第17話
(本当にスターチス家に関わる人たちは誰もが個性的ですねぇ…)
アメリアは若干鋼鉄の魂がくじけそうになっていた。
ライラの秘密を知りたかったのは本心だったのだが、ライラの趣向や性癖を知りたかったわけでは断じてないのだ。
少しばかり危険度が増してきたライラに、一定の距離を今更ながら保つ事をそっと決意したアメリアである。
「お嬢様?何か心配ごとでも?」
「え?いいえ!?あとこれを読んだら今日は部屋に戻ろうかなって思っていたところで…」
「【ブルームーン国とラナンキュラス国】ですか…」
今日のライラはよく表情が変わる。ここに来てアメリアと同じなのか少し気が抜けているのか、いつもの無表情が今は怪訝そうな表情を浮かべている。
この本はライラの中で何かあるのだろうかとアメリアは不思議に思い首を傾げる。
「ライラは読んだことが…」
「あるわけないです!アスターがここをひた隠しにしてきたんですから!この書物だって!私は見た事がありません!なんですかこれは!アスターが自分でまとめて…」
「うん、わかった。ごめんなさい。なんでもないから大人しく静かにしてて」
「…畏まりました」
また地雷を踏んだらしいという事にアメリアは瞬時に気づいた。
鋼鉄の魂と精神は現在のライラに大分慣れてきたのか、荒振り始めたライラを鎮める事が出来る程にこの短時間で成長を遂げていた。
ライラを大人しくさせ、アメリアは机に向き直り【ブルームーン国とラナンキュラス国】を開く。
そこにはこの国、ラナンキュラス国と隣国、ブルームーン国のあり方について書かれていた。
・・・・・・・・・
ブルームーン国とラナンキュラス国とは。
二つの国は現在、比較的表面上友好的であり争う事はない。小さないざこざがあったとしても、各国の王達が決して戦争を望まない為、平穏に過ごせている。
ラナンキュラス国は魔力の国。ブルームーン国は精霊力の国。
本来真反対な能力の国同士であるからこそ、争いが少ないと言えよう。
また魔力・精霊力は性質は違えど各国の貴族はその力の高さに重点が置かれ、どちらの国も似たようなものである。
ラナンキュラス国の民はブルームーン国に存在している下位精霊達を目視する事は出来ない。元より精霊達が魔力持ちにはあまり近付いてこない。聖霊達は気分で姿を現すことがあるが、魔力で満ちているラナンキュラス国には精霊はさほど存在していない。精霊を怒らせれば国一つ簡単に落とされてしまう事を知っている為、余程の事がない限り関わろうとしない。精霊力を持って生まれても魔力を重点においている国のため、それをわざわざ伸ばそうと思う者もまた少ない。
一方ブルームーン国の民はラナンキュラス国に定着している強い魔力に関わり過ぎると、自身の精霊力が低下してしまう事がある。その為、精霊と共に過ごす事が常識の民は魔力を元々持っていたとしても、あまり魔力に関わろうとしないのが現状である。精霊力が低下してしまうのに魔力を伸ばそう等と考える筈もない。
ラナンキュラス国民がブルームーン国に移る事はあってもごく少数。
ブルームーン国からラナンキュラス国に移ろうという民もまた少数。
互いが互い、精霊力を失うリスク。目視出来ない敵のリスクを考えれば現状が一番安定していると言えよう。
ブルームーン国の王は【精霊王】である。
現在も精霊王が治める国。人と精霊が共に暮らす国。それがブルームーン国。
ラナンキュラス国の初代王は魔力が人でありながら神の領域に達していたと言われている【魔神】。
その末裔が現在の国王。魔神の末裔が治める国。魔力持ちの人が暮らす国。それがラナンキュラス国。
どちらにも国を支える民の一人であるが、精霊力・魔力共に持たない者たちが平民として多くいる。苛まれる事もなく平穏に現在は過ごしている。一部の魔力持ち・精霊力持ちの貴族の中には、己の私利私欲の為にその者たちを苦しめる者もいるのがどちらの国の王も膿だと言われている。
現在のラナンキュラス国:太陽の王をはじめ、四大公爵(氷の公爵・炎の公爵・風の公爵・地の公爵)を筆頭に国を支えている。
現在のブルームーン国:精霊王をはじめ、大公(ド・グロリアの血族)、特別貴族、公爵が共に国を支えている。
これが【ブルームーン国とラナンキュラス国】に記されていた事の一部である。
・・・・・・・・・
「ド・グロリアの血族…?」
アメリアは最後の一文に目が止まった。
ブルームーン国の大公はド・グロリアの血族だと書かれている。しかし、現状ド・グロリアの名を継いでいる者はこの世でアメリア以外に存在していない。
(これは…どういう事…)
アメリアが止まっている事に気づいたライラは最後の一文を読み、なるほどと理解しさも当然のように口を開いた。
「大公様はアスターの母君ですよ」
「…はい?ライラごめんなさい。もう一回」
さらりと爆弾を落とされた気がする。
アメリアは瞬時に理解出来なかった。
そして聞こえた言葉は気のせいだと、再度確認をとる。
「ですから、アスターの母君が現在の大公様です。女大公として名を馳せていらっしゃいます。こちらにはあまりいらっしゃいませんが、ド・グロリアの血筋と籍を入れてアスターを産んだ強い方です」
「まって…まだ…生きてらっしゃるの?!」
やはり気のせいではなかった。
見上げるライラの顔は嘘をついているようには見えない。むしろ何を当たり前の事を聞いているのかといった表情だ。
ド・グロリアの継承は亡くなる前に行われるものだ。
アスターが亡くなる寸前にアメリアも継承された。その筈なのにアスターの母親は生きているという。
「はい。御健全なはずですよ?あの方がそう簡単に亡くなる訳はありませんし…亡くなったら亡くなったで精霊にでもなりそうなほど精霊力が凄まじいですから。私やアークなんて片手で捻られますし、父も多分勝てないのではないかと…」
それもかなり元気そうだ。
そしてかなり強い女性のようだ。
そんな人の娘なのに何故あんなに母は体が弱かったのか…。
アメリアの中の疑問は尽きない。
「え、だってお母様は亡くなる時にわたくしにド・グロリアを継承したのよね!?」
「お嬢様…何か勘違いされていられるようですが、アスターにド・グロリアを継承したのはアスターの父君ですよ?まぁアスターはド・グロリアを継いでいますから名を持つ者だけは特別貴族枠ではありましたけどね」
衝撃を受けた。それも特大級のものだ。
アスターへ継承した人物がどんな人物かは知らず、母から継承された事によってその人物も自動的に女性なのだとアメリアは自然と思い込んでいた。
「男でも継承出来たの!?」
「アスターの日記にもそう書いてあったではありませんか…」
(お願いだからそんな可哀想な子を見る目で私を見ないで!!)
