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悪役令嬢は100回目のバッドエンディングを望む  作者: 本橋異優
―ゲーム本編前・事前準備―
21/87

第20話

アーク戦second



部屋に響くダリアの笑い声がゆっくりと終わりを告げた事で、アメリアはやっと解放される。

鞭を床に投げ捨て、アメリアに目もくれず彼女は部屋を出て行ってしまった。

一人部屋に残されたアメリアは魔法を構築し汚れた床を綺麗に洗浄し、痕跡を消すために浄化を行う。


「耐えるだけなら余裕ですけど…いったいものは痛いですよぅ…」


少し涙目であるその瞳は憂いを帯びている。

アメリアが思っていたよりも今回のダリアの一方的暴力は激しかった事が分かる。


洗浄と浄化を終え、割れたカップを集めごみ箱に持って行く。

机の上に一つ残されたソーサーを見つめ、ごめんね。とアメリアは一撫でした。

ポットは衝撃でひびが入り液体をその身に溜める事は出来なくなり、カップは欠片と化してしまい、残されたソーサーは寂しく机に鎮座している。

職人が造り出した三位一体のその器達は無残な別れを告げた。


背中から滴り流れる赤が床に落ちる前にアメリアはドレスを身に纏う。

水色の彼女のドレスは次第に色を変えて、吸い込んでいく。


「いっぅう…めくらないように着るのは流石に無理ってやつですね…これは気づかれないように部屋まで戻るのが一苦労です。はっ!書斎の方が近い?!お母様の秘密基地で証拠隠滅しましょう!」


困ったように眉を下げ、頬を指でかくその掌は爪が痛いほど食い込む程、握りしめていた事を物語っていた。そして閃いたとばかりに下がっていた眉は元気を取り戻し持ちあがる。

鋼鉄の精神と魂のアメリアはこんな状況でも元気である。


「さってと!ダリアお義母様の気晴らしが済みましたし!このまま書斎に向かってお母様の秘密基地での休憩です!」


あくまでも彼女の中ではダリアのこの行動は“気晴らし”でしかない。

ダリアに言いつけられた事を済ませたアメリアはダリアの部屋の扉を開き廊下へと出ようとした。


「お嬢様」


そして勢いよくその扉を閉め、鍵をかけた。


(あーーーーーーーくーーーーーー!!???)


扉の前にはアーク・フリージア。

ライラの双子の弟が立ち塞がっていた。


心の雄たけびが脳内で響く中、アメリアは現状がもの凄く不利だと理解している。


(まずい!非常にまずいですよー!?ここで魔法を構築しても扉の前にいるアークに気づかれてしまいますし!何より今の一瞬でアークに血の臭いがバレてしまったかもしれないです!うぬぬぬぬ!むしろなんでお父様について行っていないのですか!!)


聖霊と人間のハーフはこのラナンキュラス国の民より様々な部分で敏感である。

アメリアが悩んでいる事も然り、この扉一枚隔てた状況ならばどれだけ小さな声でも聞こえてしまう可能性がある。

鋼鉄の精神と魂のアメリア、万事休す。


アメリアは自分でフラグを建てていた事に気づいていない。彼女が自室で内心考えていた事が現実となって現れている状況なのである。

彼女は自室でアークの事を考えていたのを覚えているだろうか?

神々が恐れている彼女自身の行動力は彼女自身にも時に牙を剥いたのだ。

それに今更気付いたところでアメリアにはどうしようもない。


(あー…これは本当にどうしましょう…。アークが廊下にいる状況で治療魔法を構築したらここで何があったのか気づかれてしまいますし…もう私詠唱使う事の方が苦手なのに、詠唱しなかったらそれはそれでまずいですし。何よりもお義母様を追いこんでしまうのは宜しくありません。うぅん…窓から外に出たとしても今の背中の状態で私の体が耐えれると思えません…)


まさに八方塞。

ここでアークに助けを求めない所がアメリアらしいと言えばらしいのだが。

通常の人間とは違った思考の持ち主のアメリアは如何に気づかれず、秘密基地に逃げ込むかだけを考えている。

何通りかの策が思い浮かんでは消えていく脳内。


彼女の悩みの種は遠慮なしに扉を叩いてきた。


アメリアは彼がこの屋敷の執事長なのを思い出し、命令を下す事に決めた。


「お嬢様、如何されました」

「なんでもありません。下がりなさいアーク!」

「いいえ」


(いいえっ!!!????)


普通に下がらせる命令を下せば、あわよくば現状打破出来ると思っていたアメリアの思惑は見事に外れた。


(神さま方の介入ですか!?あぁっそうですか!!同情するなら死亡フラグをくださいな!!)


鋼鉄の精神と魂のアメリアが若干やさぐれ始めたが、アメリアの現状は変わらない。

突破口が全く見出せない現状が彼女を追い詰める。

追い詰めている原因はなおも扉を叩いて声をかけてくる。


「お嬢様…扉を開けますよ?鍵を開けてください」

「だめです」

「駄目じゃありません。怪我をされておられるのでしょう?」


(本当に優秀ですねアーク!!!でもそれは今じゃなくて結構なのよーー!!!)


流石のアメリアの精神力、経験則を合わせてもアークに現状を知られるのはフラグどころの騒ぎではない。むしろ彼女の目標に対し逆効果をもたらす。

ドレスは更に色を変えていっている。

アークはアメリアが怪我をしている事に気づいている。しかし、どのような怪我なのかまでは理解していないだろう。これだけはアメリアはまだ幸いだと感じている。


「…仕方がありませんね」


(お?諦めました?)


