第42話
(まさかこの方と戦う事になるとは…口で勝てますかね…?)
一体何の戦いなのかは分からないが、情報を吐かせる戦いという事にしておこう。
過去の周回で彼女はブラックと口で戦った事はない。それにより彼の話術の底は不明。
しかし自分についてこられるブラックの事だとアメリアは思う。
(アークやお兄様達よりも性質が悪そうですね…)
先程までの聖霊の姿であろう彼を思い出す。
本来のブラックの姿なのだろうか、あの姿になったとしても彼の話す言葉に変化はなかった。老師と言われているのは姿だけなのだろうか、それとも言葉のせいなのか情報の少ない現状では憶測でしかない。
両国の王から頼まれる程の実力者である事は確かだと、アメリアはぐっと気を引き締める。
すると彼女のその気迫が伝わったのか、ブラックは長い髭を揺らしながら大きく笑いだしたのだ。
「ほっほっほっほっほ!そう身構えるでないよ!ちゃんと分かっておるわい。これ以上は隠すつもりはないから安心しなさい!」
身構えていたアメリア、黙っていたライラはブラックの様子にきょとんとしてしまう。
話を逸らしていた彼の事だ、きっと素直に話してくれる筈もないと二人とも思っていたのだ。
それがどうだろうか。目の前の小さい髭の長いおじいちゃん先生は可愛らしく大きく笑い、髭を触って素直に隠すつもりはないと言っているではないか。
複雑さを隠せない二人の表情を見て、ブラックは笑いを止め、真剣にアメリアを見つめた。
「楽しい話ではないが聞きたいかい?」
アメリアはその真剣な瞳を受けて、こくりと一つ頷く。
頷いたアメリアににこりと笑うと、隣に立っていたライラにカップを指先で小突く。
「少し長くなる。ライラやお茶のお代わりをくれんかの?」
「ライラ、準備して差し上げて。これはとても大事なお話よ」
「はい。畏まりました」
彼女にとってもこれから話される内容は大事な話である。
主人であるアメリアが望んでいる事に必要な情報。何度出向いても成功しておらず、その用途も不明な合魔獣に対して物だ。大人しくライラは従い、お茶の準備を始める。
ぽんとブラックは小さい皺の多い枝のような手を握り、逆の掌に叩く。
「おお、忘れてはならない奴がおった!アークを呼んでおいで。あの子にも必要な話じゃ」
「アーク…」
アメリアの眉がきゅっと真中に寄り、皺を作る。
老師は眉を下げて机の上に置かれているアメリアの小さな手に自分の手を重ねた。
「お嬢様が何故アークやロイド様に魔法をかけたのかは知らん。それが禁忌魔法だと気づけぬワシではない。しかしお嬢様は罰したりせんよ…アークがお嬢様に何かしたのだろう?主人をちゃんと定める事が出来ないからこそ不安定なままなんじゃから、お嬢様が気にする事はないんじゃよ」
優しく自分の手を包む禁忌魔法に強い怒りを感じているはずの老人の手。
それに触れても実体が確かにあり、暖かい。
アグリアの持つ下位の精霊達に自分が触れれば、その体はすり抜け気分が悪くなっていたというのに、目の前に座る老師の掌は触れても気分が悪くなる様子もすり抜ける様子もなかった。
彼の膝の上に座る事も出来ていた、それなのにブラックは聖霊なのだ。
アメリアの瞳が半分伏せられ、下を向く。
(こんなにも人間のようなのに…人間ではないなんて…)
昨日教わった精霊語を、精霊力を意識しながら紡いでいく。
『力を瞳に、見る物に偽りはなく真実を』
たどたどしさはなく紡がれた精霊語に反応し、アメリアの中に宿る精霊力が反応し瞳に集まっていく。そして魔法は構築され、目の前のブラックの本当の姿が映し出された。
それは先程までの男性の姿であり、老人の姿ではなかった。
アメリアは瞼を強く閉じて魔法を解き、真実を受け入れる。
「ほう、お嬢様は精霊魔法を使う事が出来たのじゃな。その瞳で見たワシは如何だったかな?」
「とても綺麗な美しい男性でした…。わたくしの知っている老師様ではありませんでした。そして今はとても…人間のように暖かいです…」
そうかと一言アメリアの手を優しく撫でる。
ライラがお茶を入れ終わるまでの短い時間で、老師は一つアメリアの疑問を解くことにした。
