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悪役令嬢は100回目のバッドエンディングを望む  作者: 本橋異優
―ゲーム本編前・事前準備―
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第1話

シリアス回


ゆっくりと瞼を開ければそこは“いつも”の天蓋がかかっている天井とは違った霞みがかった景色。


 ゆらりゆらり


体がゆらりゆらりと揺れている。

揺り籠の上に横になっているようだ。


(今は生まれてからしばらく経った頃でしょうか…?上手く目が見えませんね…)


こんなに早く記憶が戻るのは初めての事だと、アメリアはぼんやりした視界の中で思う。

うまく動かない頭をゆっくりと動かし周りに視線だけくべれば、そこには横たわる女性とよく知っている乳母のライラの姿が。

ライラが横たわる女性に何かを話しているのが見える。


――女性は誰だろう…。

――もしかして母親だろうか…。


アメリアの母親は体が弱く、自分を産んでからというもの寝台から降りる事すらままならなくなってしまっていたと、アメリアははっきりしていない意識の中でぼんやりと思う。


「あら、起きたの?私の天使…ごめんなさい。もうあなたを抱き上げてあげる事が出来ないの…」


アメリアの視線に気づいた母親、アスター・ド・グロリア・スターチスが悲しげに発するその声にアメリアは驚く。

そこで薄らぼんやりしていた意識がはっきりした。


どの周回のアメリアも記憶は少なくとも4歳前後から。

それより前の、現在のような生まれてから少ししか経っていない時のものはなかったと記憶している。

それが今回はどうだろうか?今まで出会う事すら出来なかった自分の母親アスターを、それもその姿、声を聞く事が出来ている。

初めて、聞く事が出来たのだ。


 最後のこの周回で。


(お母様…アスターおかあさま…)


まだはっきりと視力が作られていないのかおぼろげであるその視界の先に、求めていた母親がいる。

その事が何よりもアメリアの心を揺さぶった。

過去99回の死を迎えている彼女の心は何に対してもほぼ揺れる事はなかったというのに。

心が母を求めているのか、体が自然と求めているのか、首もすわっていないアメリアは小さくもしっかりとした声色で、母を呼ぶ。

言葉にはならないが、しっかりと気持ちを乗せ、泣き叫ぶ(呼ぶ)


「あらあら…呼んでいるわ…ねぇライラ、あの子を私のところへ連れてきて?」

「しかし奥様…」

「いいのよ、あの子が…私の天使が私に抱きしめてほしいと言っているの」


弱々しくも、はっきりとアメリアの母親は乳母のライラに告げる。

ライラは一瞬視線を落とし考えるが、しっかりとその意思を酌みアメリアを抱き上げそっとアスターの横へと下ろす。

母の顔が隣に来た事でアメリアも泣きやみじっとその大きな瞳で母を見つめる。


(お母様の顔…とても綺麗…)


視力がついてこないのならば、魔力で補えばいい。

首も据わっていない体の中の魔力を最大限瞳に集中させ、魔法で視力を構築する。

構築された事により通常の視力になり、初めて肉眼で自分の母親の姿を見る事が出来た。


そこには青銀色に輝く髪を持ち、光の加減で様々な色を宿す瞳。今はそのつり目がちの瞳に海や空を思わせる静寂の宝石のようなラピスラズリの色。その瞳を覆い隠すように、宝石を守るように長い睫毛。美しい鼻筋に少しばかりこけた頬とかさついているが美しく弧を描く唇。


聖女と呼ばれ謳われた、母、アスター・ド・グロリア・スターチスがそこにはいた。


アメリアの大きな瞳から自然とぼろぼろと大粒の涙が溢れ、その姿にアスターはゆっくりと力が入らない腕を伸ばし拭っていく。

女性にしては少しばかり骨ばっているその指。

人にしては冷えているように感じるその温度にぴくりとアメリアは反応するが、撫でられるその掌に安心するように瞼を閉じる。


「最後にあなたを撫でられて…よかったわ…私の天使…あなたに私の名前を授けます。

ド・グロリアの名を…だからどうか…幸せにおなりなさい」


アスターはゆっくりとアメリアの瞼に口づけを落とす。


 継承の儀式。


彼女が名を授ける為の大切な儀式。

アメリアはその儀式を詳しくは知らないが、アスターからアメリアへ名が継承されたのだとふわりと瞳が熱を持った事で知る。

そして儀式が終わると少しかさついている唇は瞼から離れ、優しく撫でていた掌はゆっくりと、重力に逆らう事無く力なくシーツの上へと落ちていった。

ふるふると長いまつげを動かし、アメリアが瞼を開けば先程まで自分を撫で、愛し、囁いてくれた母は満足そうに瞳を閉じていた。

上むきで横になっており寝返りが打てない、いう事をきかない自分の体に叱咤し、なんとか右手だけは母の顔に当てる事が出来た。


まだ温かいその肌。

しかし当てている鼻先からは本来の呼吸している様子が感じられなかった。

満足そうに眠る母の笑顔。

アスターは眠るように、幸せそうに永遠の眠りについたのだと死を繰り返しているアメリアには十分に理解できてしまった。


(お母様っ!お母様っ!)


