表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢は100回目のバッドエンディングを望む  作者: 本橋異優
―ゲーム本編前・事前準備―
27/87

第26話

レオン戦


レオンに連れられてやってきた出店は、肉と野菜を一本の串に刺して軽く焼いた後、専用のタレにつけて再度焼くといった手法を使っている串焼きのお店だった。

肉や野菜だけではなくアメリア達貴族が、普段口にしないで処分していたであろう物も焼いている。

子供たちや周りの大人たちも美味しそうに食べている事から、食べられるのだと初めて知ったアメリアはショックを受けた。


(そんなっ!家畜が食べる物だと教わってきたのに!あれは食べられたのです!?)


貴族としての知識は平民を知る上で、あくまでも知識なのだと学習したアメリア。

店の前にやってくると店の調理場が外に開放されているのもあり、とても食欲をそそる匂いが漂ってくる。

レオンはアメリアのそんな様子にくすりと横目で笑い、一人の男性に声をかける。


「おっちゃん、二本ちょーだい」

「おお!レオ、らっしゃい!なんだ?今日は可愛い子連れてんじゃねえか!」


二人は知り合いのように仲良さそうに話し始める。

レオンもおっちゃんと呼ばれた男性も自然な笑顔を浮かべている。二人のやり取りに少し眩しく感じるアメリア。

レオンは掴んでいる腕をくいっと引き寄せアメリアを指差して子供のように悪戯に笑う。


「こいつさーめっちゃひょろいの!おっちゃんの串食わせたろう思って!」


(細いのはほっといてって言ってるでしょう!?)


アメリアは心の中でしか毒が吐けない。彼女は気づかれるわけにはいかない。

今の自分に人見知りという設定を盛り込み、俯いたまま過ごしている。

俯いている彼女の表情が、レオンの言葉に忌々しげに歯をぎりぎりとしている事など誰も気づいていない。もし彼女より小さい者が近くにいたら気づけただろうが、幸い周りにはアメリアより背の高い人しかいなかったのだ。

レオンの言葉を聞いた串焼き屋のおっちゃんと呼ばれた男性は驚愕の表情を浮かべた後、アメリアの腕を見た瞬間一気に眉間に皺が寄り、瞳が潤みだした。


「男の子なのにひょろいんはだめだ!!よしレオ!4本やる!お前は一本であとはその子にやるんだぞ!!」

「うわー…そこは俺にも二本くれるとこやろ…」


焼きたての串を四本持ってきて袋に詰め、レオンに押しつけるように渡す。

レオンは呆れたような表情を浮かべるが、言いたい事は分かっているのかぼやきながらも大人しく受け取っていた。


「お前はいつも食ってんだろ!よし!坊主!」

「ぼっ!?」


男性の大きな掌がアメリアの頭をがしっと掴んだと思ったら、わしゃわしゃと豪快に撫でられる。簡単には外れないようにしてあるとはいえ、かなり力任せに撫でられている為アメリアの首と頭が揺れる。


「たんと食べてでっかくなるんだぞ?オレの作る串焼きは世界一美味い!」

「世界一は言い過ぎだなー。でもまぁ美味い事は保障すんで」


俯いたままのアメリアを覗くように腰を曲げて、にかっと笑うレオンにアメリアの瞳が揺らぐ。

頭をあげれば串焼き屋の男性が、目元と口元に皺を寄せながら豪快に分かっている。

彼女の鋼鉄の精神と魂が激しく揺れる。


(こんな風に…人に優しくしてもらった事なんて…ライラ以外にいなかった…)


どの周回でも彼女は約束を守る孤高の戦士だった。

誰かに頼る事もなく、ただ一人必死に約束を守ってきた。

従ってくれるライラだって物語がそのようにする様にしていると頭の中では思ってしまっている節があり、彼女は次第に一人に慣れてしまっていたのだ。

初めに持ち合わせていた恋心すら固く封印して。

しかしこの最後の周回。彼女は母と出会い、母の愛を感じ、変わっていく周囲に翻弄され、アメリアの中で揺れ動かなかった強化されていっている筈の鋼鉄の精神と魂は、確かに何度も揺れ動いていた。


(でも…だめ…)


彼女の行動原理は約束の為。

アメリアは内心首を振る。


(これだって…きっと新しいフラグの流れの一つの筈。この人だってレオン様だって、私が変装しているから優しくしてくれているだけ…勘違いするな!私自身に優しくしてくれるものはいないのです!私は悪!)