「黙っていた事はもう謝らん。本来のワシはさっき見せた姿が本物じゃ。この国に居る時はこちらの人間の姿をしているせいで、魔法老師と呼ばれてしまっているがな。人間に擬態する事なぞ動作もない」
「擬態ですか…?それは聖霊特有の魔法か何か…」
魔法かと問われれば違うとしか言いようがないといった様子でブラックは首を振った。
アメリアは首を傾げる。いつもの自分の前でのアメリアに戻ってきた彼女にブラックは、包んでいた手を離しそのまま長い髭を弄る。
「そうじゃないぞ?これはワシの趣味の一つじゃ!姿形を変える事なんぞ聖霊にとっては日常茶飯事じゃからのぅ。性別も変えられるしワシはその場その場で好きに姿を変えとる。まぁワシ以外の聖霊達はあまり好んで人間の姿に変えたがらんけどの!」
「おじいちゃんの姿が趣味……それに女性にも…」
割とかなりアメリアはショックである。
自分の中ではかなり好きな存在のおじいちゃん先生の彼の姿が、ただの趣味の一つだと言われてしまったのだ。
そして同時にアスターの秘密基地にあった本の内容を思い出した。
聖霊は証を授けた者以外の命令は基本従わず、気まぐれであると言う事を。
彼のきまぐれの一種が変身だと言うのかとアメリアは少し感心していながらも呆れている。
「誤解が生まれた気がするが気にせんでおこうかの!女性同士だからとアスター様と風呂に入ろうとしたら、そこのライラとアグリア様に気づかれて殺されかけた事は懐かしい思い出じゃ!ちょっとした歳よりのお茶目だと言うのに!」
「………」
ライラの鋭い視線がブラックに突き刺さる。ちくちくと上空から老師の頭に向けられるライラの痛い視線は、それほどまでにアスターが色んな意味で危険であった事が分かるもの。
(老師様はやはり老師様ですね!むっつり老師と神さま方が言っていた理由がやっと分かりました!)
感心し呆れていた理由はこれであった。
魔法老師は繰り返される周回の中で、さり気なく自分の体を触っていた事を思い出していたからである。アメリアもアメリアでそれを噂としてしようするに至っていたので、特に気にしていなかったのだが、彼は神々曰くただのむっつりスケベだったという事なのだ。
全力でおしいと悔しがっているのだからアメリアは納得出来た。
「そうでした、老師様。主人を定めるというのは、証を与えるということですか…?」
コポコポとライラが着々とお茶のお代わりを準備している中、アメリアは思い出した様に左耳についているイヤーカフに触れながら口にする。
いまだ悔しがっていたブラックは、座りなおし髭を触りながら頷く。
「左様。ワシら聖霊は証を与えんでも元々この世界の一部。気まぐれに証を授ける事はあるが、授けんでも感情に流されて暴走なぞせん。…ただあの子とライラは異端の双子であり異例のハーフじゃ」
「だからこそ不安定…」
正解と老師は頷く。
「そういう事じゃ。まぁ詳しくは揃ったら話そう!アグリア様が戻ってくる前に話し終えんとわしが危ない」
「分かりました。お婆様が戻ってくると老師様が危ないのですか?」
ライラは老師の話を黙って聞きながら、お茶を入れアメリアのカップに、慣れた手つきでミルクを入れていく。
アメリアの好みを熟知している流石はライラである。
何故アグリアが戻ると危険が及ぶのかアメリアには分からない。
「アグリア様はお嬢様とお坊ちゃまの祖母。孫を、人を、そして精霊をとても大切にする御仁じゃ。ワシが連れ戻しにきた刺客だと思って殺されかねんからのぅ。ワシはただのお嬢様達の監視役じゃというのに、あの方は話を聞いてくれるか分かったもんじゃない」
「隣国はなんでそんなに物騒なのですか!お婆様があんなに自由人なのはそういう所があるからですか?!口があるのですから口で解決しましょうよ!」
御尤も。
聖霊だとしてもちゃんと口がある事をアメリアは確認している。人間と共に生きている筈の穏やかそうな国なのにも関わらず、一体どういう事なのかラナンキュラス国から出た事のないアメリアには理解できない事であった。
「アグリア様はまだマシな方じゃ!それが出来たら苦労はせんのじゃよー。ほっほっほ」
(お婆様でマシって…一体ブルームーン国はどんな所なんですか!)
