第34話
転回していく夢の世界の中で、アメリアは先程まで見ていた父親のやり取りが頭から離れなかった。
ぐるぐると自分の中に生まれては消えていく考え、落ち着かない精神、整理がつかない気持ち、それらがアメリアを襲っている。
(私が死んで何故公爵家の皆が死ななくてはいけなかったの…何故…私は何かを間違えた…?私は愛されない…慕われない…“悪役令嬢”の筈なのに…)
ゆっくりと世界が落ち着いていく。
今度は何だと、アメリアは不安になりながらも白黒の世界を眺めた。
『ん。ここだね…』
(お兄様…)
そこにはプラチナに近い銀色の髪を一つにまとめ、青色の瞳の下にはうっすらと隈が浮かぶダレンが、沈んでいく太陽が照らすアメリアの墓の前に立っていた。
彼女の墓は公爵家の墓にしてはとても質素で、国の墓場とは別の海が広がる崖の上に、国からまるで避けられるように、離されるように設置されていた。
時折聞こえる崖にぶつかる波の音が、まるで今の自分の落ち着かない気持ちのようだとアメリアは思った。
白黒の世界で見る崖にぶつかる波は、砂嵐のように、荒れ狂い叩きつけるよう…。
ダレンはアメリアの墓に優しく撫でるように触れながら呟く。
『優しいユリがね…死んだんだ…』
(あぁ…この世界でもユリが…命を…)
アメリアはこの夢の世界に絶望した。
彼がどの時間のダレンなのかはアメリアには分からないが、今みている世界でも幸せの筈のユリは死んでいた。
その事が何よりも彼女を苦しめ絶望させている。
ダレンはアメリアの墓を見つめる。
誰も手入れをしていなかった筈の墓は美しくその姿を保っている。
『ユリがアメリアの墓を手入れしていたなんて、手紙をもらうまで知らなかった…』
(ユリが…相変わらず優しい子…)
ダレンが優しく見つめる墓は、彼女が生前苛めていた妹のユリが手入れをしていた。
アメリアは自分が亡くなった後の世界など知らない。
ユリが自分の墓を手入れしていた事を初めて知り、そしてその優しさ故に自分を追い込んだのではないかと考えた。
海風が彼の髪を撫でた時、異変が起きた。
(そんなっ!!お兄様!)
ダレンが咳き込み、吐きだされたのは鮮血。
自身の口元を押さえ乱暴に拭うとアメリアの墓に向き直る。
『時間がきちゃった…ねぇ、アメリア…』
(駄目!この世界は先程のお父様の世界と!?だめよ、生きてお兄様っ!)
アメリアは必死に腕を伸ばす。無情にも腕は触れる事はなく、するりと体をすり抜ける。
何度も何度も彼女はダレンを助けようと、涙を流しながら苦しそうに辛い表情を浮かべ必死に腕を伸ばす。夢の世界だと分かっていても、アメリアは助けたかった。
しかし、彼女の腕はダレンを掴めなかった。
ゆっくりと倒れていく中、墓に向かって微笑み、最後の力で口の端に血を流しながら言葉を発する。
『これが、お前の…結末…なんだね…。そりゃ、あ…分か…んないわ、けだよ…。流石僕の妹。愛していたよ、愛しの…妹、君……』
助けようと伸ばしていた腕が、体が止まる。ダレンの体は力なく地に伏した。
アメリアには全ての時が停止したように感じた。
ダレンは墓に向かってはっきりと最後の言葉を告げていた。
お前の結末と。
これをアメリアに言ったのは最後の周回である、今回だけだ。
彼女とダレンが初めて本当の兄妹となれた今回だけなのだ。
彼が印に誓ってくれた今回だけのはずなのに…アメリアの前で、そのダレンが墓の前で崩れ落ち倒れている。
近くに膝をついて確認するが、呼吸をしている様子はない。
波の音だけが彼女には聞こえ、太陽は完全に沈んでいった。
そして世界は転回していく。
アメリアは再び漆黒の空間にいた。
そしてまた、彼女の心もまるでこの空間のように、真黒く染まりつつあった。
ダレンを助けようと伸ばした腕は震えており、その震える腕で体を抱き締め、膝を抱え丸める。
闇に飲み込まれてしまいそうになる感覚、彼女の青銀に輝く長い真っすぐな髪は、ふわりふわりとその中でもアメリアの存在を示している。
何も考えたくないと思いながら、ぐるぐると思考が頭を、心を埋め尽くす。
その心が一つの答えに辿り着く。
(先程の…映像は…この先の未来…?アーク達の時とは違う…未来の映像?だとしたら…)
絶望を映す瞳から涙が溢れ、頬を伝い粒となって青のクリスタルに落ち跳ねる。
一粒の水滴を浴びたクリスタルが音を立てて割れていき、アメリアの体に吸い込まれるように彼女の意思とは関係なく入り込んでいく。
項が熱を発する。
熱く焼けるような熱さをアメリアは、ただ茫然と受け入れていた。
熱い
(この先の…未来では…全員救われない…私のせいで…。何のために私は人を傷つけてきたの…)
アメリアは叫ばない。ただただ受け入れる。
熱さに犯されている項を気にする様子はない。
ただ茫然と今回の夢を、現実の未来の可能性を受け入れられない自分の心と戦っていた。
(私のせいで…公爵家のみんなが…死ぬ…っ)
熱い
アメリアは強く瞳を閉じ、奥歯を噛みしめ、先程より強く自分の体を抱き締める。
何度も同じ世界に触れ、感じ、出会った人々に幸せになって欲しいと彼女は願い始めた。
彼女の行動原理は神々との約束の為。そして…あわよくば、この世界の幸せの為。
その為に悪は自分だけと、たった一人戦ってきた筈だったのに。
その結末が先程の世界だとこの夢の世界は見せつけた。
アメリアは閉じていた瞳を力強く開く。
(そんな未来…『ゲーム盤』の世界ではない!そんな未来、誰も望まない!神さま方との約束は必ず守ります!しかしその事で誰も…誰もっ!死なせはしない!幸せになるべき人々が死ぬ未来なんて迎えさせはしないっ!)
