第27話
戻ってきたレオンが、何故か急に足を止めた。
どうしたのだろうとレオンを見ていると、コツリとアメリアの後ろで良い靴の音がした。
「なんでここにいらっしゃるんですかねぇ?」
「今日はお忍びだ。少しは砕けていいぞ、レオ」
(この声は旗殿下――――――!!???)
背後から聞こえてきた声は良く耳にした事のある声。
前方には旗、後方にも旗といった最悪のフラグ布陣が組まれた。
こっそりと後ろを盗み見るとお忍びスタイルのジークライドがそこに存在していた。
本人も言う通りお忍びなのだろう、普段美しく靡くオレンジがかった黄金の髪は、茶色のかつらで隠され服装も幾分か平民寄り貴族風な格好をしている。
かつらは実はお忍びに欠かせないものなのだろうかと、アメリアは足りないお忍び知識で考える。
よくよく眼を凝らせば、遠くもなく近くもなくいつでも駆けつけられる所に護衛達が配置されている事をみるに、逃げ出したわけではなくちゃんと許可を取ってのお忍びかつ、お出かけなのだろう事が理解できる。
(だからって!!このタイミングはなしですっっっ!!)
変装している今の自分では撃退できない人物が増えてしまった事に、アメリアは内心頭を抱えた。
現状後ろ向きで気付かれていないが気づかれれば、まだ男性に大人しく撫でられているアメリアは絶体絶命である。
普段の彼女が誰かに頭を撫でさせる事はあり得ない。それが大人しくとなれば持っての他。
(何とか切り抜けなければ!旗殿下のフラグは完璧に建設しているんです!未来の為にがんばったんですから、こんなところで折ってたまるものですか!)
鋼鉄の精神と魂アメリアは奮い立つ。
ゆっくりと男性の手を止めて、仲良く話している二人を横目に映しながらそっとその場を離れる事を決行した。
「どこ行くん?」
(この!点眼!!その小さいお目めの範囲はどこまで広いんですかっ!!殿下もこっちに気づいちゃったじゃないですか!美系二人でこっちみないでください!殿下も殿下で変装しても美系ってなんですか!二人して美系でむかつくっ!!)
決行しようとした瞬間にレオンに気づかれてしまうという失敗。
先程までアメリアを気にしていなかったのに関わらず、彼はアメリアの行動に気づき眼鏡の奥を開かせて声をかけてきたのだ。
アメリアは内心悪口を吐き捨てる。
悪口を吐き捨てている鋼鉄の精神と魂のアメリアだが、慣れない優しさに触れ少しだけ、今周回の彼らが起こしてきた行動を思い返し赤面してしまっていた。
ジークライドは誕生日のちゅっちゅ事件、レオンは串焼き間接キス事件である。レオンに至っては服の上からぺたぺたと体を触られていたのだが、それよりもアメリアにとっては間接キスの方が衝撃が大きかったようだ。
他の人が見れば事件でも何でもない事柄だが、アメリアにとってはかなりの事件なのである。普段の彼女の精神では流せていた事柄が一気に彼女の中に蘇り羞恥心を煽った。
かつらで見えない眉を最大に寄せアメリアは、足に軽く強化魔法を一瞬で構築し走り出した。
「ちょっとまちぃっ!殿下!その子止めて!」
「…もの凄い速さだな!いいだろう!面白いっ!」
(面白くないし!止めなくて良いですからほっといてえええ!ほっぺの熱が冷めるまで走ってやるううう!!)
