第43話
魔法老師から明かされる真実とは
ライラがアークを連れて戻ってきた時、アメリアの表情が普段のアメリアに作られた。
老師は流石お嬢様と感心しているだけで、特に深くは追求するつもりはないようだ。
アークの前で素の自分で居る事は出来ないアメリアは、ライラに半分無理やり連れて来られた彼に対し少しばかり心の中で同情している。
アークはライラに担がれてやってきたのである。
(…一体何をどうしたら成人をとっくに過ぎている男性を担いでこれるのですか!?アーク…お疲れ様です)
苦労人アークに心の中で労うアメリアだが、彼女が張り付けている表情は小馬鹿にしたようなものだ。
どさりと魔法老師の近くに乱暴に落とされたアーク。
小さく呻き先程まで気を失っていたようだとアメリアとブラックは気がついた。
自然と視線はアークからライラへと二人とも移ったのだが、ライラは無表情で一切感情を読ませない状態に入っている。
ブラックとアメリアはお互いの顔を見て、何も気にしてはいけないと一つ頷いた。
「アーク起きなさい。お嬢様と魔法老師様の前です。いつまで無様に眠っているのです」
「うっ…申し訳…ございません」
(アークはきっと悪くないのです!!ライラ!八つ当たりは駄目ですよ!)
アークの首の後ろが若干赤い事からアメリアは察した。
発見されたアークが声をかけられ、姉であるライラに襲撃され気を失わされたのだと。
いくら超人一族であるアークだとしても、彼の反応速度を越える力を持っている姉のライラには負けたのだろう。
本当に苦労人だなとアメリアは心の中でいつかライラに勝てるようにと密かに応援した。
首を抑えふらつきながら立ちあがると、一度首を振りきっちりと服装を戻すと背筋を伸ばす。
普段のアークに戻った事が無表情から読みとれる。
アメリアはカップの淵を指先で触りながら、老師に微笑む。
「老師様、二人が揃いましたわ。さぁわたくしにお話し下さいな」
「そうじゃな。さてアークよ、先に言っておく。これから話す事はお主にとっても、またライラにとっても辛い事じゃろう。だが良く聞いておくんじゃ、感情を爆発させてもワシは構わんが、ワシは殺せん。ワシの思い出話を良く聞きなさい」
突然姉には襲撃され、連れ出されてやってきた所は訓練場の一角。目の前に居られ方に挨拶はするものの、対して仲が良いわけでもない魔法老師。そしてその相手の思い出話を聞けとはこれは一体どういう事なのかと、アークはずれた眼鏡の位置を戻しながら考える。
考えても答えは同じで、全く分からない。
彼は無表情のまま痛む項を押さえながら首を傾げる。
「…魔法老師様の思い出話ですか?」
「ほっほっほ!ライラよ!ワシの事伝えんで襲撃したのか!そうかそうか!久しいのぅ、小童」
対して深い知り合いではない筈の魔法老師の口から懐かしい自分の呼び名が発せられる。
自分をそのように呼ぶ人物は思い当たる所で、このラナンキュラス国には存在していない筈だ。アークは信じられないといった様子で立ちつくしている。
「っ…その呼び方は…」
「なんじゃまだ信じられんか?ワシはD・ヘムロックじゃよ」
にっこりと微笑む老師にアークは一歩後退る。この国でのアークの役目は監視だ。だが目の前にいる魔法老師は、自分の事を“D・ヘムロック”と言っている。特別貴族であるその人の名前。彼は一体何故ここに。
アークの頭の中で様々な考えが過る。どれもが自分達に対し、害となるという結論が導き出されている。
彼の肩を横から掴み、落ち着かせるように言葉を投げるライラ。
「アーク。この方は私たちを連れ戻しにきたわけではありません」
「姉上。何故この方がここにおられるのですか…何故外に…。人間の様にしか見えません…聖霊の筈のブラック様が…」
「それを踏まえて聞いておきなさい。思い出話だとは思っていませんでしたが、必要な事のようです」
彼女は少しばかり、苛立っていた。
合魔獣を含めての話だった筈が、いつの間にか老師の思い出話を聞く事となっている。自分の主であるアメリアの為に、合魔獣の件を特に聞きたかったライラからすると思いがけない変更なのだ。
――このままではお嬢様の力になれないではないですか!
