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古の記憶

続・ 古の記憶

作者: 茅野 遼

今(2008年)から大体十年くらい前が、物語の時代背景となります。

 武藤さんから、少し手伝ってもらいたい事があると言われたのは、先月末、一月最後の水曜日だった。


 俺は、坂下 明。 普段は不動産会社に勤務している。

 土日祝日は客も多いため、水曜日が定休日だ。 他に休日はシフトで取る。 一応、週休二日だ。 実家に仕送りをしている都合上、通常の稼ぎだけでは追いつかない為、知り合いヅテであちらこちらへと顔を出している。 ……アルバイトとして。

 お陰で、幼馴染であり、恋人と言う立場にある同い年の、ゆたかと会う時間も中々取れないでいる。

 因みに、豊は女だ。 名前だけ見たら、怪しげな誤解を受けそうなので、念の為。


 武藤さんと言うのは、ちょっとした切掛けで知り合った、古道具屋の店主をしている、今年で齢七十二歳を数える元気な爺さんの事である(古の記憶、参照)。

 俺は時々、店番や買い取りを手伝っている。特に重宝がられるのは、こちらから出向いていって、不用品を引き取って来る時だ。

 理由は色々だけど、武藤古道具店に良く相談されるのは、引越しや、独居老人が亡くなった時の道具整理の依頼だ。


 今回、武藤さんが依頼を受けたのは、ある人亡き後の道具整理だ。 先月末、俺が頼まれたのは、買い取りの運転手兼、荷物の積み下ろし要員としてだった。

 その亡くなった人は、橋本 宗一と言って、享年八十三歳。二人の息子がおり、其々、独立して家庭を持っている。

 宗一氏の連れ合いは、道さんと言う名前らしい。 今回の依頼人は、彼女だ。


 後に、橋本家の立派に独立した二人の息子が、この老夫婦を引き取らなかった理由を彼女の昔話から知ることになり、俺は何とも言えない気分になった。

 亡くなった宗一氏の頑固一徹な性格が災いしての事だったらしいが……。




   *     *     *



 二月初めの水曜日、午前11時頃。 俺はレンタルの軽トラックを借りて、武藤さんを店まで迎えに行った。 裏口から顔を出すと、軍手と草臥れたタオルを脇に置いて、武藤さんが靴を履いている所だった。

 俺に気付いて、武藤さんが言う。 

「おお、悪いな、朝から」

「そんな早い時間じゃないし、構わないっすよ」

俺はそう言って、薄暗い店内に目を凝らす。

「今日は店、開けてないんすね」

「出張だからな」

出張、と言う表現は、今回のように、こちらから出向いて買い取りをする時の事を指している。

「行くか」

よっこいしょ、と言う様子で、武藤さんが立ち上がった。



 依頼人は、老夫婦の二人きりで生活をしていたと言う話しを聞いたのは、その依頼主の元へ向かう、道すがらだった。

 ハンドルは、俺が握っていた。

「旦那さんが亡くなって、長男夫婦の家に世話になるから、荷物を減らしていかなきゃならんと言う話だ」

と、掻い摘んで今日、伺う家庭の事情を説明してくれた武藤さんは、どこと無く難しい顔をしていた。

 そう言えば、武藤さんはどうして一人暮らしをしているのだろう? と、俺は初めて疑問を持った。 武藤さんと知り合って、一年以上は経っている。その間にも、少しも考えなかった事だ。

 聞いてみようかとも思ったが、話の切っ掛けが掴めずに、そのまま依頼主の家へと到着してしまった。



 俺たちは、平屋作りの家の庭に軽トラックを止め、玄関に向かう。 声を掛けると、奥からゆっくりとした動作で、依頼主が出て来た。

「まぁ、まぁ。態々、出向いてくだすって。ありがとうございます」

そう言って、玄関先に正座をして、確りと頭を下げた道さんは、少し上品な印象の老婦人だった。

 白髪だが、髪の量はその年代の女性にしては残っている。昔はさぞかし美人だったんだろうと思われる面影が、優しげな目元に残っていた。

 彼女に促され、早速、片付け途中の座敷に上がり込んだ。


 橋本邸は、瓦屋根、木造平屋作りで和室五部屋。台所は北東に位置していた。

 台所横の風呂周りは、冬には随分と冷たかろうと思われる様な、少し古い感じのタイル張りだ。浴槽や湯沸し機能だけは、スイッチ一つで操作出来るように、改装された後がある。

