第4話
部屋に入ってしばらくしてからアメリアが出てきた。
マイクはそのアメリアの様子に柱の陰から姿を出し、駆け寄る。
「アメリアあねうえ!」
「…マイク?なにをしているの?」
冷たく凍るような視線を受け、マイクは足を止める。
明らかに入って行った時よりも疲弊しているアメリアの様子を心配したのだが、当の本人は何故ここにいるのかと問うてきた。
何故と言われてもマイクには答えられない。
それがアメリアの兄、ダレンの指示だからなどと口が裂けても言えない。
小さいながらに聡明のマイクは冷静を保ちつつ口を開く。
「あねうえがははうえのへやからでてきたから…」
「そう…。おかーさまとおはなししていただけです。わかったらさがりなさい、めざわりです」
冷たく言い放つ言葉に一瞬傷つきはするものの、明らかにアメリアの方が傷ついている。
マイクはそれを分かっているのだ。
自分の実の母であるダリアは癇癪を起せば手をあげる。
思い通りにならなければ自分に手をあげていた。
――それを一番よくわかっているのは、他ならない僕だ。
――姉上は心を壊していないだろうか…。
自ら生きてきた中の処世術として、ダリアからの暴力に対しては心を閉ざし、自分は彼女の人形だと身を固めて心を守ってきたマイク。
目の前のアメリアは自分とそんなに変わらない。
完全に心が壊れてしまえば自分のようになるのではないか、とマイクは恐れているのだ。
一方アメリアは目の前にマイクが現れた事により内心パニックを起こしていた。
(なーぜー!ここにいるのー!?そしてこのタイミングはとっても、とっっっってもまずいです!!)
全力の突っ込みを脳内でしているなど冷たく視線を受けているマイクは気づかない。
アメリア的にはさっさと部屋に戻り、気づかれない内に背中に流れている血をうまい事浄化しなくてはならないのに、マイクが居ては部屋へと進めない。
(さて…どうしたものか…。何故か冷たくしていたはずのマイクがここにいる。ダリア様の事は恐らくマイクが一番よく知っている…まずいですね…)
パニックから一転。
アメリアは持ち前の精神で持ち直した。
アメリアが生きる上で現状、ダリアからの虐待は受けなくてはいけない。
既に背中には幾重にも重なった鞭の痕。その上から度重なる熱い紅茶の洗礼。
傷は既に濃く残っており、大人になったとしても消える事はないだろうという程に、ダリアがこの家に来てから数日でつけられてしまった。
どれも幸い巧妙にドレスから見える事はない。
湯浴みすら自分でこなしてしまうアメリアは未だ誰にもこの傷を見せた事がない。
繰り返しの中で、こんなにも短期間で痕が残るほど受ける事はまずあり得なかったが、まぁ、少し早まっただけなのだから気にする事無いだろうとアメリアは考える。
それよりも何よりも、現状打破が第一優先だとアメリアの脳内を策が巡っている。
目の前にいるマイクをうまい事退け、ライラが帰ってくるまでの間に浄化作業を行わなければ、今着ているドレスが血に塗れている事がバレてしまう。
そればかりは避けなくてはならない。
自分は現在、心配されてはならない。同情を受けてはならない。
「マイク…」
「っはいっ!」
沈黙を破ったのはアメリア。
アメリアはなるべく冷たく、まるで虫を見るように視線を送る。
「じゃまです、へやにもどりなさい」
「あねうえっ」
「おなじことをなんどもいわせるの?おろかね…」
「っ…わか…りました…」
つぅと細められた瞳。
光の加減で様々な色に見えるその瞳をもつアメリアの視線に、耐える事がマイクには出来なかった。
その瞳はマイクには氷のように冷たいアイスグリーンの色に染まって見えた。
納得できないながら、ゆっくりと自分の部屋に戻っていくマイクの後ろ姿を眺めながら、アメリアはふっと肩の力を抜く。
何度繰り返しても慣れない相手への罵倒。
最初の頃はそれが当たり前だと思っていたが、繰り返し生きて死んだアメリアの中では今ではそれはしたいと思えるものではなかった。
――しかしそうしなければ自分は死ねない!
