表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢は100回目のバッドエンディングを望む  作者: 本橋異優
―ゲーム本編前・事前準備―
50/87

第48話

アメリア燃える


目が覚めて心臓が激しく揺れ動き、涙を流していたのか目の周りがかさかさと、長い睫毛を閉じるたびに違和感があるが、全身も夢のせいか汗をかいている気がする。喉は張り付き声を音にする事すら難しい。

だがそんな事など横に置くと鋼鉄の精神とアメリアは、ベッドサイドに常備してあるベルを手にし、鳴らす。


使用人を呼びつける時に使うものだが、アメリアが使用するそのベルは細工がしてあるのか、ライラ以外やってきた事はない。細工が施されていなくても、アメリアが元々許可していない為、ライラ以外は基本彼女の部屋に立ち入る事がないのだが。

綺麗な音が鳴る。

程良い装飾がされているベルを置き、自分の脳が少し熱を持っているように揺れている感覚を振り払うように首を横に振ると、自分の体を確認する。

気絶するように寝てしまったが、体に構築した魔法はきちんと彼女の傷を覆い隠している。

いつぞや教会で気絶してしまった時は構築していなかった為、気づかれたかと焦った事もあったが、特にライラから聞かれる事もなかったので見られていないだろうと思っている。

見られたとしたらこの屋敷の住人がどうなっているか考えるだけでも恐ろしい。

アメリアの光の加減で色の変わる瞳は、今彼女の感情を強く映し深紅に燃えている。


(夢だと捨て置くには性質の悪い冗談です!道化男!必ず痛い目に合わせてあげます!)


自分の事はさておいて、鋼鉄の精神と魂のアメリアはマイクにちょっかいをかけたあの男の特徴をしっかりと覚えていた。

夢を見て目覚めた時、人間なら悪夢だったとしても直ぐに忘れてしまう事もあるだろう。

だが、知識を重要視している彼女はしっかりと夢の記憶も持っている。

おぼろげになっているとすれば、魔法老師と会話していた後の事くらいか。

自分がどのようにしてこの部屋に戻ってきたのか全くと言った良い程覚えていない。


(アークが運んでいた気がしますが気のせいですよね…?あれはライラだったはず…)


あの時の自分がどんな事を会話したのか覚えていないが、まぁライラだろうと思い込むことにした。


ベルを鳴らしてからしばらくして、廊下をかける音がこの部屋に近付いてきている事に気づく。

考えなくとも誰が急いでいるのかは分かっているので、ベッドにゆったりと上半身だけを起こして座って待つ。考えている事と言えば、扉の耐久力だろうか。


「お嬢様っ!お呼びでしょうか!」


扉が案の定激しく開かれノックはどうしたのか一瞬頭に過るが、目の前に汗を浮かべてやってきた侍女の心情を考えれば仕方のない事かと咎める事はしなかった。ちゃんと水差しと体を拭く様のタオルがトレーの上に乗っている辺り、準備も最速でしてきたのだろう。

アグリアがこの部屋にやってきた時に彼女の魔法が破壊されてしまった後だが、自分の部屋を見渡しても貼り直されている様子はない。


(お婆様に怒られでもしましたかね?)


監視が緩くなった事は喜ばしい事だと思う。

アメリアは深紅の瞳を真っすぐと自分の元へやってきたライラへと向ける。

ライラはグラスに水を注ぎ、差し出すとアメリアは受け取り一気に飲み干した。

二、三度それを繰り返し声が出せる程に回復した事を確認して口を開く。


「ええ。ライラ、いきなりだけれどアークを呼んできてちょうだい」

「アーク…ですか…?」


自分を呼びつけた主の声は水をいくら含んだとしても擦れており、この数日眠っていた事を知らないのか、気づいていても触れていないのか肌の色も白いと言うのに、自分の弟を呼んで来いと言う。

