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悪役令嬢は100回目のバッドエンディングを望む  作者: 本橋異優
―ゲーム本編前・事前準備―
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第39話

女大公の来た理由とは


「わしもあまり知らんが、アスターは良くその目の力を使っとた。なんでも自分の力を目に集中させて相手を観察しているだとかなんとか?」

「何故疑問系なのです!はっきりと!」


アグリアは思う。

――わしがその力使ってたんじゃないから、正直細かい事知らんし。

しかし目の前で腰に手をやり自分たち二人に鋭い目を向けている孫に、そんな事を言える訳もなく、横に同じく正座しているダレンにちらりと視線を向ける。

どうしたものかといった表情を向けられたダレンは苦笑する他ない。

ダレンに言わせてみれば現状巻き込まれているだけに過ぎず、アグリアの特訓をしていただけなのだから、アメリアの瞳に関してそこまでの情報を持っているわけでもない。

二人が途方に暮れていると、アメリアの右足が地面を急かす様にタンタンと音を鳴らし始めた。

彼女の苛立ちは最高潮である。


「自分の力とは精霊力の事ですか?それとも別のド・グロリア特有の力ですか?後者も前者もわたくしは使った事御座いませんよ!」

「だから!わしもあまり知らんって言っとろう!」

「なら!易々と使え!など言わなければ宜しいのですっ!」


これには御尤もとしかダレンとアグリアは言えない。

自分も使った事もない力を見た事があるからと、使ってみろと言ったアグリアが悪いとダレンは諦めた表情を浮かべる。正直ダレンはさっさと解放してほしい心境なのだ。彼の足は痺れ始めてきており、このままいくと立ちあがった後、無様な姿を晒しかねないのだ。それだけは断じてお断りなダレンなのである。

アメリアは曖昧な祖母の言葉を考えながら、表情はそのままに瞼を瞑りものは試しと、使い慣れない自身の精霊力に慎重に語りかける。流れを感じ、どのような物が自分の中に流れているのかを、ゆっくりと。

魔力に関しては無詠唱で使用することが出来る程に身についているが、初めて使う精霊力と瞳の力。両方をいきなり本番で使うのだから、緊張しないわけがない。


(私の中の精霊力。私の声が聞こえるならどうか力を貸して下さい…)


魔力に語りかける必要はないのだが、精霊力は精霊の力と書く。アメリアは必要ではないかもしれないが、何度も心の中で語りかける。


(精霊力、精霊力さん。お願いです…)


ふわりとアメリアの真っすぐな青銀の髪が光りを帯び始める。

アグリアとダレンはアメリアの様子が変わり始めたのに気づく。光を帯びた長い髪は揺らめき、美しく、そして瞳を閉じているアメリアを引き立てる。

二人は目の前で起こっている事に驚きを隠せない。

――アメリア!お前は一体…。

ダレンの妹であり、印に誓った相手は初めて使う筈の精霊力を今体に循環させている。7歳の彼女は通常ではあり得ない事を目の前で起こしているのだ。

――アスターの時は事後報告だったが、おちびちゃんのように光っとったんか?凄い量の精霊力を使っとるけど…気づかれないところでもあったんか?何か悔しいぞ…。

アグリアが考えていた事は別の事。

当時のアスターを思い出し、そしてこれほどまでの力ならば自分が気づけない事は無かった筈だと。それなのにアスターは力を使い報告してきていた。自分の娘にしてやられたような気分を味わっている。


アメリアは自分の中の精霊力を感じ、その力が暖かい事を知る。

暖かい精霊力、対するは冷たい魔力のように、二つは本当に相容れない力なのだと。

精霊力を体の中を巡らせ、瞳に集中するように流れを変える。精霊力を使う魔法ならば、詠唱は必要だがアメリアはその詠唱方法を知らない。

瞳を開き、眉を寄せ、困った表情を浮かべる。


「どうした?そのまま詠唱すれば魔法は構築されるじゃろ」

「詠唱って魔法と一緒ですか?ライラはなんだか良く分からない言葉で詠唱していたので…」

「あ?もしかしてこっちの国は精霊語習わんのか?」


光り輝くアメリアと足が痺れたダレンは目を合わせ、アグリアに向き直りこくりと頷く。

アグリアは両手を地面について嘆く。


「阿呆かっ!隣国で良く使っとる言葉を学ばないんだ!いざ攻められた時、詠唱が聞き取れなかったら何が起こっているのか分からんではないか!これは後で国王にも言わんとならん!!」