ライラは自分を守って命を落としたのだろうか…。それはどの周回でも変わらない。アークやライラ、他の出て来なかった攻略対象はどうなっているのか分からない…しかしとアメリアは考える。
ユリが真実に辿り着いた事により、心優しいユリは死んだ。
ユリが真実に辿り着いた事により、その真実が書かれた手紙をダレンとマイクに残した。
ユリが毒を渡し死んだ事により、ロイドに追い打ちをかけ、公爵家全員が死ぬ未来が出来た。
更に隠し通していた真実に、四大公爵と国王は辿り着いてしまった。
ヒロインのユリが亡くなった事で、生じるであろう攻略対象達の苦悩はきっと計り知れない。
全ては自分のつめの甘さが招いた結果だとアメリアは結論付けた。
ユリに気づかれる程の事を自分は残してしまう未来がくるのだと。
(神さま方が見せているのでしょうか…?だとしたら神さま方の事を嫌いになりそうですっ!私は私以外の人が物語と関係なく死ぬのは極力嫌なんですよ!…それよりもまずは計画を練らないと!さっきみた未来が起こり得る可能性は否めません…。アンスリウム男爵の計画やこの先の未来ならば第五師団に関してどうなるか分からなかったですし…)
本当に起こるかどうかはアメリアには分からないが、現状不確定要素が多く起こっているのは確かだと歯痒く思っている。
その為、彼女はこの未来を迎えない為に気を引き締める事に決めたのだった。
熱い――――
◇◇
ゆっくりと瞼を持ちあげると涙を流していたのか、目尻からこめかみに流れる感覚がある。見上げれば自分の部屋の天蓋のかかった天井。心臓が激しく鼓動している。アメリアは自分の部屋のベッドの上だった。
こめかみに流れる涙をそのままに、何故か動かしにくい自分の首をゆっくりと横に向けると、窓の外を見つめ何かを考えているライラの姿を捉える。
口を開いて彼女の名前を呼ぼうとするが、声にはならず空気だけが吐き出される。
喉が渇いているのか張り付いているような感覚がある。
何とかしてライラに気づいてもらおうと今度は自分の腕を持ちあげるが、自分の体じゃないように重い。
直ぐに力尽き、ぼすっと音を立ててベッドの上に逆戻り。
ライラにはそれだけで十分だった。
彼女は振り返り急いでアメリアの元に駆け寄ってきた。
「っ!お嬢様!?目覚めたのですか!?」
「―――っ…」
声を出そうと口をパクパクするがやはり音にならず、喉を押さえて困ったように眉を下げライラに伝える。
ライラは瞳を潤ませながらアメリアの流れていた涙をハンカチで拭い、直ぐにお水を準備しますのでお待ちください。と言って走って出ていってしまった。
(声が出ないなんて…一体どうしたと言うんでしょう?)
鋼鉄の精神と魂のアメリアは冷静に先程の夢を思い返しながら、重たい腕を自分の項へと持っていく。心臓はまだ落ち着いてはいない。
じんわりと未だ熱を持つその場所はアメリアの印が存在している。
(項が熱を持っているという事は…印が出ているという事なんですかね…)
クリスタルを吸収すると激しく熱を持つ“ド・グロリア”の印。
夢は夢、現実は違うと受け入れる事は簡単だ。しかしアメリアはそんな事はしない。
彼女が今回の夢で見たものは、明らかに未来の出来事。
不確定要素の多いこの周回の未来の可能性を彼女は捨て置く事は出来ない。
(全く…神さま方が本気を出すとこんなにも変わった事が起こるなんて…甘く見ていましたね。…約束は守りつつ、公爵家の未来も守るとか…)
アメリアは天井を見上げながら思う。
(なんだか本の中に出てくる陰に隠れながら世界を救うヒーローみたいです!!私カッコいいんじゃないでしょうか!!まぁ!私は悪役なんですけどね!)
鋼鉄の精神と魂のアメリアはやはり強かった。
◇青のクリスタル(不明)
夢の世界で発見したもの。
触れると“ダレン”“ロイド”に関する夢を見る事が出来た。
アメリア解釈では「未来の映像」。
投影し終わるとアメリアの体に入り、ド・グロリアの印が熱を持った。
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