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悪役令嬢は100回目のバッドエンディングを望む  作者: 本橋異優
―ゲーム本編前・事前準備―
52/87

第50話


鈍っている体をライラに手伝ってもらいながらいくらか伸ばした後、アメリアはライラと共に屋敷の書斎へと向かっていた。

出る前に魔法時計を確認したが、朝日が昇り、使用人達がぽつぽつと起き始めるくらいの時間だった。


(ライラとアークが起きていて良かったですね!にっしても体が重い!!)


筋力、体力トレーニングをしていない普通の令嬢の体であれば、目覚めてからこんなに早く動けるはずもない。鋼鉄の精神と魂のアメリアだからこそと言えよう。

彼女以外の令嬢は普通に大人しくベッドに抱かれているはずなのだから。


朝食は後ほどアスターの秘密基地に行く前に、準備させるという事で話がついている。

ついでに持って行けばいいのだが、アグリアに捕まってしまっては困ると言う事と、何よりライラが色々と拗らせ、アメリアが書斎に一人で移動する事を拒んだのだ。

五日間眠っていて、いくら水を飲んで、体が動く程になっていたとしても心配なのである。

ライラ自身、聖霊と人間のハーフであり、アスター以外の一部の人間しか興味がなかった為、公爵令嬢であるアメリアが動ける事に多少の違和感があるものの気にするほどではない。彼女の周りが異常に極端だとも言えよう。


そんなこんなで二人は無事書斎へと辿り着いた。


扉を開ければ慣れ親しんだ公爵家の書斎。

アメリアは後ろについてきていたライラに振り返りにっこりと笑顔を向ける。


「無事辿り着きましたから、食事の準備をお願い出来る?軽めのものだと嬉しいのですけど…」

「はい、お嬢様。畏まりました。あまり歩き回らず、大人しく!お と な し くしていて下さいね!?」

「…はーい」


両肩を掴まれ、真顔で至近距離に迫るライラに、素直に返事をする以外には選択肢はなかった。それほどまでの気迫である。

真っすぐとアメリアの瞳を見つめ、納得したのか肩から手を離し、部屋を足早に出ていった。

一人になったアメリアは五拍その場で置く。


(絶対ライラの事です!扉の前にまだいますね?!)


過去を含めアメリアの経験がそう物語っているのか、一拍一拍ゆっくりと数える。

五拍目を数え終えると、扉の先から足音が離れていくのを感じる。

彼女の思っていた通りライラはアメリアの動向を扉の前で監視していたようだ。

完全に扉の前から人の気配を感じなくなってから、アメリアは行動に移す。


「耳が良いのも流石ですが、考えものですねぇ…さってと!」


節々が未だぎしぎしと凝り固まっている感じはするものの、一つ大きな伸びをしてアメリアはとある書物を探し始める。


「過去にもお世話になりましたが、名簿さんどこですか~?」


彼女が探している物はこの国、ラナンキュラス国の名簿だ。それには一部の貴族の歴史、騎士たちの名前も載っている優れ物。

アメリアは貴族部分しか過去見る事もなかったので、貴族名簿と言っていた本である。

99回の中で貴族と、一部の騎士の名前などはきっちりと頭に叩きこんであるのだが、今回はイレギュラーにイレギュラーが重なっている。

彼女の中にある問題は、全ては他人の事である。

勿論、自分が死ぬためのフラグになりうるのかも含まれているが、それよりもといったところなのだ。


「わたくし以上の悪など許してたまるものですか!フラグに使ってあげますよーだ!」


安定の鋼鉄の精神と魂のアメリアである。

目的の名簿のある棚にやってくると、じっとその周りを見渡す。


「ついでにお婆様と老師様達の情報も集めちゃいましょう!」


ブルームーン国の名簿帳など本来ならば普通の貴族の書斎には置いていないだろう。だがここは国王を従兄弟に持ち、隣国のド・グロリアの名を持つ者を妻に貰った公爵家の書斎である。