そのような事が無いように両国の王は頑張っているのだが、確かにそうだなと素直に兄妹は思う。そのような事があれば、精霊語を理解出来ていなければ完全に不利。

祖母が国王に報告すると言っているので、二人は別段父親に報告するつもりもない。正直任せておいた方が上手くいくといった心境である。

地面をどんどんと叩いて嘆いているアグリアなのだが、地面は割れておらず凹みもない。

これには二人とも同じ方向に首を傾げる。


「お兄様、お婆様はわたくしたちがいたバルコニーを“軽く小突いて”壊したのですよね?」

「ん。そうだと僕も聞いたけど…これは一体?」

「お婆様の周りにいる精霊達が何かしているみたいなのですけど、何と話しているのか全く分かりません」

「んー。同じく分からない…」


いまだ嘆いているアグリアの周りを何やら必死になっている精霊達。アメリアとダレンは何を精霊達がしているのかを観察している。アグリアが嘆いている事に関しては完全に無視を決め込んだ。何かを話しているようなのだが、二人には分からない言語である。

ただ分かるのはアグリアの機嫌が急降下していると言ったことだろうか。

嘆いていたアグリアが急に立ち上がり周りの精霊達を散らすように腕を振る。


「だぁ!うったしい!力を抑えればいいんだろ!腕輪持ってこい!あれつけときゃ壊さん!ぴーちくぱーちく言わんでも分かっとる!」

『アグリアが怒ったー』『怒ったー』

『あれつけるの嫌いって言ったのアグリアー』

『そーだ、そーだ』『ぷんぷんするぞー』


どうやら小さい精霊達に説教を受けていたようだという事だけは分かった二人だが、そんな事よりも気になる事があった。


「そのようなのがあるなら…」

「最初から付けてください」


この一点である。

そのような腕輪があるなら最初から付けていて欲しかった二人なのである。

一匹の精霊が腕輪を取りに行き戻ってきた頃には空に朝日が完全に昇っていた。

精霊から腕輪をひったくる様に受け取ると左手につける。

するとアグリアから無尽蔵に放たれていた強大な精霊力がいとも簡単に収まっていき、無意識に緊張していたダレンとアメリアの肩から力が抜ける。

試しにと言った感じでアメリアが、ダレンが持っていた木刀をアグリアに渡し、握ってもらうも先程のように砕け散る事はなく、みしっと音を立てただけだった。


(こんなに違うなら!最初から付けていてくださいよ!)


アメリアの突っ込みは誰もが思う事である。

多少はアグリア自身それなりに鍛えており、力はあるが、規格外の力を発揮する事はなくなったようだ。

アメリアはアグリアに再度言う。


「そのような!物があるなら!最初から付けていてください!お兄様もわたくしも怪我をしなくて済みました!」

「だって…これつけると体重い…」


子供のように拗ねている祖母に孫二人は溜息しか出ない。


「いい歳なのですから少しは考えて行動してください。僕が言えた事ではありませんが、お婆上は大公という爵位をお持ちなのでしょう?父上がもし国王に報告し罰を与えていたら大変な事になっていたのですよ?」

