第30話
連戦 ロイド戦
「氷の公爵」であるロイドの使用する構築魔法は氷や水の方面が強い。
その反対の炎や火に関する構築は生活魔法程の物しか使用できず、ほとんど使い物にならないと言っていいだろう。
そんな彼がいる執務室の中は極寒のように冷えており、アメリアの口から白い息が吐き出される。
(もの凄く寒くないですかね!?お父様っ!?)
足元を見れば毛先の長い絨毯が小さい細かい剣山のように凍っており、歩くたびにざくざくと音を立てて壊れていく。水気を含む花瓶やインクがものの見事に氷のオブジェと化している。
異常なまでに漏れだしているロイドの魔力。
ソファに我が物顔で腰掛ける予定だったが、ソファは氷で出来た何かのように堅そうなので諦め、アメリアは腕で自分の体を抱きしめながらロイドの机の前に向かう。
「おと…」
「アメリア…お前はアスターではない」
(ん!??!当り前では!?)
突然何を言い出すのかとアメリアは寒くて寄っていた眉間に更に皺が寄る。
「だが、お前はアスターのように可憐だ。分かっている…頭では分かっているんだ…」
「あの…お父様?」
なんだか雲行きの怪しいロイドにアメリアは近付く足を止める。
彼女の中で何度かこの周回で感じた警笛が鳴っている。
彼は、ロイドは未だにアスターを心から愛している。それは覆らない。
その筈なのにまるでライラが愛を語っている時のような、そんな感覚がアメリアを襲っている。
そんなわけはないとアメリアは頭に過ったものを見ないように首を振った。
(お父様がもし恋をするとしたらそれはユリにです!隠れ攻略対象なんですから!)
「お前がして欲しい事は基本叶えたいが、今回は叶えてやれず…すまなかった」
「え!?い、いえ…まぁ仕方ないと思っていますから」
「それで、お前を連れていかなかった事に関してもマイクの事を気にしたからであって…」
「ま、まぁマイクにはわたくし嫌われておりますし、仕方ないかと…」
ぶつぶつと口から溢れ出てくる言い訳の数々。
ロイドが纏う気配は未だにアメリアの部屋で発していた物と変わらず、彼の瞳も冷たいままだ。だが口から零れて溢れているのはただの言い訳。
彼が動揺していて魔力が溢れ出ているのだろうかとアメリアは悩んだ。
(これは一体何事です?)
アメリアはこんな迷子になっているようなロイドを見た事がなく困惑した。
気がつくとロイドの言い訳に素直に仕方ないとアメリアは答えてしまっているのだから自分にも困惑している。
ロイドは徐に立ち上がり、震えているアメリアの体を長い腕の中に包みこんだ。
溢れ出ている筈の彼の魔力を近距離で浴びるが、全くロイドの体からその寒さを感じない。
あるのは温もり。
(――――っ!!??!!)
突然の彼の今までの周回には無かった行動に鋼鉄の精神は一時停止した。
過去の彼はアメリアの我がままに翻弄されていて、それに加え不満を抱いていた筈だ。この周回でもそれは変わらなかった筈なのだ。
そのロイドがアメリアを愛するように、大切に抱き締めた事など一度もなかった。
ロイドは抱き締めている手を彼女の背中に這わす。
「アメリア。この背中の傷は誰にやられた」
「なっ!!」
確信を持って告げられた言葉。
アメリアはまるで死刑宣告のように感じた。
守るべき者の為に、甘んじて受けている誰にも気づかれてはいけない彼女の秘密。
それがダレンはまだしも、報告を受けていない筈のロイドにさえ気づかれてしまっている。
(何故気づかれたのです…!?)
