第18話
家庭教師の教えを凄まじい速度で修了させ、マナー教育もほとんど意味をなさなくなった頃、アメリアは新しい家庭教師を得ていた。
それは過去の周回でもお世話になった魔法老師。魔法学に特化しており、印持ちで白い髭を胸まで伸ばした背の低いおじいちゃん先生である。
彼は毎回教えてくれる内容が少し変わっており、繰り返されている時の中で楽しく勉強出来る良き先生。
そんな老師を迎えての秋の時。
アメリアは7歳になっていた。
今日も今日とて日課の走り込みと更なる体力作りに励むアメリア。
3歳の頃にアークに襲撃されて以来、細心の注意を心がけながら、庭に降り立ち護衛に一度も見つかる事無く走り込みを続けた結果。
今では1時間を超えていた筈の距離を半分程の時間まで落とすまでに成長している。
7歳にしては脅威の成長速度である。
(これに関しては神さまの引き継ぎボーナスに感謝しなくてはなりませんね!)
それ以外の感謝はまるでしていないかのような言い草である。
現に彼女は神々の介入により物語から外れ始めた者たちを元に戻す事に大変苦労していた。
攻略対象枠でいうなれば筆頭はマイク。そしてダレン、ロイド。稀にアークといったスターチス公爵家の男衆である。
マイクに関してはあの平手以来、暴力的な行為には及んでいないが、水をかける、罵声を浴びせる、一番は本人も気にしている印持ちでない事に対して強く罵っている。
この行為に少しばかり自分の心が痛みたまに虚空を見つめるアメリアだが、彼女のその行動に気づく余裕は印持ちのユリが生まれたことによりマイクには既になかった。
彼はダレンに監視をやめたい、勉強に専念したい旨を伝えており、アメリアを自ら避けたのだ。
そのお陰か、順調に物語の彼が本来アメリアに抱く感情、そして物語の性格に戻りつつあった。
ダレンに関してアメリアは完全に放置を決定した。
マイクとダレンは放置すると当初決めていたがマイクが戻れた事で、ダレンも元に戻せるかもしれないと思ったのだが…彼はそんなに甘くなかった。
自分が実際起こしている問題に関しても、裏で上手い事誤魔化し解決していたのがダレンとロイドなのだ。
代表をあげるとするならば、5歳・6歳の彼女の誕生日に行った出来事があげられる。
年齢には似合わない化粧、ごてごてのドレス、光に反射し目が痛くなるようなびっかびかの装飾品を身にまとい、招かれた貴族の子息には甘い声ですり寄り、令嬢には飲み物をかけたりわざと靴を踏んで転倒させ罵り、我が物顔でやらかしていた。
婚約者のジークライドも彼女の美しさを目の当たりにした事のある貴族達もそれを見ていた。
彼女が望んだ悪評が広まりをみせようとした時、ロイドとダレンは「4歳の時の貴公らがアメリアを脅えさせた事で、彼女は一度心を閉ざしてしまったんだ!怖かったんだろう!あれは彼女なりの処世術だ」と周りに言って退けたという。
一応その話を耳にした貴族たちも身に覚えがあるのか、しばしば納得してしまったという。
婚約者の誕生日や呼ばれたお茶会での失態ですらそれが罷り通った。
アメリアはその事をライラから後日談として聞き、この国の未来が若干心配になった事は言うまでもない。
二人の意見を半信半疑で聞いていたのは王族と四大公爵家の言い分を言っているスターチス家以外の公爵家だけだろう。国を支えている王族と四大公爵がまだ他の貴族達と違い、考える頭と人を見る目がまともだったのは救いだろう。
本当にこの国の未来は大丈夫だろうか。
ロイドは元々そういう立ち位置ではあったのだが、それにダレンが加わってしまった事で、状況が厄介になってしまったアメリアは余計な事をと心から愚痴った。
かくして、彼女の起こした悪評が半分くらいまで減らされていた現在。
日課を終えたアメリアは奥歯を噛みしめて現在自室のベッドの上である。
(お父様は分かる…お父様は元々あの立ち位置。しっかし!お兄様がお邪魔虫です!お兄様に口で一度も勝てた試しもなければ私より頭が回る…。非常に厄介な神さまサイドの人間に進化しましたね!ダレンお兄様!ムキーっ!!)
