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悪役令嬢は100回目のバッドエンディングを望む  作者: 本橋異優
―ゲーム本編前・事前準備―
13/87

第12話

ヒロイン誕生


アメリアとジークライドの婚約は貴族の間にすぐに知れ渡る事となり、その後新年を迎え、ひと月が過ぎた冬の頃。

スターチス公爵家に新たな命が誕生しようとしていた。


ダリアが産気づき数人の産婆と一緒に部屋に籠ってから数刻が過ぎた。屋敷は静寂に包まれ、使用人達はこの屋敷の主を落ち着かせようと内心奮起していた。

何故内心なのか、それは一介の使用人が主人に物申す事は難しく、おろおろとその場で見守る事しかできないからだ。

使用人達は同じところをぐるぐると歩きまわる主人に困り果てていると、見兼ねた執事長のアークが口を開く。


「旦那様、少しは落ち着いてください」

「あ、あぁ…しかし…」

「奥様は前奥様と違い体がお強いです。ですので気になさらずとも大丈夫です」

「…確かにお前の言う通りだな。彼女は強い…」


アスターよりは遥かにダリアの体は強い。

それは誰もが認めるほどに差がある。アスターはそれでも二つの宝をこの世に残してくれた。産気づいた時、ロイドは今のように心配で居ても立ってもいられず、その場を行ったり来たりしていたのだ。

仕事はどうしたという事は触れてはいけない。

彼はそれだけ心配していたのだ。


どさりとソファに腰をかけ、深く息を吐き、目の前に座るダレン、アメリアそしてマイクの順に子供達に視線を向ける。

ダレンとアメリアは落ち着いた様子でその場に大人しく座ってお茶を飲んでいる。

ただ一人マイクだけは、不安と期待、様々な感情が複雑に混ざり合ったような表情をしている。その様子は年相応だなと少し目を細めて見つめた。

アスターが残した二つの宝であるダレンとアメリアは、年齢の割に達観している部分が多く、アメリアに関してはその歳の子供にしては“やり過ぎている”部分がある。世間にその一部が知られているが、それでも彼がアメリアを咎めないのは彼女が愛しい娘であり、アスターの残した大切な宝だからだろう。そして彼女の“やり過ぎている”部分が自分の過去の行いにあるとするならば、それはロイド自身が受けるべき罰だと思っている。

――怒って当たり前だ。全ては己の責。突然愛人を妻にすると説明を受けて怒らないわけがないじゃないか…。


ダリアは現在、ロイドの正式な妻になっていた。

アメリアへ説明をした際、ダリアの存在を隠していたつもりが、ずっと知っていたかのように返事をされたのを良く覚えている。

その反応は亡き妻、アメリアの母アスターに良く似ていた。


 ロイド・レイク・スターチス。

この国を支える四大公爵一人。「氷の公爵」。過去、戦いに赴いた時の彼の姿がまるで氷を纏っているように見えたそうだ。そして無慈悲に容赦なく散らされていく敵の命。その事もありその名で知られている。

群青の髪を後ろにあげ、一部の前髪を前に下ろしている。深い青の瞳は戦いの中で氷のようだと言わしめている。高身長ながらその威圧感は存在しているだけで人に与える。

現国王の従兄弟であり好敵手。国王曰く「狸」

アスターと出会い、ダレンとアメリアという二人の宝を得て、ダリア迎えた事でマイクとこれから生まれてくるヒロインの四人の父親として頑張っていく。

隠し攻略対象と言う事に関して創造神曰く「特殊性癖にはたまらん設定でしょ?」という特殊攻略対象らしいとアメリアは聞いたことがあるが、なんの事かアメリアにはさっぱり分からない。

将来はヒロインと結ばれた時、その二つ名の通りの実力をアメリアに発揮する。その姿はアメリア的にはかなり怖かったと震えさせるほど。それ以外のエンディングでは割と自分の為に苦労していたような気がするとアメリアは思い返し、心の中で軽く謝っておいた。

最近は小さいアスター事件のせいでたまに自分を見る目が怖いと感じているアメリアだったりする。


◇◇


彼がダリアと会ったのは彼女が最初に身籠った時。

ダレンがお腹の中にいた時だった。

アスターの負担にならないように過ごしていた筈だったロイドはある時、貴族関係の仕事で強い酒を口にしてしまった。それは舌に残らず、滑らかで、今まで飲んだ酒の中で上位に入るくらいに美味であった。酒に強いロイドだったが、気がついたらその強い酒を嗜む以上に口にしていたのだ。


それが一夜の間違いを引き起こすなどロイドは知る由もなかった。

その場には何人もの女性がいた。令嬢だったり、ハウスメイドだったり。


いつの間にか眠ってしまっていたロイドが目を覚ました時、彼は全裸だった。

そして彼の隣には現在の妻、ダリアが頬を上気させ同じく全裸で力尽きたように眠っていた。

ロイドは瞬時に状況を理解した事だろう。


 記憶はないが酔いに任せ女性に不貞を働いた。


今まで他の女性を愛する事も抱く事もなかったロイドが愛人を作った理由は、一夜の間違いを起こしたこの日にあったのだ。

その日の事を身籠っているアスターに話す事が出来ず、ただ後悔の念を抱きながら数日過ごしていた。


そんなある日、もうすぐ生まれるであろう程お腹が張ってきたアスターが横になる寝台の近くに腰をおろしていたロイド。

彼に彼女は優しく微笑んだ。彼女の瞳が桜色に微笑み、そしてこう言った。


――何かを悩んで苦しんでいる事は分かってますよ?貴方を責める事は決してありませんから、どうか貴方が苦しまない選択をしてください。私が貴方を愛し続ける事には変わりありませんから。だからこの子の為に笑ってくださいな。私は貴方の建前ではない不器用に笑う顔が一番好きなのです。