「気づかれたくなかったのか…。だがお前はアスターの…いや、“私”とアスターの宝だ。今日まで気付けなかった己が悔しい…。お前を一番に愛しているというのに…」
「なん…のこと…を…」
「お前が何故あれから非道な行為を、大人しく受けているのかは私には分からない。だが、それはあれに対するお前の…」
「駄目ですお父様」
アメリアは嬉しかった。しかし、悲しくもあった。
ここで完全に建ちあげる筈だった彼女の未来へのフラグは建つ事はなく、彼が自分を完全に見捨てさえすればロイドがこれ以上苦しむ事はなかった筈なのに。
その計画が完全に崩れ去ろうとしている。
強制力にも勝る彼女の願いが儚くも散ろうとしている。
父親のロイドは優しく抱きしめてくれている。
今までにない父親である彼の愛情を、彼女は無意識に受け入れてしまった。
強さを増した鋼鉄の精神と魂が望んだ願いが、部屋に入る前の彼女の願いが一瞬揺らぎ神々の介入した力に負けている現在。
それだけアメリアは嬉しかったのだ。
このままロイドの愛情を受け入れられれば、アメリアは幸せに生きる事が出来るかもしれない。
だがアメリアはロイドの言葉を遮り、残酷にも告げる。
彼女の行動原理は、全ては約束の為。
ロイドの肩を押し、苦しそうに微笑んだ彼女の瞳は桜色からコバルトブルーへ。
アメリアは卑怯な方法で彼を強制的に自分から引き離す事を決めた。
軌道修正や物語の強制力でもなく、ただ一人の少女の願い。
彼の心が引き離せなくても、彼自身が手出しできなければ良いと。
数々の周回で彼はアメリアの為に胃を痛めてきた。
その事を踏まえて心優しきアメリアは実力行使に出る。
「気づかれたのでしたら口を閉ざして、今まで通り見て見ぬ振りをしてください。それがあなたには出来る筈です。「氷の公爵」であるお父様になら」
「アメリア…っだが!」
「不貞を働き愛人としてお母様にあの方を受け入れさせ、お母様が亡くなった後にこの屋敷に連れてきたのはお父様です。秘密は守ってください。わたくしはそれを望みます」
アメリアが向ける彼女の瞳の色は、アスターが過去に自分に向けていた色と同じ色。
動揺しロイドの腕が離れたその隙をアメリアは見逃さなかった。アメリアは苦しそうに泣きそうな顔で詠唱する。
「刻むは言霊、そして文字。使用するは氷。男の心臓に氷の鎖を。彼の者の名はロイド・レイク・スターチス。彼の者が我、アメリア・ド・グロリア・スターチスの傷を如何なる理由があろうとも開示する事勿れ。干渉する勿れ」
「禁忌魔法の構築…!?アメリアっ!やめなさい!!」
(流石はお父様。気づきましたね…)
ロイドはアメリアが一瞬虚空を見つめている事に気づいた。
そしてそんな彼女が行っている詠唱が、本来禁忌魔法を構築する為の詠唱であるという事も。
心臓、魂、生命を脅かす部位を詠唱の理の中に入れてはならない。
それは魔法を使う上で大切なルールだった。
何故禁忌と呼ばれているのか…。
それは肉体の一部、極めて生命を脅かす部分が入っていると魔法を構築する事も発動する事もほとんどの者が出来ずそのまま暴走。暴走した魔法はそのまま術者に返り、そして下手をするとその周囲全てを巻き込み飲み込む。その規模は過去の歴史で街一つ分であったり、それ以上だったり様々だった。それ故、禁忌とされているのだ。
だが既にアメリアはアークに禁忌魔法の構築を成功させている。
アークやライラが気付けなかったのには無理はない。彼女たちは元々こちらの、ラナンキュラス国の民のように魔力を使う魔法ではなく、ブルームーン国の精霊魔法を使用する。
その為、禁忌魔法である事に気が付けなかったのである。
アメリアは禁忌だと知っていた。知っていたからこそ使用した。
彼女が全ての構築が可能な能力者であるが故に、失敗はあり得ない。
詠唱するのが苦手なアメリアだが、無詠唱で禁忌魔法の構築はロイドの前では出来ないので全力で細かく刻み、紡ぐ。
詠唱を必要としないで構築出来る事に気づかれた時の方が、もっと厄介だと過去の周回で嫌という程味わったアメリアだったりする。
「心の中に隠し通し我の為に行動する勿れ。我を見捨てよ!己の責務を全うし切り捨てよ!」
アメリアは紡ぐ。彼女の瞳からは一粒の涙。
頬を伝い顎から落ちていく間に室内の温度で凍りつく。
そして詠唱されている理に吸い込まれ構築を開始していく。
「なぜ…構築されていっている…そんな…アメリア!」
(私が異常だと、これで気付けましたね?お父様…。私は全てに憎まれ嫌われるように、全ての構築が出来るのです…。さぁ!お父様!いきますよ!)