アメリアは考える。
鋼鉄の精神のアメリアはマイクが見えなくなってから自室へと戻る。
戻ってからの行動は早かった。
部屋に鍵をかけ、ドレスを慣れたように脱ぎ捨て、それに対し浄化魔法を構築し血の痕跡をなくす。自分に対しても止血程度の治療魔法を構築し、再びそのドレスを身にまとう。
傷が残らないほどの魔法を発動させてしまうと、この屋敷にいる執事長であるアークにバレる可能性があるので、止血程度なのである。
アークはライラの双子の弟であり、母アスターと共に隣国からこの国にやってきた。
隣国の“特別貴族”の“異端の双子”と言われている。アークとライラの一族は隠密を得意としており、何より“聖霊”を親に持っている。隣国では色々あるらしいが、“聖霊”の親を持つ二人は別段、国で結婚も婚約もしていなかったらしいとアメリアは思い出す。
今まで隣国の事を調べた事もしていなかった。
“特別貴族”とは“聖霊”とはどういう意味をなすものなのか、今度調べてみようと思っているアメリアである。
魂に覚え込まされたアークたちの素性をアメリアは知識として持ってはいるが、神々との約束を守る事に必死だった事で99回を越えた現在でも理解には至っていないのである。
余談だが、“特別貴族”出身だという事を知っているのは、アメリア以外では主のロイド公爵と故人アスター、そして姉のライラのみ。
何故アメリアが知っているかというと、過去の周回で日記を読んでいるからだったりする。
そして彼はこの世界の攻略対象の一人。
ちなみに、マイクとダレンも攻略対象の一人である。
神々曰くこの世界では近親恋愛をしても血が近いということはないのだそうだ。
『ゲーム盤』以外の世界ではどうやら近い血の者とは結婚できないとか何とか。
そして“魔法の構築”はこの『ゲーム盤』の世界特有のものらしい。
この世界しかしらないアメリアは聞かされた時、そんな馬鹿なと衝撃を受けたほどだ。
この世界の通称ヒロインと呼ばれるであろう子は、これから生まれるアメリアの妹である。
既にダリアのお腹に宿っており、数ヵ月後生まれてくる事をアメリアは知っている。
その妹と兄がくっついたり、弟と妹がくっついたり、執事長もとい、隣国の特別貴族と妹がくっついたり、更には隠れキャラと言われている父親と妹がくっついたりすると聞いた時は、なんとも身内ばかりが攻略対象だなとアメリアは初めの時に思ったものだ。
――あの子とくっつく為にアークはこの公爵家の全員を暗殺したっけか…。愛って怖い。
それとは別に一応将来王子の護衛騎士だったり、王太子様だったりと色々なセットパターンを見てきたアメリアは、既にフルコンプリートしているようなものだったりする。
その度にアメリアは恨まれ、蔑まれ様々な形で命を落としている。
神々はその度に泣いて「もういいから!」というところまでテンプレートとされている。
更に怖いとするならば今後乳母からハイスペック侍女へ進化を遂げる予定のライラが、いつの周回かで「自分の恋愛対象はお嬢様だけです。お嬢様と共にある為に、お嬢様の敵は全てこのライラが証拠も残さず仕留めて参ります」とカミングアウトしてきた時だったか…。ライラといい、アークといいこの姉弟の愛って怖いし重い。
“魔法の構築”はこの世界では至極当たり前の事であり、生活に必要な物だったり、攻撃または防御様々なものが存在している。
アメリアとこれから生まれる妹のヒロインは特殊で全てに憎まれ、また愛されているかのように全ての構築が可能な能力者なのである。アメリアの場合、“ド・グロリア”を継承後覚醒したようなものだが、生まれて直ぐ継承されているので生まれ持ったものと変わりはない。
『ゲーム盤』製作者の創造神曰く、「全属性って夢があるよね☆」だそうだ。
アメリアにはそれが当り前の事なので、いまいち良くわかっていない。
閑話休題。
少し遠い目をしながら浄化作業もろもろ、その時間たった5分。
もうすぐ4歳が出来る技では到底ありえない速度である。
アメリアはなるべく的確かつ迅速に!を志にしている部分があるため、一瞬の隙もそこにはない。
自分の計画のため。
全ては『死ぬ』ために。
(ふぅ…何とかライラが戻ってくるまでの間で全部済みましたね)
満足そうにうんうんと頷いていると、部屋の扉がノックされた事に気づく。
手櫛で髪形を整え一度鏡で問題ない事を確認してから、椅子に座り返事をする。
「だれですか?」
念のため、扉をノックした人が誰なのかを確認する。
ライラはこの時間に帰ってくる事は出来ない。
視線を魔法時計に映して時間を確認するが、やはりまだ帰ってくるには時間がある。
――では誰が?
万が一ここにダリアが現れてしまったら非常に不味い。
ダリアはアメリアと二人きりになると手をあげる。現状ライラが居ないこの部屋にダリアが現れれば先程の5分間が無駄になる。
そして、何よりも自分が魔法が使える事がバレてしまう。
アメリアがダリアに最も恐れる事は魔法の事だ。
自分が使える事が分かれば攻撃の仕方が更に激しくなる事をアメリア死亡経験則から知っている。
その為、何が何でもまだその事をバレることは出来ない。
緊張して相手の出方を待っていると…
「僕だよ」
誰だよ!!byアメリア
〇特別貴族・異端の双子・聖霊
アメリアの宿題