第33話
流石の鋼鉄の精神と魂のアメリアも顔を真っ赤にして首を押え一気に距離を取る。
口は魚のようにぱくぱくと開閉を繰り返している。
自然に当たる呼吸であればくすぐったいが我慢は出来た。しかし今のは明らかに行為で吹き掛けられたのだ。
彼女はこの手の行動に全く慣れていない。
ましてや相手は彼女の中の高難易度の兄のダレンなのだから。
「なっ何するんです!?」
(神さま方は本当にこの世界の攻略対象に何をしたんですか!?距離感がおかしいです!!ねじ全部飛ばしたんですか!?)
アメリアは頭の中で神々に悪態を吐く。恐らく神々には通じている事だろう。
神々が笑顔でサムズアップしている様がアメリアの脳内に過り、すぅっと鋼鉄の精神と魂が冷めていくようだった。
それと同時に神々に久方ぶりに本当に腹が立ってきたアメリアだった。
現実をみればダレンがアメリアの髪を一房ほど手に持ってくるくると弄んでいる。
「アメリアだって考えなければ普通に僕好みの色だなぁと。もう少し体全体にお肉が付けばなお良いかな」
「発想が怖いです!やめてください!なんで最近こんなのばっかり!?」
彼の為に絶対に肉はつけないと心に決めるアメリアは、若干この手の対処方法が見えてきた気がした。
ここ数日で彼女の周りで起きた出来事を振り返っても、ライラを含めなければ一部自分だと気づかれていないが、明らかにスキンシップの激しい攻略対象達。
まずあり得なかった現象。アメリアの眉間に皺がぐぐっと寄っていく。
ダレンは持っていた髪を離し、アメリアの寄っている眉間を指先でトントンと叩いて冗談だよと、子供のように微笑んだ。
「んー?まぁさっきの誓いの通り邪魔しない事にしたから、アメリアの噂とかにももう手出しはしないよ。びっくりさせてごめん、ごめん」
「本気なのか冗談なのか分かりにくいですよ…お兄様…」
「んー。まぁ、それはそれで。アメリアの邪魔はしないから、必ず僕に結末を見せてね?」
唇を尖らせる素のアメリアに片眼を閉じてにっこりと微笑むダレン。
二人は本当の意味で兄妹になれたのかもしれない。
「お兄様が苦しんでもわたくしのせいじゃないですからね!!わたくしはお兄様の事、放置するつもりだったんですから!!」
アメリアはここ最近のぬるま湯のような現状は、確実に神々が干渉した事だろうと気がついた。そしてそれが彼ら神々の愛なのだと言う事も。
何度揺らいでも彼女は生きる事を望まなかった。
アメリアの行動原理は約束の為。
鋼鉄の精神と魂のアメリアは先程の怒りを忘れ、感謝していたのだ。
(神さま方…ありがとうございます。私この世界が本当の意味で大好きです!愛が溢れ優しさがあり、私の為に少しばかりお兄様達に介入したのかもしれませんが…最後だからこそのご褒美なんですね!邪魔しようとなんてしてなかったんですね!勘違いしておりました!ただ皆さんの性格を変えるのはやめてください!そのままで良いのです!濃くしないでください!ご褒美を貰って私とても嬉しかったので、約束なるべく最短で果たせるように今以上に頑張ります!)
今までと違い兄妹が一緒に過ごす、ほのぼのと流れている秋の朝。
そんな平穏な時間を壊すかのように、部屋の扉を二人の人物が乱暴に開き、叫びを上げる。
「お嬢様!」
「アメリア!」
窓を閉めているが二人の切羽詰まった叫び声はバルコニーに立っていた二人の元に届いた。
ダレンと目を合わせて何事かと首を傾げていると、ロイドとライラがそのまま駆け寄り、窓を開いて兄妹の二人に腕を伸ばしたのと同時だった。
「ダレン!アメリア!逃げろ!」
「お嬢様!若様!逃げてください!」
バルコニーが崩れる。
小さいアメリアとダレンの体が傾く。
重力に逆らう事が出来ずそのまま二人は落ちていく。
ライラとロイドが魔法を構築しようとしているが、“何か”別の力が加わっているのか上手く構築出来なかった。
落ちる。
アメリアの体感速度は一瞬のようだった。
しかし、目の前の風景、助けようとしている二人の男女、そして隣にいた兄の顔がゆっくりと過ぎていっている感覚だった。
(これは…最短記録!?こんなに早く回収できるなんて!!)
