第0話
(あぁ…これで99回目!後一回まで来ました!)
罪状は既に読み上げられた。
壇上にいる成人前の少女に、様々な視線が向けられている。
一人は愚かな事をと。
また一人は恥を知れと。
壇上にいる少女は俯き、その視線を見ようともしない。
首と手は固定され、高く固定された刃は固定している紐を切り落とせば容赦なく落ちてくる。
その断罪台の上で。
断罪されるその姿を一目見ようとか、はたまたその悪性詰まった顔を見ようとか…とにかくその場には大勢の者たち。
少女は今断罪という名の処刑をされようとしている。
「アメリア・ド・グロリア・スターチス、最後に言い残した事はあるか」
彼女の婚約者で“あった”男の声がそっと俯く少女の耳に届く。
その清んだ声には少しばかりの怒気と憎しみが。
そして一摘みばかりの憐れみ。
この国の王子は、婚約者であった彼女を断罪する為に。
彼女のせめてもの最後の言葉を聞く為に国王ではなく元婚約者である王子から発せられた。
「…そうですね…」
少女は答える為にゆっくりと顔をあげる。
ざわり。
その場にいた者達は顔を上げた少女を見て目を見開いた。
少女の顔は絶望に染め上がっている事だろうと集まった群衆は思っていた。
しかしどうだろうか、目の前で罪を犯したと言われているアメリアと呼ばれた少女は…
「あと一回なんです。ですから愛しい殿下様、さっさと殺してくださいまし。あとスターチスという名は捨てましたので関係ありませんね」
笑っていたのだ。
泣いて、喚いて、醜く許しを乞うと誰もが思っていた。
彼女の笑顔は醜く許しを乞うには美しく、絶望をしているには晴れやかで、そして諦めているには希望に満ちている。
光の加減によって変わる少女の瞳は今はとても美しく太陽のように黄金に輝いて見えた。
そして何よりも少女の口から早くしろと催促。
これには群衆ならびにこの場にいる全ての者、声をかけた王子すらも息を飲んだ。
「あぁ…お父様泣いてはだめですよ?常に自分を律してくださいませね!」
仕舞には自分の父親である公爵に言葉を投げかけている。
馬鹿にするような言い方ではなく、まるで心配しているといった様子で。
公爵にはその笑顔がとても亡くなった愛していた妻に似ていると感じた。
口を開こうとすればゆるりと少女が動かない首を振り、止める。
ここで父親である公爵が自分の処刑を止めてしまえば、公爵もまた罪に問われる。
その事を分かっているかのように少女は優しく慈悲深く笑う。
その少女の姿に誰もが驚愕し、そして嫌な汗をかいた。
この少女は本当に罪を犯しているのかと。
錯覚していたのではないか?と。
冤罪なのではないか?と。
だがそんな事を今更口に出してはいけない。
既に舞台は整い、後は刃を支えている紐を切るだけなのだから。
王子であるジークライドは一瞬過った迷いに首を振り、また国王は執行人へと視線を向ける。
時間である。
合図を受けた執行人は勢いよく斧を振りおろす。
そして同時に勢いよくその刃は笑顔の少女の命を無慈悲に切り落とした…。
命が落とされた瞬間、彼女の妹が叫びをあげたがもう既に少女はこの世から旅立った後だった。
◇◇
「はい!!神さま方!!ごきげんよう!!」
先程首を落とされたはずのアメリアは現在真っ白い空間の中にいた。
そして先程処刑されたはずなのに、思ったよりも元気である。
「はいはい、ごきげんよう!ねぇ!もういいでしょ!
