別視点.2 取引~そして今(アレク視点)
とりあえずアレク視点おしまい
簡潔にまとめすぎた気がするけど)))
「あの欠陥持ちを買われるのですか? 」
「ええ」
あいつがまだ目覚めるほんの一年前、一応商品としてリストは出していたが、売れるわけがない。そう鷹をくくっていたが、珍しい客がやってきた。
いつもは汚い欲をばらまく貴族や盗賊、冒険者を対象としている。
それがなんだ。今日のお客は、ピッタリとキメたスーツを身に纏い、礼儀正しい態度でこちらと交渉している。
「他にも、お目にかかる奴隷は沢山いますが.....」
「たしかにそうですな」
老人は、静かに頷く。
未だに現役と名乗っても差し支えないほどの実力を持ち、今もなお影響を与え続ける貴族。元宰相である彼、ジルベルト・コルネーエフは交渉部屋でアレクと対面していた。
「どの奴隷も生き生きとしている。珍しいことだが、それは貴方の手腕だ」
「ありがとうございます」
アレクは、頭を掻きながら礼を述べる。
誉められた仕事ではないのだが、言葉で言われるとむずかゆい。
しかし、
「あれは、まだ心が壊れています。元宰相が買うほどの価値があるとは.....」
「ふむ、そこは心配ない。あれほど良いものはなかなかおらんからな」
ジルベルトは、注がれたウイスキーのグラスを見つめながら表情を暗くする。茶色く透き通った液体は、お互いを映している。
「どういったものをお探しなのですか?」
聞くのも野暮かもしれないが、これは商売だ。下手なところにうちの商品を売りたくはない。
例えそれが国に使えて名声を上げた元宰相だとしても。
「壊れた少女、それが条件です」
「壊れた、少女?」
「はい。元々壊れてるならそれがいい。いまから壊すのはさすがに良心が痛むからな」
「なるほど」
アレクは苦い顔を浮かべる。
壊れた少女とは、相手も趣味が悪い。
「商人の気持ちもわかる。だが、今は必要なのでな」
こちらの気持ちを察したのか、真剣な眼差しでジルベルトは、こちらを睨み付けた。
一瞬の思考停止、そして復帰とともにアレクは交渉を再開する。
「何に使うつもりですか」
みしみしと音をたてる椅子に座り、アレクは疑問を呈する。
「その質問は拒否しよう。私の勝手だ、何に使おうと商人には関係ないはずだが?」
返答は、拒否。
理由を語ろうとしないその口元は、苦々しく歪んでいた。
「別に聞こうとはしてません。ただ、うちの商品から不備が出ることは避けたいんでね。それに対応できるように、事前に聞いておきたいと思ったのです」
とりあえずは、こんな上部だけの言葉を繕う。ほんと、俺は奴隷商人なんて向いていない。
「ふむ、確かにそれは助かるな」
「何か要望でも?」
腕組みをしながら、
「誰にも言わぬのか?」
再度の質問。これも肯定する。
「はい、お約束します」
「ワシに会わせるときに奴隷にも言うんじゃないぞ」
「承知しています」
少しの沈黙。
そして、それを破るようにジルベルトは呟く。
「なら、少しだけ語ろう。無茶なのは承知だからな」
「ありがとうございます」
「では、もう一度質問を。壊れた少女を依頼するのは、何故ですか?」
「理由は単純だ。孫の友達を作ってあげようと思ってな」
予想外の回答に思わず、目が点になった。
老人は構わずに語りだす。
「無茶なのはわかっておる。壊れた少女で私が雇えば、ずっと側にいて仲良くなれると淡い考えなのはわかっておるんだ」
「えっと、普通の少女じゃダメなのですか? 」
「当たり前だ。うちの孫は我が儘で融通がきかん。普通の子どもが来たら泣くか諦めて無視を始めるに決まっておる」
「どんだけヤバイんですか、それ」
はぁ、俺の先ほどまでの緊張感は何処へいったのだろうか。
自分にも注いだグラスを持ち、喉を潤す。
「まあ、さすがに孫に内緒でのほうがいいだろうからな」
「そうですね、祖父にそんなこと思われてたなんて言われたらキレますよ。流石に」
「こちらも威圧をかけてしまった、申し訳ない」
「いえ、大丈夫です」
こんな優しいが、行う道筋がずれまくってるのがこの国の宰相だったなんて頭が痛いが、今は仕事だ。
冷静になれ、俺。
「彼女は何かしらが壊れて目覚めるでしょう。その際の不手際、被害はそちらの負担になりますが」
「構わない」
ジルベルトは頷く。
「一切の責任は取れません。伯爵のお孫さんが嫌いになるかもしれません」
「その時はまた、別の子をここで買うつもりだ。無論、シャウラは見捨てはせん」
「.....わかりました。彼女をお渡しましょう」
「本当か! 」
「ただし、この約束に同意してください」
そう言って、俺は書類を差し出す。
内容はいたってシンプルである。
一つ、シャウラが目覚めるまで引き取るのを待ってもらう。
