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悪役令嬢は100回目のバッドエンディングを望む  作者: 本橋異優
―ゲーム本編前・事前準備―
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第14話

アスターの日記回


少しだけ時は遡る。


(困りました…ライラが完全に目をまわしてます…)


光に飲み込まれた直ぐ後の事、アメリアはその場に二本の足で立っていた。

自分を抱き上げていた筈のライラはその場に倒れており、この空間に無理やり連れ込んだ事を少しだけ後悔した。

それほどに魔法の力は強かったのだ。魔力が低いライラが耐えられるわけがなかったが、アメリアはこの結果になる事を理解しつつも、どうしてもライラをこの空間に連れてきたかったのだ。


この空間はアスター・ド・グロリア・スターチスの遺産の一つ。


言わばここはアスターの秘密基地だ。

先程までいた書斎と違い、天井はなく穏やかな春の青空。一本の木の下に不似合いな木の机と椅子、小さな本棚が一つ。足元は書斎のカーペットではなく、一面草の絨毯。

密閉されている空間とは程遠いその場所は、アスターが作り上げたであろう空間だった。


「お母様の秘密基地…数回しか来た記憶はありませんでしたけど、やっぱり穏やかです」


すぅっと息を吸えば、穏やかな新鮮な空気が体内を満たす。

何度かそれを繰り返し、後ろで倒れてしまっているライラを起こすべく膝を曲げる。


「ライラ、ライラ!大丈夫?」

「おっ!嬢様!?」

「びっくりさせてごめんなさいライラ…大丈夫?頭ぶつけた?痛いところない?」

「!!??」


ライラは強い魔力を浴びたからかいつもよりも顔色が白く、更に混乱しているのかアメリアの顔を何度か瞬きし確認し、再び意識を飛ばしてしまった。

意識を飛ばしてしまったライラの頬を軽く叩くが起きる様子はない。


「ちょっと…うーん…少し眠れば自然に起きますかね?後でもう一回起こしに来ますから少し休んでてくださいね」


少し考えたアメリアだったが、ライラ自身が魔力を浴びてしまった事と疲れているのだろうと結論付けて立ち上がる。

穏やかな風に導かれるように一本の木の下へと歩みを進める。

机の上には先程本棚で手に取った赤い本。一冊の日記帳。


「お母様、アメリアはやっと自分で自分の力を理解することが出来そうです」


椅子を引き腰をかけ、その日記を開く。

綺麗な文字が並ぶその日記はアスターが生前この国に来てから書き記していたものだ。

ぱらぱらとアメリアは読んでいく。



・・・

・・・・

・・・・・


 ―R.D.895 冬。この国の王子が生まれたらしい。旦那様の従兄弟様のお子様なのですからきっと可愛らしく、綺麗なお子様なのでしょうね。お腹も大きくなり、もうすぐ私も母になるのだと実感出来ます。最近旦那様が何かを悩んでいるみたいですが…旦那様の後悔のないように選択して頂きたい。


 ―同時期。旦那様が愛人の方を紹介してきましたが、それはもう、とても強そうな方でした。きっと私が居なくなってもあの方が旦那様を支えてくださるでしょう!旦那様は誠実な方ですから、きっとこの方も私のように幸せになって頂ける事でしょう。

私は何より、この子をこの世に残せるかどうか…。どうか神様、聖霊様この子がちゃんと生まれてきますように。


 ―R.D.896 春。旦那様との初めての子供が生まれた。名前はダレン。旦那様も私も高い魔力持ちだったからか、生まれてからダレンの胸に“フレッド”の印が見つかった。この子は未来を自分で選ぶ事は出来ないのね…。旦那様の後継者はそれは大変そうだけど…旦那様に似て強くあればそれは心配ないかもしれない。これから健やかに育ってね、私のダレン。生まれてきてくれてありがとう。