僕たちがつらいの!分かる!?生まれ変われるって言ってるのに何で律儀にまだ約束守ろうとしてくれてるの!!??」
アメリアの前にいたのは中性の顔立ちをした神様と呼ばれた子供。
姿も相まってか、瞳に涙を溜め叫んでいる姿はとても愛らしい。
この空間に対してアメリアは特に思う事はない。
何故ならこれが初めて来たというわけではないからだ。
過去の彼女の亡くなり方は様々ではあるが、同じ世界、時間軸で同じ時を既に99回既に繰り返してきた。
毎度亡くなる度にこの空間に訪れているので慣れたものだ。
アメリア命名、ここは「神様面談室」。
神が生きてきた生涯を見つめ、これからどのようにするか、またどのようにしたいか等を訪れた魂だけの存在に問うのだと、最初に訪れた時に教わった。
毎回毎回それを行っていれば、自然とアメリアも慣れてくるものであって、99回の死を繰り返している玄人のアメリア的にはどうという事はない。
アメリア的にはスタートでありリセット地点のようなものだと思っているくらいだ。
神は呑気に「祝!周回99回目~!」とふわふわとくるくると慣れたようにその場を飛び回っているアメリアの肩を掴み座らせ、必至の形相で詰め寄る。
「なぁ!もういいと思うの!本当に僕達との約束で100回死ななくてもいいって言ってるでしょ!?したくない事して死ぬ事はないんだよ!?」
「何を言っているのです神様?約束は約束です!わたくしだって最初そんなに繰り返して記憶持ったまま死ねって言われて嫌がっていましたけども、よくよく考えればわたくしが起こした事が原因でこの約束になったのですから!今回だって冤罪などではなく、わたくしは実際に行いました!悪は裁かれるべきであり!その悪こそがこのわたくし!その罪は償いませんとね!」
純粋なアメリアの言葉にがくりと力なく肩と頭を下げる。
彼女は至って真面目に受け答えしているのだが、神はそうではないと呟いている。
このような会話は既に何十回も行われているが、一向に変わりはしない。
神とアメリアの約束は一番最初の死の時に執り行われた。
最初の頃の彼女は今のような態度ではなく、自分以外の者を見下し、蔑み、苛め、自殺に追い込んで遊ぶなど悪質なまでも非道な物だった。
その行いを見ていた神々は彼女に『後99回繰り返しの死を持って罪を償えば魂は浄化され正しく輪廻に還る事が出来る』と。
また『生きている世界は別の世界の神が作った言わば【ゲーム盤】。その世界には世界の強制力が存在する』とその世界のあり方、進み方、関わってきた人物の本来明かされないであろう素性と流れをアメリアに覚えこませた。
生きる世界は神が暇つぶしで創った『ゲーム盤』。
花の名を持つ登場人物達。
その事実は彼女に衝撃を与え、また残酷までにアメリアに救いがないかを覚えさせた。
それらの知識を含んだ全てを約束という名の契約として、アメリアの意を反して魂に刻み込み、再び同じ時へと記憶を維持したまま戻したのだ。
少しでも反省をしてくれれば、魂はその時から浄化が始まるという神の温情を隠して。
余りの性格の悪さ、魂の邪悪さに怒りを感じている神々はこれで変わらなければ、アメリアの魂は完全に消滅させ二度と輪廻転生出来ぬようにしようと口を揃えていたほどに、彼女の魂は荒んで汚れていたのだ。
温情など与える必要はないと言われていたほどに彼女の魂は酷かった。
それ故の罰だった。
戻された最初の頃はそれはもう酷い状態が続いていたが、五回を超えたくらいからアメリアが少しずつ変わり始めた。
そして驚くべき事に二桁到達した時には魂の汚れに怒りを感じていた神々も目を剥くほどに、荒んで汚れていたアメリアの魂の浄化は終わってしまったのだ。
しかし、彼女は自ら進んで“悪”に徹した。
アメリアが迎える死に方は様々だった。
初めの方は性格を変える事も見直す事もしなかった為か、初回よりも酷いものに。
そしてある時は毒殺。ある時は恨まれて刺殺。
絞首刑、暴漢にあい死亡。
手を変え技を変え、多岐に渡り彼女は死を迎えた。それもいつもとても非道なものを最後に受け亡くなる。