アメリアは心を決める。
「彼の者が反する時、刻め構築し発動せよ。彼の者を締め付け…心臓を凍らせよっ!構築せよ、構築せよ!」
「ぐっ!!」
「ごめんなさいお父様…。わたくしの秘密は決して気づかれてはならないの。そしてダリアお義母様をわたくしの目的の為に、この屋敷から居なくさせる事はまだ出来ない。まだマイクにも幼いユリにもあの方は必要なのです…。せめてユリがもう少し大きくなるまでは…。あの子たちには裏でどんな顔を持っていても、母親は必要です」
詠唱の理に反応し、紡がれた言霊は紋となりロイドの目の前で構築され刻ざまれていく。周囲やアメリアの流した凍った涙を使い、彼の心臓に氷の粒が鎖となり巻きつき魔法は刻まれていく。
ロイドは呻き声をあげ胸を抑えよろけるが膝まではつかなかった。
そしてアメリアを見つめる。彼女の瞳は桃色に変化しており、感情に引っ張られている事がアスターと長年連れ添い教わり、知っていたロイドには見て取れた。
アメリアは父に、攻略対象であるロイドには伝えてしまった。
ダリアが居なくてはいけない理由を。
胸を抑えていた手をアメリアの頭に持っていき、撫でる。
「お前には結構不満があったんだけどな…。アメリア…これがお前が望んだ事か?あれを二人から離さない為に…あれが二人に手を出さないようにする為に…」
恐る恐るロイドの表情を伺うと彼は困ったように、すっきりとした顔で不器用に頬笑みを浮かべていた。
神々の干渉がどのように彼に及ぼされたのかアメリアには分からない。
だがどの周回でも彼は、ロイドは胃を痛めながら、不満を抱きながら、例え見捨てたと切り捨てたとしても、毎回自分を不器用ながら愛してくれていたとアメリアは思い出した。
アメリアの瞳に涙が浮かぶ。
「はい…ごめんなさいお父様。これから起こす事、起きる事。全ての責任はわたくしにあります。今までのわたくしの噂や出来事、これから起こる噂やその出来事。全部もみ消さないでもらいたいのです」
「…アスターといい、お前といい。私では分からない事を知っているんだろう…ド・グロリアの末裔故に…」
このまま進んでいっても本来の彼の位置はあまり変わらない筈だった。しかしアメリアの魔法によって物語の位置ではいられなくなってしまった。
彼女の後始末、尻拭い、揉み消しその他諸々がロイドの元々の立ち位置。ユリに恋する事で変化する彼の物語。
それを彼女は魔法の力で拒否し、彼の為に自分から、その役割から引き離した。自分の秘密を守る為のついでとして。
それが今までの周回で密かにロイドに抱いていた彼女の願い。
物語上での役割の離脱。
「もし」
「もし?」
ロイドの溢れ出ていた魔力が収まりパラパラと綺麗な結晶として氷が崩れていく。水たまりは作られず本来の魔力へと戻っていっているような不思議な光景。
美しくきらきらと水滴や結晶が光る幻想的な執務室で、ロイドは言い淀んでいるアメリアを持ちあげ、氷から解放されたソファに腰掛け膝の上に乗せながら、話しだすのをゆっくりと待つ。
待つ間、娘の体の細さが気になった。
現在彼女は7歳の筈だと言うのに、他の7歳より一回りも小さく細く白い。
アスターも白く細かったが、同じように細い体の自分の娘の成長が少しばかり心配になった親心である。
決心がついたのかアメリアは胸の前で、両手で握り拳をつくり、ロイドを真っすぐと見上げる。
「筆談でも秘密を話したり、干渉すれば、お父様の心臓はその時点で凍ります。そして肉体も次第に凍っていき、氷像となります。そうなっても全てが終わる直前に魔法を解除しますし、氷像になっても死んでませんから安心してくださいね!」
全く安心できないであろう言葉を一生懸命と伝えるアメリアに、ロイドは片手で目元を覆い背凭れに寄り掛かり、そのまま天を仰いだ。
「あー…なるほど。そうか…あの詠唱はそういう意味か…。私は本当に干渉できないのだな。しようとしても私が凍りつくと…。傷の事を迂闊に他者の前で口にすれば凍る。お前が傷つき血を流しても、それがこの国に対し不利益だと判断した場合、私は公爵として切り捨てなければならない…と…」
指の隙間からアメリアを伺えば、彼女はキラキラとした純粋な瞳を向けており、握っていた手を開き拍手している。