「お婆様は少し反省なさってください!このわたくしを物扱いした挙句、死ぬ可能性があったのですよ!分かっていますか!?」


二人の孫にお説教を受けたアグリアは唇を尖らせてしゅんと肩を下げる。


「嬉しかったんだ…あの体の弱かったアスターが二人も子供を産んだっつーこともそうだが、何よりも…わしはこの国に来れんかったからな…」

「え?」

「わしはブルームーン国の特別貴族じゃ。ド・グロリアの名を持つアスターと違った形のな。だからあの国から簡単には出れん。出れたとしても王命以外には出してもらえん」


初めて聞くブルームーン国の特別貴族のあり方。二人は驚きを隠せないが、黙って続きを聞いている。


「特別貴族っつーんは、何かに特化した奴が貰えるもんだ。だが、貰ったが最後。国からは出れん。国に軟禁されるようなもんじゃ…」

「お母様は…特別貴族だったじゃないですか…」

「そうだ。あれはロイドがアスターに惚れて、あいつが国王の従兄弟だったから出来た事。国王とロイドとわしと精霊王の四人で話し合い、互いの国に損得ない解決策を見出し、精霊王が許可したからこそ成し得た結婚じゃ。でなければ、ド・グロリアの娘が他国に渡ることなどあり得ん」


意外にも父親と国王は精霊王を説得し、頑張っていた事を知る。

アグリアは首を鳴らしながら空を見上げる。


「アスターも最初は逃げとったんだけどなぁ…いつの間にか絆されて、ロイドに惚れちまったもんだから、わしとしても結果的に二人を結婚させてやれて良かったと思っとるよ。愛娘が幸せになる事が一番だからな!」

「お婆様…」

「アスターが出るとなったから、双子の処遇にも悩まされたのぅ。ライラは既に証渡しとって離せんし、アークをライラの監視役につける事で話は纏まった。その代わりが、好き勝手してきたわしが国の剣となる事が必須だったんじゃが…後悔はしとらん。まぁこの事は、二人には知らせてないんじゃがな!精霊王の命を受ければこの国だろうとわしは攻撃する。そういう契約なんじゃよ…」


アグリアから語られるアスターとロイドの結婚の真実。それは同時にアグリアが国を裏切ることが出来ないという真実でもあった。

アグリアはゆっくりと複雑そうな表情を浮かべている二人に顔を向ける。

浮かべていた表情は晴れやかな頬や目元に皺を寄せ、美しく笑うアグリアだった。


「悲しい顔すんな。わしは今もここにいれるんは、先日のわしが起こした事のお陰だったりするんじゃから!精霊王にド・グロリアの名を持つおちび…アメリア、お前を連れて帰れと。あわよくばアスターの血が流れている坊主…ダレンも連れて帰って来いと命じられて国に来ているんじゃからな!二人ともここに居るし、わしも外に居るのは奇跡じゃ!」


ダレンは片腕を広げ、アメリアを後ろに庇う。

アメリアはアグリアが公爵家にやってきた時の事を思い出していた。あの時のアグリアはアメリアを物のように言っていた。そして、父ロイドは連れ去られると。

あれはそういう意味だったのかと理解したのだ。


「お婆上…ブルームーン国にアメリアを連れていく事はさせられない。僕たちは行かない!」

「わかっとる。わしはお前さん達の命を奪いかけた。それは精霊王も知っとる」


ゆるりと首を振りアグリアは人差し指を一本だけ立てると二人に向ける。


「だから一年。わしはお前達を見る事にした。そこで坊主は精霊力の一部でもいい、理解し魔法を習得。おちびはド・グロリアの力を、それと一緒にわしの精霊に触れても問題ないところまでが目標じゃ。一応坊主からの罰が鍛え上げる事だったからな…都合が良かった!その力でわしや精霊王…ひいてはブルームーン国の者から己を守れ。魔力はわしや精霊達には利かん。同じ力で勝ってみせよ!」