ダレン本人はそのつもりは一切ないが、アメリアが言うように確かに神々はダレンに多少の介入を起こしている。
彼女を生かすために神々も必死なのだ。
アメリアの行動力と神々の本気。
それぞれに振り回されるはこの『ゲーム盤』の世界の人間達。
(全く神さま方も神さま方です!この世界の人たちは確かに今を生きているのですよ!勝手にその人達のあり方を干渉して変える事はあってはならない!)
例え世界がゲームだとしても『ゲーム盤』に生きる人々はそこに存在している。
アメリアが怒っているのは神々が介入したことによりその人達が本来の物語から外れ、本人の意思と関係なく神々の望むままに進められている事に腹を立てているのである。
彼女が引き起こした行動で本来周りが抱くべき感情を神々が抑制しているような、そんな感覚がアメリアを襲っているのだ。
本当に神々がそのように介入しているかどうかは定かではない。
決して修正するのがいい加減面倒だという事ではない。
多少はそう思っていても、経験で成長し鋼鉄の魂と精神になったアメリアは心優しい女の子なのだ。
神々が遊びで創った世界でも、生きているのは自分たちだと主張したい。
(まぁ…神さま方からみたら私たち人間はパン屑一粒くらいの存在価値なのですから…怒っていても仕方ありませんね!元より神さまの考えなんて人の私たちが分かるわけもないです!さぁ!気を取り直して今日は新しいフラグを建築しに行きたいところです!)
鋼鉄の精神と魂を持つアメリアは今日も元気である。
ライラが部屋にやってきた事でアメリアの本日は始まった。
新しいフラグとは老師との勉強の休憩中に話した暇つぶしの会話からだった。
その情報は過去の周回では現れなかった新たなフラグ。
◇◇
それは数日前の老師との勉強の間の一休憩中での出来事である。
アメリアはさも当然のように一人掛けの椅子に座る老師の上に横向きで座っている。
場所は公爵家の訓練場。先程まで魔法を構築し使用していた為に訓練場の一部の床が抉れている。そんな訓練場の横の休憩スペースに老師とアメリアが座っており、ライラは壁に空気のように存在している。
訓練場の一角を借りての勉強会なので、通常訓練している騎士たちも勿論そこには存在している。ただ、誰も彼も彼女の行動をちらりちらりと横目で気にしてしまって訓練になっていない。
(全く腑抜けているんですか!集中力が足りない!…これは後でライラにお父様に報告して頂きましょう!)
集中力をかけさせている原因は騎士たちの成長を望んでいる。
「老師様。今日はどんなお話を聞かせてくださるの?」
「ほっほっほ。ワシにすり寄っても、ただの木の枝ほどしかない軟弱な体じゃ。んなことせんでも話してあげるからちゃんと席に座りなさい」
アメリアは手に持っていた焼き菓子を老師の口元に持って行く。
訓練で多少汗をかいている少女の肉体は少し高揚し、赤みがかっており特殊な性癖を持っていなくとも元々アメリアは美人で可憐な容姿だ。このような行動を起こされれば容易にあらぬ所が反応してしまう事だろう。
老師はアメリアが差し出した焼き菓子をもぐもぐと何て事ないように口に含み笑って席につきなさいと諭している。
「ふふっ。老師様は照れ屋さんですね」
「なぁに。ワシかて長年生きとらんよ。そうじゃのぅ…最近とある貴族の中で新しい生物が生み出されようとしておるそうじゃ」
「あら?それはペットかなにか?」
話の変え方が流石の老師は、アメリアが頬に触れている手をそっと掴み彼女の手に一つのメモを握らせる。
それに気付いたアメリアはにんまりと笑顔を向ける。
「いんや。話を聞く限りだと、禁止された筈の合魔獣じゃろうな」
「まぁ怖いですわ!老師様!」
少し大げさに老師に抱きつくアメリア。
周りで訓練していた騎士たちもこれにはしっかりと顔を向けて見てしまった。
(はい。訓練出来ていない子たちはあとでライラ直々におしおきでーす!!)
