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悪役令嬢は100回目のバッドエンディングを望む  作者: 本橋異優
―ゲーム本編前・事前準備―
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第24話


朝食兼昼食をとり、多少体力の回復してきたアメリアはライラから報告を受ける為、書斎をある程度まで片づけてから、アスターの秘密基地にやってきていた。

一仕事を終えて、木の下でティータイムをしながらライラの報告を聞く。


「合魔獣という生物の存在は確認できませんでしたが、かなり強い魔力反応とその構築の痕跡が残されておりました」

「そう。それでそこは…誰の屋敷だったの?」


紅茶の香りを楽しみながらアメリアは、横に立っているライラを見上げる。

この空間に椅子は一脚しかなく、自然とライラは立っている状態なのである。

彼女も彼女でそれは仕事で慣れているので特に気にしていないが、座っているアメリアはちょっとばかり首が痛い。

ライラは女性にしては高身長である。


「屋敷というより施設と言った方が正しいでしょうか…教会の地下施設でした」

「教会の…地下施設?」


王都には教会がいくつか存在している。

そのどれもが特に噂になるような事柄はなく、司祭もまともだったはずだがと、アメリアは不思議に思う。


「孤児院も経営しているアドニス教会です」

「あのアンスリウム男爵が建設させたという?」

「はい。ですから…きな臭いと言いますか…」

「良い噂しか流れていない男爵が建てた教会の地下施設が、老師様から貰った合魔獣の場所と一致…」


アンスリウム男爵は爵位としては最下位にあたるが、彼が起こした事業は様々な形で認められ、実績と評価を得ている。

その一つに彼が建設させた教会も入っている。

アドニス教会は孤児院の役割も担っており、巣立って行った子供たちも感謝の祈りをあげにくるほどで、男爵然り教会然り共に高評価であった。

しかしどうだろうか?

老師からアメリアが貰ったメモの位置がその高い評価を得ている筈の教会。

しかも、その地下だというではないか。


ライラがきな臭いという理由もアメリアには理解できている。

それなりに高い評価を得ていたアンスリウム男爵だ。合魔獣をもし創っていたとしても、隠し通す事が可能な力を持っているのかもしれない。

ライラの能力があったからこそ、アメリアは教会の地下施設の情報に辿り着いたようなもの。

アドニス教会の情報に地下施設があるなど、まず開示されていなかった。

この国の王すらも知らなかった事だろう。

アメリアは考える。


「これは突っついて簡単に埃を出してくれるほど甘くはなさそうですね…」

「そうですね…。私個人としましてはお嬢様が関わるのは極力お止めしたいところですが…その目は止める気はないんですね…」


ライラの話の途中からアメリアは猫のような目をしてじっと見つめていた。

瞬きもしないで見つめるその瞳に、ライラは困ったように溜息を漏らし最後には白旗を振った。

その様子に満足そうにアメリアは子供の笑顔を浮かべる。


(よしっ!!ライラが折れました!これで新規フラグを調べる事が出来そうです!)


脳内のアメリアは喜びの舞である。


(しかしアドニス教会ですかぁ…。過去の繰り返しにはなかったイベントですし、ほっといても良い事だとは思うのですが…ここまで介入されているのですから、私も神さま方に負けじと行動起こしますよー!新規フラグは今以上に気を引き締めないと危険かもしれません!未来の為にフラグを建造しますよー!おーっ!)


