第3話
ある日、アメリアの父親でありこの国の四大公爵の一人であるロイド・レイク・スターチスは、もの凄く頭を悩ましていた。
最近特に自分の娘アメリアの乳母兼侍女であるライラがとても、いや、激しく敵意を向けてくる。
いや、理由は分かっている気がするのだが認めたくない。そんな状況である。
彼女は亡き妻が残した遺産の一つだ。
その力は未知数。
その彼女が自分を主人と認めず、小さき娘アメリアにのみ忠誠を誓い、忠誠の証を渡したという。
そしてアメリアはそんなライラに何か言われているのか自分に全く近寄ってこない。
以前までは
――おとーさま!きれいなほうせきがほしいの!
など拙いまでもしっかりとした言葉で可愛いおねだりをしていたというのに。
今や話しかけても表面上多少甘えている感じを出しているが、ライラに間に立たれては引き離されるばかりだ。
息子のダレンやライラの弟であり現執事長のアークは「大人しくわがままを言わなくなったので気にしなくて良い」と言うが、家族としてはこのままではいけない気がするとロイドは思う。
――愛人を妻に迎えた事がそんなに悪かったのだろうか?アスターは今でも一番愛しているんだよ!
的外れな考えがロイドを苦しめているなど、露ほど知らないライラとアメリア。
そんなロイドを尻目にアメリアの兄であるダレン・フレッド・スターチスも少々思う事がある。
母を亡くしてから3年、もうすぐ4年という現在。父親であるロイドは愛人であるダリアとその連れ子のマイクを紹介してきた。
マイクはとても聡明な子で、紹介された時から自分を兄上と慕って懐いてくれており、とてもいい子だった。
父の後を継ぐつもりである自分に対しても特に敵対するわけでも、気後れする事無く、それよりも自分が兄上を支えます!と弟ならではの事を話してくれたのは記憶に新しい。
一方彼の母親のダリアはどうやら野心家だ。この屋敷に迎えてから数日経った現在、少しずつその変格が見え隠れしてきている状況にダレンは小さくため息をつく。
迎える前に妹に内緒で何度か4人で会って話した事があるが、その頃から彼女は好かない。
――あの人の目は“母親”の目をしてない。
父親はあれのどこが良いのか分からないが自分が母のお腹の中に居る時からの関係らしいが、おぼろげに覚えている母とは反対のタイプに思えるのだ。
マイクはそのつもりはなくとも、ダリアはそうではないというのがダレンの考えである。
それはさておき、ダレンは思う。
最近、自分の唯一両親ともに血の繋がった妹、アメリアの様子が変わったように思える。
わがままし放題だった時期のアメリアを知っているからこそ、最近の様子に違和感を覚えるのだ。
今まで同様多少のわがままは言うが、言ったあと一瞬、ほんの一瞬虚空を見つめるのを目にした。
すぐにその表情は消えいつも通りの表情に戻ったので、その時は気のせいだと思う事にしたのだが、よく観察してみればそれは気のせいではなく、確実に起こっている。
新しい弟が出来たと言われ、紹介されたマイクに対しては特にきつく、明らかに虐待にみえる態度をしている時にもそれは起こる。
マイクもそれに気付いているのか、自分に対し相談をしてきたのを覚えている。
「あの…あにうえ。あねうえはどうして、したくないのに、ぼくをいじめるのかな?」
「え…?したくない?」
「はい…。たぶん…あねうえはぼくにきらわれないといけないっておもっているのかなって…」
「嫌われないといけない…なぜそう思う?」
マイクは少し口元に手を当て考え、ゆっくりと口を開く。
「なんとなく…なんだけど…みんなに、そんなふうにふるまっているように…みえます」
衝撃だった。
来たばかりのマイクにはアメリアはそう見えているという事実。そして確かにそうかもしれないという現実に、ダレンは衝撃を受けた。
マイクに虐待紛いの事をしていても、痕が残るような事は決してしておらず、していると言っても口頭や行動で。決して肉体的暴力を振るうことはなかった。
それを思い返して、目の前にいるマイクに一つ指示を出した。
欲望のままつき進んでいるはずの妹は何故そのような顔を、行動をするのか全く思い当たらない。
愛人の連れ子。
それが気に食わないからその行動に出るのは分かる。
しかしそうではない気がするのだ。
今まで見てきた妹に、わがままを言う妹に違和感を抱いている。
その違和感を取り除くべく、マイクにアメリアの監視を命じた。
◇◇
一方その頃のアメリアは、自室で頭を抱えていた。
侍女兼乳母のライラに一つお願いをして一人きりの室内。
口に出してしまいたいほどアメリアは困っていた。
口には出さないのは、今までの経験則である。
何故かどれだけ小さい声での独り言でも、この部屋での言葉はいつの間にかライラに伝わっている。一体どんな魔法が構築されているか分からないが、つまりそういう事なのだ。
(マイクを虐めてもマイクは何故か私の事を心配する素振りを見せるし、お兄様に関しても最近冷たい視線をくれない!今まで拒絶や嫌悪の視線で私を見ていたというのにっ!どうなっているのです!私は今まで通りにしているはずです…このままでは死亡フラグが立たない!)
