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悪役令嬢は100回目のバッドエンディングを望む  作者: 本橋異優
―ゲーム本編前・事前準備―
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第55話

ゆっくりと息を吸い、吐き出す。心を落ち着かせるように何度もアメリアは繰り返す。

仮定は仮定だ。

自分が辿り着いた仮定は、仮定でしかないただの可能性だ。決して起こると確定されたものではない。


(落ち着け、落ち着くのです私!可能性でしかないのならば、その可能性を打ち砕くだけのフラグを建築すればいい!いままでだってそうしてきたでしょう!乱されるな!)


アメリアはゆっくりと息を吐き出しながら、自然に閉じていた瞳を開いた。

ライラの背中から手を離し自分の魔力に耐えて抱きしめてくれていた彼女の顔色を伺う。


「大丈夫ですか?」

「ごめんなさいライラ…。私の…魔力に当たってしまいましたね…」

「いえ。私は大丈夫ですよ。お嬢様が落ち着いたのでしたら何も問題はございません」


強い魔力に当てられてライラの顔色はかなり悪いが、本人はアメリアが落ち着きを取り戻した事に安堵している。

優しく微笑むライラの表情は母親のようだと感じた。


アメリアは堪えていた涙が溢れそうになるのを、下を向いて必死に耐える。ライラに自分はこんなに微笑んでもらえるほど出来た人間ではないと。感情に任せて魔力を溢れさせてしまった。その結果がライラに魔力を当ててしまうと言う最悪な結果だ。


(何をしているのですか…私は…!もう同じ事はしません!しっかりしなさい悪役令嬢アメリア!!)


後悔して反省したら、次は同じ失敗をしないように成長するだけだとアメリアは自分に喝を入れた。

この周回で簡単に揺れ動くようになった鋼鉄の精神と魂に苛立ちはあるものの、人間らしくなったななどとも思っている。

周回が終わればアメリアは転生出来る。それはこの世界で別の人間かもしれない。別の世界で全く違う自分かもしれない。

それを考えるだけで楽しい気持ちになってくるのだ。


「ライラ!わたくし負けませんっ!」

「はい!?私のお嬢様は世界一ですが…?」


顔色がいくら悪くてもライラは通常運転である。

その事に一先ず安心したアメリアはポンポンと自分の横のシートの上を叩く。


「ライラの中ではね!とりあえずライラは横になって休んでいて下さい!ちょっとお婆様がやろうとしているかもしれない事が分かった気がして悲しくなって、魔力を溢れさせちゃいました…ごめんなさい…」

「ふふ。気になさらなくても良いですよ?普段は絶対に謝らないお嬢様が、ちゃんと謝罪してくださっているではありませんか。私はそれが聞けただけで十分です」


普段の高圧的アメリアは決して他者に謝罪しない。

したとしても煽りに煽ってから行う。その態度一つ一つはとても小さなものだったとしても、積りに積もれば悪評へと姿を変える。

そんなアメリアが素直に謝っている。ライラはそれだけで自分の幸福値を上げている。

――滅多に見れない弱っている可愛らしいお嬢様の姿を見れている!

といった通常ライラ暴走一歩手前に幸福感を得ているのだ。

アメリアが甘えるのはライラだけである事は本人たちも分かっているのだが、ライラは最近の彼女の行動を思い返すと、それは自分だけではないのかもしれないという思想に陥りやすくなっていた。貴重なアメリアの状態を見て、その思想を打ち破り幸福に心が満ちているのである。