確かにアスターの日記には
―お腹の中の子が男の子であれ、女の子であれ、私はド・グロリアを授けなくてはならない。
と書いてあった。そう。書いてあったのだ。
アメリアは読み飛ばしたわけではない。
この世界の流れを魂に刻まれ既に99回の周回を終えているからこそ、お腹の子は女の子であり自分だと知っていた。だからこその固定観念が定着していたのだ。
「oh…」
「なんて声を出すのですかお嬢様…そんなに驚かれる事ですか?旦那様に確認すればすんなり教えてもらえたはずです。旦那様はアスターに一目惚れして必死に落としにかかっていましたから…」
「お父様とわたくしがそんなに仲が良いと思っているの?」
「いえ。私が全力でお二人の邪魔をしていますし、仲は悪くもなく良くもなくといったところでしょう」
ギロリと睨むアメリアの視線ももろともせず、ライラはしれっと答える。
混乱気味の脳ではこれ以上調べても要領が悪い。アメリアは少し痛む頭を整理するために溜息を吐き、開いていた本を閉じ、棚に戻した。
「ライラ戻りましょう。今日はここまで」
「はい。あの…お嬢様……」
「うん?」
珍しくライラが言い淀んでいる。アメリアは小首を傾げ視線を彷徨わせているライラを見上げる。
「また…私もここにお邪魔しても、宜しいでしょうか…」
「どうしたの?」
「お嬢様がここでは素直になられる事ももちろんありますが…何より…」
あぁ…彼女は本当に母が好きなのだと、アメリアは心の奥がじんと暖かくなった。
素直になれないのはお互い様である二人はここでは素に戻れる。
普段表に出せない心の解放。そしてそれはアスターが作り上げたこの空間で。
アメリアは優しく微笑み彼女が望む言葉を告げる。
「お母様のこの場所にライラはわたくしと一緒であれば入れます。お母様がそれを許してます。だから一緒にまた来ましょう?むしろついてきなさい、あなたはわたくしのいぬでしょう?ライラ?」
少しの意地悪と共に。
頬笑みから普段のアメリアの顔に戻った事に気づいたライラは、片膝を降ろし頭を垂れる。
「イエス、私のご主人様。このライラ、再度お嬢様に忠誠を誓いましょう。私ライラ・フリージアはお嬢様の盾であり剣。如何なる時もお嬢様をお守り致します。……ありがとうございます、優しい私のお嬢様」
左耳につけていたイヤーカフがライラの言葉に熱を持つ。
暖かいその熱は本当に彼女、ライラ・フリージアがアメリアに忠誠を心から誓い、アメリアの為に全てを捧げた事を意味した。
俯いているライラから光るものが草地面に落ちているが、アメリアは瞼を閉じて見なかった事にした。それが彼女への今返せるアメリアの誠意。
それから二人はアスターの秘密基地から書斎へと戻ってきた。
あれだけの書物と日記を読んでいたのにも関わらず、書斎にやってきた時とさほど時間は経っていなかった。どうやらあの空間とこの世界の時間は同じ時を刻んでいないようだと、二人は顔を見合わせて二人以外いない書斎の奥で笑ったのだった。
(今回…私は私だけを。ライラ…あなたはつれてはいけません)
「それでお嬢様」
「なぁに?ライラ…目が怖いです」
「小言、いくらでも聞いてくださるんですよね?」
「あ…」
小一時間ほどライラの小言から解放されなかったアメリアであった。
アスターからの手紙は鍵の付いた引き出しの奥にそっと大事にしまわれている。
その後、マイクの誕生日でもやらかして、鋼鉄の精神と魂を持つアメリアの秋は過ぎて行った。
〇ラナンキュラス国(国名)
現国王は初代王【魔神】の末裔。
かなり高い魔力を持ち合わせている。
公爵曰く通称:狐野郎
〇ブルームーン国(国名)
現国王は今も昔も変わらず【精霊王】。
精霊の王。実は人間になりたかった王だったりする。
〇女大公
アスターの母。亡くなったら精霊になる可能性がある程かなり精霊力の強い女性。
ライラやアークは片手で捻られ、二人の父でも勝てないかもしれない人物。