 ―R.D.898 夏。新しい命が私の体に宿ったみたい。最近体調が悪かったから、お医者様に診てもらったら複雑そうな顔をされていらっしゃった。それはそうね…。ダレンを産んだ時ですら、私は命を落としかけてしまった。何とか持ち直して今があるけれど、私はこの子を捨てる事なんて出来ない。お医者様には私のわがままで他の人に内緒にしていただいた。ライラやアークは知ったら止めたでしょうね…。内緒にしていた事を気づかれたら怒られるかもしれない…でも私の命とこの子の命どちらかを選べと言われてしまったら、私の命が尽きようとも、この子は旦那様と私の宝物。私は宿ってくれた小さな命を選ぶ事に決めたの、だから少しくらい怒られても大丈夫よ。


 ―R.D.898 秋。愛人の方のお腹に旦那様のお子様が宿ったらしい。あらあらまぁ、旦那様が言うにはそういう行為をした記憶はないというけれど、どうなのでしょう?生まれてくる子供に非はありませんし、私も元々愛人の方を認めているのに旦那様はおかしな人です。

そんなところも愛おしいんですけどね。不器用で強い私の旦那様、どうか生まれてくる子供達にたくさんの愛情をそそいでくださいね。


 ―R.D.899 冬。新年を迎えられた事は奇跡ですね。最近お腹が大きくなってきて体調も少しずつ悪くなってきました。でも気づかれるわけにはなりません。使用人達も私の体に合わせて優しい食事や身の回りを清潔に保ってくれています。感謝しかありません。

無表情のライラとアークが使用人達から恐れられているようですけど、二人とも私が心配で離れたくないだけなのですよ、今度メイド長にそっと教えてあげましょうね。全く、昔からそうなのですから、二人には困りものです。私が居なくなってもライラは生まれてくるこの子を育ててくれるかしら…?ダレンの時は断られてしまったけれど、女の子だったら大丈夫かしら?きっと、大丈夫よね。


 ―R.D.899 春。最近お腹が張ってきた。もうすぐ生まれるのね。もう寝台から起き上がる事が難しい。この日記も今日で最後かもしれない。穏やかなこの空間にさよならを告げなくてはならないのは少し名残惜しい。あの愛人の方のお子様も季節が変わる頃に生まれてくるのでしょうね…。思う事はたくさんありましたけど、この想いはお墓まで連れてきます。

 旦那様、私はあなたを世界で一番愛しています。今までもそしてこれからも。建前ではない不器用に笑うあなたの笑顔が私は一番好きです。私がいなくなってもその笑顔をたまには誰かに見せられれば良いと心から思います。

 ダレン、これからあなたには沢山の困難が待ち受けているでしょう、どうか無理だけはしないでちょうだいね。あなたを産んで私は幸せよ。愛しているわ、私の宝物。

 ライラ、あなたはいつの時も私と共にあり、母の愛情を友の優しさをくれました。本当にありがとう。そして先立つ不孝をどうか許してください私の第二のお母様。私の盾であり剣。

 アーク、いつまでもお姉ちゃんの後についてこなくても、ライラも私も大丈夫よ?いつも心配をかけてしまってごめんなさい。あなたが感情を制御できる日がくるのを待ってあげられなくて、約束を守れなくてごめんね。私の大切のお友達。

 使用人のみなさんにも沢山、沢山お世話になりました。本当にありがとう。

お腹の中の子が男の子であれ、女の子であれ、私はド・グロリアを授けなくてはならない。ごめんね、愛しい子。私はあなたを産んだら…長く生きてはいけない。どうか、どうか…この力を継承する事を許して。私が残せるたった一つの名前を。



いつかこの場所に気づきこの日記を読んだ時、あなたに伝えたかった言葉を残します。


―これから生まれてくる私の子へ。


愛しい、私の天使。私の宝物。

兄のダレンと仲良く過ごしてね。

実はあなたには腹違いの弟がいるのよ?旦那様の愛人さん。あなたは大きくなってこれを読んだら怒るかしら?でも私がいてもいいって言ったのだから、旦那さまを、あなたのお父様を怒ってはだめよ?でも少し、ほんの少しだけなら怒ってもいいからね!

ライラとアークは双子の姉弟なのよ?知ってた?