単純といえば単純なのかもしれない。

体調がいくら優れなくとも、顔色が悪くとも、それだけでいいと思える程にライラの表情は晴れやかに高揚していた。


アメリアはうっと、引いてはいけないと分かっていても少し引いた。

一体彼女をどこで喜ばせたのか分からないが、未だ自分を抱き締めている近距離の侍女はとても喜んでいる事だけはわかる。


「ら、ライラ…怖いです…!」

「あぁお嬢様申し訳ありません…っ!痛かったですか?」

「そうではないのだけど…そうでいいですっ!」


何とかライラの腕から離れることに成功したアメリアは、ほっと一息。

自分の中で薄ら警笛が鳴っているだけなので、ライラに緊張する事はないだろうと考えた結果だ。

鋼鉄の精神と魂の慣れとは恐ろしいものだ。

距離をとった直ぐ後、ライラはふらりとその場に横に倒れた。


「大丈夫です?!」

「お嬢様を真上に見れるのはやはり幸せですっ!今死んでも悔いはないです!」

「落ち着いて!縁起でもないこと言わない!もー…」


倒れても高揚しているライラにアメリアは呆れたような、どこか安心したように苦笑いを浮かべた。

100回目の周回で自分に向ける感情があからさまではあるが、いつもの彼女である事に表情を作らなくていいアメリアはどこか安心している。

横たわるライラの頭を撫でながら、彼女が準備してくれていた本を集めた。


「ほわぁ~…私のお嬢様がぁ…撫でて!撫でてぇ!!」


どうやらライラは暴走寸前の様だ。

アメリアは持っていた教材でライラのおでこを小突いて大人しくさせた。


「ぐぅ」

「暴走したら二度と連れてきません」

「落ち着きました。失礼致しました!」


ライラの手綱をしっかりと持っている鋼鉄の精神と魂のアメリアである。

口では落ち着いたと言っている侍女を横目に、資料に目を通す。


(これといって追加できる知識はないですか…どれも似たり寄ったり…老師様の事も特には載っていないと。あと隣国の事で調べるとしたら特別貴族の爵位くらいですかね…?そこで老師様の爵位わかればいいのですけど…)


持ちこんだ資料とにらめっこしていること数分。

ライラはじっと横たわりながらアメリアを見つめていた。真剣に自分が命じられるままに開いて準備しておいた資料を読み進めている姿は、アスターの幼い姿に錯覚するほどに似ている。

――お嬢様はやはりロイド様に近づけてはいけない。アスターの時の様に捕らえられかねない!

捕らえるという部分ではアスターの心を射止めたのはロイドであり、捕まったと言う表現はあっているのだろうが、ライラはそういう感情では使っていない。自分からアスターを奪ったという意味で使用している。

ライラはアメリアをロイドから再度守る事を心に決めた瞬間だった。


そういえばとライラはじっとアメリアの瞳を見つめる。


「お嬢様、先程のお言葉なのですが、何故悲しくなられていたのですか?」

「え?あぁ…それはお婆様が一年後わたくしやお兄様にわざと負けて、命令違反を起こして老師様に処罰されるつもりなんじゃないかという、仮定に辿り着いたのです。この仮定はわたくしが辿り着いた仮定ですから、そうじゃないかもしれませんけどね…」


淡々と資料に目を通しながら答えるアメリアに、どうしたらそのような仮定に7歳でしかないこの少女は辿り着くというのだと、ライラは言葉を失った。

よくよく考えてみればアグリアの行動は不可解な物が多かったように感じた。

何故連れ戻すと言っている相手を鍛えるのか、いくらダレンに言われたとしても本格的に鍛える必要はない。わざわざ自分の事を曝け出すような行為は、敵に弱点を見せる様なもの。

無敗を誇る女大公ならざる行為であった。

そしてそれに加え、自分や弟をも鍛えるという行動は、アメリアの仮定を確信へと近づけている様にも思えた。

――わざと負ける様な事があれば、じじいは動かざるを得なくなる…。そんな事でお嬢様方を連れ戻さなくて良いなどと…そんな事精霊王が許すわけがない!!

力の入りにくい体は魔力に当てられてしまっているから仕方がないが、ライラは一刻も早く事態を弟に知らせたかった。

この空間から自力で出る事は出来ない。

時間の流れが変わっている事を思い出せば幾分か気分も落ち着いてくる。

――ここで焦っても仕方がない。今は休んでここから出た後、アークと話し情報を整理し最適な行動を起こせるようにしなくては。

ライラは資料を読み進めているアメリアに一言入れる。


「お嬢様。申し訳御座いませんが、しばらく眠らせて頂いても宜しいでしょうか…」

「大丈夫?無理させてごめんね?おやすみ」

「大丈夫ですよ。おやすみなさいませ」


すぅっとライラから力が抜ける。

おやすみを言ってから数分もかからずライラは眠りに落ちたようだ。

アメリアは驚いてライラの目の前で手を何度から振るが、規則だたしい寝息だけが聞こえるだけ。本当に彼女は眠っている事が分かった。


(ライラ凄いですね!その瞬時睡眠はどうやったら出来るのですか?!私も直ぐに眠れるようになってみたいです!こう、首をずどんとされた時とかに出来たら痛みとかないじゃないですか!)


