第5話
兄襲来 対ダレン戦
扉の先から聞こえた声は思ってもみなかった人物だった。
「おにーさま?なんのようです」
「部屋に入ってもいいかな?」
なるべく動揺を悟られないように冷たい声を出して答えたはずなのに、今回の兄は引き下がろうとしない。
ましてや、この部屋に入ってこようとまでしているじゃないか。
アメリアはこの約4年の中で最も焦っていた。
(何がどうしてこうなった!?今までこんな事言ってきた事ないでしょう!?お兄様!?)
アメリア死亡経験則に基づいてもこんな事は初めてである。
アメリアはなるべく素早く返事を返す。
「いやです」
きっぱりと、はっきりと返事をした。
――これで諦めてくれ…
「…いいかな?」
…ないようだ。
アメリアの籠城(部屋)戦の幕が下ろされた。
アメリアは考えた。
(きっと!声が小さくて聞こえなかったのです!)
鋼鉄精神恐るべしの斜め上の現実逃避を起こし、先程より少し大きめの声で拒否する。
「いやですっ」
「…鍵をあけてくれるかな?」
拒否したのに関わらず、ダレンはガチャガチャと鍵のかかっているドアノブを回し始めた。
籠城している―させられている―アメリアからしたら、得体のしれない―経験則から外れた―兄が鍵のかかっているドアノブをガチャガチャと回しているその事の恐怖がやばい。
よく考えても見てほしい。
今まで仲良くなかったはずの友達でも家族でもが、突然部屋に入っていいか?と尋ねてきて、拒否したら鍵がかかっている扉を開けようとドアノブを回して入ってこようとしているのだ。
恐怖以外の何物でもないだろう。
(ヒィィィッ!お兄様どうしたんですー!?)
恐怖で身が縮むというのはこういう事なのかとアメリアは思った。
そして、恐怖で震えていた自分の体が一瞬で通常に戻る。
はたとアメリアは思ったのだ。
(これはチャンスでは?もしかして今までにない最短死亡ルート?ボーナスタイム?お兄様を今部屋に入れたら私殺されるかしら!)
何ともまぁ、鋼鉄の魂。鋼鉄精神。
歓喜するところが人と全く違うアメリアはいまだガチャガチャと回されている扉の方へと足を向ける。
「おにーさま、こわれてしまいます。あけますからいちどやめてください」
「ん。わかったよ」
返事と共に回されていたドアノブの音が大人しくなる。
アメリアはそっと鍵を外し、ゆっくりと扉を開く。
「おにーさま…とマイク…?」
そこに立っていたのは先程別れたはずのマイクと、鍵を破壊しようとしていたであろう兄ダレンだった。
その二人を見た途端、的が外れたとアメリアの時が一瞬止まった。
すぐに意識は戻ったが、ダレンが行動を起こすのには十分の時であった。
ダレンは一瞬時が止まったアメリアを横目に部屋へとするりと侵入したのだ。
あまりの素早さにマイクは戸惑いを隠せなかったが、自分も続こうとした時、アメリアが既に復活を遂げていた。
「じょせいのへやにかってにはいるのはいささかぶすいではありませんか?おにーさま」
「確かにアメリアは小さいレディだけれど、兄妹にその括りは必要あるかな?」
良い笑顔で牽制を流され、挙句の果てにアメリア超理論と変わらない斜め上の返答をダレンは放つ。
(あるだろう?!何を言ってるんです!?お兄様!?)