両国の名簿帳は少し高い所にあり、アスターが持ち込んだ隣国の書物とは少し離れた所に配置されるように、他の本に紛れているように二冊ささっていた。


「流石はお父様!木を隠すなら森の中!名簿帳を隠すなら本棚ってわけですね!ちゃんとお母様の外堀を調べていたんですねぇ…」


氷の公爵として名を馳せている父ロイドは、その戦術は華麗な物だという。戦場の姿を見た事のないアメリアはその事を良くは知らないのだが、誰しも過去の周回であの氷の公爵様の娘が…や、父親や母親のように素晴らしい人間性は受け継がれなかったか等と耳にした事がある程に、ロイドの評価は高い。

自分を追い込んだ時は恐怖したものの、流石だとしか言いようがなかったのもある。


アメリアはまずブルームーン国の名簿を手に取った。

引っ繰り返してみると割と最近の物の様だ。しかし角などが一部擦れている事から何度か読み込まれている事も分かった。


「はて?わたくしが眠っている間にお兄様でも読んだのでしょうか?まぁ…あのお兄様ですし調べないわけがないですね」


頭の回る兄だからこそといった心境で、アメリアは次に元々手にする予定のラナンキュラス国の名簿を手に取る。


「今回もお世話になりますね」


アメリアは手に取った本に軽く口づけを落とす。知識になる素晴らしい本だと理解しているからこそ、そしてここに誰もいないと思っているからこその行動だ。


その時、カタリと近くで音がした。


「アスター……」

「っ!?お父様!?」

「あ、アメリア!?」


二人は大きく目を見開いて見つめ合って止まる。

こんな朝早くから誰かがこの書斎にいると思っていなかった。それもこの屋敷の主、ロイド・レイク・スターチスが。

またロイドも同じ事を思う。眠っていると報告を受けていた筈の自分の娘が、何故ここにいるのか…そして、今自分は何と言ったのか、目の前にいる人物は夢ではと。


口元を押さえ寝起きの様な瞳を彷徨わせているロイドの顔色は悪く、指の隙間から覗く顎には無精ひげが。彼の奥へと視線を向ければ、アークに禁忌魔法をかけた時に座っていたこの書斎の一角に積まれた大量の書類。

もしかしてとアメリアは思う。


「お父様もしかして、ここでお仕事をなさっていましたか?そして寝起きですね?」

「確かに寝ていたが………違う…」

「違いませんよね?あの書類はお仕事の物ではないのですか?お城には行っていたのですか?」


本を二冊持ちながらずんずんと近付いてくる我が子の目は、明らかに自分を咎めている物だ。ロイドはちらりちらりと視線は合わせるものの、真っすぐと彼女の目を見る事が出来ない。

何よりも今ロイドの中にあるものはアメリアからの言葉ではなく、先程自分の口から出てしまった言葉だ。

確かに気がついたら眠ってしまっており、何か声が聞こえてきた事で目が覚めた。そしてその声のする場所に向かってみれば…アスターがいた。いや、違う。自分の娘アメリアがいた。

何故、恋をしたと自覚した相手を間違えたのか、それはアスターの時では決してあり得なかったものだ。それなのに今自分は恋をしている筈の“アメリア”を“アスター”と間違えた。

彷徨う視線に違和感を覚えながら、足を止めてじっとアメリアは真っすぐとロイドを見る。


しばらく間を置いて、未だ視線を合わせないロイドがもごもごと小さく言葉を発した。


「………城には行っていた」

「なんですか!?今の間は!!そして何ですかそのだらしのない格好は!ちゃんと着替えてくださいっ!」


ロイドの視界に映っているアメリア。

体は細く、肌は白く。本を二冊持ち、自分を真っすぐと怒っている。

その姿はまるで…。


自分の瞳に映る幼き姿は、まるで自分が一目惚れをした時のアスターに見えた。


ドクリと心臓が鼓動を打つ。

確かにアメリアはアスターに似ている。だがそれは似ているだけであって別の個人だ。

それは分かっているとロイドは動揺する心に叱咤している。


また、アメリアがアスターに見えたのだ。


だが一度過った幻想は彼の脳内に焼きつき、思い出させ、動揺を更に引き起こしていた。

ロイドは焦る様にアメリアから離れ、書類達を乱暴に集める。だがその間一度も彼女の顔を見ようとしない。動揺が今ロイドの中で渦巻いている。


「…っ!?そうだな!では着替えてくる事にする!」

「へ!?お、お父様…?」


何が何やら分からないアメリアは、逃げる様に出ていってしまった自分の父の背を見つめていた。

完全に一人残された書斎。


「なんだったのでしょう?わたくしの顔になにか…?」


片手でぺたぺたと頬を触り、ハッとする。


「もしかして目脂!?よだれです?!」


鋼鉄の精神と魂のアメリアは自分の目の周りと、口の周りをごしごしと擦り、ロイドが使っていた書斎の一角にある椅子に腰掛けた。




ロイドが乱暴に出ていった後、バスケットを持ったライラがにこやかにやってきた。


(ひぇっ!?)