屋敷の主従関係を考えても仲が良いとは言い難く、魔法でこちらからの接触しか図れない相手の筈だ。

ライラは訝しげに首を捻る。

目の前のベッドの上にいるアメリアの瞳は真っ赤に、深紅にぐつぐつと音を鳴らしているように燃えており、更に別の疑問が浮かぶ。


「そうよ。お婆様に気づかれる前に無傷で呼んできてちょうだい」

「また…アーク……」


ライラはアメリアから見えない位置へ自分の顔を背け、奥歯をぎりっと噛みしめた。

魔法老師の時の帰りもアメリアは自分ではなく、アークを指名した。

自分の方が主人の事を良く分かっているのにと、しかしあの時は自分も冷静ではなかったと内心思うのだ。

嫉妬と呼ぶには醜いライラの感情は、本人が気づかない内に複雑に心へと種を落とした。

アメリアは見えなくなったライラを心配するように天蓋を少しどけて、覗き込むように顔だけを出す。


「ライラ?」

「いえ。畏まりました。少々お待ち下さい」

「お願いね」


振り向いたライラの顔はいつも通りの無表情。アメリアは少しほっとしてにっこりと子供の様に微笑んだ。

ライラの感情に一番聡い筈のアメリアが見落としたのだ。

読めなかったと言っても過言ではない。彼女の今頭の中にあるものは夢の中で見た“フードの男”なのだから。

この見落としが後に響くなどアメリアに気づく余裕はない。


ライラが部屋を出ていってからしばらくして、部屋の扉がノックされた。

入室許可する旨を声に出すと、ゆっくりと扉が開かれ、アークとライラが並んで部屋に入ってきた。

アークの服装も顔色も普段通りの事から無事に何事もなかった事が伺える。


「お嬢様お目覚めになられたのでしたら、旦那様にご報告を…」

「そんなもの後でも出来ます。良いから二人ともこちらにきて、外に音が漏れないように魔法を構築して頂戴」


命令口調は相変わらずだが、ライラもアークもアメリアの真剣な様子を察し、足早にベッドの横に立ち、魔法を構築する。


『音を閉ざし、空間を閉ざせ。全ての者に感知されず我々はただそこにいる』


低い男の声を響かせアークが精霊語で詠唱すれば、かちりと部屋だけが隔離された様に魔法が構築された。

周りを見渡し、問題ない事を確認するとアメリアは二人に向き直る。

真っすぐと見つめる少女の瞳は未だ深紅。

光の加減で色を変える彼女の瞳は、双子には同じ色に見えている。アメリアの強い感情を瞳に宿している事がおのずと分かる。アスターと長く付き添ってきた二人だ、本人が言わずとも気づく事が出来たのだろう。