「失礼します。お嬢様」

「っ!!!あ、アーク!?」


彼女が見たかったアークの瞬間移動は彼女が望まない形で実現した。

扉の前にいた筈のアークはアメリアの扉を開けてはいけないという命令を守り、扉を開ける事無く、室内に突如としてアメリアの前に現れたのである。

アメリアが室内に入ってはいけないと口にしていたら、起こらなかったかも知れない状況だが、それも今更である。


アメリアは背中を見せないように一歩、二歩と距離を取る。


「ふむ?奥様の部屋で何を……お嬢様」

「何もしてませんし、お義母様はいらっしゃいませんでした!ですから下がりなさいっ」

「いましたよね?そして何かありましたね?」


室内に充満する血と紅茶の臭い。アメリアの背後にある机にはひびの入ったポットとカップのないソーサー。顔色の悪いアメリア。投げ捨てられている鞭。

アークが状況を判断するには時間はかからなかった。

状況を理解したアークの瞳が銀縁の眼鏡の奥で細まる。

そしてじりじりとアメリアとの距離を詰めて行く。


(くっ!ユリに恋心を抱いていない状態のアークは本当に隙がない!)


アメリア死亡経験則強敵ランキングの中で、ダレンの次にアークが上げられている。

ライラの双子の弟であり、年齢不詳のハーフ超人。

元々ライラはアメリアサイドであったから特に問題はなかったが、アークは『ゲーム盤』の世界の攻略対象であり言わば神様サイド。

神々の介入が如何にして彼に起こったかアメリアは知る由もないが、現状はアメリアが自身で思って起こしたフラグ回収。それを彼女は気づかない。彼女はこの状況を作りだしたのは神々だと思っているのである。


「…はぁ…お嬢様、ライラを気にしているならライラには言いません。ですからせめて治療をさせてください」

「…結構よ。ほっとけばなお」

「りません」


間髪入れず否定される。

アメリアの表情は歪み、アークに対しその瞳は漆黒を纏っている。

その瞳にも動じずアークは距離を詰め、彼の射程範囲にアメリアが捕らえられた。

これ以上机が後ろにあり、アメリアも後ろに下がる事が出来ない。

睨みつけ断固として受け入れようとしない娘にアークは内心苛立つが、彼女をこのまま放置する事は出来ないと思っているのも現状。

――姉さんは何をしている!

忠誠を誓い、証を渡している筈の自分の姉にも苛立つ。

己が主人と認めた者が今血を流し、顔色を悪くさせ、それでも二本の足で倒れる事無く立っているのに、お前は今何をしているんだとその場にいないライラへ念を送る。


「失礼しますお嬢様。乱暴な事をしますことお許しください」

「ゆるさなっひぅっ!」


アメリアの意思を無視し、アークは遠慮なしにアメリアを横抱きにする。

そして彼女の背中に触れた時、纏わりついた液体を手袋の上から感じ取った。


「っ!お嬢様背中を!?」

「……もうアークに隠しても無駄だとわかりました。今回はわたくしの負けで良いですから、なるべく背中がすらない格好に抱き変えてちょうだい。流石にこの格好は痛いわ」

「畏まりました。失礼いたします」


アークはアメリアを腕に乗せるように抱き変える。

片腕に重心がかかっている状況なのにアークは表情を変えていない。


「アーク力持ちね…」


執事服の下には程良い筋肉が隠されている事を知っているアメリアはやはり勿体ないと呑気にも思う。


「お嬢様が異常に軽いのです…これだけ血を流していればおのずと体重も減るのでしょうけど…」

「小言はいいから書斎へ行って」


アメリア自身が軽い事はライラしか知らない。

持ち上げて初めて分かる彼女の細さと軽さはアークの心を締め付けていた。


「…いえお嬢様…」

「背の高いアークに抱き上げられながら歩いてみなさい、この傷が使用人達に気づかれるでしょう!愚かなのは変わらないのね!さっさと歩きなさい!」


抱き上げてから一歩も動いていないアークに羞恥心が勝ってきたアメリアはさっさと移動してしまいたかった。

表情には表わさないが、内心は恥ずかしくて穴があったら入りたいといった心持ち。

ばたばたとその小さな足をばたつかせてもアークは渋っている。

部屋へ連れて行き治療したいのだろうがアメリアはそれを許す事は断じて出来ない。彼女の状態は背中から見れば酷いものだ。水色のドレスは色を変え、広がりをみせている。使用人一人にでも見つかれば誰に何をされたのか一目瞭然といえよう。


「……しかし」


 ぶちっ


鋼鉄精神のアメリアの我慢の尾が敗北の悔しさと羞恥心に煽られとうとう切れた。


「小言は後で聞きます!!ライラといいアークといい姑みたいな性格ですね!はい!さっさと向かう!はいはいはいっ!!」


傷がついた両手を気にすることなくパンパンと煽る様に一定のリズムで叩く。

アークもこれには折れざるを得なかった。


「畏まりました」


やっと頷いたアークに満足そうに笑うと落ちないようにアークの首に両手を巻きつける。

安定したのか片手で鍵を開け、使用人がいない事を確認してから廊下へ出るとその足で書斎へと向かう。

ダリアの部屋と書斎はかなり近いところにあり、使用人に見つかる事無く辿り着く事ができた。



アメリアキレる。

アーク対アメリア 1勝1敗


次回予告≫

二話連続投稿でしたので、次回は26日0時に更新となります。

宜しくお願いいたします。

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