これはあくまでも彼女が悪評を広めるための行動だけではない。
公爵家の騎士達の教育でもあるのだ。
信念の弱い、集中力の足りない騎士たちはどんな戦場に出てもいざという時に命を落としてしまう。
その為の抜き打ち訓練お邪魔虫作戦である。もちろん老師もライラもその事は実は知っている。
少し行き過ぎな気がするが気にしてはならない。
「何をしているアメリア嬢!」
「あら殿下。ご機嫌麗しゅう?」
そんな所にまさかの旗殿下登場である。
どれだけ彼女に悪感情を抱いていても彼は歴としたこの国の王子。
婚約者であるアメリアに一応、そう、一応めげずに歩み寄ろうと現在も頑張っている。
婚約者でもない男性の膝の上に横になって座っている状況、普通の乙女なら予期せぬ事態ではあるが、鋼鉄精神アメリアからしたら好都合以外の何物でもない。
むしろ彼女はチャンス到来くらいに内心喜んでいる。
老師の首に手を回しながら膝の上でやってきたジークライドに挨拶をするアメリア。
不敬万歳。
「老師殿の膝の上に乗りながら言う言葉ではないだろう!アメリア嬢、君は!」
「ほっほっほ。ワシが乗ってくれと言ったんじゃよ王子殿下様」
「あら?老師様はわたくしのお願いを聞いてくださったのだわ」
顔を真っ赤にして怒る姿も様になるジークライドだが、そんな彼をなんのその。
老師はジークライドの言葉を遮り一応フォローに回るが、それをあえて利用するアメリアの手腕。
二人がお互いにかばい合っているようにしかジークライドには見えないだろう状況をアメリアは作り上げた。
「…っ…君は私の婚約者だろう。少し慎め」
アメリアの思惑通りにジークライドの顔が歪む。
彼の中の大事に隠した初恋は未だに彼の心の奥底に眠ったままだ。
彼の近くに立っている護衛達は静観しているようで、アメリアを咎めるような視線を送っている。
「殿下がいやいやしているうちは決して慎みませんわ。わたくしの命令をみんな聞いてくれるのですもの。ねぇ老師様?」
まるでジークライドが悪いかのようにあえて口にするアメリア。
これは周回してきた中で溜まっていたアメリアの鬱憤の一つだ。何をしても一級死亡フラグになりえるジークライドは大半が自分との婚約に嫌々付き合っていたのだ。
鋼鉄の精神と魂を持ってしても彼女は女性であり現在は女の子だ。
少しばかりの仕返しを嫌味に乗せて差し上げる事にしたのだ。
目は笑ってはいなかったが笑顔を作り、老師の体にすり着く。
「ほっほっほ。ワシを巻き込むとは悪いお嬢様じゃのー」
「…もういい。今日は失礼する」
老師は愉快そうに笑うだけで咎める事をしない。アメリアが老師を気に入っている所の一つがこう言うところである。
ジークライドは嫌味を真っ向から受け止めたのだろう、諦めたかのように体の向きを変え帰る事に決めたようだ。
「連絡も寄こさないで勝手にいらしたのはそちらですわ殿下。怒るのは勝手ですけど、殿下こそ自分がされた事の意味、良くお考えになってくださいね?ふふっ御機嫌よう愛しい殿下様」
なおもアメリアの追撃は止まらなかった。
一応腐っても王子。この国の次期国王になる人物だ。最低限の常識をアメリアは煽るような言い方で伝えた。
フラグを全力で建てて行くその姿に神々は白い空間でぶちぶちと愚痴っている。
「お送りいたします」
ライラが声をかけ、アメリアは門まで見送る事もなくジークライドは退場していった。
(不敬万歳!旗殿下はお兄様と違って干渉されても簡単に修正されてくれます!流石は一級旗殿下ですね!)