彼は泣きそうだった。

アスターは何も話さないロイドを責めるわけでも咎めるわけでもなく、苦しまない選択を。笑ってほしいと優しく囁いただけ。彼女を苦しませる結果になってしまう事はわかっていたが、ロイドはそれでも愛するアスターが望んだ事を叶えたかった。彼女に誠実でありたかった。


そしてダリアの事をアスターに打ち明け、ダリアがアスター公認の元、愛人として枠におさまったのだった。


さて、本当に一夜の間違いがあったのか。それはダリアしか知りえない。


ただ彼女はアスターに勝ち誇った笑みを一度浮かべていたと、侍女と執事は知っている。


◇◇


時計の針が刻む音だけが響く。


(この日はいつも緊張します。生まれたばかりのあの子は天使のように可愛い!でも、それでも!私が笑ってはいけないのです!気を引き締めませんと!)


脳内アメリアは頬を両手でパチンと叩き、現実アメリアは優雅にお茶を飲む。

あの子と呼ばれる子供。

この『ゲーム盤』の世界のヒロインである少女がもうすぐ生まれる。

生まれてすぐの彼女を何度も見ているアメリアだが、何度見ても可愛いと素直に思えるのだ。少ししわくちゃなその小さな手も、何もかもが愛おしいと。

攻略対象達と共に近い将来、自分を死へと誘ってくれる天使のような赤子。

アメリアにはその点を含め生まれてくる無垢なヒロインに対し、愛情が芽生えている。

生まれてくる度にその気持ちが外に溢れないように、あくまでも表情を殺して醜悪な表情で見つめるように努めている。


鋼鉄の精神と魂による斜め上の愛情である。


更に数刻過ぎた時、突然扉が開かれ少し歳を重ねている産婆の一人が仕事を終え笑顔で入ってくる。


「旦那様、おめでとうございます。可愛らしい女の子ですぞ。生まれてからすぐにお声をかけようと思ったのですがね、奥様のご要望で少しばかりお時間を頂きました。お待たせいたしましたね、入口に洗浄と浄化、それに消毒の魔法を構築しましたのでそのまま入って頂いて大丈夫ですぞ」


その言葉を聞いたロイドはダリアと新しい子供が待つ部屋へ。子供達三人も後に続く。


「旦那様!」

「ダリア…大丈夫か?」

「ええ!問題ありませんわ!それよりもご覧になって!」


ダリアが指し示す場所に一人の産婆が、女の幼子を抱いていた。

その幼子の体の一部に一同は目が止まる。


「まさか…っ」

「ええ!この子は“ミーシャ”の印持ちですわ!」


興奮気味に話すダリア。生まれてきた幼子のお腹には“ミーシャ”の印。

高い魔力を持って生まれたアメリアの妹。

それと同時に四人の子供の中で唯一印を持たないマイクは、妹が無事に生まれてきた事に素直に喜べず、唇を噛み締め様々な感情が渦巻く表情を隠すように俯いた。

ダレンは生まれたばかりの妹の印をじっと見つめ、マイクとアメリアを一瞥し頭を切り替えるように瞼を閉じた。

アメリアは脳内でクラッカーを打ち鳴らしおめでとうの舞を踊っていたなど、彼女の表情からは微塵も感じさせない。溢れ出そうな気持ちを心に押し込めて、決めていた通り嫌悪の表情を浮かばせている。


「その子の名前なのだけど、旦那様!あなたがつけてくださいな!」

「…ユリ。ユリ・ミーシャ・スターチスだ。それにしてもユリの髪は…」

「もう決まっていたのですね!ありがとうございますわ!髪の毛も瞳も私のおばあさまそっくりの色です!綺麗な色でしょう?」


生まれたばかりのユリの髪の色はロイドの色を一切引き継かず、薄紅色の少し色素の薄いチェリー・ブロッサムだった。ダリア曰く、ダリアの祖母の色だと言う。些か信じられないが、隔世遺伝というものだろうとロイドは特に追求することなく納得することにした。


 ユリ・ミーシャ・スターチス。

現在生まれたばかりで薄毛の髪は、未来の彼女の桜色の髪は少しウェーブがかかり、手で梳いても絡む事は無く美しく靡く程まで伸ばす。その髪が引き立てるように存在しているチェリー・ピンクの大きな瞳。可愛さは彼女にこそ相応しいという容姿で、性格は温厚で慈悲深い。

噂のアメリアと相対するような存在として成長する。

彼女が持つ魔力は特殊で全てに愛されているかのように全ての構築が可能な能力者である。

どれだけ酷い事をアメリアが言っても、ユリはアメリアを最後までいつの周回も嫌う事はなかった。

アメリア曰く、たまに自分を見る目が怖い時があるが、どの攻略対象にも愛され、気がつくと自分をどん底に陥れてくれる無意識型ヒロイン。


(おめでとう!こんにちは愛しい妹のユリ!早く大きくなってくださいね!)


それぞれの思いを一身に浴びた赤子はすやすやと抱かれて眠っている。


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