 トイレも同様。十数年前に一度、様式に取り替えました、と言うような雰囲気だ。

 和室五部屋の内、西側に当る二部屋だけは、何年か前に建て増しをしたのだろう。窓は現代風サッシ窓になっており、柱も壁も、その二部屋だけは少し新しい。

 残りの三部屋が、元々の建物だったのだろう。

 一部屋は仏間になっており、四畳半の一部屋が、夫婦の寝室だったのではないだろうか。

 客間兼、居間として使われていたと思われる部屋が、仏間と二部屋、六畳になっている。

 南側には、日当たりの良い廊下も少し作られてはいるが、そのガラス窓は、風が吹けばガタガタと鳴り、強風の時などは心配になってしまう様な作りだ。あのタイプの窓ガラスは、一度割れたら嵌め込み直し用の硝子板も、現在いまでは中々、探すのが難しそうだ。

 この基礎家屋部分の作りを見ると、昭和中期の終戦後、日本が平和になり始めた頃に建てられた家なのでは無いだろうか。

『この物件のままじゃ、中々、借り手もつかないだろうな……』 と、俺はつい、本業目線で考えてしまう。

 土地は在るのだし、家屋もある訳だから、リフォームだけすれば何とかなるかも知れない、等とは、甘く見積もっても言えなさそうだ。

 夫婦、ついの棲家として、息子達が出て行ってしまった後からは、殆ど手も入れずに暮らして来ていたのだろう。


 おっと、呑気に観察をしている場合ではなかった。 俺がキョロキョロと家屋の調査に視線を巡らせている間に、武藤さんは道さんに、伺いを立てていた。

「どの辺りを、拝見させていただけば良いんでしょう?」と、武藤さんに言われて、道さんは手前の一部屋を指し示す。

「息子に頼んで、この部屋に大きな物は集めておいてもらいました。 細かい物も、まだ奥にあるですけどねぇ……」

「そうですか、では、こっちの部屋から」

武藤さんは示された部屋の中を見て、そう言った。

「お願いします」 と、ゆるゆると頭を下げて、道さんも手近なものから手をつけ始めた。



 流石、八十代の老夫婦が、長年を過ごしてきただけある。橋本夫婦が所有してきた道具類は、あの武藤古道具店の軒先を埋めるに相応しいような、若干、骨董品紛いの昔懐かしい様子を見せる物品が、そこかしこから出て来た。

「これは、また懐かしい。最近は、余り見かけない型だな」

そう、少し嬉しそうな声で、武藤さんが呟いた。武藤さんが手に持っているのは、陶器製の山型をした湯たんぽだった。湯を入れる部分の栓は木製だ。

 よくも長年、腐らずに残っていたもんだと、俺も少し目を丸くしてしまう。

「それは、あの人が大事にしていたものなんですよ。最近はプラスチック製の、橙色だいだいいろした小判型のばっかり、売ってるでしょう。 あんな物は、どうも使い勝手が悪いって……」

武藤さんが持っていた湯たんぽを見て、道さんがのんびりとした口調で説明をしてくれた。

「奥に、もっと懐かしいのがありますよ」 そう言って小さく笑って、ゆっくりと立ち上がる。

 立ち上がるのに、手を貸してあげた方が良いのでは無いかと思われる程の、のんびりとした動作だ。


 道さんが奥へと消えていく間にも、武藤さんはまた別の懐かしい道具を見つけて、嬉しそうな顔をしている。

「また、これはこれは……」等と、ブツブツと感嘆の声を小さく上げている。

「武藤さん、本当に古いモノが好きなんすね」

俺の言葉に武藤さんは、少し照れ臭そうな苦笑いを見せていた。



 その内、奥から小さな木製の、黒い蓋付きの道具入れを持って、道さんが戻った。 箱の中には、煙管や、マッチ方式で火をつけるオイルライターや、勲章も出て来た。更に、火の着いた墨を直接入れて使う、携帯カイロなんかがある。