あまりの衝撃に二人の息が一瞬止まる。目の前の祖母はまるで自分たちに力をつけさせて、いざ敵になったら容赦はするなと言っているようだった。

ダレンとアメリアは分かっている。見つめるアグリアの瞳に嘘はない。周りにいる精霊達も静かに下を向いて、一部の精霊は泣いている。

この言葉が真実であると二人は嫌という程分かってしまったのだ。


アメリアは手を握りしめ、下を向く。


「言われなくとも、お婆様がわたくしの敵になった時、わたくしは容赦なくお婆様を倒します!わたくしの敵になるものにわたくしは容赦致しません!」

「アメリア!」


ダレンが止めようとするがアメリアは叫ぶ。


「ただ!」


握っている掌が痛む。

アメリアは奥歯を噛みしめ、顔を上げる。


「ただ…今は…わたくし達のお婆様なのでしょう…?」

「っ!」

「アメリア…」


アメリアの瞳からは涙が流れていた。下がった眉を寄せ、唇を震わせて美しく流れる涙。

鋼鉄の精神と魂のアメリアはこのような姿を、ダレンやアグリアに見せるべきではない事は分かっている。約束の為に、目の前の祖母を殺さなくてはならない未来が来るかもしれない。そうでなくとも、敵になれば致し方ないのかもしれない。それでも、彼女は関わってきた人々を救いたいのだ。

静かに涙を流すアメリアにアグリアは近付き、胸に抱きしめた。


「すまん…今はお前達のおばあちゃんじゃ…。すまん…わしの力では守り切れなかった…。その時になったら…構わずわしを討て。この国でそれが出来るのはアスターの子であるお前達二人だけなんじゃ…」


暖かい腕に抱かれてアメリアは止まらない涙を流し続ける。抱き返さないのがせめてもの祖母の言葉へ送る彼女の返事。本当はやりたくない、しかし、理解したとアメリアは泣きながら手を握り込む。

ダレンは膝の上で強く手を握り、目を閉じていた。


静かに流れていく時間。


抱き締めていたアグリアがアメリアの肩を掴むと胸から離し瞳を合わせる。まだ潤んでいる瞳の色はコバルトブルー。瞳の色にアグリアは少しばかり苦笑を浮かべ、未だ正座したままのダレンの足先を、ちょんちょんと踏みつけながら言葉を発する。


「さて、精霊語の分からん狙われとるおちび姫とそこの痺れ坊主。わしがいう詠唱をそのまま真似てみぃ。ド・グロリアの瞳の力でおちびちゃんは、病みっ子に起こっている事が完全に見れるじゃろう。坊主は見えるようになるが訳分からんと思う」

「まっ!て!!さわっ!?ぎぃっ!?」

「ほーれ、ほーれ♪湿気るんは苦手なんじゃ!坊主で憂さ晴らししたる!足痺れ取るのバレとるぞー!」


さり気ない方法で空気を変えたアグリアに、アメリアは感謝していた。

その犠牲が兄ダレンなのだが、この際気にしないでおく。


(お婆様は…本当に強い人ですね。一番辛い立場のはずなのに…ありがとうございます)


アグリアは足先でダレンを弄りながら、両腕を上に伸ばし深呼吸し一気に力を抜いて腕を下げる。


「あー!面白いから許可っつーとったんに、連れて帰れっつー命令はそのままって本当に融通きかん精霊王じゃ!国王も昔の約束思い出したとかで何も言えんっつーてたしのぅ」

「うん?!」

「あしやばい…ん?!」


心の中で感謝していたアメリア、痺れる足を踏まれ悶えていたダレンは、一気にアグリアに顔を向ける。

面倒くさいと全身から滲みだしながら頭の後ろで手を組むアグリアに、アメリアは恐る恐る聞いてみる。ダレンもアメリアも嫌な予感がしている。


「お婆様王命は取り下げられてないのですか…?一年見ると言うのは…」

「あ?一年見るっつーんは坊主たちへの償いで、取り下げられたなんぞ、わしはそんな事一言もいっとらん!一年後わしはどんな状況であれ、お前達二人を襲うし連れ帰ろうとするぞ?それが、我らの王からの命令じゃからな!」

「はい!?!?」

「お婆上!?それじゃあ!!」


二人の気持ちは自分たちの考えている事が、間違っていて欲しいと思っている。嫌な予感が増していく。ダレンもアメリアも血の気が引いていく。

そんな二人にアグリアはとても良い笑顔を向け、口を開いた。


「その通り!わしを返り討ちに出来るくらいに成長しとくれ!精霊王も国王もわしが死んでも仕方ない事なんは、百も承知だから安心してこい!」


全然安心できない!!

兄妹の気持ちが完全に一致した。


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