第40話
初めての精霊魔法
精霊王が何とか撤回してくれないかと二人は一気に頭を回転させるが、二人ともブルームーン国の知識が圧倒的に足りない。精霊王がどのような人物なのか二人は知り得ないのだ。
(お婆様に鍛えられてお婆様と戦わないといけないってどんな話ですか!確かに隣国のそれも女大公と名高いお婆様を倒したら、それなりでかなりの悪でしょうけど!それは私の望んでいる事じゃないですっ!)
鋼鉄の精神と魂のアメリアは常に自らを悪と置くが、アグリアの事は別件である。
明らかに血の繋がった親族を倒さなければならないというのは、アメリアにとってもダレンにとっても辛いものだ。
ダレンは未来を何度か見据え打ち消し、何度も想像し考える。
――どんな事をしてもお婆上を倒さない方法がない…。国王に謁見しても昔の約束と言っている時点で恐らく何も変わらない…っ!くそっ!!
二人は煮え切らない気分だった。
そんな孫たちを眺めながら当事者のアグリアは周りの精霊達と遊んでいる。
なんとも自由な人である。
「考え事終わったら始めるぞー?」
(人の気も知らないでーーーー!!!)
アメリアもダレンも必死に祖母と戦わない道を考えているのに、アグリアは呑気である。
アグリアからしてみれば、正直どうしようもないのだからそうなっても仕方のない事なのかもしれない。
ダレンはズボンを叩きながら立ちあがるとアメリアに視線を送る。送られたアメリアも同じ事を考えていたのか一つ頷いた。
「アメリア、邪魔はしないけど、お婆上の事は共闘で」
「ええ、お兄様。何としてもお婆様と戦わない道を探し出しましょう」
共闘戦線が組まれた瞬間である。
考え事が済んだと判断したのか、アグリアがいまだ倒れているマイクに指を指す。
「今から教えるやつはわしらブルームーン国民がラナンキュラスの奴を見て魔力がどれ程か判断するもんじゃ。こっちの奴らが同じような魔法があるかは知らんが、精霊と過ごすわしらにとって基本のやつだと覚えとくといい」
二人は意識をアグリアからマイクへと切り替えた。
これから見る物はマイクに起こっている事。
異様なマイクを目撃している二人は気を引き締めた。
「それじゃ!始めんぞ!基礎とか細い事は後で教えたる。とりあえず精霊力を意識して紡げ!わしやわしの精霊達が居るから暴走もせんし、ちゃんと使える」
『力を瞳に、見る物に偽りはなく真実を』
アグリアはゆっくりと詠唱し、繰り返す。繰り返し聞こえてくる聞きなれない言葉を、何とかダレンとアメリアは口にしていく。
『力を瞳に、みるものに偽りはなくしんじつを』
たどたどしくではあるが紡がれた精霊語に反応し、二人の中に宿る精霊力が反応し瞳に集まっていく。そして魔法は構築され、マイクの中にある全てが映しだされていく。
「ひっ!嘘ですっ!!」
映しだされたものにアメリアは悲鳴を上げる。ダレンの瞳にはマイクの中には禍々しく魔力が巡っている事しか分からず、悲鳴を上げるほどでもない。
ダレンは隣で顔色を変えた妹に何があったのか問い質す。
「お兄様には…見えないんですか!?あれは…あれは!!わたくしとお兄様の…そしてユリの魔力です!」
「なんだって!?」
青ざめながら悲痛な声を上げるアメリアの肩をダレンが掴み、瞳を覗く。
彼女の瞳は感情を映し出しその色は強いコバルトブルー。嘘は見つからない。
アグリアは二人の後ろから納得したように声を出す。
「ほー!そうだったんか。何種類も混ざっとるとは思ったが…まさかのぅ…」
「どうやって手に入れたんだ…マイク…」
掴んでいた肩から力を無くして落ちるダレンの両腕。再度見つめるマイクの体には禍々しく流れる魔力達、それが自分の物を含めて三人。
アメリアもマイクも自分が見つめている弟の中に流れている物を受け入れられないでいる。そんな二人の背中をアグリアはぱんと叩き、下がっていた顔を持ちあげさせる。
「ほれ。おちびちゃん、坊主!応用せい!病みっ子の魔力は今どうなっとる?おちびちゃんなら特に見えるじゃろ」
祖母の言葉に再度詠唱し、じっとマイクの体の中を見る。自分の魔力、兄の魔力、妹の魔力。そのどれもが存在を強く主張している中で、見つけたマイクの魔力は。
「…そんな!わたくし達の魔力に負けて…」
「消えかけている…」
「そこまで見れたんなら上出来。今の病みっ子の体の中にある魔力はほとんどが他のもんの魔力の一部。そして自分の魔力が消えかけとる事に病みっ子は気づいとらん」
