第49話
「それなら、調べずとも心当たりが…一人だけ」
「流石はライラ!」
「しかし…その人物というのは先程話していらした、とある人物でお間違いないでしょうか…?」
言い淀んでいるライラにアメリアとアークは首を傾げる。
何度も確認する辺り、確信はあるがどうしようかといったところだろうかと。
アメリアは不思議に思いながらも、その通りだと頷く。
「え?ええ、そうよ。察しが良いですね!」
「……」
「どうしたの?」
繋いでいる手をきゅっと軽く力を込められ、口を閉ざしてしまった。
覗き込むように俯くライラの顔を見上げると、シルバーグレイの瞳はゆるゆると震えており、一度奥歯をぐっと噛みしめてアメリアの瞳を見つめる。
アメリアの瞳は、今は深紅の色ではなく、桃色にも別の色にも映って見えている。
感情の色だけではなく、見つめるライラの思う色にも変化しているようだ。
「心当たりのある人物は…アンスリウム男爵様です…」
「…え?」
光の加減で色を変えるアメリアの瞳は大きく見開かれる。
今目の前の侍女は何と言ったのか。
間違い無く彼の者の名前を言った。
それは別件で追っている人物の名だ。
信じられないといった表情を浮かべているアメリアに、ライラはその場で膝を折り目線の高さに合わせる。
一呼吸を置いて、決心したようにライラはアメリアに告げる。
「私があの施設を確認していた際に聞いたのですが…お嬢様が言われている声質を持つ人物は私が知る限り…男爵様以外おりません」
「なんということ…」
今度はアメリアの瞳が揺れる。
アークだけは二人が何を話しているのか分からないが、重要な事だと言う事は理解出来た。
二人をじっと静かに見つめている。
ライラはぎゅっと両手でアメリアの小さな手を握り込む。
「お嬢様が望むのであればこのライラ!男爵様を暗殺…」
「しないで!まだ確信ある訳でもないから!お願いだからまって!」
「お嬢様が気にされるもの全て排除致し」
「ちゃだめ!!!」
「…だったらアークと話し合います…」
「ライラ!ごめんなさい!あなたに先に指示を出すべきでしたね!拗ねないの!」
突然始まるライラの発作。
発作と言えば良いのか、通常運転のなせる技なのか分からないが、彼女は至って真面目に話している。それを必死に止めるのがアメリアである。
寝ても覚めても疲労困憊になりつつあるが、アメリアは断固として許可をおろす事はない。
彼女の手が血で汚れる事も、彼女が悪となる事もアメリアは望んでいないのだ。
むしろここまで暴走しかけているのは自分のせいだとやっと理解したアメリアは、ぎゅっとライラの首に抱きついた。
「お嬢様ぁ…っ」
「よしよし…」
小さいアメリアに抱き締められてライラの暴走が収まり、きゅっとその背中を抱き返した。彼女の小さい肩に自分の顔を埋める様にすり寄ると、アメリアは漆黒の髪を優しく撫でた。
それをただ黙って見ていた一人の男は、耐えきれず…
「ふっは…はははっ!姉さん…本当にお嬢様が大事なんだね!」
「っ!?」
「アーク…」
笑いだしたのだ。
アメリアとライラは信じられないとばかりにアークを見つめた。
ライラは思い出す。
彼が笑ったのは、最後は何十年、何百年前だろうかと。
こんなに楽しそうに素直に笑う弟を見たのはとても久しぶりだった。
大人になっても自分の前であっても笑う事がなかった彼が、今自分の前で声を出して笑っている。
それだけでライラは泣きそうに嬉しかった。
アメリアは初めてアークの笑顔を見た。
過去の周回で見た彼の笑顔は全てユリへ向けられたものだ。自分ではない。
そう。自分ではあってはならないものだ。
それなのに今目の前でアークは過去の周回でユリに見せていたように、綺麗に美しく笑っている。
協力者としてアークを受け入れたが、この結果は望んでいなかった。
鋼鉄の精神と魂のアメリアは、何度も何度も考えるが、アークを今から軌道修正するには難しいと答えが出てしまっていた。
心の中で申し訳なさと、初めて自分の前で笑ってくれた嬉しさに複雑な思いを抱いていた。
アークは綺麗に微笑みながらアメリアに頷き、片膝をついた。
「分かりました。マイク様の部屋を一度確認してみます。ただその本をマイク様から取り上げるには少しお時間を頂きますが、それはご了承頂けますか?」
「えっ!?ええ!お婆様もいますし…マイクも警戒しているでしょうから…なるべく早ければ越した事無いです!あの本は魔力の塊だと思って下さい…アークの体が心配なのですけど…」