アメリアは一瞬過った感情を鋼鉄の精神と魂の扉の奥に閉じ込めた。


「!?坊主!なんで泣いてるんだ!?」

「え…?」

「串焼き嫌いだったか!?オレの作った串はうまいぞ!?」


男性があたふたとしている事で、アメリアは自分が泣いている事に気づいた。

頬に触れれば確かに濡れている。

目元を拭えば一部は粒として指を濡らした。

感情が激しく揺れ動いた事で彼女は知らぬ内に涙を流していたのだ。

ぐじぐじと乱暴に拭っても中々止まらない。


(嬉しかった…それが溢れるなんて…っ)


「しゃぁないなー。ほれ、男なら泣くなー」

「…うっさい…。無理に連れてきたの…お前だ…」

「そーそー。ぜーんぶ俺が悪くてええからさっさと泣きやみぃ」


暖かく抱きしめてくれるレオンにぼやく。

泣きながら八つ当たりをしたとしてもレオンは特に嫌な顔せず笑って、アメリアの頭を抱きしめたままポンポンと叩きあやしてくれている。

男性はレオンから渡された串の入った袋を持ちながら、困った子だというような優しい瞳をアメリアに送っている。

彼女が出会った初めての優しい他人。

攻略対象でもなく、肉親でもない、物語とは関係のない街の中の他人。

確かに生きている『ゲーム盤』の中の人。


アメリアはそっとレオンの肩を押し、再度目元を拭うと涙は止まった。

男性の方に顔を向けて不細工に笑う。素直にうまく笑顔を作れないのは彼女がまだ複雑な感情と戦っているから。


「大きくなる為に食べる…いくら?」

「坊主にはタダにしといてやる!初めて食うんだろ?」


ほらと袋の中から取りだされ、両手に一本ずつ握らされる巨大な串焼き。

いつの間にか離されていたレオンの腕に今は一つ感謝しておく事にしたアメリア。

一本ずつ子供の手では持つので精いっぱいの大きさの串焼きを、目の前の男性は無料と言っている。

アメリアはふるりと首を振り、何とか支払おうと試みる。


「いや…それは…悪いから払う」

「ぼうずはええ子だなー!!おいレオ!お前も見習ったらどうだ!摘み食いすんな!」

「あぁ?俺の事は今はええやん!お前もタダって言ってるんだから貰っとき!」


男性の矛先はいつの間にか摘み食いをしていたレオンの方へ向かってしまった。

アメリアは茫然と二人のやり取りを眺めている。


(レオン様はこんな事をしていたんですね…知りませんでした)


無邪気に笑い、怒られているレオンに今まで自分が見てきたレオンとは違ったものを感じる。それはこの周回で出会ったダレン、マイク、ジークライド、アークにも感じたものだ。

ならばとアメリアは思う。

神々の介入は少なくとも攻略対象全員にされていると結論付けた。

アメリアの前で男性に怒られながら、それでも諦めないで串焼きを食べているレオンを見つめながら、彼と本来出会う時、物語の本筋から外れさせないようにしなくてはと心に決めた。

外れてしまえば彼が望んだ未来が、訪れない事をアメリアは知っているからだった。


(この街の人たちを守る為の騎士…その為に私はあなたを全力で傷つけましょう!)


アメリアは鋼鉄の精神と魂に強く誓った。


(さて…そんな事よりこれはどうやって食べるのでしょう?)