そう、彼女は死亡フラグ建築真っ只中なのである。
それなのに全くうまくいっている気がしないので、とても焦っているのだ。
ぐしゃぐしゃと青銀の髪を掻き毟る。
使用人の誰かが見れば御乱心だと言われかねない令嬢ならざる行動なのだが、部屋にはアメリア以外いないので特に咎められる事も心配される事もない。
(神さま達が何かしたっていう事も考えられますね…。何やら今回絶対に生きてもらうとか何とか生まれ変わる前に小さく言っていた気がしますし…。これは厄介ですね…)
ぐしゃぐしゃとかき交ぜていた手をぴたりと止め、ふと思い返す。
神々が手を出しても今まで問題なく死亡した経験が自分にはある。
――しかし、今までの神々が本気でなかったらどうだろう?
一瞬そう考え、弟と兄に対しての死亡フラグはこの際置いておこうと考えをシフトする。
このまま続けても努力が実らなかった時の方が面倒である。
少なくとも『アメリア死亡経験則』に言わせれば、マイクはこのまま放置しても問題ない。ヤンデレ化が防がれてしまうが、性格が歪まないだけだろうと。元々聡明な子だ。少し臆病な性格なままこのままつき進んでいく、ただそれだけだろう。
また、兄のダレンに関しても元々兄妹仲は良くない。いつでも家の不利になれば切り捨てる。元々二人の間には普通の兄妹のような愛はない。アメリア的には兄のダレンも弟のマイクも好きだが、この際関係ないだろうと考えたのだ。
アメリアのよくわからない知識は今までの『アメリア死亡経験則』と神々の様々な世界の言葉により構成されている。
お陰で、ヤンデレや死亡フラグなど本来この世界にはありもしない言葉の羅列が、彼女の頭の中で問題なくそのままの意味で使用されているのである。
花が題材にしてあると言われた『ゲーム盤』の世界。
この世界の人達はここで確かに生きている。現実である。
しかし自分にとってこの世界は既にただの周回場。
何としても断罪され、命を落とす必要がある世界なのである。
そんなアメリアは限りなく斜め上の方向への努力を惜しまない少女である。
ふうと一つ息を吐き、考えがまとまったのか落ち着きを取り戻したアメリアはドレッサーの前に座り、引き出しから櫛を取り出し自らの髪を整える。
本来このような事は公爵令嬢であるアメリア自身がする事はない。
しかしアメリアは自分の事は割と自分で出来てしまうようになってしまったが為に、ライラが居ない時は自分の事は自分で支度している。
他のメイド達を呼ぶ事はない。彼女が普段自分の身の回りを任せられるのはライラたった一人。
この後、義母であるダリアに部屋に一人で来るようにと呼び出されている。
新しい母だと父から紹介されてから、ダリアは自分にだけ暴力を振るうようになった。
これは今までの体験と何も変わらないので気にする事はないが、以前と違うのは時々ライラとマイクが気にしている事だろうか…。
誕生日前ということもあり、少しは大人しいと思っていたダリアだったが、自分の息子マイクとダレンの関係に焦れており、そのストレスは次第に膨らみ、抑える事が出来なくなった。
それからというもの、アメリアに部屋へ来いと声がかかるようになった。
この家に来る前はマイクがそのストレスを一身に受けていた。
実のところマイクから対象が変わるように、アメリアが誰にも気づかれる事無くダリアを誘導していたのだ。
(今日は何回鞭で叩かれるのでしょう?そのまま殺してくれてもいいのに…)
虐待を受けているアメリア本人、やはり経験が感覚を凌駕しているのかとても鋼鉄の精神である。
あわよくば殺してほしいと考えるあたり、死に急いでると思われなくもない。
役割を十分に理解しているから、特に虐待に対し嫌と思う事もなく、支度が出来た為アメリアはダリアの元へと軽い足取りで向かう。
ライラには少しばかり時間のかかるお願いという仕事を任せているので、この時間はまず帰ってくる事は出来ない。
自室で言葉を発せばバレるだろうが、ダリアの部屋にはその監視魔法は構築されていないようで、今までバレてはいない。
ただ、何かあったのかと目線で心配されるだけだ。
あの視線はさっさと吐けという圧力といってもいい。
口が裂けても虐待をわざと受けてますなど絶対に言えない。
繰り返すが、絶対に言えない。
(さぁ!今日も元気に!叩かれますよー!)
どうしてそう意気込めるの!と神々の嘆く声が聞こえるようだが、アメリアは気にすることなくダリアの部屋をノックする。
「どうぞ」
「しつれいします、おかーさま」
ダリアの冷たい声に引き入れられるようにその部屋へと足を踏み入れる姿を、柱の陰からマイクが見つめていたのをまだ、アメリアは知らない。