事はあっても、ジークライド本人の手から渡された一輪の花は、他の何よりもその時のアメリアには宝物になっていた。

どれだけちっぽけな、ジークライドからしたらその場にあったただの花一輪だとしてもだ。

それを99回の周回を得ても尚、アメリアは良く覚えている。


「殿下は…覚えていませんでしたけどね…」


ユリに恋をしたジークライドは、その時の出来事を思い出として残していなかった。本人に覚えてないのかと問えば、何だそれはと。くだらないと。

アメリアはその時の心の痛みを忘れてはいない。

ジークライドとそのようなイベントはそれ以降起こしていない。周回途中から一切中庭にはアメリアは近付かなくなったのも理由に上げられる。愛していなくとも、覚えていてくれさえいれば、それだけでその時のアメリアは良かったというのに。

負の感情を一心に受ける彼女に対する裏切りはジークライドへの恋心を、人を愛するという感情を、それ以来心の奥で眠りにつかせてしまったのだ。

心の奥に仕舞い込んだ感情が小さく痛む。

アメリアはそっと胸に手を当てて中庭を見つめる。


「殿下が覚えていなくても…わたくしは忘れません…ただもうあの時のように感情に溺れません。誰に対しても…」

「私が何を覚えていないんだ?アメリア嬢?」


(へぁっっっ!?!?!)


イベントを起こそうとは思っていた鋼鉄の精神と魂のアメリアではあったが、懐かしい思い出を振り返っていた所に、突如現れたその相手。ジークライドから声がかかるなど微塵も思っていなかった。

ここでイベントを起こす予定はなかったのだ。

この広いラナンキュラス城内で出会う事などないと思っていたと言うのに、運が良いのか悪いのか、彼女からしたら悪いのだが、この場所で出会ってしまった。

アメリアは驚きのあまりその場でたたらを踏み、重心がずれ、中庭に下りる階段へ体が傾いてしまう。


(おちっ!?)


全ての魔法を構築出来るアメリアだが、動揺している脳では無詠唱を得意としていたとしても、直ぐに構築する事が出来なかった。

咄嗟に身を翻し受け身を取ろうとするが、誰かの手によって手首を引かれ、体は元いた位置へと、謎のクッションのような物にぶつかり、戻された。

一瞬アメリアの脳裏にはライラが浮かんだが、彼女はここにはいない。むしろ彼女のクッション基、胸はもっと柔らかいとアメリアは確信している。

ゆっくりと手首を掴んでいる持ち主を辿れば…―――


(だから!近いっ!!!いや、仕方ないにしても近い!!!眩しい!感覚的に眩しい!!後光が射してる!!)


実はアメリアはジークライドの腕の中にいた。

感覚的に眩しいのもその筈。彼は透き通った窓ガラスから差し込む光を背後に、その美しく整えられたオレンジがかった金色の髪を輝かせているのだから。

アメリアの眉が一気に皺を作る。


「これは…殿下。ありがとうございます。離れて下さい」

「あ、あぁ…。いきなり話しかけてしまって申し訳なかった…」

「えぇ本当に」


(本当にね!!!!)


先程まで思い返していた懐かしい記憶を奥底に、アメリアは恥じらう様子もなく、相手を拒否するように言葉で突き放す。現在の彼女の容姿は普段と変わらない。着替えた時に紅を塗ったくらいで、子供にして魅惑度が増しただけと表現しておこう。

対ジークライド用の化粧はしていないのだ。

自分を助けてくれた存在は過去のように鬱陶しいと、目で語ってくれる方の愛しいジークライドではない。

その為、アメリアは問答無用でジークライドを過去の分含めて辛辣に扱っている。彼女の過去の周回で受けた鬱憤はかなり根深い。


(殿下と私の関係でなければ不敬どころの騒ぎではないですね~。まぁ、殿下に対して何かしても殿下の中で私の評価が下がるだけですし…私が退場する事はまずないでしょう!あってもそれはそれで…ふふふ。重要な登場人物ってこういう時に本当に便利ですねぇ)