まるで魔法のように眠ってしまったライラに、この空間ではそのまま手を鳴らしても良かったが、眠りについた彼女が起きてしまうかもしれないと考え、内心盛大に拍手している。

鋼鉄の精神と魂のアメリアからすると使用用途がまるで違うのだが、安定の彼女だと言える。多少なりこれまでの過去とは違う異常事態に何度も心と魂、そして精神が揺さぶられていた彼女だが、まだ持ち直すまでに時間はそこまで必要ではない。


(生きているお母様に触れあってから本当に弱くなりましたね…。人の事を考えて行動するのがこんなにも大変だなんて…。本の中に出てくる陰に隠れながら世界を救うヒーローも楽ではないんですね…)


アメリアは少し悲しげな表情を浮かべ、眠るライラを見つめる。

初めからこの最後の周回は過去とは違うスタートを切った。神々の本気を何度も味わい、今まで問題無く攻略対象との最初の接触、フラグ建築を行えていたと言うのに、今回はそれが半分も出来てはいない。自分の事だけを考えて行動するのはとても簡単だ。

罰を受ける前の自分勝手な“アメリア”に戻れば良い。

だがアメリアは、その道を選ぶ事は決してない。

罰を受け、理解し、償いたいと思い、何度も繰り返し世界を知り、この世界を愛した。

約束を守り、そして、関わってきた人々には出来るだけ幸せになってもらいたい。その想いが彼女を動かし続けている。


そっと眠るライラの漆黒の髪を撫でる。

願う事は簡単だ。それを叶えるられるかは、その場に生きる人間の行動次第。弱くなったと思っているアメリアだが、彼女が弱くなったのでは決してない。周りが、神々の介入によって力をつけてしまっただけの事だ。

何度も揺さぶられる程に、元々アメリアは愛情に飢えていたのかもしれない。負の根源として生み出され、必ず死を迎える悪役令嬢。愛されたとしても最後には必ず見放される。

だからこそ母の存在は彼女にとって大きかった。


見上げれば穏やかに流れる雲。アメリアは大きく息を吸い、吐き出す。


(お母様…私は神さま方との最初に交わした約束を守りたい。悔いの残らない様に…。弱音を吐くのは少し嫌ですけど、意地と根性とわがままでここまでやってきましたが……今だけ。今だけは少しだけ…この場所で私を癒して下さい)


この空間はとても穏やかだ。そして世界の時の流れとは切り離されているような空間。

アスターが創り上げた秘密基地。アメリアはその場所で母を感じ、少し疲れた心を癒している。彼女が本当に心から頼っている存在は、これまでもこの周回ではアスターだった。

怪我をして証拠隠滅しようとした時だって、現在のように勉強するときだって、いつだってこの秘密基地を選び、やって来れる時は足を運んでいた。

第二の母としてライラにも甘えるが、そうだとしてもアメリアの頭の片隅でいつも“設定”がちらつき、心から甘える事を拒否してしまっていた。それは意識の奥で、本人は素直に甘えていると思っていても、どこか見えない薄い膜の様な壁があった。そんな心から甘える事が出来ないアメリアが、最後の周回で本当に甘える事の出来る相手が出来た。それがライラではなく、母アスターなのだった。


アメリア達を包む太陽は二人を優しく照らす。


何度も息を吸い、ゆっくりと吐き出す。

そうしてしばらくして、アメリアは魔法老師が作った教材と、ライラが準備してくれていた資料を持ち、木の下へと歩いて行く。

教材を机の上に置き、音を立てない様に椅子を引いて持ちこんでいた紙と羽ペン、インクを準備して座る。


(さて、休憩はここまで!老師様、アメリアは今からブルームーン国のお勉強をさせて頂きます!A~Eの特別貴族さん達の名前、しっかりと覚えて帰ります!)


座ってから閉じていた瞼を勢いよく、力強く開きアメリアは教材を開く。その隣にライラに頼んで準備させておいた資料を開いて置く。

そして特別貴族の項目を見つけ、A~Eの貴族の名前を用意していた紙に写していく。

読み解きながら、その貴族が何に特化しているのか、そして現在の国での爵位。それらを書きながら頭に叩きこんでいくのだ。


=========================

特別貴族爵位まとめ!