二つ、奴隷と言って強要させない
三つ、何かあったら連絡をいれてほしい
この三項目だけだ。
日が傾き、窓から差し込む夕日が辺りを包み込む。
書類を読みながら、ジルベルトは納得したようにその要求をのんだ。
「彼女が目覚めたら、ご連絡を。私はいつでも待っておりますからな」
「ご理解いただけて恐縮です。コルネーエフ伯爵」
丁寧な挨拶の後、ジルベルトは契約書にサインをし、代金である銀貨250枚を前払いで置いていった。なんとも気前のいい男であろうか。
ともかく、今日の会談は終わった。
あいつを拾ってから仕事量が増えた気がする。金を稼げるなら嬉しいが、こんなに疲れるならもうこりごりである。
錆びた階段を降りながら、自分で用意した特別な地下牢へと赴く。
「しっかし、目が覚めねぇよな、お前」
お気に入りの質素な羽織を纏い、シャウラの牢獄へと向かう。あんな話があった後だ、奴隷商人として一応は報告をする。
濁ってしまった赤い瞳には、何を見せているのだろうか。反応するか確かめるために、シャウラのふっくらとした頬をつねってみる。若いからなのか、女の子だからなのか。ぷにっと反発するように跳ね返ってくる。これが以外と癖になる。
「柔らけぇな」
こんなことをしても、彼女から意思は見られない。やはり、壊れてしまっているのだ。
「お前の回復より先に買い手が見つかっちまったしな。あの人なら変なことはされないだろうし大丈夫だ」
アレクは状況を説明し、ほっと一息をつく。妙に疲れた肩や腰を労るべく、立ち上がる。
今日くらいはいい夢を見せてやれ。
そんなことを願いながら、また階段を上る。
この後、眠りにつこうとしていた俺の元にリーナがやって来て、頬を触っていいとアピールしてきたが、無視して眠った。
□
あの会談からはや3ヶ月。
嬉しいのか、悲しいのか。
シャウラがようやく目を覚ました。
どうやら、自分の居場所が変わって混乱しているように見える。
「えっと、貴方は?」
「お前を拾った奴隷商人だ。名前はアレク。しっかり覚えておけ」
できるだけ印象を悪くするために、眉をつりあげ、威嚇するような態度で声をかける。
変に優しくしてリーナみたいになつかれたらシャレにならん。
「そうですか」
淡白な返答。
やはり、まだ心は治りきっていないのだろう。
「ここは何処ですか?」
「ここは、見ての通り牢屋だ」
「夢? ですか? 」
「残念ながら現実だ。目を覚ませ」
半開きだった瞳をしっかり開き、辺りを見渡している。
彼女も泣き叫ぶのだろうか。ここから出してくれ、私は奴隷になりたくない! なんて。
そんな期待通りの反応を待っていたのだが、沈黙の後に彼女は何も反応せず、質問を続けた。
「とりあえず、私のことを教えてください。何も覚えてないので」
新たな発見だ。
俺はとことん苦労する奴隷ものを拾ったらしい。
「名前はシャウラ、性別は女、これくらいはわかるだろ」
「はぁ、女の子、女の子ですか?」
「そうだ、それも覚えてねぇのか?」
ええ、と頷く壊れた少女。
嘘を吐いている様子もない。
飲み水として持ってきた器に映る自分に驚いているらしい。
しきりに、自分の身体を触って確認をしている。
「記憶喪失なんて話になんねーよ。本当に欠陥じゃねーか」
「む、欠陥なんて言わないでください」
「うるせー! お前なんて欠陥持ちだよ」
「なんでですか! 撤回してください」
「大人しく寝とけ、お前は元気になったばかりだろうが」
「そんなこと言いますとここで暴れますよ?」
「よし、前言撤回だ。お前を教育してやる」
「今は待ってください。いろいろ整理したいので」
「ちっ、それならはやく言え。明日また来る」
その場を立ち去るが、シャウラからは何も問われない。
だから、今は混乱しているだけだ。
そんな風に思っていた。
そこからは、知ってるだろ?
奴隷商人なのに笑顔を奴隷から要求され、それ以外を勉学に費やす。
最初は、なぜ笑顔を要求したのかわからなかった。シャウラにはたしかに表情が少ないが、内側に忘れ去られているだけだと思っていた。笑顔、泣き顔、困り顔、ムッとした顔。どれもがあいつには足りない。
「仲が良いんですね」
そんな他愛のない一言を呟くあいつは
いつもより表情が豊かだった。
こちらを羨ましそうに見つめながらその状況に笑みを浮かべている。
もう少しで、コルネーエフ伯爵がシャウラを引き取りに来る。
リーナに他の奴隷に会いたいなんて言ってきたんだ。あいつの心は少しずつ治りはじめている。過去を思い出して、また壊れてもこっちが困るんだ。
「はやくここから出ていきやがれ、俺の仕事が減るからな」
そんな心と裏腹なことを呟きながら。
アレクさんなんで奴隷商人やってんだろ(困惑)
次回はやっと引き取り!
話が進みます!