彼女の頭の中は常に優先順位一位は揺るがない。
アメリアはカップを持ちあげ優雅に暖かい飲み物を少し飲み干し、喉を潤わせるとライラを真っすぐと見る。彼女の瞳は小言を吐きだそうとしているライラを止めるには十分の威力。
「ライラ、あなたがアークを連れてくる間に、あの件はわたくしと老師様で話終わっているわ。怒る事は何もないのだから命令通り黙って聞いていなさい」
「………畏まりました」
とても不服そうに従っているが、彼女の主、特にアメリアの命は絶対なのだ。
ライラは掴んでいるアークの肩をぎりっと一回強めに握り、八つ当たりをする事で老師に小言を吐き出す事を耐えた。彼女の手が離れた肩は少し痛みが残っているアークからしたら、災難以外言いようがないのだが、無表情を崩さない辺り、徹底している。
老師は長い髭を弄りながら、二人の様子に優しく微笑み、その表情を一変させ真剣な物へと変える。
「では長い話をしようかの。あれは数百年も昔の話じゃ…」
老師は語る。
・・・
・・・・
・・・・・
あれは妻と初めての自分の子供が生まれ数年経った時だった。
それはそれはワシの娘は可愛く、ころころと表情を変えてワシらを癒してくれていた。
妻も優しくとても美しかった。
聖霊であるワシと妻の子はその力を継いでおり、聖霊として生まれた。
ワシらは人間とも仲が良く、時に人間になって接していたこともあった。
何の隔たりもなく平和に過ごしていた時だった。
雨が連日降り続いていた時の事。
あれは夏の時季じゃったかのう…人間たちにとって気温の上がり下がりは辛いようで、特に夏は大分辛そうだった。
その暑さに苛立ちを覚えた人間はワシの娘にあたったんじゃ。まぁ人間のする事じゃ、ワシや妻は慣れておってまたかと思ったほどで、特に深くは気にしなかった…だが、それが全ての間違いで始まりじゃった。
娘はその人間に仕返しをしてしまったんじゃよ。
精霊が人間に危害を加える事は殆どない。なぜならワシらの方が存在自体ずっと強いからじゃ。魂の、力の、存在のあり方が全く違う精霊と人間。
だからこそワシら精霊は自分たちより儚い命の人間に優しく接する事にしている。
寿命すらも人間の方が短い。そんな者達の小さい出来事を一々気にする必要はないと思っているのもあるがの。
だがまだ聖霊にしては幼い娘は、その人間に小さい仕返しをしてしまった。ワシらにとって小さくとも人間にとっては大きかった。
娘が仕返しした相手がラナンキュラス国の貴族だったのも問題であった。
娘は泣きながら帰ってきた。
ワシらは話を聞いて直ぐに察する事が出来た。
仕返しを受けた相手は死んでしまったんじゃ。
ワシや妻そして娘は特別貴族として元々扱われていた程に、相手を呪う事に特化しておった。
小さい呪いは人間にとって膨大で、その貴族は呪われ死んだ。
精霊王にその事が伝わりワシらは罰を受ける事となった。
罰はワシら聖霊にとって辛いもんじゃった…妻と娘には人間として生きるよう姿を聖霊に戻れないように枷が付けられた。
その枷は精霊王直々に付けられたものでワシの力では到底外す事は出来なかった。
娘と妻は悲しく笑いながら罰を受け入れると言っておったわい。
体内にある結晶と精霊力はそのままに姿だけは人間。
姿を隠す事も飛ぶ事も出来なくなった二人。
ワシは撤回までもいかないが、せめて聖霊として生きる事を許してもらう為、一人精霊王と数日その事について話をしにいった。
そんな時じゃ。
一向に進まない話し合いに休息をと精霊王から一時帰宅の命が下された為、ワシは妻と娘が待つ家に帰ったんじゃ。
久々に帰った家では…
ワシを待っていた者は誰もいなかった…。
居たのはラナンキュラスの騎士の姿。
男はワシに言った。
『お前の妻と娘は私の計画の為に頂いた。今そこにいる抜け殻はもう必要ない。お前に返しておいてやる。私の子供を殺した罪はお前の妻と子で相殺だ』
とな…。
ワシは訳が分からなかった。聖霊の姿ではなく人間の姿をしておったのもあったが、男はワシをここの人間だと顔も見ずに理解しておったようじゃった。
男が去った後、その場に残されていたのは娘だった、妻だった物だった。
二人の服を脱がされ、体には無数の傷と抉られた心臓部分。凌辱の痕。そして精霊力。
心臓である結晶と精霊力が完全に奪われ、既に息絶えていた。