鋼鉄の精神と魂のアメリアがジークライドを目の前に思う事は自分の死に対して、フラグに関してだけだ。それ以外は周回の鬱憤晴らしだけである。

今回のジークライドはかなりアメリアに対して歩み寄ろうとしているのだが、アメリアからすればそれは無意味な事だと思っている。

自分は神々との約束の為に生きて、死ぬのだから。ジークライドは攻略対象なのだから。絶対に自分へ恋心など抱かないと、ゼロに近い確率で万が一そのような事があっても、結局は自分を断罪するという確信を持っているのだ。


ふと未だ自分の手首を掴んでいるジークライドの手を見つめた。


「いつまで掴んでいるおつもりですか、殿下。離して下さいません?」

「……」


婚約者に対してなんという言葉使いなど小言があるものだと思っていたが、思いのほかジークライドは沈黙したまま。そして後頭部がじりじりと視線で焼けている感じがアメリアにはした。


(殿下身長伸びるの早くありません!?攻略対象だからですか!?補正です!?ズルイ、ズルイですっ!)


相手の成長が羨ましいアメリアの脳内に久方ぶりに警笛が頭の中で鳴り始める。

ジークライドの表情を伺うのを先送りにし、掴まれている腕をぶんぶんと一度上下に振ってみるも手は離れない。


(……うん?)


アメリアは何度も上下に振るがそれでも彼の手はがっちりと手首を掴んで離さない。

ガンガンと警笛が響く。

状況としてはそれほど焦るほどではないが、脳内で鳴り響く警笛を無視はできない。出来うる限りアメリアはジークライドと仲睦ましいと思われたくない。仲が良いなど思われてその噂が流れでもしたら、彼の評価まで自分に巻き込まれて下がってしまう可能性がある。

何よりも仲なんて良くないとアメリアははっきりと口にしたい程である。


振っていた腕を止め、じっと掴んでいる手を見つめ考える。

そんな時、渋く低いどの周回でも聞いた事のない、耳に馴染みのない声がアメリアの鼓膜を震わせた。


「殿下…差し出がましい事を申しますが…。その…困っているようですが…?」

「うん…?え、あっ…いや…その…アメリア嬢…」


(どなたです…?)


何かを言いたげにしているジークライドの顔を一切見ずに、彼の体の横から顔を覗かせて声の持ち主を見る。一見するとかなり一方通行な視線の行き交いである。


渋く低い声の持ち主は騎士服を身に纏っているが、威厳、威圧、貫禄をその身に、表情に、姿勢に持っていた。全てを総合しても目の前に現れた、いや、今まで気付かなかっただけでこの場に存在していたかもしれない相手は、団長クラスだとアメリアは瞬時に分析し判断した。

尚も見つめ探っていたアメリアの口元がゆっくりと持ち上がり、綺麗に弧を描く。


(……みーつけた…)


声をかけてきた団長クラスの騎士服には第五師団の紋章。アメリアが調査しようと求めていた相手の一人だった。知識を大事にしている彼女は脳内の辞書から相手の名前を導き出し、目の前の男は団長クラス、否。第五師団長、ルドベキアだと特定した。

調査をする為にはこの手を離さない旗であり障害を取り除かねばならないと、鋼鉄の精神と魂のアメリアは左手に持っていた日傘の柄でジークライドの手首にある小指側の出っ張った骨、尺骨茎状突起を小突いた。


(痺れるだけです!じーんと!さっさと離す!!)


案の定ジークライドは手首を押さえ、アメリアを解放した。手首に一時的な痺れが襲う。


「いぃっ!?」

「あら、失礼致しました。あのぅ?貴方様はなんてお名前でしょうか?」

「殿下!?え、わ、私の名前ですか?!」


その隙をアメリアが逃す訳もなく、彼から横にすり抜ける様にして第五師団長の前へと猫撫で声を出しながら移動した。

師団長も師団長で目の前に居る令嬢がジークライドの婚約者である事は承知している。が、その婚約者らしからぬ行動を目にし、困惑を極めている。二人の戯れなら一師団長である自分が口出すべきではないと考えてもいる。先程までアメリアが困っていたようだからと声には出したが、守るべき殿下の婚約者は、殿下をすり抜けて自分に名前を聞きにきている状況。