「はい!!そう刻みました!お仕事は生きる為に大事です!ヒント的な感じでしたのに、良くあの詠唱で理解できましたね!流石はわたくしのお父様!」
「初めて見た凄い良い返事と素敵な笑顔がこれかぁ…私としてはきっついなぁ…」
膝の上に横向きにちょこんと座っているアメリアの肩に、がっくりとそのまま力なく凭れかかった。少し香ってくる娘の香りは、亡きアスターが纏っていた香りと一緒。
――いい歳の大人が娘に恋をするなんて……。
彼は自覚してしまったのだ。自覚してしまえば早かった。
魔力が溢れ出る事は普段ならあり得はしない。それが先程までこの執務室に猛威を奮っていた。自分の恋心を認められず、自覚できず魔力が溢れ出たのは彼の失態だった。
アメリアの部屋で彼女を私のと繰り返していたライラに、彼は無意識で嫉妬していたのだ。
自身がアメリアに人生二回目の恋をしていると、ロイドはここにきてやっと認める事が出来た。
アスターと似ているが全く似ていない性格のアメリア。
娘であり彼女との大切な宝物。
それが今は自分を振り回し、そして遠ざけた。
――まるでアスターが私から逃げようとしていた時のようだ。
こんなにも違うのに、こんなにも似ている二人。
生涯ロイドはアスターだけに愛を囁き、ダリアには愛を囁く事はないと思っていたというのに。今は娘であり一人の少女に愛を囁きたいと思っている自分に呆れかえっている。
深い重いため息がロイドから漏れる。
――だが、アスターとは違う。アメリアの事だ。きっとこの感情に気づかれれば先程のように…この魔法のように逃げるのだろう。この魔法のせいで捕らえる事も出来ないなんてな…。
認めるには、自覚するには遅かった。
ロイドは自分が抱いている彼女への愛を“家族愛”であるとアメリアの前では振る舞う事に決めたのだった。決して彼女に気づかれるわけにはいかない、と。
一方、片方の肩に多少重みがかかっているが、別段気にしていない素のアメリアは、凭れかかっている父の髪の毛をさらさらと撫でて甘やかしている。
少しばかり彼女の心を罪悪感がちくちくと襲っているのだ。
(かなり実力行使でしたけれど。これでお父様は私を切り捨てる事しか出来なくなりました!私は不利益しか起こしてない存在なんですから!私の背中の傷に気づいてしまった優しいお父様ですから、きっとその事に胃を痛めてしまうかもしれませんけど…多少は我慢して頂きます…。尻拭いとかから離せたので、その部分ではまだ胃は平気ですかね?お父様の胃に期待しましょう!)
やはり鋼鉄の精神と魂のアメリアは斜め上に心配していた。
そして少しばかり勿体ないと思っていたが故に起こった可能性のある現状。
彼女はまだ気づいていない。
己の願いが強制力にも勝る、神に近い力だと言う事を。
ロイドの優しさを振り切って、物語の強制力すら撥ね退け、彼の位置を自分の目標の為、願いの為に安全位置に変えたアメリア。
99回目の断罪の時もロイドはアメリアを最後まで本当の意味で、見捨てられなかったのを良く覚えている。アメリアの言葉で抑え込まれた99回目のロイドの言葉。
いつの時を思い返しても、きつい言い回しがあったとしても娘として守られていたのだとアメリアは気づいていた。だからこそ、最後だからこそ役割から離れ、少しでも父に心の休息をと願っていた。
項垂れている優しい彼に苦しい思いを、約束のために今回もさせてしまうと、だがその部分に関しては、耐えていただこうとアメリアは申し訳ない気持ちで思っているのである。
(私がずっと思っていたわがままで、物語から完全に離脱させてごめんなさい。…思い返せば私は最近の繰り返しでお父様に対して“アメリア”として甘えていませんでしたね)
思いにふけながら、ふと気づく。
(おや?むしろこれは元々の私の行動に近いのでは!?我がまま方向は違ったとしても…大分物理的ですけども。ふむ!お父様の優しさが爆発して、私がしている事に干渉すると氷像になってしまいますが、それはそれでその時ですね!魔法でお父様の位置が私から見て物語から離脱しますし、かなり安全圏!ユリとお父様ルートに入ったとしても、エンディングにも特に障害になるような魔法でもないですし!!考えるとかなりよしですね!)