突如自分に膝をついたアークに驚愕し動揺が隠せないが、お願いはきいてもらえる事が分かり、念の為本に纏わりついていた魔力に注意するように促す。
真っすぐと見つめ合っていた二人に片手を差し入れて視界を遮断するのは安定のライラである。
何事かとライラへと二人が顔を向ければ、ライラはもの凄い笑顔である。
「アークなら死んでも大丈夫です。私がその後を引き継ぎますから」
「ライラ!縁起でもないこと言わないの!!」
どや顔とはこの事かと。ツッコミを入れてはいるが、鋼鉄の精神と魂のアメリアはどや顔をしてみたいとちょっぴり想ってしまったりしている。
アークは口元を押さえ立ちあがると、アメリアに一礼した。
「ふふっ。畏まりました。このアーク・フリージア、お嬢様の我がままを叶えましょう」
「…っ!?」
「では失礼致します」
精霊魔法を解いて部屋から出ていったアークをアメリアは戸惑いの瞳で見送った。
彼が発した言葉は、過去の周回で間違いなくユリに告げた言葉だ。
何を間違えたのか分からない。だが、確信へと変わった。
間違い無く、アークは自分に心を許し始めていると。
閉められた扉をじっと見つめる。
「ねぇライラ…わたくしは何か選択を間違えたのでしょうか…」
「どうかなさいましたか?」
「いいえ…なんでもないのです…なんでも…」
ゆっくりと俯き首を何度も振るう。
どうしようもない。軌道修正するのであれば“本編”中でしかないと。
鋼鉄の精神と魂のアメリアは気を取り直し、本日のプランをライラから受け取った水を飲みながら考える。
「朝食を取ったらお母様の秘密基地で調べ物をします」
「畏まりました」
淡々と受け答えする中、一つの疑問に対する答え合わせをライラへと求める。
「ライラ…怖くて聞けなかったのだけど…」
「はい」
ごくりと大きく水を一口飲みほして、深呼吸をし、意を決し向き直る。
「何日眠っていたの?わたくし…」
「…五日です。五日間もの間、お嬢様は目を覚まして下さいませんでした…」
「…そう。五日間も…時間を無駄にしてしまったのね…」
「お嬢様?」
眠っていた時間は限りなく延びている。
最初は一日、次は三日、そして今は五日だ。
ライラは目覚めた事の奇跡を喜ぶどころか顔色を暗くしてしまったアメリアを心配した。
何日も目覚めず、その間食事は摂れない。
いくら魔法が万能だとしても時を止める事などライラにも出来ない。
日に日にやつれていき、命を落としてしまう可能性があると魔法医師も言っていた程だったのに関わらず、眠っていたアメリアはやつれる事無く、喉の渇きや体の反応が鈍っているだけで眠る前と大差はなかった。
――この方は一体どんな秘密を持っているのですか…?
ライラの中にある疑問。
先程芽生えた不信は小さな種として彼女の中に確実にあった。
一方アメリアが考えている事は別の事だった。
不思議な夢の世界を見るたびに延びていく現実での自分の睡眠時間。
クリスタルがまだあるのだとすれば、次は何日眠るのだろうと、アメリアは少し不安に思うがそんな事を気にしている暇はない。
アグリア滞在一年の間で、祖母を掻い潜りながら調べなくてはならない問題の数々。
むしろ今はそれよりも五日も無駄にし、イベントと言う名のフラグを建築出来なかった事への悔しさの方が勝っていた。
(ノーーーーーーー!!!何て事ですかーーーー!!マイクの誕生日が終わってしまってるううううう!!うむうううううう)
眠っている間に一つのイベントを逃してしまった事が、何よりも鋼鉄の精神と魂のアメリアに打撃を与えていたのだった。
流石は鋼鉄の精神と魂を持つアメリアである。
「マイクの誕生日は終わってしまったのですね…」
「恙無く」
「そう…」
既にマイクの誕生日は過ぎているのだが、ロイドの公務、アグリア襲来等あり会を開く日付がずれ、先日になっていたらしい。
マイク含めその場の者たちに悪印象と噂を流すにはもってこいのイベントを逃してしまったのである。
彼女は知らない事だが、アメリアの体調を考えて参加する事自体許可が出るかどうかといったところなのだが。
そんな事は横に置いて悔しげに思う辺り安定の鋼鉄精神と魂である。
許可が出なくともその時は乱入参加する気満々だったという気持ちなのだ。
(悔いていても仕方ありませんね。なら次のイベントはレオン様の誕生日!街での屈辱!倍返しにフラグ建築します!)
現在R.D.907秋。
アグリアとの約束まで残り一年。
そして夢で知り得たマイクとユリの迎えまで残り約一年。
共に一年。
如何に情報を集め、フラグを建築し、修正しながら救えるのか鋼鉄の精神と魂のアメリアは考えるのであった。