真実は無情にも二人へ突き刺さった。
もう見なくて良いと二人の頭を押さえ付け、無理やり下を向かせるアグリア。
ダレンは拳を握り自分の腿を叩く。アメリアは胸の前で手を握り耐えるように。
「なんて事をっ!」
「お婆様なら分かりますか…?マイクがどうやってわたくし達の魔力を手に入れたのか…」
アグリアの視線は倒れているマイクに向けられている。
精霊達が離れ警戒した理由。それに答えが辿り着いたのだ。
「んなもん様々ある。だが…ド・グロリアの瞳での結果を受けて確信出来た。あれは禁忌魔法の一種だろうな」
「なっ!?」
禁忌魔法。失敗すれば術者に返り、更には周りをも巻き込む危険魔法。
それをマイクは使用したという。
アグリアはアメリアの問いに答える為に考え、答えていく。
「ピンクっ子は小さいから生まれた時の物でも見つけたか…へその緒探して無ければそれじゃろ。二人のをいつ、どこで手に入れたんかわしは知らんけど、どこかで三人の“血”を手に入れたんは確かだろう」
「血…」
視線を落としていたアメリアは、アグリアの言葉にはっとする。
見つめるのは地面。そして自分の強く握っていた両手。
(もしかして私の血はお義母様の部屋…の何か…?それともこの間、落下した時…。禁忌魔法なんてそんなに簡単に構築出来る筈もない…マイクどうやって…)
彼女が考えられる怪我はダリアの暴力。そして先日の落下。
それくらいしか現在のアメリアが血を流す事はなかったのだ。ダレンに関しては訓練など様々な事をしているのだから、マイクと仲が悪くない彼の血を手に入れる事は簡単だろうと考えた。
「少量でもあれば禁忌魔法を構築さえ出来れば、体に入れる事は出来るらしいから、病みっ子はその禁忌魔法を構築する為の特性、才能があったっつーこと。大きい声で言える事ではなかったが、ある意味才能だと夕食一緒にした時に、遠まわしに言ったんだが伝わらんかったんか…」
元々の素質。元々の魔力。それは鍛えれば多少なり変化するが、劇的に変化を起こすものは晩成型だけである。
マイクの未来を知っているアメリアは思い出す。
彼は本来使用できない魔力を得ていた事が何度かあった。
それは本来持ちえる禁忌魔法の特性を使い、魔法を構築し今と同じように魔力を得ていたのだと。何故使用出来ていたのかその頃は何も考えず、気にしていなかったが、それはこう言う事なのだと、精霊力をド・グロリアの瞳の力を使い理解出来たのだ。
「お婆上あれは…引き剥がせないのですか…?」
兄の言葉に瞳の力を借りてマイクを見ているアメリアは、悲しげにゆるりと首を振って答える。
「できませんよ、お兄様。すればマイクは廃人になります」
「廃人に…」
ダレンは言葉を失う。
自分を慕っていた弟が禁忌魔法に手を出し、そして成功させ自分たちの魔力を体の中に取り込んでいる。一体自分はマイクの何を見ていたのかダレンは分からなくなってしまった。
ショックを受けている兄にマイクから視線を外さず、アメリアは口を開く。
「マイクはわたくし達、印持ちに嫉妬していた。それ故にわたくし達の力の一部を手に入れた。だけど、自分の魔力が消えかかっているから魔法が上手く構築できない。不完全な…」
アメリアの言葉にピクリと反応を起こしマイクの体から突如禍々しい魔力が発せられる。
訓練場に溢れ、ビリビリと肌を震わせる魔力に三人とも自然と身構えた。
マイクがゆっくりと立ち上がり、アメリアを睨みつける。
「僕は…不完全な生き物なんかじゃない!」
「マイク!」
「お前!何て事を!自分の魔力を犠牲にしているのが分からないのか!」
マイクからアメリアを守ろうとダレンが身を乗り出すが、弟から発せられている魔力によって体がいつもよりも重く感じる。
アメリアもダレンもマイクを助けたい。しかし彼らの言葉はマイクに届かない。
兄の言葉を、頭を大きく振って拒否をする。
「うるさい!僕は姉上や兄上の力を手に入れた!僕はユリを守るんだ!あの子は僕に笑ってくれる!あの子だけは!」
「おーおー…本当に病んどるのぅ。おい、病みっ子!そのまま魔法を使えば暴走するぞ!死にたくなければやめいっ!!」
「うるさいっ!!」
ただ一人この魔力に対して立ち向かえるもの、それはアグリアである。
女大公として名高く経験を積んでいるアグリアは二人の間から身を乗り出し、背中へと庇う。腕輪を付けていても本来の彼女が持つ精霊力は、マイクに負ける事がない。
彼女の周りには彼女を慕う精霊達が、マイクを睨みつけアグリアの一言があればいつでも攻撃をしかけられる体制に入っている。
