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悪役令嬢は100回目のバッドエンディングを望む  作者: 本橋異優
―ゲーム本編前・事前準備―
49/87

第47話


転回していく夢の中でアメリアは強く怒りに震えていた。

自分で望んだ映像だったとしても、その事実は確かに彼女に嫌悪と怒りを与えた。

漆黒の闇の中で彼女の真っすぐ伸びる青銀の髪はゆらりふわりと、アメリアの怒りを強調するように光り輝いていた。本人は気が付いていない。


 転回する世界はゆっくりとそのまま、落ち着いていく。


瞼を開けば白黒の世界に映ったのはユリの部屋だった。

一目見て分かる程にアメリアはこの部屋を知っている。くるりと自分の中に残る煮え切らない怒りを横に置いて、周りを確かめる。


(この世界はマイクの筈なのですけど…何故ユリの…)


スカイブルーのクリスタルを見た時からこの夢の世界は、マイクの物だとどこかで確信があったアメリアは不思議に思いながら、色を探す。

この世界で動いている人物、そしてその人物と関わる人には色が現れる。

探していた色は直ぐに見つかった。


白黒の天蓋がかかるベッドの上に少しウェーブがかった美しく靡く桜色を広げ眠る少女。そのベッドに腰掛けている成長し美しく育った青紫色の青年。

桜色の髪を持つ少女の顔色は白く、眠る様に横たわっている。


(ユリ…っ)


目の前で眠る彼女の妹のユリは、既に亡くなっていた。

アメリアは泣き出しそうになる自分を、唇を噛んで抑え込む。瞳は背けない。自分が望んで映した未来の可能性だ。耐え、じっと色づいている二人を見つめる。

二人以外の色はこの世界には見当たらない。


『ねぇユリ…未だにね、信じられないんだ』


そっとユリの頬に添えられるマイクの大きくなった右手。左手にはぐしゃりと彼女が彼に残したであろう手紙が握り込まれていた。

悲しく伏せられる長い彼の睫毛の隙間から覗くスカイブルーの瞳は、うっすらと膜を張って潤んでいる。


『姉上が僕達を思って動いていたなんて』


右手から伝わる体温は冷たく、彼女がこの世にいないと言う事を証明している。誰も答えてはくれない。マイクはただただ一人呟く。


『いつも姉上に苛められていた記憶しか僕にはない…』


思い出されるのは数々の姉からの罵倒、苛め。屋敷にやってきた時から始まり、彼女が亡くなるまで続いた数々のもの。どれもが自分を追い込み、姉に対して恐怖を抱く程に冷たいものだった。

握り込んでいた手紙を見つめる。


『ユリの言う通り、僕の為だというなら…どうして姉上は僕を苛める必要があったの?もうこの世界にはユリもいないのに…なんのために…』


(それは…っ!)


アメリアは自分の胸元を握る。ユリがマイクを選んだ時、ルートが確定すれば二人は幸せになれる筈だった。だがヒロインのユリは命を落としており、マイクは一人だ。

答えたくても彼女だって答えられない。この未来は彼女が望んだ未来とは全く異なった未来だ。俯きマイクの前に降り立ったアメリアは眉を下げて謝罪するように俯く。


何処を見つめるわけでもなく、ユリに触れていた右手を離し、上を見上げる。


『そんなの姉上しか分かる訳ないか…。でもね…今になってやっと思い出す事が出来た事もあるんだ…』


マイクは右手を力なく上に掲げ手の甲を見る。その手はアメリアが知っているより大きく、男の手をしている。


『ずっと昔に思った事なんだけどね…姉上は僕の“壁”になってくれていたんだと思ったんだ。母上から僕を守る為の…』


壁。アメリアが確かに作ってきたダリアへの壁はずっと彼を守ってきた。

それを思い出す様に懐かしむ様に口に出す。

誰も聞いていない。聞く者のいない彼の語りは寂しく、悲しく響く。


『ユリ…僕は本当に愚か者だ…。ユリがいなくなって、初めて気づいて、思い出すなんて…不思議と今はすっきりしている気分だよ』


(マイク…あなたは愚か者なんかじゃないわ…)