鋼鉄の精神と魂のアメリアはこの状況に対処出来る程の能力者ではあるが、過去の死亡経験則が「これは死ねる!」と判断を下していた。
その為、彼女は防御の魔法を構築する事はなかったのである。
落ちている短い間、兄でありダレンにはそっと無詠唱で防御魔法をこっそりと構築していた程に彼女には余裕があった。
外にいた護衛達、使用人達からも悲鳴が上がっている。
アメリアはそっと笑って落ちていく自分の運命を受け入れた。
二人は瓦礫と共に落ちた。
二階と言ってもそれなりの高さを持つ公爵家から…。
アメリアとダレンは衝撃で意識を手放した。
◇◇
ふわふわ
ふわりふわり
アメリアはゆっくりと自分を襲う浮遊感に目を覚ます。
(またこの空間ですか…この周回はここが何かのキースペースなのでしょうか?)
彼女は慣れたようにくるりくるりと体を回す。
神々が居る場所とは正反対の漆黒の空間に再びアメリアはいた。
自分の体を確認するようにぺたぺたと触るが特に怪我をしている様子はない。
頬をつねるが痛みはない。やはり夢なのかと自覚する。
アメリアは一体この空間は何なのだろうと考えながら、以前ここに訪れた時にあったライラとアークの瞳の色、シルバーグレイのクリスタルのように、またあるのではないかと見渡した。
(あっありましたね~♪)
漆黒の空間の中で淡く輝くものが一つ。
アメリアはふわりとその場所に難なく飛んでいき、目視できる距離になると優しく微笑んだ。
瞳の先では静寂で深い青色のクリスタルが淡く優しく輝いている。
(お父様とお兄様の瞳の色…優しくて冷たくてそれでも暖かい海のような色…)
アメリアはそっと自分の項に一度軽く指先で触れ、淡く輝くクリスタルに触れた。
冷たいようでじんわりと暖かいそれは激しい光を発光させ、アメリアを更なる夢の奥へと誘った。
二度目のその光景にアメリアは目を閉じるだけで受け入れる。
クリスタルの光に吸い込まれるように漆黒の世界が消え、世界が転回する。
『何を考えておる!!』
(ひっ!?国王陛下様?!)
突然の怒声に体が反応し、反射的に瞳を開いた。
アメリアが浮いているのはどうやら城の一室のようだと感じる。
本来なら色づいている世界は、現在は白黒。
美しい調度品が並び、対面に設置されている高質なソファの間にはそれまた高質なテーブル。その上に並ぶ嗜好品や資料、先程まで紅茶が満たしていたであろうカップのセットが5つ。国王が激しくテーブルに拳を打ちつけた事により中身が無残に染みを作っている。
『お前の所の娘はどうなっているんだ!』
『最後の最後まで笑って命を落とすなど、あり得ない』
(私死んでるみたいですね…?これは“繰り返し”の時のお父様達でしょうか?)
若草色の髪がふるりと疲れたように横に振られた。彼と似たように疲れたように座っている膝に両腕を乗せて、頭を抱えているとび色の髪の男性が溜息を吐く。
『一体君の娘の頭はどうなっているんだ…なぁ…』
赤銅色の髪を持つ筋肉質の男性は腕を組み、ソファに深く座りながら瞼を閉じて静観している。
言葉で詰め寄られている群青色の髪の男性。氷の公爵と呼ばれているロイドは生気を失ったように深い青の瞳は淀んでいた。
(四大公爵と国王陛下様…やっぱり話の流れ的に私が死んだ後の話ですかね)
自分が亡くなった事には特に何も感情が浮かんでこない鋼鉄の精神と魂のアメリアは、それよりも自分が居なくなった後の世界という点に凄く興味が沸いている。
今まで約束を守ってから直ぐに次の周回へとダイブしていた為に、特にその後の世界を見守っていた事がなかったのだ。
(さてはて?私が既に断罪済みという事は…悲しいけれどライラもこの世界には居ないのでしょう…。これは一体誰のルートの後の話ですかね?)
鋼鉄の精神と魂のアメリアが気にする所は普通の人とは目の付けどころが違う。
誰のルートであっても彼女は命を落とす。
しかし、現状は断罪後である。それならばヒロインであるユリは、エンディングを無事に迎えて幸せを迎えている筈だとアメリアは思うのだ。
生気を失ったようなロイドは淀んでいる瞳を国王に向ける。
『どうして、アメリアは死ななくてはいけなかった…。国民の目の前であの子は何故慰め者にされなくてはならなかったんだ…。なぁ国王…わたしに教えてくれ…』
『それは…』
国王は言葉を詰まらせた。答えられない。
テーブルの上にある資料にはアメリアが起こしてきたであろう出来事が、事細かに纏められているようだ。
アメリアはふわふわと資料を眺め見ていると、両手を細かく叩く。
(凄いです!これは私が死んだ後に調べたのですか!?わー!文字にされると大分酷い事してましたねぇ!)