精霊力と混合してしまった魔力がぶつかり合い、緊迫する訓練場の中。
どれほどの時が流れたのか、何時間、いや一瞬かもしれないその中で、アメリアは必死に考える。無詠唱で魔法が構築出来、全ての構築が可能な能力者であるアメリアであれば、マイクに対抗することは簡単なことだ。しかし、現状ダレン、アグリアが居る状況では下手な事は出来ない。だからこそ目の前の禍々しい魔力に対抗できるのは、アグリアのみなのだ。動かずしっかりとマイクから視線を逸らさず、彼を見つめる。
アメリア、ダレン、ユリの魔力を7歳にして手に入れてしまったマイク。
本来の体にある魔力は“後付け”された三人の魔力に負けそうに儚いほどに小さくなってしまった。
この世界のあり方を攻略対象達の設定を魂に刻まれているアメリアであっても、本来の設定以上の事を知る為には、自分で調べなくてはならない。
歯痒い思いをアメリアはしていた。
その時。
音もなく男女の双子がマイクの直ぐ後ろに姿を現した。
「うるさいのはどちらです!マイク様!」
「暴走されてはこの屋敷に被害が出ます!多少手荒ですがお許しを!」
「二、三日眠ってください!」
二人の動作には無駄がなく、アークはマイクの腕を後ろに捻り上げ、ライラは足を払いマイクを床に押さえ付け、口にはハンカチを銜えさせた。
マイクが反応を起こすよりも早く行われた鮮やかな行動。
アークは左手に、ライラは右手に力を込め、精霊語で詠唱する。
『我らが拳は毒へ』
アークの掌がマイクの後ろ頭を掴む。
『毒は神経のみを犯せ』
ライラの掌が前から頭を掴む。
『日が三度昇る時、目覚める!三日眠り続けよ!』
「ぅっ!?…!……?…」
二人がかりによって込められた彼ら一族特有の精霊魔法。
声を揃え詠唱が終わると、構築されマイクの歪み溢れていた魔力が散り、スカイブルーの瞳から光が消えていく。
言葉すら既に上手く発する事が出来ない。
脳が痺れそのままゆっくりとマイクは眠りに落ちた。
「お休みなさいませ、マイク様」
ライラとアークはこの間、魔力に当てられ多少顔色を悪くしてはいるが、一切表情を崩しておらず二人とも無表情であった。
完全に眠りに落ちた事を確認したアークは拘束を解き、マイクを持ちあげる。
ライラはぐるりと勢いよく振り返り、一瞬にしてアメリアの元に滑り込むようにやってくると、膝立ちになり肩を掴み上から下、前後ろと怪我はないかどうか確認を始めた。
流石にこれには緊張を解いたアグリアと、ダレンは顔を見合わせて苦笑してしまっている。
「お嬢様!大丈夫ですか!?お怪我は!」
「大丈夫よライラ。それより今あなた達は何をしたの?」
ライラの行動に慣れているアメリアは気にする様子もなく、顎でアークの腕の中で眠るマイクを指した。
アメリアの動作にライラは首だけを回し一度マイクを確認し、答えるべく口を開く。
掴まれている肩に少しだけ力が加わる。一体どうした事かとマイクを見据えていたアメリアはライラに視線を動かし、逸らした。先程まで心配していたのにも関わらず彼女の後ろには、うっすらと混沌の扉が出現し始めていたのである。
鋼鉄の精神と魂のアメリアは、表情を崩さないが、一体何事かと内心飛び跳ねて驚いていたりする。
勿論、近くにいるアグリアとダレンも、うっすらと出現し始めたその扉に浮かべていた笑顔が固まる。
三人とも今考えている事は同じ。
「私たちが得意な魔法を少々。それよりもです!朝お嬢様や若様、更にはアグリア様すらお部屋に居られずアークに声をかけ二人で探していた所、こちらから強い魔力と精霊力の反応があるではありませんか。急いで確認と迎えに来たらこんな状況!私たちのお気持ちお分かりになられますか?何故私を起こさなかったのですか?」
無表情であるが故に怒ると更に迫力が増すライラなのだが、無表情を綺麗に微笑ませたのである。
アグリアとダレン、そして近距離で受けるアメリアに一気に悪寒が走る。
ダラダラと内心汗が溢れる。
三人とも直ぐに逃げ出したい所なのだが、コツリとアグリアとダレンの後ろに足音。
二人はゆっくりと錆びついた歯車を動かす様に首だけで振り返ると。