強化魔法でかなりの速度が出ているアメリアの後をジークライド、レオンの順に追ってきている。ジークライドがレオンと自分自身に強化魔法を構築しアメリアを追いだしたのだ。
強制的鬼ごっこの開始である。
現在ジークライド10歳、レオン、アメリア7歳。
逃げ切る為なら魔法を使った方が早いアメリアだが、街に被害を出す事は、彼女は望んでいない。その為全力で逃げる為に自分自身に強化魔法しか構築してないのである。
一方ジークライドはちゃっかりアメリアの足元に、罠の魔法を構築したりと妨害しているのだが、アメリアは見事に避けて逃げている。
レオンはその罠を持っていたナイフで発動させて走っている。発動した罠は光の細い鎖を解放しナイフを捉えて離さない。これを放置すると街の人々が引っかかる可能性があった為レオンは発動させたのだが、自分たちが追いかけて走っている少年に向けるものではないだろうと内心思っている。
ジークライドの護衛していた者たちもそんな彼らを追っている。
子供三人とその他数名が街中を爆走している謎の状況。
街の人たちは笑いながら野次や応援を飛ばしたりと楽しそうに茶化している。走り抜けているその一角は一種のお祭り騒ぎである。
「待てって言っとろうが!」
「ほっといてくれって言っただろ!」
「なんだお前達、友達なのか?」
「違う!」
間髪入れずアメリアは後ろを向き否定するが、レオンはそれを全力で否定する。
そんな中三人とも足は止めない。
「あ?そうやろ!俺とおまえは同じ串焼きを食った仲!それにまだデート中!!」
「だから違うってば!男同士はデートって言わないっ!!」
頬の熱が落ち着いたアメリアは内心涙目である。
新しいフラグを確認する為にきたはずが、フラグ(計二人)に追われている謎の状況。
必死に足を動かし走っているが距離は縮まっていく。ならばとアメリアは逃げ切る為に、7歳の身体能力では考えられない行動を起こすことにした。
(あとでライラに怒られそうですが!致し方ありません!バレなければ良いのです!)
アメリアは少し細く狭い横道に入り片方の壁に飛ぶ、そしてその反動を受けて逆の壁に飛ぶ。それを繰り返して建物の屋上へと逃げた。
追ってくる様子はないがアメリアは足を止めなかった。
残された二人は茫然とアメリアが上って行った方向を下から眺めていた。
「…なんつー猿技…」
「ははっ!あいつ面白いなっ!久々に全力で走ったが、この私から逃げ切った!」
ジークライドは楽しげに笑う。
彼の魔力値は高い。それ故に彼が構築した魔法から逃れた自分より小さい少年にジークライドは興味が沸いたのだ。
ジークライドはそれなりに体が出来ているのと、魔法に慣れている為、息は上がっていないが魔力のほとんど持たないレオンは多少肩で息をしている。
呆れ気味に視線を送り、レオンは呼吸を整え溜息を吐く。
「はぁ…笑ってんのはええけど、ほんとに俺あいつとデート中やったんだけど?」
「本当!?お前、男色だったのか…っ!?」
ばっとジークライドが体を抱きしめるようにガードする姿に、レオンは全力で否定する。
「ちゃうわボケ殿下!あいつ異常に体ちびやし、細かったんよ…気になってな…」
「ボケとはお前な…まぁなるほどな、確かに小さかったな。…しかし、その割に…」
二人は壁から覗く空を見上げる。
「足だけで上がったな…」
「せやなぁ…ちっこいくせに恐れ入ったわ」
感心するレオンとジークライド。
彼らは壁を飛んで行った少年がアメリアだとは気づいていない。
ふとジークライドはある事に気づき、レオンに質問を投げる。
「それでレオ、あいつの名前はなんていうんだ?」
「あっ!聞き忘れとった!」
「なんだと!何故最初に聞かなかったんだ!このマヌケ!調べられないだろ!」
「誰がマヌケじゃ!ボケ殿下!」
やいのやいのと言い争っている二人にやっと追い付いた護衛達は、困ったように二人を止めに入ったのだった。
こうしてアメリアの逃走は成功したのだった。
◇◇
普段の体力作りが功を成した、二人から逃げ切れたアメリアはそのまま建物の屋上を飛び移っていき、教会の前に移動していた。
(新しいフラグに対しては気を引き締めていましたけど…既存フラグまでもが動いていると思ってませんでしたね…あー危なかった)
今までの周回で関わってきた攻略対象への対策、対応は出来たとしても、関係の無い人からの優しさに慣れていない自分は、感情が外に出るのを抑えられなかったとアメリアは反省した。