一人納得しているが、今のロイドがその言葉を聞いたら「なしだ!」と叫ぶであろう。
強化された鋼鉄の精神と魂は持ち直し、前向きに現状を捉える事に成功した。
アメリアはにこにことロイドの頭を撫で続けている。
首を捻りその表情をみているロイドは二度目の深い重たいため息を吐いた。
「お父様お疲れです?視察から帰ってきてこれですものね…。あっ、先程部屋で見せていたお父様のお怒りはなんだったのですか?そしてどんな魔法を使って傷の事を知ったのですか?」
ため息を吐いているロイドにアメリアは種明かしをして欲しかった。
「大丈夫だ。部屋での事は忘れなさい。傷の事…?あぁ、私が気づいたのはこの執務室にお前が入ってきた時だよ。私の魔力は水も使用するから、ある程度の距離にいる人物であれば体液、汗それらがどのようにどこに存在しているか感覚で分かる。魔力に充てられて気づいてないだろうが、背中に汗をかいていてそれがお前の体を伝った事で分かったというわけだ。
それで、アメリア…今のお前が本当のお前なのか?」
「えっと…なんだか凄いですけど…変態じみた力ですねぇ、お父様」
「ぐふっ!」
さらりと悪気のないアメリアの感想は、ロイドの心に痛恨の一撃を与えた。
何故か苦しんだ父に分かっていないアメリアは、ロイドの質問に答える為に足をぷらぷらさせながら、両手を握り二つの親指をくるくると回す。
「実はこのわたくしも秘密なんですけど、お父様と二人きりですし。あの魔法を構築してしまいましたし、どう頑張っても干渉出来ないお父様ですから良いかなと!このわたくしはライラとお父様しか知らないわたくしですっ!傷の事は今のところお父様しかちゃんと知らないので二人だけの秘密です!アークには若干気づかれているみたいで…その報告を受けたお兄様にこの後似たような事を聞かれますが…今のところ二人だけの秘密ですっ!内緒にしてくださいねっ」
何度が息を吸い捲し立てるように話すアメリアに何故かロイドは片手で顔を覆い隠した。
それもその筈、ロイドには無邪気ににっこりと微笑み口元に人差し指を持っていくアメリアの姿が、純白の羽がはえ天使のように見えていたのである。
「二人だけの…っ…そうか…分かった。今のお前をたまに見られるのであれば内緒にしよう。アークめ、何故私に最初に報告しなかった!まあその事を問いただしても凍りそうだな…くそっ。ダレンに気づかれているなら、どんなに足掻いてももう遅いと思うぞ?私に良く似たからな、ダレンは10歳だがあの子に誤魔化しはもう通じないよ」
小さくアークに対して何かを言っている言葉を聞き取れなかったが、二人だけのと浮かれダレンの事を良く見ているロイドの言葉にあわあわとアメリアは焦る。
「うー…ですよねぇ…お兄様強すぎます。でもっ構築した魔法の理は守っていただかないとお父様氷像化です!美しい氷像を拝んで過ごすのも悪くないですが、駄目ですからね!なるべく守ってくださいね!ねっ!?」
アメリアはロイドの胸元をぎゅっと掴み涙目で見つめた。
彼女の無意識な行動はロイドの理性と精神を強くさせていっているなどアメリアは知らない。理性を総動員させてロイドはにっこりと作り笑顔を張り付けた。
腐っても公爵。彼の表情筋は伊達ではない。
ロイドはアメリアの腰に両腕を巻きつけ力を入れすぎないように抱き締め傷が残る背中を撫でる。アメリアも疲れているのですねぇと呑気に大人しくしている。
鋼鉄の精神と魂を持つアメリアはこういうところは本当に鈍感である。
ぽんぽんとロイドの頭を軽く叩いていると廊下が騒がしくなり、少し遠くから三つの靴の違う足音が激しい音を立てて、この執務室に向かってきているのをアメリアとロイドはソファにも伝わる地響きと音から感じ取った。
「何の音でしょう?」
「あー…多分これから私の胃を苦しめる原因がくる」
「?お父様の胃?わたくしのせいだけではなく?」
「アメリアの事は別に大丈夫だ…。今から来るのは私が急いで帰ってきた理由と、どこから気づいたのかお前の危険を察知した犬とその弟だろう」
「い、ぬ…っ!?ライラ!?アーク!?」
ドゴォッと激しい音と共に執務室の扉とその周辺の壁が吹き飛んだ。
アメリアの青銀の真っすぐと伸びた髪、ロイドの群青の髪が風を受けて真横に靡く程の威力。
彼の執務机の方に扉の残骸がぱらぱらと音を立てて落ちている。
「お嬢様っ!ロイド様やっぱりか!直ぐに私のお嬢様から手を離し返して下さい!!」
「旦那様!魔法の構築の気配が致しましたが一体何がございましたか!」
(うわー…そっくりな二人が雇い主の執務室の壁を、破壊するとか良いのですか!?)
大問題である二人の行動にアメリアはちらりとロイドの顔を伺い、小さい悲鳴を上げて直ぐに逸らした。
ロイドの双子に向けている表情が流石はダレンの父といった、真黒い公爵の頬笑みを浮かべていたのだ。