「ダレン様、アグリア様、どのような事があるか分かりません。どこかに行かれる際は必ず連絡をと、私は言っておりましたよね?むしろアグリア様、お嬢様は起きられてからまだ一日経っていないのですよ?いくらアグリア様とは言え、お嬢様は病み上がりです。こんな所で朝早くから無理をさせて、お嬢様がまた寝込まれてしまったらどうするおつもりだったのですか?ブルームーン国と違って好き勝手して良い場所ではありません。その件については聞いた話ではありますが、既にお嬢様にも言われていたのではないのですか?それにお嬢様はこの国の王子の婚約者なのですよ?」
無表情のアークが持ち前の高身長を生かし、見下しながら眼鏡を光らせていたのである。淡々と捲し立てるように冷淡に言い放つ彼の迫力は凄まじいもの。
ダレンの頬が完全にひくついてしまった。二人ともそれなりに怒っている事は確かなのである。
気がついたら自分の名前まで上がっている事にアメリアは驚き、修正し自分に対して負の感情を向けさせていたとしても、何だかんだアークは優しいのだなと、内心複雑なのであった。
固まってしまった孫二人にアグリアは、がしがしと頭の後ろを掻きながら首を曲げて骨を鳴らす。彼女も二人が怒っている理由は至極当然だと分かっている。
怒られるべきはダレンでもアメリアでもなく自分だと、アグリアは口を開く。
「怒るな怒るな。三人を連れ出したんはわしだ」
「アグリア様!勝手な行動は慎んでくださいとあれ程!」
「お嬢様!若様!アグリア様!一体私がどれほど心配した事か!特にお嬢様!」
自分が悪いと分かっていた事なのだが、これから始まるであろうアーク及びライラの小言をアグリア含め三人は聞きたいとは思えない。
ブルームーン国でアスターが生きていた頃に嫌という程聞いてきたアグリアは特にだ。
小言を吐き出す前の双子に掌を向けてストップをかける。
「相変わらずお前ら双子は小言がうっさいわ!婚約者だろうとなんだろうとわしには関係ないわ!小言が多い年寄りはその内捨てられるぞ!」
「ぐっ」「うっ」
聖霊と人間のハーフであり、かなりの長生きの二人にとって、とてつもない言葉の槍。
無表情は崩さないが二人ともかなり衝撃を受け、吐き出そうとしていた言葉を止める。
アメリアは心の中でアグリアに対して、親指を立てて激しく感謝していた。祖母の婚約者とだろうと関係ないと、考えていたのはアメリアとて同じ。彼女は隣国に行くつもりは微塵もないのだから。
一人、ダレンだけが首を傾げている。
アメリアの背をちょんちょんと指で突っつき、面倒くさいといった表情を張り付けて振り返る。彼女の耳に口を寄せて小声で話す。
「アメリア…二人が年寄りって…」
ああ、そうか知らないのかとアメリアは納得し、アークとライラに頭を傾けながら視線を送りつつ説明を始める。
「あら、お兄様でも知らない事がございましたのね。二人ともR.D.400くらいに生まれたらしいです。立派なお年寄りで、お婆様よりおじいさんですしおばあさんですし、もはや仙人とかそういう類なのではと。まぁ小言が多いのも、お年寄りですし仕方ないのかもしれませんね」
アメリアにとっては何て事無い普通の説明である
齢7歳から見たら、それはもうかなりの年寄りであることには間違いない。アグリアやロイドからみても相当なのだ。その二人に無意識に追い打ちをかけている事をアメリアは気づいていない。
ダレンはなるほどと、それなら仕方ないねと、納得を口に出していた。
無意識な二人に追い打ちをかけられた双子にとってダメージが大きい。
「ぐぅっ」「がはっ」
流石に無表情が一瞬崩れ、ライラは微笑んでいた頬が引き攣り、アークの眼鏡がずれる。
無意識で話している孫二人にアグリアは一瞬きょとんとしていたが、表情を崩された双子を確認すると盛大に笑いだしたのである。
「わっはっは!何じゃい何じゃい!おちびちゃんと坊主に言い負かされたんか!お主らがじっさんばっさんなのは変わらん事実なんじゃから!諦めい!」
「アグリア様…後でお話し致しましょう」
「アーク、私もそれに参加させて頂きます」
余計な事を口に出したのが悪いと根源に対して双子は、混沌の扉を少しだけ出現させ美しく微笑んだ。普段全く笑わない二人の笑顔が揃っており、アグリアは笑っていた声を詰まらせ、小さく悲鳴を上げたのだった。
その後、双子に連れ出されるように連れて行かれたアグリアを見送りながら、残されたダレンとアメリアは朝食の時間の為、一度着替えに自室に戻っていったのである。
帰り道ダレンから旗殿下こと、ジークライドは本日もこられないと教えてもらった。
マイクはきちんとアークによって部屋に運ばれたようだ。
こうしてアグリア特訓初日の朝が終わったのであった。