アメリアの内心は轟々と雨嵐が吹き荒れている。
あわよくばここで殺してもらえるだろうかという、淡い期待を見事に打ち壊された挙句ダレンはこの部屋に入ってきているのだ。
何のために鍵を開けたのかアメリアは内心がっかりである。
それにしても…とアメリアは先に侵入している兄を見上げる。
ダレン・フレッド・スターチス。
プラチナに近い銀色の短い髪、切れ長の父親譲りの海のような静寂の青い瞳。アメリアの3つ上の年齢にも関わらず既に父の後を継ぐべく勉強を始め、ある程度既に終了している天才児。父親ロイドの子供はやはり似るのかと言われるほど、とても似ている性格をしている。
その短髪も将来的にはある程度まで伸ばし、後ろで一つで結んでいた。
将来色々な分野でその天才的頭脳が光り輝く事をアメリアは知っている。
容姿、頭脳全てにおいて彼は持っているのだ。
この国の王子と同い年であり、王子と仲が良く、王子を支える一柱に彼は成長していく。
(神様が作った攻略対象という人たちは本当に顔が整ってらっしゃいますねー)
と関心する。
目の前のまだあどけなさが残る少年はいずれ自分を捨てる一人なのだと認識している。
そして廊下にいる自分の弟、マイクへと視線を移す。
マイク・スターチス。
彼もまた将来有望であろう見た目をしているが、これまでのダリアの行動で体の発育が遅れているのか理想の子供の肉付きには程遠い細さを持っている現在。髪色は義母のダリアの紫色と父のロイドの群青色を合わせたような少し癖っ毛な青紫。大きめの瞳はこちらも父親譲りではあるがロイドよりも色素が薄く、綺麗な空を連想するようなスカイブルーの瞳。
将来彼は幼いころに受けた虐待の数々で、心を閉ざしていた心をこれから生まれてくる妹と、現在不法侵入している兄にのみ開き、そして執着していく。
公爵家にやってきた事で肉体はそれまでを補うようにどんどん成長し、表面はとても友好的な社交の出来る美丈夫へと変貌を遂げる。
さしあたって、この二人にはこの部屋から即刻退場して頂きたいアメリアである。
自分を殺してくれるわけでもない現状。
彼女的には死亡フラグを建てられないなら放置したいのだ。
「それでなにかごようですか?わたくしはこれからべんきょうするのです」
「ん?あぁそうだったね。アメリア先程マイクから義母上の部屋に行っていたと聞いたけれど…」
――ちっ!余計な事を!
アメリアは内心舌打ちする。
――公爵令嬢あるまじき反応ではあるが、99回も周回していればこうなると思っていただきたい!人前ではわたくしと使うが基本心の中は私なのです!
内心困惑を極めたアメリアの一人突っ込み解説である。
神々の個性のせいで言葉使いも多少なり可笑しい部分があるアメリアだったりする。
「おかーさまにおはなしがあっただけのこと、おにーさまたちにはかんけいございません」
きっぱりと突き放すように話すアメリアに、ダレンは眉間に皺を寄せ違和感を探す。
そしてゆっくりと笑顔を作る。
その瞬間、部屋の温度が下がった気がするのはダレン以外の二人は感じた。
「そう?それよりも僕たちは兄妹だろ?そんな他人行儀に話さなくても良いんじゃないか?」
「いえ、しゅくじょとしてあたりまえのことですので…」
アメリアの内心は荒れに荒れていた。
(他人でいいんですよー?!お兄様!私なんかに構ってないで!さっさと部屋から出て行ってくださいな!!!)
これを口に出せたらどれだけ楽なんだろうとアメリアは頭の片隅で思う。
表面は明らかに二人に嫌悪向けてますよー、腹を立ててますよーというような表情を浮かべているが、内心は可愛いくらいに焦っているのである。
周回経験則がなせる技さまさまである。
そんな二人に気づかれないようにマイクはそっと部屋に入ってきては、扉をそっと閉じるという隠密スキルが少しだけあがっていた。
部屋の中は表面に嫌悪と怒りを纏わせたアメリア、対するは美しい笑顔のブリザードダレンの表情対決が行われていた。
視線で対決しているかのその空間にマイクは体を抱きしめて小さく震える。
――この二人は一体どの次元で会話をしているのだろう…。
二人は口でしか会話をしていないのだが、マイクには次元が違うようにとれるのだった。
まるで視線だけで会話しているかのように思えた。