 俺も、武藤さんの店で見て、初めて知った様な昔ながらの道具類に、思わず手を伸ばしてしまった。


「この辺りの細かいものは、旦那さんの形見ですな。邪魔になる様な大きさでもない。大切に、仕舞っておいたらいいですな」

武藤さんも手を伸ばして、その細かな道具類を暫し観察してしまう。

「随分と大切にされて来たんですなぁ……。状態が、非常によろしいですよ」

と言う、武藤さんの発言を受けて、道さんも暫し懐かしげな微笑を浮かべていた。



 今日、引き取る予定の物は、道さんが息子夫婦の家に居候をするのに邪魔になる様な、大きなものが中心だ。

 細々とした道具類をまた元通りに仕舞い直して、俺たちは改めて、家財道具や古い電化製品を中心に検分を再開した。


 道さんが持って行く予定の物は、衣類と座椅子。小さな座卓に箪笥一竿。仏壇、僅かな食器類。 他にも、思い出深い道具類は勿論あるが、息子夫婦曰く。

「家には、生活に必要な物は全部揃っているんだから、母さんは身一つで来てくれれば良いんだ。部屋も、四畳半の和室が母さんの部屋になるんだから、大きな物は邪魔になるだろう?」

と、息子が言えば、嫁さんが。

「エアコンがあるから、冷暖房は無くても大丈夫ですし。 お布団も、新しいのを用意しますから」

と、言った事らしい。


 すると、殆どの道具類を処分する必要が出て来るが、流石に古過ぎる家財道具は、家を壊す時、一緒に廃棄処分にする予定だと言う。

 店にもそれ程、広い置き場があるわけではない。 武藤さんは引き取る道具類に、条件をつけることにした。

 古くても使える物で、道さんが、「何方かにお譲りして、大切にして貰いたい」と思う、思い出がある道具。

 武藤さんが大きな物を検分している合間に、俺は道さんに、捨てられない思い出のある道具を、一つ、一つ、教えて貰った。 その道具に纏わる、小さな、時には、大きな思い出話と一緒に。



 故、宗一氏は、第二次世界大戦中には三十歳代で、当然のごとく、徴兵され、戦地へと赴いた。

 当時、戦場を経験して生き残り、現在までも命のある人達は、「生き恥を晒してしまった」と、自身を呪いながら生活をしている人が、……平和な時代を生きている俺たちからしたら、びっくりする考え方だが、本当に多いと言う。

 その思い(ゆえ)にか、それとも、戦場で叩き込まれてきた厳しい規律と体制の賜物か、生半可な若者ごときの言葉には、耳も貸さない御仁も多いようだ。 例え、血を分けた実の息子達の言葉にさえも。

 少なくとも宗一氏は、そうした意思の強い人達の一人だったらしい。


 息子二人は終戦後の生まれらしく、八十代夫婦の子供としては、また若いと言えるかもしれない。話しに聞く「物の無い時代」に幼少期を過ごした。東京オリンピックが開催された頃に青年期へと差し掛かり、日本の誇る高度成長期の頃には、社会人として企業を支える頑丈な歯車の一つとなった。

 成長した息子達が無事に結婚をし、長男夫婦と宗一・道夫婦は、一時はこの家で同居をしていたのだ。

 その嫁姑関係は、悪くなかったらしい。道さんが昔、長男の嫁から贈られた誕生日プレゼントは、今も大切に保管されていた。問題は嫁姑よりも、長男の嫁と舅の関係に有った様だ。

息子も、一端の社会人であり、家庭人になった頃から、やがては橋本家を背負って立つ立場にある自分の意見を、何時も真っ向から否定し続ける父親に対して、何かを感じるようになって行った様子だ。


 と、これは、ぽつぽつと語られた道さんの思い出話を聞いた俺が、推測してみた家庭の事情と言うヤツである。

 俺が道さんの話を聞いている最中にも、武藤さんの道具検分は続いていた。俺には値段をつける権限は無いわけだから、武藤さんから声を掛けられるまでは、何時も時間を持て余し気味である。

 そろそろ、武藤さんが選び出した道具類を、玄関先まで移動し始めなければならない頃だ。


 運搬作業を始めて、随分と古い扇風機と、火鉢を見つけた。

「今時、火鉢なんか必要な人が、いらっしゃいますかねぇ……?」

と、道さんが小さく首を傾げている。

「探している人が、おるんですよ。常連さんで」 と、武藤さんが道さんの質問に答える。

左様(さよ)でございますか? それなら、大事になさって下さいますねぇ、きっと」

そう言って道さんは、懐かしげで愛しげな視線を火鉢に向けた。

 この火鉢にも、何か思い出される事が沢山あるのだろう。

「あの人が、次男と喧嘩をして、火鉢を蹴飛ばしてしまった事が、あるんですよ」

そう、道さんが語りだした。



 次男は長男に比べて、また更に若い頃から、父親に対する反抗心が強かったと言う。独立心もかなりのものだったらしい。成人し、保護者の承諾なしで何でも出来る年となったその日に、行き成り家を出ると宣言した。

