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悪役令嬢は100回目のバッドエンディングを望む  作者: 本橋異優
―ゲーム本編前・事前準備―
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第38話

マイクの異変


早朝の秋風が寂しく吹いている。

暗かった空は少し霞みがかる様になっており、朝日が昇り始めた事を意味していた。

公爵家の訓練場には四人の姿。

高く結んでいるパステルブルーの髪を揺らしながら、アグリアは組んでいる腕を指先で小さく叩き口を開く。


「病みっ子、お前の事は調べた。たった一人印持ちじゃないんだな」

「そ…れは…」

「あぁ?話したい事があるならしゃきしゃき喋れ!印持ちじゃないから何なんだ?」


アグリアの質問の意図がマイクには読めない。一体何が言いたいのか彼には分からない。ただ自分の事を調べたという点は理解出来た。

一番触れて欲しくない一人だけ印持ちではないという事に。

マイクは耐えるように手を強く握る。


「僕は…印持ちじゃない…姉上や皆にはあるのに…僕には」

「だから何だ」


アグリアは手の中に残る木くずを払い、再度胸の前で腕を組みマイクに首を傾げる。


「え?」

「生まれながらにして天才に、生まれながら平凡のお前が勝てるとでも思ったんか?お前にはお前の才能があると言ったじゃろ」

「っ!…だから…僕は…」


言葉を荒げて顔を上げれば、真剣に自分を見ている瞳とかち合う。

苛立ちを覚えているアグリアは尚も言葉を休めない。


「卑屈になって何が変わる。努力もせんで何が変わる!天才は天才なりの苦労がその者達にはある!その苦労も知らないで妬むのは愚か者のする事じゃ!」

「あら?お婆様。マイクは愚か者ですよ?何も一人では出来ない。誰かに頼らなくては生きていけない」


アグリアの近くにいたアメリアはあえて言葉を挟む。マイクに向けている表情は小馬鹿にしたような笑みを浮かべている。


「…姉上のように僕は!わがままは言わない!」

「へぇ。わたくしは当たり前の権利を使っているだけよ?お前のように使えもしない力を求めてなどいないし、使ってはいないわ」

「っ!僕だってつか…」

「えん。今のお前では魔法はそこまで使えん」


絶望的なアグリアの遮り。

姉はただわがままをしているだけだと、自分を苛めて楽しいのだとマイクは分かって欲しかった。自分だって強い魔法が使えるのだと。

しかし、アグリアはたった一言でないと言った。

マイクの瞳が更に淀む。


「アグリア様…まで…どうして!!」

「叫ぶな!うったしい!おちびちゃんの言い方はさておいても言ってる事は間違っとらん。お前は無い力を求めて卑屈になっとる愚か者じゃ。平凡のお前は部屋に引きこもって何しとった?」


言えない。マイクはアグリアの問いに答えられなかった。

姉の言い分は間違っていないとまで目の前の女大公は言う。

マイクの周りにいた精霊が突如距離を取り始め、同時に警戒し始めた。

精霊が見えているアメリアはその事に気づき、怪訝そうな表情を浮かべる。


「それは…その…」

「言えんよな?それが答えだ。他の誰にも言えんような事をしている時点で、お前の成長はそこまで。平凡が天才に追いつく為には努力が、それこそ血を吐く程の努力が必要なんじゃよ!引きこもっておったお前はその努力をしとったんか!何をしたか知らんが!お前の体から臭う混ざった魔力はなんじゃ!!」


マイクの周りの空気が淀む。本来彼が受け継いだ魔力ではない気配がその場を包み始め、異様な気配を放ち始めた弟の変化に、静観していたダレンもその腕を止め駆け寄ってくる。

アグリアは顔を歪め激しく舌打ちした。

精霊達も警戒している。それほどにマイクから異常な気配が漂っているのだ。


「なっ!?」

「マイク!?」


駆け寄りそうな二人に片手を上げて止めに入るアグリア。

彼女の瞳はマイクから離れてはいない。またアグリアから発せられている気配も緊張したものへと変わっている。


「坊主もおちびも気づかんかったのも無理ない。同じ屋敷にずっと一緒に居ったんだからな…少しずつ変化しておったんじゃろ。何をしたかは知らん。けどな、本来の魔力を捨ててまで、別の魔力を体内に無理やり取り込んだお前は、絶対に上手く魔法は扱えんよ」