負けてくれていいの!というどっかの白い空間の声はアメリアには届かない。

新規フラグと言う事はアメリアにとって予測なしの勝負となる。

過去の布石として様々なフラグを建造してきたアメリアだが、合魔獣の事は過去の周回を思い返してみてもやはりないものだ。

彼女が思う通りほっといても問題の無いものなのだろう。

しかし約束が行動原理の鋼鉄の精神と魂をもつアメリアは、自ら足を突っ込んでいく。


「ライラ、いつ頃お邪魔しても良いと思う?」


椅子の背凭れに寄り掛かり足をぷらぷらさせて、素を曝け出し見上げてくるアメリアの破壊力は、ライラの理性に少なくないダメージを与えている。

アスターの幼い頃を思い出しても自分の忍耐力は流石だと褒め称えるほどだというのに。

ライラは平然を装い、アメリアの問いに答える。


「唐突ですね…私が調べに行っていなければ、何も事前情報のないままここに行っていたのですよね?その事について反省は…」

「してますしてます、大丈夫!で!いつならお出かけしても良いですか!お父様達がいない今しかないとわたくしは思うの!」


キラキラした瞳でおねだりしてきている可愛らしい生き物。

アークがいたならだから姉さんは!と怒られそうなほど、ライラの理性は揺れている。

そんなライラの内心なんて気にする事もないアメリアの脳内は、対ライラ用の必殺の準備に取り掛かっていた。


「随分と生き生きしているのが気になるのですが…そうですね。明日も魔法老師様がいらっしゃらないと、お食事を運ぶ前に連絡が来ておりましたから…」


なおもライラの理性と本能の天秤は理性が勝っている。

主であるアメリアを危険な目に合わせたくはないという理性が。


「では!明日行きましょう!一緒に!デートです!」

「行きましょう!」


理性陥落。

たった一言のアメリアの言葉に、理性が音を立てて天秤から飛んで行った。

アメリアはくいっとライラの袖を軽く引き、言葉を投げただけなのだが、その効力は絶大。

彼女とのデートはライラからしたら幸福以外の何物でもない。

――あれです!物理的盾になれば良いのです!

アメリアの盾と剣は文字通り物理的な意味になった瞬間だった。



◇◇


それから書斎に戻り片付けを再開し、気がつけば夕食の時間。

アークがたまにアメリアとライラを見ているが、彼に刻まれた魔法の為一定の距離しか彼からは近づけず、無表情の瞳の奥にアメリアへの怒りがにじみ出ていた。


(混沌の扉が出現していませんが…その目はライラが怒るからやめなさいアークー!)


彼女の優しさは決してアークには伝わらない。

本来のアークの立ち位置に戻せた事は喜ばしいが、ライラとアークが険悪になってしまった事がどうしても悲しかったのだった。


食事を済ませ、湯浴みを済ませ明日に備えて眠るだけになった頃。


「それではお嬢様おやすみなさいませ」

「ええライラもゆっくり休みなさい」

「失礼いたします」


ライラがいつものように出て行った後アメリアはベッドの上に横たわりのんびりと考えていた。


(あの首の熱はなんだったのでしょう…)


アメリアが考えていた事は夢で自分の首に齎された熱の事。

項が燃えるような熱を持ち、激しく心臓が揺れた。

激しく揺れる心臓は今にも破裂してしまいそうな程。しかしアメリアの死亡経験則にもあの出来事で死亡した事はなかった。


(あの二人の秘密を勝手にみてしまいました…盗み見は自分からするのは自覚しているので良いのですが、あれは二人に悪い気分です…)


申し訳なさが一杯のアメリアはゆっくりと瞼を閉じ、今日はもう夢をみませんようにと願いを込めて眠りに落ちた。




◇執事長と侍女のその後◇


ライラは長い廊下を抜け、とある人物の部屋へと尋ねてきていた。


「アーク」

「っ!」


アークとライラには扉と鍵はほとんど意味をなさない。

体をすり抜けさせ、アークの部屋へと侵入しライラは声をかける。

突然のライラの侵入に驚くが、体が動かせない。

そこまでライラとの距離が近いわけでも遠いわけでもなく、自分から近付かなければ発動しない魔法なのだが、アメリアが構築し刻んだ魔法を気にして自分から動けなくなっている。