精霊にとって精霊力を、その人間でいう心臓である結晶を奪われる事は、完全なる死を意味する。一度取り出されれば戻す事は容易ではない。
自然の中に生きるワシらの力の源のようなもんじゃ。
人間が脆く、自分たちが手を出せば簡単に死んでしまう事を知っている娘と妻は、碌に抵抗する事も出来ず、抵抗しようとしても人間として生きる事の枷が邪魔をし、ただただされるがままになっておったんじゃろうな…。
男が言うように本当に抜け殻にされてしまった大切な二人が、ワシに笑いかけてくれる事はなかった…。
二人の瞳には絶望しか映していなかった…ガラス玉のようになっている瞳に映る自分の顔は鬼の様じゃったよ…。
ワシは怒りに我を忘れ、男の後を追った。
周りにいる下位の精霊達を使って精霊王に、他の聖霊達に助けを求めることだって出来た筈なのに、ワシはただ妻と娘を奪われた事に頭が焼けておったんじゃろうな…。
その男を見つけて殺す事しか頭になかったと思う。
男の気配は雨のせいで途中途絶えていたが、娘と妻の精霊力と結晶の反応を頼りに飛んだ。
そして辿り着いたのが、山奥にあった一件の小屋じゃ。
そろりと近付き姿を消して中をのぞけばそこにいたのは…
お前達双子…アークとライラじゃった。
辛うじて生きているようで、起きている筈のお主ら二人は何か薬品でも吸わされていたのか、意識が朦朧としておった。二人のぼろぼろになっている姿をみたワシは、怒りに任せ自分がしようとしていた事を冷静に思い返す事ができ、なりゆきを見守ることにしたんじゃ。上手く事が進めばワシの娘と妻の結晶だけは取り返せると思ってな。
最低と思われようが、ワシは戻らないと分かっていても、妻と娘の結晶を、精霊力を取り戻したかったんじゃ…。
しかし奴らがしようとしていた事はワシが思っていた以上の事だった。
部屋には今だから読めるが、ラナンキュラス国の文字で陣が組まれ、魔法構築の為の下準備がされておった。
ワシの娘と妻の精霊力が込められた魔石、二つの結晶、あの男はお主ら特別な異端の双子を使って、ラナンキュラス国の禁忌魔法を使用しようとしていたのじゃ。
何の魔法なのかワシはその時分からんかった…ラナンキュラスの者が精霊魔法を使える筈がないと少し気を抜いていたんじゃろう…。ただ妙な胸騒ぎがして、急いでワシは二人の精霊力が込められているであろう魔石と、二人の結晶を奪いにかかろうとした。
一瞬でも気を抜いてしまったのが悪かったんじゃ…全ては自分の気の緩み…。
気がつけば、ライラの体を二本の短剣が貫いていた。お主達の朦朧とした意識が戻ったのはその時じゃ。
アークの記憶ではライラがお主を守って刺されたと思っているだろうが、それは真実ではない。あいつらは元々、ライラの血を媒体にアークの肉体を触媒に、魔法を構築しようとしておったんじゃからな。
朦朧としておったし、記憶が混濁しているのも仕方がないんじゃ。
ワシが…お主達の記憶を弄っておるからな…。
周りにある魔法陣が、魔石から娘と妻の精霊力を吸い出し構築が開始し、そしてお主ら二人に二つの結晶が投げられ、混沌の扉が付与された。
精霊力で作られた混沌の扉はお主達の感情に左右されやすく、衝撃にアークの感情が暴走し扉が付与された瞬間に開いてしまった。
激しい怒り、悲しみがその場を埋め尽くし、扉から現れた下位の精霊達はお主の意思に従ってワシの目の前で赤く染まっていった。
妻と娘を殺した男共々、その場に居た者は全て肉塊となってしまった…、ワシの復讐相手は消えてしまったんじゃ…。
ワシは姿を変えて近くの村の騎士たちと共にお主たちを迎えに行った。
お主たちはラナンキュラス国の者に拉致されるまでの間、ただの聖霊と人間のハーフであり異端の双子だっただけの子供。
元々持っていたと記憶しているのであればそれは、ワシが救出した後に植え付けた物じゃ。
ワシの娘と妻の命を使った物を持っているなど、幼かったお主たち二人にはあまりにも酷だと思ってな…。
そしてワシの優しい娘と妻の命は、今や二人の武器となった…。
今お主たちが持つ混沌の扉は、精霊力…妻と娘の魂を使用した魔力の複合物。禁忌魔法…それが、お主たちが知るべき本当の真実じゃ。
・・・・・・
・・・・・
・・・・
その場には静寂。
語られた内容はあまりに残酷で、そして悲しかった。