否定するようにアメリアは強く首を振った。青銀の髪はふわりふわりと揺れ動くが、伝えたい相手には見えていない。

掲げていた右手を上空でぎゅっと握る。

マイクの表情は少し晴れやかに子供の様に笑っている。


『あの姉上がどうして母上を追い出さなかったか考えたんだけどね、それは僕達の、僕の為だったのかなって…』


(未来で…マイクも、気づいて…しまう)


己の犯したつめの甘さが招いた結果は、自分のしてきた事を露天させ、大切な関わってきた人達へ真実へと辿り着かせてしまった。

アメリアの瞳から耐えきれず雫が落ちる。

質の良い絨毯に染みは出来ない。だが彼女の涙はぽたぽたとその場に落ちていく。


『あの時の僕は印持ちじゃないと一人で卑屈になって、馬鹿みたいな事をしてた…。母上は家族の中で僕と一緒の印持ちじゃない。それだけは小さい僕には支えだったのかもしれないんだ…よく覚えてないんだけどさ…』


握った右手を自分の前に下ろしてゆっくりと開く。


『父上に止められていなかったら殺していた程に憎かった相手なんだけどなぁ…』


血に濡れていたかもしれない自分の右手は剣を持ち、肉刺が出来、幼かった時よりも確かに角ばって男の掌をしている。その手は自分の欲望の為に人を殺しかけた。罪に問われなかったのも自分の父のお陰だと分かっているからこそ、マイクは自分の愚かさを思い知っている。


『どんなに酷い事をされても、母上は確かに僕の母上だった。殺そうと思っていても…心の底から嫌いになれなかった。僕と一緒で可哀想な人だって思っていたからかもしれないけどね…』


殺そうとした相手に憎しみを抱いていても、心の底から憎む事も、嫌う事も出来なかった己。その壁となっていた姉を想いながらマイクは握っていた手紙を再び見つめる。


『小さい時に一人にされていたら、僕はもっと自分の殻に閉じ籠っていたかもしれない』


あのわがままで傲慢で非道な姉が何故母ダリアを屋敷から追い出さなかったのか、やっと気づけた。だがそれはとても遅かった。手遅れになってから気づいてしまった自分は愚か者だと、マイクは思う。


『ねぇ、ユリ。僕はユリの、姉上の、兄上の魔力を手に入れたのに、誰も助けられなかった…守れなかった…』


男の手になれた自分の右手を見つめ、眠るユリを見つめる。

悲しく笑うマイクにアメリアは静かに涙を流す。


『何のために手に入れたのか…こんな歪んだ力…』


(マイクは悪くありません!あの道化男が全て悪いのです!)


思い出されるのは先程の世界。

道化男が本をマイクに渡さなければ、マイクはその力を得る事はなかった。“設定”であるものであれば致し方のない事なのかもしれない。けれどとアメリアは首を何度も振って考えを散らせる。

その代償が短命。

それはあまりに攻略対象であり重要な登場人物に持たせるには、重たい設定ではないのかと思うのだ。幸せな未来の為にこれからという時に彼は息を引き取る可能性だってあるその設定は、本当に創造神が設定したものなのか疑問を抱く。


(エンディング後、マイクは生存出来る可能性があったのでしょうか…私には…分からない…)


過去の周回でも彼らの最後を見届けるべきだったと後悔した。


ごほりとアメリアの目の前から聞こえる。

はっとして下がっていた視線を上げれば、マイクは口を押さえてユリを見ている。


『こんな事をして本当にくだらない事をしたよ…魔法も使えない魔力持ち…。本当に不完全な存在だね…僕…』


(そんな事っそんなことないっ!マイク!違うの!あなたの事を不完全と言ったんじゃないの!魔力が、不完全だと…言いたかったのですっ!)


訓練場でのあの時の言葉だった。アメリアはあの時マイクの事を不完全な存在と言いたかったわけではない。魔力が混ざり、禍々しくなってしまって、本来の魔力を消し去ろうとしていたあの状態は、体の中にある魔力にしては馴染んでおらず、不完全なものだった。

それを言いたかっただけだとアメリアは涙を流しながら心から叫ぶ。


マイクは突如アメリアのいる方へと顔を向ける。


『姉上…僕、結構長生きしたと思いませんか?』

(え…?)