(でもあれに慣れる事は難しいかもしれませんね…出来るだけ関わらない方向性で頑張らないと…)
少し残念に思いながらゆっくりと辺りと教会の中を見渡し、レオンもジークライドも居ない事を確認するとアメリアは教会の中へと入っていく。
初めての串焼き食事体験は楽しかったとアメリアは思うが、予期せぬ二人の攻略対象との遭遇からの鬼ごっこは、7歳の彼女の体力を多少なりとも削っていた。
教会の中はそんな事をしていて、時間が経って随分と閑散としていた。
「メア!どこにいたんだ!」
「あ…ライ…」
アメリアを見つけたライラが駆け寄り抱きしめてきた。
どうやら彼女に任せた第一段階は無事に済んでいたようだと安心するアメリア。
ライラに軽く抱きしめられながら小さい声で囁かれる報告を聞く。
「なんだか疲れてる?今さっき確認し終わったんだが、例の物はまだ作られてなかったよ。だけど…」
「あの人はいた」
アメリアは確信を持って言葉にした。
閑散とする教会内には孤児の姿も祈りを捧げる人達も今はいない。
しかし念には念を。彼女たちの口調が崩れる事はない。
「あぁ。メアの考えている通りだと思う。痕跡を持ってくるのは、今は難しいかもしれないんだ…少し酔うかもしれないけど見に行くか?」
「え?酔うの?まぁ…いっか。自分の目で確認する」
「分かった。なら屈んで、俺の腕にしっかり捕まって」
良く分からないが指示している通りにその場に屈み、共に屈んだライラの腕をしっかりと掴む。
ライラが何かを短くそして小さく詠唱した瞬間、景色が変形した。
(これは!!ライラとアークの使うっ!)
次に目を開いた時、アメリアの頭が激しく揺れた。
目が回り気持ちが悪い。
ライラはアメリアを連れて瞬間的に移動したのだ。
精霊力の高い彼女が行う純粋な精霊魔法をその身に受けたアメリアは、自分がアスターの秘密基地にライラを連れて行った時の事を思い出していた。
(これは…酔います…うぷぅ…ライラはこれに似たものを味わっていたのですね…)
かつらのお陰で顔はほぼ半分しか覗いていないが、見えるその頬は普段より青白い。
ライラは申し訳なさそうにアメリアの背中をそっと擦っているが、声は一言も発していない。
それもその筈、相手から見えないところへ音もなく移動してきたが、ここは例の教会の地下施設。
彼女たちの視界の先では禁止された合魔獣を生み出す為、魔法が構築されては消えていっている。
大量の魔力が使用されている事が判るその場所。ライラは黙っているが顔色がどんどんと悪くなっているのがアメリアの視界の横に入る。
(まだ失敗している?…生み出されてはいない。だけどアンスリウム男爵。あなたは本当にこの件に関わっていたのですね…。ライラをここに長居させる訳にはいきません。にしてもこの魔力量を外に漏れないようにしているなんて、一体どんな技術が…)
魔法を構築している中には今回の目的、アンスリウム男爵も存在していた。
アメリアは少し寂しそうに瞳を細めた。
良い人のアンスリウム男爵が騙されて行っていればいいと、心のどこかで思っていた。しかし現実はそうではなかった。
それ以外の人物達を確認するが、全員がフードを深く被っており顔は確認できない。
(誰だか分からないですけど…複数人というわけですか。騙されているなら単独の筈はないと思っていましたが…そうではない。男爵含めてもかなりの数。彼らは男爵の信者のようなものでしょうか?それとも別の?)
アメリアの頭の中で男爵の仲の良い関係者が弾き出していく。
しかしどれを取っても裏の無いかなり印象の良い人達ばかりであった。
(これは結構きびしいかもしれません。一度戻ってお父様達がいない三日以内に周りを洗ってみなければ…けれど確かに私はこの目で確認しました。合魔獣をどのように使うかは知りませんけど、私の目標の為、犠牲になってもらいますからね、男爵様!あなたの悪は私が貰ってあげます!私の前で悪い事する人にはお仕置きです!)
アメリアはライラの腕を引き、合図を受け再び魔法で教会へと戻ってきた。
その時点で彼女の体力は限界を突破した。
ふらりとアメリアの体は揺れ、ライラの腕に収まった。
彼女の小さい体を抱いてライラは屋敷へと戻っていったのだった。
彼女が確認した事で放置しておけば消えてなくなるそのフラグは、完全に建設された。