過去の自分の行いを改めて目にしたアメリアは、調べた事の執念に感心し、それと同時に自分の行いに反省半分、感動半分。
だがアメリアは叩いていた両手を止めて首を傾げる。こんな事起こしていただろうかと感じている。きっと数ある周回の中の事だ、覚えていないだけだろうと曖昧に納得していた。
でも…とアメリアは座っている五人を見回した。
悪だとして断罪されるべき内容である事には間違いない筈なのだが、自分に対しての批判等は上がっていない。どちらかというと誰もが自分を追い詰めているような表情を浮かべている。
そこにいる誰もが幸せとは程遠い表情を浮かべているのだ。
『彼女が起こしてきた事はとても酷い事でした…。しかしそれのどれにも理由があったなんて…誰が気付けたのでしょう。亡くなってから5年かかって、やっと調べ上げ気づけた…私達は…』
(5年!?5年も調べてくださっていたんですか!風の公爵様!ごめんなさいです…そんなに気になったのでしょうか…今回はそんな事のないように頑張って隠蔽しますから!)
『国王…私はもう限界だ…私は大切な妻を、そして娘を亡くした。私ももう…彼女たちの元に逝かせてくれ…』
『レイク!!それを許すと思っているのか!!』
『許すも何も…朝の食事に遅行性の毒を混ぜた。これはダレンもマイクも承知している。スターチス公爵家は全員いなくなる。誰も助からない…。疲れたんだ…私たちはもう…』
今まで静観していた炎の公爵が立ち上がりロイドの胸元に掴み、彼の左頬を力強く殴りつけた。
『お前の子供たちは関係ないだろ!何を考えて!』
『ユリと一緒にいると、頭が可笑しくなりそうになる事があった。私とダレンは耐えられていたが、マイクは気づいた時にはもう手遅れだった…。あの子は邪魔だからと、自分の母親を殺そうとしたんだよ…。ユリは誰からも愛される。アメリアは愛されない。二人のそれは異常なまでに…』
『な…っ!』
ロイドの言葉にその場にいる誰もが驚愕し言葉を失い、マイクのあり方を設定を知っているアメリアだけは瞳を閉じて落ち着いていた。
尚も疲れたようにロイドは口を開く。殴られたことで口の中が切れたのだろう、口の端から血を流しているが気にした様子はない。
『その愛されているユリが先日のアメリアの命日の時、私の元に人数分の毒を持ってきた…。婚姻直前だと言うのに…――
「お姉様を殺したのはこの公爵家の人々です。それ以外にも沢山の人が…お姉様を本当の意味ので殺していた。だからせめて家族の私たちは、全員死んでお姉様に詫びるべきです。それは遅効性のもの、家族の私達はお姉様の苦しみを少しでも理解するべきなのです。私はお姉様が死んだ今日この日に死にます。さようなら、お父様」
と目の前で毒を含んで命を落としたんだ…』
ロイドは背凭れに全身を預け、どこか遠いところを見る瞳で天井を見上げる。
「あの子は息子たちに何か手紙を渡していたようで…ユリが冷たくなってきた頃に、二人とも死んだような顔をして私の所にやってきた…。私はそれまで動けなかったんだ。理解できなかった…。その時の気持ちがお前たちに分かるか?アメリアのしていた事を、自分の事を苛め苦しめていた姉の事を、妹のユリは調べ上げ真実に誰よりも早く辿り着いて、死んだんだ…』
アメリアはロイドの言葉が信じる事が出来ず瞳を見開いた。
一体何を言っているのか理解したくなかった。彼女は約束を守り、その上で“役割”を全うしユリやこの世界が幸せであればいいと願い行動し、エンディングを迎えた。
その結果が5年後のユリの服毒自殺。
そして彼の言葉を信じるなら、スターチス公爵家は全員遅行性の毒を既に口に含んでしまっている。
これがどの周回の後の話なのかはアメリアには分からない。だがアメリアの心が、魂が悲鳴を上げている。
(何故!!ユリ!あなたは幸せになれていた筈です!それなのに何故自殺をしたの!?私の死んだ日にどうして!!どうしてっ!あなたはこの物語の幸せになるヒロイン!私とは違う!それなのに!どうして私を調べたのユリっ!!)
悲鳴と共に彼らを映しだしている空気が変わり、世界が転回し始める。
(まって!お願い待って変わらないで!お父様!だめです!!死なないでっ!!)
転回していく中で彼が血を吐き出し、倒れていく様をアメリアは目にしていた。
ぐるぐると世界は彼女の叫びを聞かず、無情にも再び転回する。
いつも沢山の閲覧頂きありがとうございます!
色々と感想を頂きまして、現在書き終えている部分から少し見直しをするお時間を頂き、毎日投稿を2、3日程お休みさせていただきます。
遅くても今週中に再開できるようにするつもりです!
投稿している部分に関しましては、改稿するようなことがあれば色々と手直しさせていただきますが、現状は今のままで、変更した場合は活動報告等で報告させていただきます。
エンディングまでの流れは出来ているのですが、今まであった伏線などはきちんと回収して、キャラの設定が変わることのないように、少しだけ内容を削ったりしたいと思います!
元々ゆっくりと進む内容なので、どれだけ削れるか判りませんが、次回更新をお待ちくだされば嬉しいです!