ド・グロリア 現在の私

A  ―――― 永久的不在

  ※精霊王直々に断言されているらしい

B  アグリア・B・アーティチョーク:人間

  爵位:大公

  特化:力(今は腕輪をつけているので力持ち程度?)

C  リオ・C・トレニア:人間

  爵位:男爵(以上になりたくない変わった人)

  特化:発明(魔道具を作った人。現役おばあちゃん)

D  ブラック・D・ヘムロック:聖霊(現在人間風)

  爵位:公爵

  特化:呪い(使ってみたい)

E  ラヴィア・E・フリージア:聖霊

  爵位:侯爵

  特化:隠密(ライラとアークのお父様)

=========================


書き終わると、アメリアはふぅと肩の力を抜いた。

教材をベースに別の本を見比べ、自分で答えを見つけ纏めるのには少しばかり時間がかかったが、綺麗にまとまったとアメリアは満足げである。


(Aの永久不在というのが気になりますねぇ…。まぁ精霊王様が断言していると教材にも書かれていましたし、何か事件でもあったのでしょう!にしても老師様の爵位高いじゃないですか!!もーーーーーー!!!)


やっとのことで見つけ出した魔法老師の爵位は、父ロイドと同じ公爵だった。この項目を見つけた時のアメリアは自分の目を疑い、三回見直し文字が変わらない事を確認し、更に本当に読んでいるのは老師の名前のところなのかまで確認する程に、信じられなかった。

隣国の公爵ともあろう方がなど、ぼやきながらもアメリアは纏めいた。


(国王様も無下に出来なかったでしょうし、今は姿を変えて生活楽しんでいるみたいですし…良いんですかねぇ?お婆様も精霊さん達に手伝ってもらって書類運んでいるみたいですから…出来るんでしょう…きっと。うん。ブルームーン国ってスゴイナー)


アメリアは深く隣国の事を考えるのを諦めた。これ以上彼らの地位などを考えていた所で、何も解決しないと頭を切り替えた。

机に手を置いて突っ伏し、書き終わった紙をつまみあげ、顔の前にぺらりと持ちあげる


(この人達が全員出てくると言う事はきっとないというのは、教材から読みとることが出来ましたが…ライラ達のお父様の名前は、こういうお名前だったのですねー)


教材にはアメリアが読み解ける程の内容で、現在ラナンキュラス国にやってきている特別貴族以外は国から出る事はないと書かれていた。特別貴族のCとEがそれに該当する。その内の一人に、ライラとアークの父親の名があった。

アメリアは初めて二人の父の名前を知ったのだ。


(本編に出て来ないので今の今まで知りませんでしたし、出会う事はないですが…、あの二人を守ってきた一人なのです。ライラのお父様、フリージア様、初めまして。私、アメリア・ド・グロリア・スターチスと申します!いつもライラにお世話になっております!この周回ではライラは生存させようと思っていますので、どうかご安心くださいね!)


自分で書いた文字に向けて何故か心の中で挨拶するアメリア。今までの周回でライラは自分より前に亡くなっていた。この最後の周回では生かすと決めたアメリアは、その件も報告している。本人には一切届かないところでの報告だが、気持ちの問題である。

持ちあげていた紙を机に下ろし、元気よく起き上がるとアメリアは再度ペンを持つ。


(さーてと。予習勉強はしました!現状を振り返りましょうか!フラグ建築、撒いた布石。それに悔しいですけど敗北した理由と、折れてしまった旗も考えましょう!そうしたら神さま方が、どんなところに介入しているのか見えてくるかもしれません!)


ぐっと手を握り気合を入れると、鋼鉄の精神と魂のアメリアは勢いよくペンを走らせ始めた。彼女はこの集会での自分の死亡フラグ建築進行度をまとめようとしている。

敗北と言っている事が、失敗した建築という意味なのだから、流石のアメリアである。


(さぁ!振り返って逝きましょうかっ!)


字が違う!とどこかの空間の叫び声が若干アメリアの脳内に届いたが、鼻で笑い飛ばして作業を開始した。


ゆっくりと進む物語ですが、秘密基地でのアメリア自主学習が終わったら再び動いていきます。もう少々お待ちくださればと思います。

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