アメリアは自分が出せる最大の声で泣いた。

戻ってこないたった一人の自分の母親を思い、赤子の声帯を震わせた。

ライラはその尋常じゃない様子に気づき、アスターの状況を確認すると急いで部屋を出て行った。

恐らく家族である父親と兄の元に知らせに走ったのだろうと、泣きながらアメリアは思った。

しばらくして部屋が大きな音を立てて開かれ数人が急いで入室してくるのと、アメリアは母の顔に手を当てながらぐずぐずと泣き疲れたように瞼が閉じたのはほぼ同時だった。


◇◇


それからしばらくしてアスターの葬儀が執り行われた。

聖女と謳われていたアスターを慕うものがそこには溢れかえっていた。

赤子でありながらある程度の高さから周りの様子を見れているのは、乳母のライラが自分を抱いていてくれるお陰だろう。

アスターの隣に居る時に魔法で構築した視力のお陰か、現在は通常と変わらない視力になっている。

葬儀が終わり次第、魔力で構築している視力は元に戻すつもりでいる。

アメリアは葬儀の参列者たちの顔をじっと大きな瞳で見つめた。

普通ならうまれてから間もないアメリアをこの様な場所に連れてくる事はまずあり得ないだろう。

赤子の姿ながら母の髪を握りしめ、離される事を拒み泣き喚いた為か、最後の時も見せてもらえたのだとアメリアは思う。


(我ながら無茶苦茶だと思うけれど…今まで意識がなくて出来なかった分、今回くらいちゃんとお見送りさせてください…)


赤子のアメリアの願いがライラに通じたのか、アスターに添える花を自由がきかない自分の代わりに一緒に添えてくれた。

そしてその後、恙無く葬儀は終了した。

アスターの葬儀に参列した人の中にはこの国の王族、平民、貴族、隣国の者たち本当に様々であった。

ただ、共通しているのはアスターを想い大勢の人が涙を流していた事だろう。


(お母様…お母様は本当に愛されていた…)


アメリアは今までの繰り返しの時に自分が母の事を一部しか知らなかったと後悔した。

――最後の周回に知れて良かった…。

アメリアは周回15回目程の時に偶然母アスターの日記を見つけていた。

そこには兄への想う、父への想い、日記の中でも使用人達にも気をかけ、墓まで持って行くと書かれた父の愛人への想いまで…恨み辛みなどは一切書かれておらず、それはとても慈悲深く、慈愛に溢れ優しい内容だったとアメリアは思い返す。


その日記の中に自分への想いも綴られていた。


 アメリア・ド・グロリア・スターチス。


ド・グロリアは母アスターの国では大切な意味と力を持つ名前。

この世界でこの名を持っている者はもうアメリア以外に存在していない。

その名を継ぐためには名を次の者へ死ぬ間際に儀式を行う事で継承される。

アスターは亡くなる間際に、アメリアへ力と名を継承したのだ。

名を継承された者は瞳にその力を宿す。

アメリアの瞳はその時から光の加減で色が変わるようになった。

日記の内容を今まで何度か記憶の中では読んではいたが、理解できてはいなかった。

それが今なら理解できるとアメリアは思う。


(この瞳がお母様から貰ったものだったなんて日記を読んで知ってはいても…上手く理解出来てなかったです…ごめんなさいお母様。お母様は素晴らしい人だった!周回が終わって生まれ変わったらお母様のような人になりたい!)


少しばかりひん曲がっている考えではあるが、今までの人生とは違った最初をアメリアは切ったのだ。


 鋼鉄の魂と精神が母との出会いで揺れ動くようになった事を、まだアメリアは知らない。


アスターの一部しか知りえなかった後悔を胸に、アメリアは健やかに3歳までの時を過ごす。


○ド・グロリア(名/魔法)

アスターよりアメリアへ継承。

継承された者は光の加減で七色にも黒にも如何様にも見える瞳に変化する。

儀式でのみ継承出来るもので勝手に名乗ることができない唯一無二の名前での構築魔法。

持ち主の感情の変化でも多少変化する事がある。

どのような力のある魔法なのかは、過去の周回中一度も使用する事がなかったアメリアはまだ理解していない。

その為これからゆっくりと明かされていく。


○魔法

魔力を構築することで使用可能。

構築から発動まで詠唱が必要。

知識と経験がなければ本来使用できないが、度重なる周回でアメリアは生まれながら無詠唱で使用する事が出来る。(引き継ぎボーナス)


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