「つかえる…」


癖っ毛な青紫色の髪が横に何度も揺れ、俯いているマイクの表情は伺えない。ただそこにいる誰もが様子がおかしいと気づいている。アグリアの言葉からもそれは間違いない。

訓練場に緊張が走る。

マイクの瞳が淀む。

アグリアに止められている以上、下手に動く事が出来ないがアメリアは必死にマイクに声をかける。


「マイク!お前はわたくしたちみたいに魔法が使えないのよ!くだらない事をしているならさっさと諦めなさい!」


姉の悲痛な訴えはマイクには届かない。


淀む。


手を上げていたアグリアは、マイクが言葉を発する前に地面を強く踏んだ。


「使える!僕を…僕を馬鹿にする姉上なんて!」

「それ以上言ったら後戻り出来んぞ!クソガキがっ!少し頭冷やさんかっ!」


飛ぶように近付いたアグリアは正面からマイクの頭を鷲掴みにすると、地面に激しく叩きつける。

反射的にアメリアもダレンもぐっと瞳を閉じてしまうが、咄嗟に彼女の怒りに反応した精霊達が補助してくれたお陰でマイクは血を流しておらず無傷。無事だった。

ただ、激しく後頭部を地面に打ちつけた事により、意識を飛ばしてしまっている。

マイクの頭を掴んでいた手をゆっくりと離し、今度はアメリアに向き直りずんずんと歩を進めてくるアグリア。

後ろに下がろうと足を動かそうとするが、地面に縫い付けられているように離れない。

度重なる緊張で意思とは関係なく体が硬直してしまっていた。

もがいているうちに目の前にやってきたアグリアは右手を振り上げると、


「お前も!言い方を考えんか!!」

「―――っ!?!?」


ゴツンと拳がアメリアの頭のてっぺんに落ちた。

痛みで立っていられず激しく尻もちをつくが、頭の方が何よりも痛い。通常のアグリアの力ならば頭が綺麗に潰れていたかもしれないのだが、涙を浮かべながら周りを確認すれば精霊達が頑張ってくれたようだと、目の前に星がいくつか浮かびながらアメリアは理解したのである。

後頭部を気にしたがそこは無事だ。禿げる可能性があるアメリア的には全く無事に思えない感触をしているが、治療魔法をかけた医師は優秀だったのだろう無事である。

元怪我人という点において心配したダレンは、急いで拳骨を受けたアメリアの元に走る。駆け寄ってくる安全地帯に避難していた彼を睨みつけるが、頭の上を押さえて尻もちをついている状況ではあまり威力はない。

アグリアは盛大に溜息を吐くと、アメリアの近くに中腰になりマイクを指差す。


「ド・グロリアの瞳の力を使ってみぃ」

「…はい?」

「だから!おちびの目の力使えっつーとる!」

「ですから!どうやって!」


片眉が上に持ちあがり、お前は阿呆か?といった表情を向けてくる祖母に、分からないものは分からない!といった表情を浮かべ、頭を押さえながら向ける。

一向に進む様子の無い視線だけの会話に、目線だけ二人の顔を行き来させて、ダレンは考える。

――瞳の力…?アメリアの様子だと使い方が分からないってところかな?

どんな状況であっても、冷静に判断できるのはダレンの美徳である。

ふむと一つ納得し、アグリアにダレンが妹の代わりに口を挟んだ。


「お婆上。アメリアは今まで瞳の力を使った事がないのだと思います」

「はぁ?!便利道具別名アスターの遺産の一つだそ!?なんで使わん!!」


便利道具と言われたアスターの遺産。

アグリアの様子からどうやらこのころころ色を変える瞳にも、実は使い道があるようだとアメリアは察した。

そして同時に自分の母親の遺産を便利道具と言われて、少しばかり腹を立てている。

少し汚れてしまった裾を乱暴に叩き立ち上がると、今度はアメリアが歩を進めにっこりと笑みを作る。

若干青筋が浮いている気がするのは気のせいではない。


「まぁ!お婆様!教えて下さるんですね!ありがとうございます!さぁさぁさっさと吐いてくださいませ!」


彼女の様子に精霊達はいち早く気づく。


『わー!ちっちゃいアスター怒ってるー!』

『おこってるー』『本気だー』『魔力こわいぞー』

『にげろー!』『ひゃー』


きゃあきゃあと煩いアグリアの精霊達にアメリアはにっこりと笑顔だけで黙らせると、再度向き直る。

その笑顔に先程まで威厳あったアグリアの表情が引き攣っていく。


「いや…おちびちゃん…あのな?」

「さっさと教えて下さいと言っています!それ以外は聞く気はありません!わたくしの偉大な頭が馬鹿になったらどうしてくれるのです!治してあるとは言っても怪我を増やすかもしれなかったんですよ!あと、わたくしの言葉が悪いのを怒るなら、自分の言葉を直されてから申して下さい!」


アメリアはアグリアの鼻の前に指を突きつけながら、笑顔で怒っている。

現在の彼女の内心と表情は珍しく一致している。それほどに怒っているのだ。怒っている理由はアメリアからしたら、禿げる速度が上がったらどうしてくれるといったところで、斜め上なのだがアグリアもダレンもその事は分からない。

指を突きつけられているアグリアは、周りの精霊達に視線を送るが精霊達はぶんぶんと首を振り、両手をクロスしバツ!と示す。

助けてくれる様子のない精霊達に苦笑しながら、アグリアは観念したように両手を上げた。


「叩いてすまんかった!言葉の事はもー言わん!わしも直す気はないしな。全く怒ると本当にアスターそっくりじゃ」

「だからそんな事は後で良いのです!美しいわたくしを殴ったお婆様も一人だけ逃げたお兄様も正座してくださいっ!はい!反省!そして、さ っ さ と 吐 く !」


流石のダレンもアグリアも、現在の有無言わさないアメリアに圧倒されその場に正座になってしまった。

二人とも何故正座といった内心なのだが、口に出せる様な雰囲気をアメリアは纏ってはいない。彼女の要望通りに話してしまった方がいいだろうとアグリアは判断し、頬をかきながら思い出すように言葉にしていく。

冷静に賢明な判断が下せる流石は女大公アグリア、鋼鉄の精神と魂のアメリアの祖母である。


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