無表情の彼女がこれほどまでににこやかに扉を開けるなど、過去を数えても殆どない。アメリアはぶわっと体から冷や汗が溢れる。

幸い彼女の後ろには混沌の扉は出現していない事から、怒ってはいないようだと判断できるだけで、何故にこやかなのか全く見当もつかない。


ロイドが使っていたであろう一角の椅子に腰かけていたアメリアは、にこやかにやってくる侍女に頬が引き攣ってしまっている。


「お嬢様。先程ロイド様にお会いしたのですが、何か御座いましたか?」

「え!?お父様!?えっとわたくしが怒っただけですけど…」


父ロイドの名前が出るとは思いもよらず、声が裏返ってしまったが、どうやら本当に怒ってはいないようだ。むしろ近くで見る彼女の顔はとても嬉しそうである。

何が嬉しいのか甚だ分からないアメリアは首を傾げながら、先程あった事を簡単に説明した。


「そうですか、そうですか!失恋したような表情をしていらっしゃいましたから、つい」


(失恋???)


一体何を言っているのか全く分からないアメリア。

彼が恋をするのはヒロインであるユリであり、自分ではない。よって失恋など起こらない。

ライラの勘違いだろうと深く考えず、椅子からおりてライラを連れ、書斎の本棚から数冊本を取り、二人はアスターの秘密基地へと移動する事にした。


赤い背表紙の本をアメリアが手にした時、本が光輝く。ライラが彼女の背中をじっと見つめる。

本を開こうとした彼女の手を後ろから自分の手を重ね止めると、首を傾げ見上げている主人に無表情ながら真剣に瞳を合わせた。


「ライラ、手を離して貰わないと移動できないのですけど…?」

「お嬢様、私に秘密があるのではないですか?一つと言わずいくつか」

「なっなにを…いきなり?」


後ろから動きを自然に封じ込まれている状態で、アメリアはライラに驚愕した表情を浮かべた。

一体ライラは何を気づき、自分に問いかけているのか必死に考える。

その間視線は外さず、ただただ驚いているといった表情を張り付けた。


(ライラに顔を作らなくてはいけない事態なんて初めてですよ!?何を…私は今まで熱を出していて眠っていた…だ…け?!!!まさか!?魔法が解けて傷見つかったのですか!?でも起きた時に確認しましたけど、ちゃんと構築されていたはず…)


流石は鋼鉄の精神と魂のアメリア。彼女の頭の回転は経験のなせる技である。

ライラの背後に混沌の扉がうっすらと浮かび上がっているのが見える事から、彼女が多少なり怒りを()()に感じている証拠だ。

それを踏まえて今朝からの自分の行動、知る限りのライラの行動を振り返ってみても思い当たる事はアーク以外にはない。

しかし、アークの件で何か問題があったか、今朝もライラの様子を思い出してもアメリアに思い当たる事はない。

それ以外でライラが自分に秘密があるのかと問うてきた状況を踏まえて、アメリアが彼女に隠している秘密は傷の事、そして自分が死のうとしている為に生きている事である。

これについては全員に出来る限り気づかれたくはない。

父親と兄に気づかれ、アークには勘付かれている可能性があるという大分痛手であるが、三者共に対応済みだ。


周回中、自分から唯一離れず、裏切らないライラにだけは、彼女にだけは気づかれるわけにはいかない。


(気づかれてしまうとダリアお義母様をライラが手をかけてしまう可能性がありますからね!あの方を断罪するのは物語上、私“悪役令嬢アメリア”でなければいけないのです。さて…ライラは一体何を怒っているのでしょう?)