串焼き初体験のアメリアはふと現実を見ている。

両手に持たされている巨大な串焼き。しかし貴族生活100回目の彼女は初めて目にし、手に持ったのだ。

レオンの食べ方を盗み見るが、アメリア的美的センスはあれは無いと答えが出ている。

怒られながら串焼きを手に持ち、そのままかぶりついているレオンの姿。

その食べ方がここでは通常なのだがアメリアは認められない。


(あんなお下品な食べ方は出来ませんよー!?)


内心は認めたくなくて悲鳴をあげる。彼女は悪を貫いているが列記とした貴族令嬢だ。

串を持ち困っているとレオンが気づいたのかアメリアの方へ近寄り、彼女の手を徐に掴むと自分の口に串焼きを持って行く。


「なっ!?」

「食った事ないん?まぁ、ないかー如何にもお忍びって格好しとるもんな!美味いから真似してみ?」


もぐもぐと頬を動かしながらほれと向けられた串焼きの頭は、今しがたレオンの口に一つ奪われており、減っている。


(くぅぅぅぅ…男の子だから!私!今!男の子ですからっ!!間接キスなんて起こりえない!あれは男女の時のみ!今はノーカウントですっ!)


謎理論を繰り広げ、いまだ向けてきている串焼きに半場やけくそ気味にかぶりつく。

もくもくと口を動かせば口の中で広がる肉汁とタレ。それは互いを引き立て合いとても美味。

初めて食べた串焼きの味にアメリアは目を見開いて止まり、レオンの手を払いのけ次々と口に含んでいく。

アメリアの様子に男性とレオンの二人は顔を見合わせ豪快に笑っていた。


(笑われてるのは屈辱的ですけど本当に美味しい!)


素直になれない鋼鉄の精神と魂のアメリアの両手にあった串焼きはいつの間にか串だけになっていた。

食べ終わり口を吹いているアメリアにレオンが彼女の頭にぽんと手を乗せ笑う。


「な?美味かったろ?」

「…おいしかった…ごちそうさまでした…」


不服そうに俯きながら認めざるを得なかった。食べる手が止まらず全て食してしまったのだ。

レオンは楽しそうに満足げに笑った。


「レオにいちゃーん!」


突然レオンが周りの子供たちに何か声をかけられたようで、アメリアにここにいろと伝えてどこかに行ってしまった。

残されたアメリアは男性に食べた串を渡し、再度感謝を述べる。

男性は笑いながらアメリアから串を受け取ると、彼女の腕を掴んだ。


「っ!!」

「怯えんな、なんもしない。なぁ坊主…お前この怪我はどうした…普通に出来る怪我じゃないだろ」


真っすぐと隠れているアメリアの瞳を真剣な眼差しが射抜く。

アメリアは隠れるだろうと変装した後、傷を隠す事を怠っていた。

食べている最中にまくり上がってしまった袖から見える彼女の細い腕に、うっすらと浮かび上がっている良く見なければ気づかない彼女の傷。

背中の傷以外にも過去受けて残ってしまった傷跡の一部。

アメリアは捲り上げていた袖を隠すように伸ばす。


「こっれは…っ」

「言えないんなら聞かん。レオが坊主を連れてきた時にオレは気づいたけどレオは気づいとらん。けどな?お前みたいな小さな子供が受けていい傷じゃないのはオレでもわかる。お前さんが小さいんはその為か?周りに見つからないようにしてるなら、話は聞くからまたいつでも来い!」


掴んでいた手を離し、そのままアメリアの頭に持っていくと豪快に撫でた。

撫でられ揺さぶられる頭。アメリアはまた泣かないように口を強く一文字に結び、俯いた。

優しさに触れる事に慣れていないアメリアは、今日は彼と出会う前だとしてもレオンに完全に敗北したと心の中で思ったのだった。


レオンがしばらくして笑顔で戻ってくるまで、男性にアメリアは頭を大人しく撫でられていたのだった。




次回予告≫

1月1日0時の投稿は本編はお休みで、とある空間という物語の幕間になります。

神々が何を考えているのかというお話になります。

(活動報告に書いていた事だったので間に合ってよかったです…)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