流石の師団長もこれには困惑するしかないのである。


じんと痺れを感じているジークライドは手首を押さえ、いくら自分から歩み寄っても突き離し、冷たくあしらう少女の手を何故離さなかったのか考え始めていた。


中庭を見つめている姿を発見した時に、靡く青銀の長い髪から覗く儚げな少女は、紛れもなく自分が一目惚れしたと勘違いを起こした過去の、初めて会ったアメリアを呼び起こすには容易かった。

子供にしては凛とし、舌ったらずなのにちゃんと挨拶までこなし、その場の雰囲気を全て呑みこんだアメリアを。

そしてアメリアは現在一人。普段連れている侍女を探しても近くにはいない。

その事がジークライドは気にかかり、放っておくことが出来なかったのだ。

声をかけて彼女が驚いて階段から落ちかけるとは思っていなかった。

急いで手首を掴み救う事が出来たが、一歩間違えば命が危うかったかもしれないとジークライドは肝を冷やした。落ち着きを取り戻し助けたアメリアを見れば、その破壊力は絶大だった。人を魅入らせる人間はこの様な容姿をしているのかと、ジークライドは本気で思ったものだ。

――一度は思いすごしかと思ったんだけどな…。もう一度歩み寄って見るべきか…。

アメリアとの会話の最中、ジークライドの中で何かが変化しようとしていた。


痛んでいた手首を捻ってみるが、一時的に痺れていただけで怪我も何もしていない事が分かる。力加減、落ちかけていた時に受け身を取ろうとしていた姿、明らかに自分の知っているアメリアではなかった。見舞いも行けず、品だけを送っていた事に少しばかり後悔している。

ゆっくりと顔を上げ、横をすり抜け連れていた第五師団長に歩み寄っている彼女を後ろから見つめる。

その刹那、彼女の悪評の数々が脳裏に過り埋め尽くそうと蠢く。

見つめる先の彼女は先程までここに立っていた少女のような儚さはない。あるのはいつも自分が見ている悪評を我がものにしている、傲慢で我がまま。自己中心的なアメリアである。

ジークライドは一度頭を振り、黙ってアメリアの動向を見つめる。


アメリアは突き刺さるような、纏わりつく様な視線を背後に感じているが気にしていない。むしろ今彼女はジークライドにフラグを立てて、尚、目の前に居る師団長から話を聞く為の策を練っている真っ最中である。


(殿下は殿下のままで。旗のままでいてもらいたいんですから…余計な頭を使わないでくださいな!さて、久々にやりますかー。これで反応がいつもと変わらないなら、殿下はやっぱりただの旗)


かちりと脳で策が纏まった。

過去の周回、何度も使ってきた行動、尻軽令嬢というレッテルを張り、ジークライドの中にある自分の評価を下げるには簡単な行動である。


アメリアは口をすぼめ、息を細く吸うと、するりと滑る様に第五師団長の腕に纏わりついた。


「なっ!?」

「ちょ!?」


これには男二人、驚愕である。

鋼鉄の精神と魂のアメリアはにんまりと笑い、第五師団長を見つめ、見上げる。婚約者の前で決してあり得ないアメリアの行動は二人の男に様々な考えを巡らせた。


(旗殿下のばーか)


ジークライドの表情が変わった事を確認し、アメリアはやっぱり何もこの人は変わっていないと見定め、可愛く心の中で悪態を吐いたのだった。


(殿下は旗殿下。これも嫌な思い出として将来ユリに話して愛を深めていけばいいんですー)



表情をそのままにアメリアは第五師団長ルドベキアにすり寄り、小さく彼にだけ聞こえる声で話す。


「ブルームーン国。過去。異端の双子。第五師団。これらを貴方は知っていますね?」

「っ!!……殿下には…」

「安心しなさい…言いませんし伝えていません。何よりも言う必要がない。これはわたくし個人で動いている事です。貴方に話があるので、あの殿下を撃退する為わたくしに合わせなさい」


アメリアはジークライドに対する裏切りではない事を伝え、物理的な事はしない。ただ二人で話したい旨を伝える。

己の信念を貫くのであれば断るべきなのだ。この国の王子を守る為を考えるのであれば…。


だが今のルドベキアには従う他、選択肢は残されていなかったのだ。


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