祖母の自由極まりないあの行動の数々は隣国では普通、いやマシな方だと言うではないか。
アメリアが想像しているよりもずっと隣国ブルームーン国は物騒であった。
若干疲れたアメリアである。
兄ダレンがバルコニーで相手を知ったら疲れると言っていた理由が良く分かった気がする。
二人にお茶を入れ終わったライラはアメリアとブラックに一礼し、アークを呼びにその場を離れていった。離れる瞬間、一瞬だがブラックに釘を指す様に視線を送っていたのだが、送られたブラックは素知らぬ顔で流していた。
アスターとお風呂未遂という前科がある彼を警戒するライラの行動は致し方の無い事。
訓練場の扉が閉まった事を確認すると、ブラックはにんまりといたずらな笑みを浮かべる。
「さてお嬢様、ライラ達が来るまでに聞きたい事があるんじゃが、良いか?」
「はい。わたくしが答えられる事であれば構いません」
入れてくれたお茶はとてもアメリアの好みの美味しさがあり、流石はライラだなと感心していた。ふと老師が纏う空気が真剣な物へと変わり、アメリアはカップを置いて真剣な表情を浮かべた老師に向き直る。
「何故奴らを止めなかった」
「止める必要性がわたくしにはありません」
嘘偽りなくはっきりと答えるアメリア。
止める必要性はアメリアにとっては皆無。
新しいフラグなのだ、それすら利用しようと考えている程なのだから。
そんなアメリアを見つめ、老師は小さく息を吐く。いくら説得しようと彼女が考えを変える事はないのだと。
「お嬢様が何を考えて行動しているのかはワシには分からん。だが、止めなかった事を後悔する時が来るやもしれん。それは肝に銘じておくんじゃよ?」
「…わかりました。老師様ライラ達が揃ったらこのお話をするのではないのですか?」
静かに頷き、そのまま普段の魔法学を受けている時のように質問をする。
「あの子たちが揃ったらワシの昔話をする予定じゃ。合魔獣に関しては自分で調べなさい」
「…ライラが聞いたら怒りそうですね」
「ほっほっほ。ワシは本当にお嬢様に止めて欲しかったんじゃよ。しかし止めなかったのだから少しくらい意地悪しても良いじゃろ?」
お茶目に片眼を閉じて可愛く笑う魔法老師にアメリアはぐっと口をへの字に曲げる。
何だかんだ言っても彼女はこの老師が割と好きなのである。
恋愛的ではなく人として、そして本人は気づいていないが可愛らしい物が実は嫌いではない。
鋼鉄の精神と魂のアメリアであっても好きな物は普通の女の子と変わらないのだ。
「むー…。何故わたくしなのですか!」
「ワシの可愛い生徒じゃからじゃ!」
「老師様の考えが分からないです。仕方ないですね、情報はこれからも下さるでしたら許してあげます!」
髭につかないように器用にお茶を飲む老師は、腰に手を当てて胸を張っている自分の生徒がとても可愛く見えている。
厳しくしなくてはならない場面であっても甘やかしてしまう所が悪い癖だなと分かっていながらも、別段直そうとしていない聖霊ブラックなのである。
そういう所がアメリアと気が合い、彼女が無害と判断するに至っていたのかもしれない。
老師はカップを置いて長い髭を弄る。
「ほっほっほっほ!お嬢様はお嬢様じゃの!ヒントだけじゃ。これから話すワシの話を聞いて自分で調べ、辿り着きなさい。ワシは答え合わせだけ付き合ってあげよう!」
(老師様は聖霊でも、変わらない先生です!!)
鋼鉄の精神と魂のアメリアは彼が聖霊である事は忘れてはいないのだが、現在の彼はいつものおじいちゃん先生であると嬉しくなった。
「それに答えを最初から知ってしまっては自分の為にならんじゃろ?お嬢様は楽をしたいのかの?ワシは聖霊じゃ。きまぐれに教える事はあるかもしれんがのぅ」
「いいえ!分かりました!自分の使える力を使って調べ上げてみせます!」
「それでこそワシの生徒じゃわい!」
仲良く何故か強く握手を交わしている二人。
ここには現状二人しかいない。鋭いツッコミをするライラや使用人、護衛などはいない。
もし二人の会話が聞こえていたなら複雑な気持ちになっていた事だろう。
「それでどうして人間のしかもおじいちゃんの姿になっているんです?可愛いですけど…」
「この姿だと基本何しても老人だからと許される!」
「なるほど!流石は老師様!」
深刻なツッコミ不足の中、ライラが戻るまでの間二人の会話は続いていたのだった。
〇アメリアは実は可愛い物が好き