「生意気な事を言うな! お前なんぞが家を出て、一人でやって行けるものか。世の中の仕組みも何も判っちゃいない若造が、よくもそんな身勝手を言えたもんだ!」

と、宗一氏は大層な剣幕で怒鳴りつけた。

「親父は何時もそうだ。俺や兄貴が何をするにも反対して、兄貴なんか行きたくもない会社に就職を勝手に決められて、親父の為に自分のやりたい事も全部、我慢させられて……、俺の大学もそうだ。その上で、独立さえも許されないのか? 成人したというのに? いい加減にしてくれ!」

と、息子もそれまでにつもり積もった不平不満を並べ立てたという。


 当時の次男は、やはり父親に決められて入学した大学に籍を置き、当然、学生の身分だった。それもあり、道さんも初めに次男の考えを聞いた時から、何とか宥めようと言葉を尽くしてきていたと言う。「せめて大学を出て、就職先も決まってからにして、それまでじっと我慢してみてくれないか?」と。

 だが、次男が言うには、「このままあの学校を出たって、自分が本当にやりたい仕事に就ける見込みもなし。それなら、あんな学校辞めちまっても惜しくない」

 そう言って、強情に自分の意思を貫き通した。


 その喧嘩で、何でも聞き分けの無い次男の様子に、頭に血が上った宗一氏は、勢い余って火鉢を蹴飛ばしたと言う。



「もう、本当に……。次男は、あの人にそっくりで……」 と、道さんは一つの思い出話を語り終えた。 次男も父親譲りで、かなりの頑固者だったと言う事だろう。

「こっちの扇風機は、何年くらい使ってたんすか?」

道さんの話が終わったタイミングで、聞いてみた。この扇風機も、随分な年代モノだ。

 全体の高さは60センチメートルも無く、羽根にカバーのつけられた丸い部分を頭と考えて見ると、丁度、ギャグ漫画の二頭身キャラクターを思い出す様な雰囲気だ。

 大きさの割に重く、頑丈な造りをしている。 何度も故障を直しながら、大切に使って来たのだろう 古くなったビニールテープで、コードとプラグを繋ぎ止めてあった。素人修理の後だ。 亡くなった宗一氏が、自分で直したのかもしれない。 

「さぁ……。 四十年近くは、使っていたかも知れませんねぇ」 

道さんの答えを聞いて、素直に驚いた。俺よりも年寄りなんだな、この扇風機は。


「昔の電化製品は、頑丈で単純なのが良いんだ」 と、武藤さんが、今日、引き取って行く事になった物を改めながら言う。

「頑丈だから中々、壊れはしない。壊れても構造が単純だからな、直ぐに直す事が出来る。そうして一つの物を大事に、大事に使っていた時代も、あったんだよ」

 新しい物をドンドンと作っては、壊れたらまた新製品を買って、古い物は捨ててしまう。そんな構図が、俺たちの生きてきた時代には、普通に根を下ろしている。

「今更、ゴミ問題で国中が頭を悩ましているのは、自業自得って事になるんだな」

と、俺も武藤さんの言葉に対して、感じたままを言っていた。

「本当にねぇ」 と、道さんも頷いていた。



 道さんの語る昔話が長くなり、全ての道具を軽トラックに積み終えた頃は、六時を少し回ってしまっていた。 二月の事だ。 すっかり辺りは暗くなっている。

 武藤さんは玄関先で、道さんに挨拶をして買い取りの金額を検討して提示していた。

 暫らくして、話が纏まって助手席に乗り込んだ武藤さんは、何と無く難しい顔をしている。 まぁ、武藤さんは元々、気難しそうな顔付きではあったが。


 店に向かう車の中で、武藤さんはポツリと呟いていた。

「久し振りに、息子の家にでも顔を出してくるか……」 と。




   *     *     *



 俺には、親父がいない。 俺が中学の時、心臓麻痺であっけなく逝ってしまった。 それからは弟とお袋、俺の三人で暮らしてきた。 高校を卒業して直ぐに今の不動産会社で働き始めたのも、そう言う家庭の事情があったからだ。