ころころと変わって見えていたのはどうしてなのかまでは、アスターから教わっていない二人には分からないのだった。

アスターが誰に瞳の秘密を教えていたのかは、本人しか知りようのないものだ。

ロイドが知っている事からして、彼には話していたのだろうと、また祖母アグリアは勘が鋭い女性だ。言わずとも辿り着いたのかもしれないとアメリアは思う。


深紅の瞳を真っすぐと向けて、一呼吸を置いてアメリアは口を開く。


「これから話す事は誰にも言っては駄目です」


瞳は燃える様に色を強めているのに、口から発せられる幼い声は普段の彼女の様な高圧的なものではなく、本来の素のアメリアのもの。

二人は本心で話している事を理解し、黙って耳を傾ける。


「アーク、あなたにお願いがあるの」

「私に…ですか?ライラではなく?」

「ええ。わたくしはあなたにお願いしたいの」


隣に立つライラからは何も感じない。しかし明らかに姉は自分に、激しい嫉妬心を燃やしている事だろうとアークは思った。

しかし、ライラの内心はそれとは違った。確かに嫉妬心はあるものの、自分の主人のアメリアが、自分ではなく弟のアークを先程から指名しているのだ。

――お嬢様…どうして…。

自分はいらないのかと一瞬不安になるが、アメリアの事だ、きっと考えがあるのだろうと無理やりに心の中にある不信を見ないふりをした。


「マイクの部屋に忍び込んで、なるべく早く黒い本を奪ってほしいの」

「マイク様の部屋に…?」

「…黒い本ですか?」


双子は同時に疑問が浮かぶ。

前置きもなく突如と言い渡された命令にアークは従う事が出来ない。


「申し訳御座いませんがお嬢様。理由もなくそのような事は、私は出来ません」


彼はこの屋敷の執事長を任されている身。

理由もなく、そして理由があっても出来ない事もあるのだ。

アメリアはわかっていると一つ頷き続きを口にする。


「その黒い本は、とある人物がマイクに渡した物。マイクが禁忌魔法を使用する事になった理由よ」

「なっ!?」「…っ!?」


禁忌魔法である事はアメリアが眠っていた間にダレンから二人は説明を受けていた。

しかし、眠っていた筈のアメリアが一体どこでその情報を知り得たのか、そして黒い本と確信を持っている事からして事実なのではないかと驚愕した。


「なければ良いの。きっとあるだろうけど…あれがマイクの元にある限り、マイクは使い続けるでしょう…時間がないのよ…」

「確認致しますが、それはお嬢様の為ですか?」

「アーク!!」


真っすぐとアークの瞳を見つめる。

もうアークに嘘を貼りつける必要はない。今の彼は“攻略対象”で“フラグを建築しなくてはならない”相手としてアークを見ていない。ただの“協力者”のアークとして見ているのだ。

鋼鉄の精神と魂のアメリアとしても現状況は好ましくない。

彼は自分と協力体制になってしまえば、アークルートが確定しても自分を断罪してくれないかもしれない。

苦渋の選択だった。

だがそれ以上に夢の世界はアメリアにこの世界の未来を見せつけた。

断罪され自分だけが救われても、その世界に残された人々は誰もが幸せそうに微笑んではいなかった。父も、兄も、弟も…そして最愛の自分を死へ導いてくれるヒロインである妹も。

だったら彼らの死亡フラグを叩き折って、自分の生存フラグも叩き折ると決めたのだ。

この世界を愛したが故、自分を初めて愛してくれた神々との約束故に。


アークが言わんとしている事が分かったアメリアはゆるりと首を横に振る。


「これはわたくしがマイクを救いたいと思う気持ち。わたくしのわがまま。協力してくれないかしら?」


主人の願いならばとライラが身を乗り出して自分の胸を押さえながらアメリアに詰め寄る。


「それなら私でもお嬢様の力になれるのではないですか!」

「ねぇ、ライラ。わたくしが何故アークに頼んでいるか分かる?」

「…いえ」


アメリアはライラの気持ちが分からなくもない。

だが強い感情だけではこれは進む事が出来ない、新しいフラグになる可能性のある、問題。

アメリアはあえて諭すようにライラへと語りかける。

問われたライラには答える事が出来ない。答えを持っていない。

ただ今の彼女は主の一番でありたいと強い想いで動いているだけに過ぎない。


「マイクはわたくしを妬み憎んで…それも恨んでいる。わたくしの近くにいるライラでは気づかれてしまう可能性がある。だからこそアークなのです」

「なるほど」


確かに言われてみればそうだと、双子は納得する。

一人は素直に、一人は悔しそうに。

アークが例え訓練場の一件があろうとも、あれはこの屋敷に対し脅威になりうる可能性があったからと言えてしまう。

それ故の実力行使。恐らくこの屋敷のロイドもその状況の報告は既に受けている筈だ。それなのに彼がこの様に自由にこの屋敷を動き回れるという事は、屋敷の主はそれを可としたのだろうとアメリアは結論付けた。

実際にアークとライラの行動は褒められたものではなかったが、状況をみて正しい判断だとロイドは二人を罰しなかった。

マイクが暴走した方が被害は膨大であったであろう事はダレン、アグリアからも報告されていたからである。

ならば、状況を踏まえてもライラよりもマイクに接触出来る人間は、アークがうってつけという訳なのだ。

ダレンには邪魔をしない代わりに結果を見せると誓い、そしてロイドは本編から離脱させてしまった。アークを駒として使う事になろうとも、アメリアはあの夢で見た道化男を許せそうにないのだ。


アメリアは悔しそうに俯いているライラの手を握り見つめあげる。

長時間眠っていたのか喉はいまだ張り付き、声を出すのも辛いが、それよりもと。


「大丈夫、ライラには別にお願い事があるのです。お年寄りでもあり、若い男性のようでもある不思議な声質をした人物に心当たりはある?」


少しだけ顔色が悪く、白味がかった肌。無理やり声を出し自分へと届けようと頑張ってくれている主に、胸の内が熱くなるライラ。

記憶を遡り、一人だけアメリアが求める人物に辿り着いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