アメリアはじっとライラのシルバーグレイの瞳を見つめる。

見つめられているライラは今アメリアの瞳がアイスグリーンにも漆黒にも見えている。アメリアの感情を映しだしていると思っているライラは、主人である彼女が自分を拒絶しているように感じた。

光の加減でただその色に見えているだけで、アメリアの心は拒絶も冷たくも扱っていない。


今までアメリアとライラの歯車はずれる事はなかった。

99回の周回中もライラはアメリアを裏切る事も、不信を抱く事もなかった。

彼女が目覚めてから見逃してしまったライラの中の小さな不信感は、確実に侍女の心の中で根を伸ばしてしまった。


アメリアはライラとアークには秘密で第五師団に対してやらかそうとは思っているが、別段隠しているつもりはない。代わりにフラグとして使ってやるといった心境なだけだ。

真実を知った今だからこそ彼らの子孫が生きていて、第五師団にいるのであれば是非巻き込んでさしあげたいといったものだ。


「ライラ、あなたが一体何を言っているかはわかりませんが、私がしたい事、しなければならない事、今は…今だけは何も聞かず手伝ってくれますか?ちゃんと話せる時に話しますから…」


アメリアはこの言葉を彼女にお願いする事しか出来なかった。上手い言葉が出て来なかったのもそうだが、ずっと自分と共に生きて亡くなってきたライラには離れて欲しくはなかったのだ。

アメリアの瞳は桃色に色を変えた。

その色はライラの目にも映り、不信感を心の中で首を振る事で拭い去り、本を開くのを止めていた手を退けた。

――私は何を考えた!私の主人はお嬢様!今は聞くなと言われているのだ!ただそれに従うだけなのに!

心の中で自分に叱咤し、退けた手で自分の頬を激しく叩いた。

乾いた音が書斎に響く。

下から見上げているアメリアの瞳は最大限に見開かれた。


「ライラ!?何してるんです!?わーーー!!!真っ赤にいいいい!!」


アスターの秘密基地に行く為の本を放り投げ、ライラに体の向きを変えて頬を小さな掌で包みこんだ。

ライラからしたら馬鹿な考えを起こしている自分に喝を入れただけであるが、アメリアは過去の周回を思い返しても目の前でライラが自分の頬を激しく叩いた姿を見た事がない。それよりも、今アメリアの心の中にある思いは一つ。


「綺麗なお顔で女性なのですよ!?傷になったらどうするのです!大丈夫!?ねえ!?魔法構築するので待って下さいね?!」


女性であるライラの心配だけだ。

ライラは慌てて魔法を構築しているアメリアに眉を下げ、申し訳なさに苛まれながら、嬉しさも感じていた。

――優しい私のお嬢様。私の心配をして下さるなんて…。

根を張ってしまった不信感。それはいつかアメリアが自分に打ち明けると断言してくれた。それならば、その時まで待っていようとライラは心を落ち着かせた。

ポゥと頬の痛みがじわじわと構築された治療魔法により徐々に引いていく。

――アークの感知に引っかかりそうですね。私と同じくらいに頼りにされつつある弟が邪魔だと思ったのは初めてね…。アスターの時は思った事もなかったのに…。

頭の中でアークを何度か墓に埋めて、沸き出た自分の嫉妬心を抑え込んだ。


しばらくして赤みが消えたライラの頬を色々な角度、方向から傷がない事を確認しほっと安心するアメリア。

鋼鉄の精神と魂のアメリアの周回含め、初めて自分以外への治療魔法の構築であった。

自分に構築する事は何度もあったが、自分以外の人間に構築する状況など今までなかったのだ。


「大丈夫?痛いところないです?ちゃんと治せたと思うのですけど…」

「大丈夫ですよ、お嬢様。申し訳…」

「謝らないで?謝る事ライラはしていないでしょう?」

「……ありがとうございます。私の愛しいお嬢様」

「いいえ!」


ライラの言葉に、ふわっとアメリアは綺麗に微笑んだ。

その頬笑みにライラも眉を下げつつも、微笑む。


「お嬢様、今はなにも聞きませんが、無詠唱で魔法が構築出来る件については移動してから教えて頂きますので御覚悟を」

「ぐぅっ!?!」


そしていつもの状態に戻った二人はその後、アスターの秘密基地へと移動したのだった。


≫次回予告

次回は幕間としてとある執事長と氷の公爵の会話を更新致します。

その次は神々サイドの会話になる予定です。

しばらく本編お休みになりますが、お楽しみいただけたら幸いです。

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