そんな彼に気づいたライラは呆れた表情を浮かべる。


「私から話しかけたのでお嬢様の魔法は発動しません。安心しなさい」

「姉さん…」


久しぶりに自分の姉の表情が豊かになっているとアークは感じた。

今まで無表情に心を殺してきた姉が、今はアスターが居た時のような表情を浮かべている。


「感情の制御が出来るようになったかと思っていたのに、何故暴走したの?」


昼間の事を問われれば、アークは悔しそうに唇を噛む。


「あれは…私の…俺の制御不足だ…」

「まぁいいでしょう。私のお嬢様がアークの気に障る事をわざと言ったのでしょうね。それをわざとだと理解できないとは…。そんな事より私のお嬢様に手を出したのだから覚悟は出来ているわね?」

「…私の…?!姉さん!お嬢様は、あれはアスターじゃない!」


私のという部分が気にかかり、アークはライラを咎める。

アメリアの事は憎く思っているが、ライラにアスターと同視されていると彼は思ったのだ。

彼女の行き過ぎた愛からアスターを守る為に自分もここにやってきたが、アスター亡き今、その感情が誰にも向かう事はないと思っていた。

同視しているならそれは幻想だ。わざとだと姉は言っているが明らかにあれは本心だとアークは思っている。アメリアの本心が見抜けないアークにとってそれが真実だ。

アメリアはアスターではない。

その事を姉のライラに念を押す。


「そんな事はわかっているわ!あれとは失礼よ!むしろ何故分からないの?!あんなに可愛らしく純粋なお嬢様なのに!お前にかけた魔法だって私とアークを思っての事よ!何故分からないの!」


念を押した筈なのに、ライラは熱くアメリアを語っている。

――待ってくれ…これは…

アークの背中に嫌な汗が流れる。


「待って…姉さん本気で…?」

「私の恋愛対象はアスターとお嬢様よ!」

「………ウソだろ…」


両膝と両手をついて頭を項垂れたい。

ライラはアメリアを完全に恋愛対象として狙いをつけているじゃないか。

あれのどこがいいんだと内心叫ぶアークだが口に出さないのは、出せば本当に自分の命が危うい事を分かっているからである。


『武器は己。腕に纏うは短剣』


ライラは驚愕の表情を浮かべている自分の弟を余所に、短い精霊語で詠唱しそのまま片手を向ける。

その腕には彼女が構築した精霊魔法が剣となって纏っている。

実際の武器や防具は二人には必要がない。

二人は隠密を極めし超人一族。

その身は一瞬で武器になる。

短い詠唱だけで確実に構築出来るライラの制御能力は高い。それほど鍛錬してきたのだろう。


「だからお嬢様に危害を加えそうなアークを放置は出来ない。まぁアークだから腕の一本や二本頂戴しても問題ないでしょう!久々に私直々お説教してあげます!」

「良くないから!問題しかないから!いらないからっ!!」


お説教という彼女の言葉から本気だと理解したアークは、彼も彼で精霊語で詠唱する。


『武器は己。纏うは鎧。如何なる武器も通さない強固の盾。鎧は盾であり盾は鎧。武器は防具へ!それは己の肉体!』


アークの詠唱はライラより長い。

彼は自分の能力の制御は出来ても、感情の制御が出来ない。それを補う為に少しだけ長い詠唱を必要とする。

――なんでこんな事に!?

アークの内心は混乱を極めたが、そんな事はお構いなしにライラは一気に間合いを詰め肉体言語と言うお説教を開始したのだった。


「大人しくお嬢様の安寧の為に沈め!」

「断固断るっ!勘弁してくれよ姉さんっ」

「ちゃんと避けないと本気で死ぬぞ!避けなくても良いから一本置いていけ!お嬢様の泣いた後の笑顔は破壊力があるのよ!あれはアスターを越える!」

「やだよ!くそかっ!アスターがいなくなって落ち着いたと思っていたのに!またかよ!聞きたくないっ!」


無表情の二人が言葉を崩し、一人は悲鳴じみた声をあげ一人は主人の愛を語り、とても表情豊かに激しくぶつかり合った。

そうしてお説教という激しい姉弟喧嘩が勃発したのであった。

アメリアはその頃美味しいご飯を食べている幸せな夢の中である。



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