人はそれをチョロいという。
◇◇
こんなやり取りが実はあった。
老師との一休憩という名の尻軽という悪評を広める簡単な作業かつ抜き打ちテストをしている真只中に、突如旗殿下がいらっしゃったり、流石のアメリアも内心驚いたが、これはいい旗だと直ぐに頭を切り替え対応したり、老師には申し訳ないが沢山巻き込まれて頂いたりしていた。
まぁ老師はなんだかんだ楽しそうだったからアメリアも特に深く気にしていない。
ジークライドの中のアメリアはかなり最下位を維持している事だろう。
どれだけダレンとロイドが頑張ってもその位置は中々の事では覆らない。
このままの状態ならば旗殿下は安泰だとアメリアは内心喜びの舞を踊り始めている。
その事にアメリアはベッドから下り、身支度を済ませながら満足そうに笑う。
「お嬢様楽しそうですね、何か良い事でも?」
「ええ、とっても。でもまだ序の口なのよ…」
「お嬢様が楽しいのであれば私も嬉しゅう御座います」
安定のライラだが、表情は無表情である。
彼女達はアスターの秘密基地以外の場所では素を出す事はほとんどない。
最近ではそれは二人でいるときでも。あの場所だからこそ素に戻るといった形に落ち着いたようだ。
「ねぇライラ。これからあるところに行きたいの」
「あるところですか?」
アメリアは老師から渡された一枚のメモをライラに渡す。
「禁止された筈の合魔獣が造られている場所に」
メモには合魔獣の製造場所が記されており、そこがどのような屋敷なのかまでは記されていなかった。
一瞬ライラは眉を寄せたが、直ぐに心得たのか懐にメモをしまう。
「畏まりました。しかし一日…いえ半日程お時間を頂けますか?このライラがこの場所がどのようなところなのか突き止めて参ります」
「そう?ならお願いするわ、出来るだけ早くお邪魔しに行きたいからお手紙は出さないでおきましょうね?今回は隠れて見るだけにするつもりだから」
唇の前に人差し指を立て楽しそうに微笑む。その瞳はロータス。
ライラは肩をすくめ、軽く首を傾げ困ったような空気を纏う。無表情には変わりないがアメリアは瞳だけでお願いねと伝える事にする。
「本当にお嬢様は意地が悪い…では行って参ります。夕刻までには戻れるかと」
「いってらっしゃい、私のライラ」
隠密を極めし一族のライラはアメリアに一礼し、何かを短く詠唱し音もなくその場から姿を消した。
(ライラの能力は本当にずば抜けてますねぇ!感心!感心!アークが消えるところも見てみたいから今度頑張ってその流れを作ってみましょう!)
先程考えていた人のあり方とはなんだったのか。
彼女は無垢な子供のような発想を持つ事がしばしばある。
アメリアからしたらフラグ建築なので、目的の為の手段といえるのかもしれない。
(さてと、今日は老師様もいらっしゃらないし…)
アメリアは本日の予定を組み上げようとした時、突如部屋の扉が乱暴に叩かれた。
「アメリアいますね?今すぐ部屋へいらっしゃい!」
「…畏まりましたお義母様」
(久々の呼び出しキター!ライラもちょうどいませんし!全力で受けてきましょう!)
予定を組み上げる前に予定が向こうからやってきた事にアメリアは大歓喜である。
ユリが生まれたからというものダリアはめっきり大人しかったというのに、ロイドがダレン、マイクを連れて領へ視察に行っている現在。彼女からしたら絶好のチャンスだったのだろう。
彼らが帰ってくるのは今日を含めて五日後だ。
アメリアもアメリアでチャンスだと思っているので悲しむ人は白い空間にいる者達だけ。
アメリアは汚れても良い服に着替え、ダリアの部屋へと向かった。
(過去の布石は未来への道しるべ。私がしている事は誰にも理解されなくていい)
※まだ攻略対象全員出ていないなんてそんな事…(あります)
次回予告≫
次回ダリア編。
義母のダリアがアメリアに何を思い、ぶつけているのか、アメリアは何を考え受け入れているのかというものになります。
読まれるのが辛い方の為、二話連続で投稿となります。
辛い方は19話は飛ばされる方が良いかもしれません。
そのまま20話を読まれても多少は問題ないかと思いますが、少し話が分かりにくくなる場合がありますが19話を飛ばされる場合はご了承頂けると幸いです。