あの子達は表情に出にくいけど、アークの方が表情が豊かなの。きっと大きくなった時、あの子達の事を調べたらそれはもう驚くかもしれない。

私の乳母も務めていたライラは今も全く変わらないからきっともっと驚くわね。

興味があったらこの場所の本棚を見ると良いわ。二人の事、私の国の事、大切な私の思い出。そしてあなたが一番知りたいであろう“ド・グロリア”の秘密を残しておきます。二人の秘密をこっそり教えるのは気が引けるけれど、ド・グロリアの名を持つあなたには知っておいた方が良い事でしょうね。

ダレンや他の人にはこの場所は内緒よ?

…そうね。ライラとアークと…あと旦那様だけは許してあげましょうか!そのように魔法を構築しなおしておきます。それ以外はここには来れないから連れてこようとしてはだめよ?しようとすると違うところに飛ばされてしまうかもしれないから!どうなるかは私も分からないの。

お母様との約束よ。ここは私の秘密基地だから。

ここを見つけてくれてありがとう。

そして生まれてきてくれてありがとう、私の愛しい子。


・・・・・

・・・・

・・・



そこで日記は途絶えていた。


アメリアは自分の母への想い、そして母からの想いがこもった日記を共に胸に抱きしめた。

その時、ひらりと何かが机に落ちる。


それは一枚の手紙。


――よくここまで頑張りましたね、愛しい子。

良く出来ました。流石は私の子です。

あなたが何度も私から生まれ、亡くなっていく事は気づいていました。

でもそれは誰にも言えない事でした。

この手紙も本来は残すべきではないのかもしれない。

けれど、今回だけは残す事を許してください。


辛かったわね、悲しかったわね…痛かったわね。

私はあなたが苦しんでいるのに、いつも一緒にいる事が出来なかった。

ごめんなさい、私の天使。

あなたを生まなければ、あなたを苦しませずに済んだのかもしれない。…あなたの事を思い出すのがいつも遅くなってごめんなさい。

思い出すのがいつも私の体にあなたがいて、私の命があなたを生むと決めて助からないと分かってからでした。

ド・グロリアの名を継承させてしまった事、本当にごめんなさい。


愛しい私の娘、アメリア。

最後なのだからあなたが望む最高の幸せを掴んでください。

先に眠ってしまうけれど、あなたはあなたの未来を。

苦しい世界に産んでごめんね、でも生まれてきてくれて本当にありがとう。


愛しているわ。


あなたの母 アスター・ド・グロリア・スターチス――




 ぽたり


胸に抱いた日記帳に水滴が落ちた。

アメリアの瞳から次々と止まる事無く涙が溢れた。

片手で拭っても拭っても次から次へと頬を濡らす。


(お母様は気づいていた…私が…何度も繰り返していた事を…そしてこれが最後だという事を…)


何度か見てきた日記の近くには最後のアスターからのメッセージは残っていなかった。

毎回確認していたわけではなかったが、この文章が書かれた紙はおかれていなかった。

アスターはアメリアが周回している事に気づいていた。

それは神々の仕業かもしれないが、アメリアにはこれだけで十分だった。

鋼鉄の魂と精神を持つアメリアにはそれだけで幸せだった。


「お母…さま…わたくしも…あいしてます」


口から母への想いが自然と溢れ出る。

綺麗に書かれた最後の自分への手紙を震える指で畳んでいく。

それをドレスの胸の内ポケットに大切にしまう。


瞳をゆっくりとしっかりと閉じ、胸に一杯の空気を吸い込む。そしてゆっくりと開く。


溢れる涙は彼女の意思に従って止まった。


アスターの願いを受けたアメリアの瞳は以前にも増して強く、強く輝いていた。


「お母様、わたくし神さま方の約束!必ずやり遂げてみせます!天国…があるかはわかりませんけど!見ていてくださいね!」


鋼鉄の魂と精神は更に強さを増した。


〇アスターの秘密基地(遺産/空間魔法)

アスターが生前構築し作り上げた魔法空間。

赤い本を軸に【ド・グロリア】の名を持つ者が触れると起動し、その者が開く時に空間へ移動する。

アスターがこの国にやってきた時に構築し、亡くなった後も残り続けている永久構築。


〇R.D.(歴)

ラナンキュラス歴。

『ゲーム盤』の世界は春・夏・秋・冬表記。

(大体3~5月春・6~8月夏・9~11月秋・12~1月が冬)

各キャラクターの誕生日月は決まっているが春夏秋冬表現の為割愛。


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