見えてはいない筈の自分。どこか遠くを見つめるマイク。

その視線がかち合うように見つめ合っている。

ただの独り言であるそれは真っすぐとアメリアを見つめているように、届く。


『姉上にまだ嫉妬するし、怖い。だけど…それ以上に…僕は、孤高で美しく一人で戦ってきた姉上を尊敬し…て、ます…』


つぅっとマイクの鼻から血がぽたりと落ちる。彼の服をじわじわと落ちた所から染みが広がっていく。

アメリアは押さえようと手を伸ばすがするりと触る事が出来なかった。


(もしかして…魔力の体内暴走…っ)


思いつく自分の中の知識を総動員させ、辿り着いた答えは、彼の命の限界。

毒を含んで弱まった体は複数収めていた魔力を抑え込む事が出来なくなり、とうとうマイクへ牙を向いたのだ。この歳まで耐えられたのは彼が登場人物であるが故なのか、彼自身の精神力と忍耐力なのか判断できないが、もう長くは持たない事は決定していた。


『知るのが、遅…過、ぎた…なぁ…』


乱暴に鼻を拭うが、滴る赤は止め処なく流れ出ている。

ごほりと再び咳をすれば押さえた手に広がる赤。


アメリアは必死に止めようとする。ロイド、ダレンで分かっていたとしても彼女の大切な者の死は受け入れられないでいる。


(いやよ!だめ!お願い!あなたまで死んではだめっ!)


鋼鉄の精神と魂が震えぴしりぴしりと音を鳴らして悲鳴を上げている。

何度も揺さぶられてきた彼女の魂と精神は確かに罅が入っていた。

泣き叫ぶアメリアの声は悲しく、そして晴れやかに笑うマイクには届かない。


『ゆり…いっしょに…あねうえにあやまってくれる…?…ちょっとまだ…こわい…から……』


ゆっくりと瞼を閉じてユリの隣へと倒れていく青年の体。


『ごめんなさいアメリアあねうえ』


(マイク!謝らないで!お願い!謝らないでっ!)


 そして世界は転回していく。


 クリスタルが割れアメリアの首の印に吸い込まれるように入っていく。

 突如項が熱を発する。


熱く焼けるような熱さにアメリアは怒り、叫ぶ。


「さっさとしなさい!熱さなど感じている暇などない!わたくしにはやる事があるのです!」


 熱い


「関わってきた“登場人物”達にクリスタルがあるのだとしたら、殿下とレオン様のもあるのです!私はあの方たちの未来の可能性を知らねばならない!さっさと集束しなさい!!」


 砕けたクリスタルがアメリアの声に同調するように急速に集まり、熱さが増す。


涙を流すアメリアの瞳は深紅へ。頬を拭い、熱さに耐える様に手を握る。

体から汗が吹き出す程の熱だが、彼女は耐える。


「回避してやりますよ!わたくしの生存フラグを叩き折って!みんなの死亡フラグも叩き折ってやります!これがフラグだと言うのなら全部まるっと叩き折ってやります!」


涙を流しながら怒る彼女に熱さは猛威を振るう。だがアメリアは、負けはしない。たとえ罅が入っていようとも鋼鉄の精神と魂は伊達ではない。

今まで見てきたクリスタルはどれも“攻略対象”達。この『ゲーム盤』の登場人物達のものだ。アメリアは気づき、急いだ。


「道化男!お前の思い通りにさせてたまるものですか!絶対にユリもマイクもお前になどあげるものですか!」


彼女の嫌悪は、怒りは、道化男に。

そして自分に向けられている。


 熱い


「わたくしのミスはわたくしの責任!最後の周回で後悔はしたくないっ!わたくし以外の悪は全てわたくしがした事と、切り替えます!悪はわたくしの物です!モブ以下の存在がしゃしゃり出てくるんじゃありませんっ!」


決意は第五師団の時に思っていた事と変わらず、自分以外の悪を彼女は自分の物へと変換するつもりだ。

鋼鉄の精神と魂のアメリアは激しく怒り、燃えていた。


「まずは起きて直ぐのイベントはマイクの誕生日!次に本当なら初遭遇であるレオン様の誕生日です!彼らの為、ユリの為!わたくしの為に!やってやりましょう!」


 熱い―――――


◇スカイブルーのクリスタル(不明)

夢の世界で小さく闇に埋もれていた所、発見したもの。

触れると“マイク”に関する夢を見る事が出来た。

アメリアが望みでは「過去の映像」、「何もしなかった場合の未来の映像」が映し出された。

投影し終わるとアメリアの体に入り、ド・グロリアの印が熱を持った。


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