 そう言った家庭環境の中で生きてきた所為か、橋本氏の息子達が、例え折り合いが悪かったとは言え、実の父親を引き取るのを嫌っていたと言う気持ちの流れは、理解し難い。 俺だって将来、結婚したら、実家へ帰って暮らしたいと思っているのだ。 孝行したい時に親は無しの心境を、社会人に成った頃から、身に沁みて感じてきていたからだ。

 将来の嫁さんは、それを厭わない人であって欲しいと思う。 もしも今のまま、豊と続いて結婚をする事にでも成ったら、彼女は承諾してくれるのだろうか?


 そんな事を考えていたら、豊から電話が入った。

「今日はご飯、食べた?」 と、何時もの調子で聞いてきた。

「いや、食ってなかった」

「珍しいね、何時も武藤さんのお手伝いで遅くなる時は、ラーメン食べてくるのに」

豊は、それなら丁度良かったと言う。

「今日ね、親戚からみかんが沢山、送られてきたのよ。で、家じゃ食べきれないから、明の実家と、明の所にも持って行ってあげなさいって、母さんが。 今から行くから、ついでに何か作ってあげるね?」

つい今、俺の実家から出る所だと言う。 「悪いわね、豊ちゃん」 と、俺のお袋の声が聞こえてきた。

「明、ご飯まだだって? それなら、今日、煮たばっかりのお魚、タッパーに入れて一緒に持って行ってもらっても良いかしら?」

「はーい」と、 豊がお袋の声に答えている。

「そう言うことだから、益々、丁度良いから、今から行くね」

「おお、サンキュ。 気をつけてな」

「分かってる。 じゃ、後で」

 そう返事をして、豊からの電話は切れた。


 彼女は俺の幼馴染だけあって、俺のお袋とも、弟とも、良く馴染んでいる。 彼女がもしも、何年か後に坂下家へ入ってくれるのなら、きっと家族も喜んで迎え入れてくれるのだろう。 親父も、娘同然に可愛がってきていたのだ。草葉の陰から覗き見て、笑ってくれるのだろうと思う。

 俺が豊をそう言う対象として考え始めたのは、この日が初めての事だ。 橋本一家の事情と言うヤツに触れた事が、その切っ掛けと成ったのかとも思う。

 俺は豊と二人で、親父が生きていた頃からの思い出話でも、して見たい気分になっていた。


 俺の親父は、確かに早くに逝ってしまったが、あの宗一氏に比べれば、家族との絆は深かった筈だ。 その事を改めて確認したいような、何とも言えない微妙な気持ちが沸き起こってきている。




 一時間後、豊のおとないの声が聞こえてきた。 俺は何故かほっとした思いで、玄関を広く開けて彼女を迎え入れた。

 彼女の姿を見て、俺が言う。

「今夜は、豊に話したい事が出来たんだ」

「何?」

小首を傾げて、豊が聞いた。

 そうだな、今夜はいっそ、朝まで親父の事や家族の事、豊との思い出話を語り合ってやろうか……?

「飯食いながら、ゆっくり話すか」

「うん」

軽く頷いて、豊はお袋からの託物と一緒に、みかんの沢山入ったビニール袋を俺に渡してくれた。 

 

 それから俺たちは、お袋の煮魚で飯を食い、茶を飲みながら、豊の土産のみかんを摘んで、のんびりと深夜まで語り明かした。

 そして豊は翌朝、この部屋から仕事へと向かって行ったのだった。





                《 終 わ り 》


 お付き合い下さいまして、ありがとうございます。 少々、尻切れトンボでしょうか? このお話しは別口に、「明の日記」と題したお話が存在しております。 こちらでの発表の予定はございませんが、読者の皆様からのリクエストがあれば、考えたいと思います。 ……が、偶に短編として続編を上げる形の方が、可能性としては強いと思われます。

 なお、諸所の事情に寄り、月一短編発表の予定が大きくずれこんでしまいました(--;) 楽しみにして下さっている方がいらっしゃいましたら、お詫び申し上げます<(__)> 

 次の短編発表は、来月中旬までには、必ず……、と思っておりますので、またお付き合い下さいましたら、幸いに存じます。


 ここまで読んで下さった方、本当にありがとうございます。 また、別の作品でお会いいたしましょう! 

2008.7.21 kayano

 

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