それなのにも関わらずアメリアの魂は更に荒む事も、汚れる事もなく、美しいまでに浄化され変化した。
そして強化されていった。
彼女自身の性格も繰り返し続く中で反省と成長をしていた事で、神々はもう良いのではないかと度々話し合われた程に純粋な性格へと変貌を遂げた。
アメリアが再びこの場所に訪れた時、既に輪廻へと還る事が出来ると話を持ちかけたところ「約束は100回でしたよね?ちゃんと悪役!最後までやりきって見せます!」と力強く生き生きと言うではないか。
これには神々全員白目になって卒倒した。
非道な死を人は迎えたくないものだ。それ故、輪廻転生を素直に受け入れるものだと思っていた。
それなのに彼女は思っていたよりも強靭な鋼鉄の精神と魂で、理不尽に取り付けられた約束を律儀にも守ろうとしてくれている。
神々の身勝手なその約束を、アメリア本人自ら望んで真っすぐと与えられた役割を完遂しようとしてくれているではないか。
神々はどうにかこうにか彼女をせめて最後を乗り越え生かす事は出来ないかと、彼女が『ゲーム盤』で生を受けてから干渉を試みた。
しかし別の世界の神が作り上げたこの『ゲーム盤』の強制力は凄まじく、助ける事は愚か手を出すことすら叶わなかった。
それからもこの白い空間にアメリアが訪れる度に説得を試みるが、頑としてそれを受け入れず、首を縦に振る事はなかった。
そんな彼女を見ているのがいい加減辛くなってきた自業自得の神々は、別の世界にいる『ゲーム盤』の創造神に願った。
創造神もアメリアの噂を耳にしており自分が創った世界へと干渉しよう試みた。
「ごめんね…何とか変えようと頑張ってるんだけど、良くも悪くも彼女自身がその…行動力という名の軌道修正を持ってて全く敵わなかった…」
しかし願いも虚しく創造神ですらアメリアという強制力には叶わかなったのだ。
創造神が涙ながらに謝罪してきたのは30回を超えたくらいだったか。
神々全員が「もういいから!やめて!」と悲痛な叫びをあげるくらいには、アメリアに対し愛情が芽生えていたが、訴えられている彼女は決して曲げようとはしない。
神々が少しでも干渉をすればアメリアは自らの意思で悪事に手を染め軌道修正し、自ら死へとダイブする。
繰り返しの中で強化された彼女の魂と精神は鋼鉄までに進化した。
そんな99回目の死を迎えた今回。
アメリアは相変わらずの神に首を傾げるだけ。
「どうしてそこまでいいと仰るのか全く分からないのですが、どうせ後一回なのですから!きっちり終わらせてきます!」
「君が死ぬのがもう!僕たち耐えられないって言ってるでしょう!?」
「変な神様ですね…神様なのですから皆様胸を張ってパン屑一つ程度のわたくしの魂なんて見捨てておけばいいのです!」
肩を掴む神の他に、ここには複数の神が存在しているが誰も彼もが子供の姿である。
そんな彼らを一瞥しアメリアは腰に手をあて胸を張りながら、はっきりと告げる。
自分の命などたくさんある内の一つなのだから、と。
神々はその言葉に対し心の中で同じ事を思う。
(そうじゃないから!言ってるんだろうが!)
神々は後一回だとしても彼女には非道な死を迎えて欲しくないのだが、想われ愛されている当の本人アメリアには一ミリたりともその気持ちは伝わってくれないのだった。
アメリアは肩に置かれた子供の手をどかし、意気揚々と立ち上がる。
「では!最後の周回です!頑張って逝ってきます!今回もなるべく家族には迷惑をかけない方向性で頑張ってみようと思います!」
「頑張らないで!逝ってこないで!?お願いだから!!!」
止める声も聞かず目標を高らかにアメリアは再び自分の死が確定している『ゲーム盤』へ魂を投じる…。
100回目の時。
最後の周回。
少女を生かす為、全ての神々は全力を出す…―――。
はじまりました。悪役令嬢アメリアによる死ぬための全力投球。
皆様初めまして、こんにちは。
拙い文章でありますが、少しでも楽しんでいただければ幸いです!
ある程度までは書き進んでいるので、順々に投稿していきたいと思います。